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米を食わせてやりたいところだが、炊飯器は翌朝にセットしてしまった。しかし、こんなこともあろうかと、常にレトルトのご飯を持ち歩いている。
レンジでご飯を温め、俵形に握る。それを、朝に焼こうと思っていた仙台牛の残りで包んでいく。できるだけ中の米が見えないよう、丁寧に。
全体的に薄力粉を塗し、熱したフライパンへ。肉に火が通ってきたら、醤油、みりん、砂糖を加え、煮絡める。
これで、仙台牛の肉巻きおにぎりの完成だ。
「いただきます……!」
玲は、大きな口でおにぎりを頬張る。
「お肉、歯がいらないくらい柔らかい……味つけも最高」
幸せそうにしながら、玲は次々とおにぎりを平らげていく。
あれだけ食べておきながら、まだ入るとは。相変わらず異次元の胃袋だな。
「ありがとう、凛太郎」
「……なんだよ、急に」
「凛太郎がついてきてくれたおかげで、コンディションがすごくいい。昨日のライブで、それがよく分かった」
「……そっか」
こんなふうに言われて、嬉しくないはずがない。
照れているところを見られたくなくて、そっと顔を伏せた。
「でも、凛太郎は大丈夫? 大変じゃない?」
「ああ、まだまだ全然大丈夫だ。むしろ、めちゃくちゃ楽しんでるよ。毎日刺激だらけだからな」
仕事として玲たちと一緒に行動するのは、毎日が刺激的で新鮮だ。
今まで一緒に過ごしてきたが、仕事となると、感覚がまた違う。すぐそばでミルスタとしての三人を見ていると、やはり俺とは違う世界で生きているのだと実感する。
しかし、だからこそ俺にできることを見つけていきたい。今回の経験は、きっとこの先も役に立つことだろう。
それに、業務外のことではあるが、本場で名産品を食べて、レシピを研究することは、学生だとなかなかできない。自分の中に、どんどん経験値が溜まっていっているのを感じる。これが楽しくないはずがない。
「って、楽しいは違うか。悪い」
「ううん。凛太郎が楽しんでくれているなら、それが一番いい。私たちも、色んなところに行って、普段は会えないファンにも会えて、とても楽しい」
そう言って、玲は微笑んだ。強がっている様子は、一切ない。
ミルスタが日々成長し、人気を集め続けているのは、アイドル活動への愛故だろう。
〝好きこそ物の上手なれ〟とは、よく言ったものである。
仕事としてのプライドは持ちつつ、それを楽しむ。俺は、そんな姿に憧れている。
「まだまだ先は長いけど、不安はない。みんながいれば、絶対大丈夫」
「……ほんと、頼もしくなったな、お前」
「そう?」
自覚はないようで、玲は首を傾げた。
一体、こいつはどこまで行ってしまうのだろうか。
ただ、どこまで行ったとしても、俺が一番近くで支え続けたい。今では、心の底からそう思っている。
「ごちそうさまでした」
肉巻きおにぎりをぺろりと平らげ、玲は手を合わせる。
「凛太郎、このまま一緒に寝ていい?」
「ダメだ」
「即答……。でも、分かってた」
玲は、唇を尖らせながら立ち上がる。
「じゃあ、また明日ね」
「ああ、おやすみ」
「ん、おやすみ」
名残惜しそうにしながら、玲が部屋を出ていく。
「……俺だって、同じ気持ちだっつーの」
小さくため息をつきながら、部屋の鍵を閉めた。
午前七時。目を覚ました俺は、いそいそと朝の支度を終えた。
昨日、弁当の用意をほとんど終わらせたのには、理由がある。
仙台駅の近くには、仙台朝市という有名な市場がある。そこで、明日以降の弁当に使う食材を調達するためだ。
「あれ、凛太郎君?」
廊下に出た途端、ミアに出くわした。
変装している彼女は、Tシャツにデニムのショートパンツというラフな格好だった。変装するときによく被っているキャップが、ラフな格好によく合っている。
「どこか行くのかい? 朝食にはまだ早い時間だけど」
「朝市に行こうと思ってな」
「なるほど、凛太郎君らしいね」
「そういうお前は?」
「早く目が覚めたから、散歩にでも行こうかなって。ねぇ、せっかくだし、一緒に行ってもいいかな?」
「いいけど……朝市を回るだけだぞ?」
「君と一緒なら、どこだって構わないさ」
そう言いながら、ミアは俺の隣に並んだ。
クサいセリフなのに、こいつが言うと、やけに様になるから不思議だ。
朝市に到着すると、まずその活気に驚かされた。
朝から、これだけの人が集まるとは。朝市、恐るべし。
「おお、すごい人ごみだね」
「まさか、こんな混んでるとは……悪い、大丈夫か?」
「うん。でも、これじゃはぐれちゃうかもね」
「ああ、確かに――――」
ミアが、ニヤリと笑う。そこで、上手く誘導されたことに気がつく。
人ごみに気を取られて、油断してしまった。こいつの前で、油断は禁物だというのに。
「じゃあ、はぐれないようにしないとね。合流するのもひと苦労だと思うし」
ミアが、俺の手を握る。
確かに、これならはぐれようがない。押し寄せる気恥ずかしさに目を瞑れたらの話だが。
「おや、顔が赤いよ?」
「……仕方ねぇだろ」
「ふふっ、ごめんね。君が可愛いせいで、ついからかいたくなっちゃうんだ」
悪戯っぽくそう言って、手をぎゅっと握ってくる仕草に、心臓が痛くなった。
からかわれていると分かっていても、ひどく動揺してしまうのは、こいつがあまりにも魅力的なせいだ。理性を失わずに済んでいる自分を褒めてやりたい。
「ほんと、君は素敵だね」
「なんで俺を口説いてんだよ……」
「ただの本心さ。口説くなら、もっと芝居っぽくかっこつけるし」
そう言いながら、ミアは挑発的な視線を向けてくる。
こいつ、もはや俺よりも男らしいのではないか? そんなふうに考えていると、なんだか悔しさが湧き上がってきて、気恥ずかしさが薄れていった。
「……ま、いいや。んじゃ、ちゃんとついてこいよ」
ここへ来た目的は、食材の調達。それを忘れてはいけない。
人ごみを抜けるために、ミアの手を引く。すると、つんのめったミアが俺の背中に飛び込んできた。
「わっ」
「悪い、ちょっと引っ張りすぎた」
「い、いや……大丈夫、だよ」
言葉を詰まらせながら、ミアは俺から顔を逸らす。その頬は、薄っすらと赤く染まっていた。
「……お前、さては照れてるな?」
「ち、違うよ! いや、違わない、けど……」
耳まで真っ赤になったミアが、俺の背中をポコポコと弱々しく叩く。
「……今日のところは、ボクの負けでいいよ」
さっきの男らしさはどこへやら。王子の仮面を外したところは、きっと俺しか見られない。
その特別な立ち位置にいる自分を、とても嬉しく思う。
「ちゃんとエスコートしてやるよ」
「……うんっ」
今度は優しく手を引くと、ミアは無邪気な笑みを浮かべた。
情けない話、俺はとても単純な男である。故に、こういうギャップを前に胸が高鳴ってしまうのは、仕方のないことなのだ。




