83-1 大阪
宮城でのライブはつつがなく終わり、ツアーの舞台は大阪へ移動した。
ようやく飛行機での移動にも慣れてきて、今回は気分が悪くならずに済んだ。これだけ短期間で何回も乗れば、意外と慣れるものだ。
「もう三か所目かぁ。なんか今回のツアー早いわね」
車内から外を眺めながら、カノンがそう言った。
早いと感じるのは、順調な証拠である。この調子で最後までいきたいものだ。
「そういえば、ボクらってツアー先でトラブルが起きたことないよね」
「ん。スタッフさんが優秀なおかげ」
「いやいや、皆さんが優秀だからですよ」
バックミラーに映る宇佐森さんの顔は、どこか誇らしげだった。
これまでの流れからして分かっていたことだが、次の開催地についたら、まず優先されるのは腹ごしらえだ。
というわけで、俺たちは昼飯のために、串カツ屋を訪れた。
入ってすぐ、赤いソファー席に案内された。壁にずらりと並んだ木札には、メニューの名前が書いてある。
席につき、各々が食べたいものを注文する。
「わぁ……!」
玲の感嘆と共に、この店の主役が登場した。
綺麗なきつね色に包まれた串カツを前に、全員揃って喉を鳴らす。自分で揚げたら、こうは上手くいかない。
最初に手を伸ばしたのは、玲だった。忍者がクナイを持つかのごとく、片手にうずら卵串が三本も握られている。
「あふっ、あつい、美味しい」
玲が、ハフハフと口を動かす。急がずとも、うずらの卵は逃げないというのに。
気を取り直して、俺もうずら卵串をいただく。まん丸のうずらの卵が三つ連なった姿は、見ているだけでため息が出るほど美味そうだ。
卓上のソースにつけてから口に運ぶと、ザクッとした衣の食感のあと、うずらの卵が口の中でぷりんっと弾けた。黄身は、ホクホクでアツアツだ。これは、玲が急ぎたくなる気持ちも分かる。うずら卵串は、熱々のうちに食べてこそ、真価を発揮するのだ。
「んまぁ……! 衣、ザックザクですね!」
「ん、衣だけでご飯食べられる」
細やかな衣は、食材をしっかり包みつつも、決して硬いわけではなく、歯を当てれば簡単に砕ける。この食感は、まるで飴細工である。何より、油がいい。口の中でジュワッと広がりつつも、くどさをまったく感じない。
「海老、うっま! ぷりっぷりすぎない⁉」
カノンが、大きな口で海老串に齧りついていた。
その隣で、ミアが牛串を食べている。
「ん~……すごい肉汁。カノンも食べた?」
「ううん、まだよ。あたしも食べたいから、追加注文するわ!」
「そしたらボクも、追加で海老頼もっと」
二人がメニューを眺めているそばで、玲は両手に持った串カツを次々と口に放り込んでいた。最初に頼んだ山盛りの串カツが、見る見るうちに減っていく。
これは、早々に第二陣を頼んでやったほうがよさそうだ。
「あぢっ、あちちっ、でも、うま……!」
宇佐森さんは、アスパラ串を食べていた。
熱くて食べにくいのか、ウサギのように、先端から少しずつカリカリと齧っている。
その表情は、とても幸せそうだ。
「……むぅ」
ふと目を離した隙に、玲が串カツを見つめ、眉間にしわを寄せていた。
「どうした?」
「もう少しソースつけたい。でも、二度漬け禁止だから困ってる」
「ああ、なるほどね」
串カツといえば、ソースは欠かせないだろう。この店のソースは、サラサラで、衣によく染み込む。味はしっかり濃く、スパイシーだ。そして、程よい酸味が、脂っこさを中和してくれる。
そういえば、さっきメニューに――――。
「あった、ソースを追加で頼めるらしいぞ」
「ほんと⁉」
注文後、すぐにソースのボトルが届き、玲はそれを嬉々として串カツにかけた。
ソースで衣がひたひたになっているが、たっぷりかけたい気持ちはよく分かる。
「ん……幸せ」
玲は目を細め、恍惚とした顔をした。
串カツ屋を出た俺たちは、道頓堀を観光することにした。
お目当ては、もちろん食べ歩きである。
「やっぱ、たこ焼きは食べないとね!」
俺たちは、たこ焼きを持って、店の前に並んだベンチに腰掛けた。
あれだけ串カツを食べたあとなのに、何故こうも美味そうに見えるのか。このツアーで、俺の食欲もおかしくなってしまったのだろうか。
横にいるカノンが、大口を開けて、たこ焼きを丸々ひとつ食べようとしている。
「おい、気をつけろよ。一気にいったら……」
「あっっづっ⁉」
ほら、言わんこっちゃない。呆れたような視線が、カノンに集まる。
「はふっ、あづっ、はふっ、でも、はふっ、うま!」
ダメージを受けながらも、カノンは嬉しそうに笑っている。
はっきり言って、間抜けである。
「見て、凛太郎」
「ん?」
姿が見えなかった玲が、突然背後に現れた。
その手には、たこの足が飛び出した、大きなたこ焼きが。
「うおっ⁉ なんだこれ……」
「イイダコっていう、ちっちゃいたこが丸ごと入ったたこ焼きだって。気になったから買ってみた。みんなで食べよ?」
「……じゃあ早速」
ひとつもらって、口に放り込む。
ソースとマヨの味と共に、たこの風味が突き抜けてくる。一杯丸ごと入っているためか、普通のたこ焼きよりも、たこの旨味を強く感じた。
串を刺すのに少し勇気が必要だったが、これはめちゃくちゃ美味い。
「そうだ、さっきちょっと調べたんだけどさ」
ミアが、スマホの画面を見せてくる。
「道頓堀川の周りで、屋台祭りをやってるみたいだよ。色んな屋台グルメが食べられるって」
「マジ⁉ ナイスタイミング!」
カノンが前のめりになる。
玲は、イイダコのたこ焼きを食べながら、表情だけで乗り気なことを伝えていた。
「じゃあ行ってみよう」
ミアに案内されるまま、俺たちは道頓堀川沿いへと向かった。
道頓堀川は、大阪を代表する川だ。ただ、お世辞にも綺麗とは言いがたい。
たまにこの川に飛び込む猛者が現れるそうだが、やめたほうが身のためだと思ってしまう。
川沿いには、多くの屋台が並んでいて、活気に溢れていた。
離れた距離にいても、ソースの美味そうな香りが漂ってくる。
「ん? あれ何かしら」
「あ! はしまきだ!」
「はしまき?」
「お好み焼きを箸に巻きつけたやつです! ……あれ、もしかして東京にはない?」
困惑した様子の宇佐森さんの前で、俺たちは顔を見合わせた。
俺たち四人の中で、はしまきとやらを知る者はいないようだ。
「西のほうじゃ、結構定番なんですけどね」
なにはともあれ、せっかく見つけたのだから、食べるほかあるまい。
もちもちした生地に、たっぷりのソースとマヨ。これが合わないはずもなく。
さらに、生地に混ざった紅しょうがが、いいアクセントになっている。
「もちもちで、美味しい」
「んま……! 久しぶりに食べられて、うれひいです!」
玲と宇佐森さんは、口の周りにソースをべっとりとつけながら、はしまきを堪能していた。
「ふふ、二人とも、口についてるよ」
「あはは! 子供みたいね!」
熱々のたこ焼きで悶絶してたやつがよく言うよ。
「それにしても美味いな。今度家でも作ってみるか」
「ん、嬉しい。おやつにちょうどよさそう」
俺は主食のつもりで言ったんだが――――まあいいか。




