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82-4

 米を食わせてやりたいところだが、炊飯器は翌朝にセットしてしまった。しかし、こんなこともあろうかと、常にレトルトのご飯を持ち歩いている。

 レンジでご飯を温め、俵形に握る。それを、朝に焼こうと思っていた仙台牛の残りで包んでいく。できるだけ中の米が見えないよう、丁寧に。

 全体的に薄力粉を塗し、熱したフライパンへ。肉に火が通ってきたら、醤油、みりん、砂糖を加え、煮絡める。

 これで、仙台牛の肉巻きおにぎりの完成だ。


「いただきます……!」


 玲は、大きな口でおにぎりを頬張る。


「お肉、歯がいらないくらい柔らかい……味つけも最高」


 幸せそうにしながら、玲は次々とおにぎりを平らげていく。

 あれだけ食べておきながら、まだ入るとは。相変わらず異次元の胃袋だな。


「ありがとう、凛太郎」

「……なんだよ、急に」

「凛太郎がついてきてくれたおかげで、コンディションがすごくいい。昨日のライブで、それがよく分かった」

「……そっか」


 こんなふうに言われて、嬉しくないはずがない。

 照れているところを見られたくなくて、そっと顔を伏せた。


「でも、凛太郎は大丈夫? 大変じゃない?」

「ああ、まだまだ全然大丈夫だ。むしろ、めちゃくちゃ楽しんでるよ。毎日刺激だらけだからな」


 仕事として玲たちと一緒に行動するのは、毎日が刺激的で新鮮だ。

 今まで一緒に過ごしてきたが、仕事となると、感覚がまた違う。すぐそばでミルスタとしての三人を見ていると、やはり俺とは違う世界で生きているのだと実感する。

 しかし、だからこそ俺にできることを見つけていきたい。今回の経験は、きっとこの先も役に立つことだろう。

 それに、業務外のことではあるが、本場で名産品を食べて、レシピを研究することは、学生だとなかなかできない。自分の中に、どんどん経験値が溜まっていっているのを感じる。これが楽しくないはずがない。


「って、楽しいは違うか。悪い」

「ううん。凛太郎が楽しんでくれているなら、それが一番いい。私たちも、色んなところに行って、普段は会えないファンにも会えて、とても楽しい」


 そう言って、玲は微笑んだ。強がっている様子は、一切ない。

 ミルスタが日々成長し、人気を集め続けているのは、アイドル活動への愛故だろう。

〝好きこそ物の上手なれ〟とは、よく言ったものである。

 仕事としてのプライドは持ちつつ、それを楽しむ。俺は、そんな姿に憧れている。


「まだまだ先は長いけど、不安はない。みんながいれば、絶対大丈夫」

「……ほんと、頼もしくなったな、お前」

「そう?」


 自覚はないようで、玲は首を傾げた。

 一体、こいつはどこまで行ってしまうのだろうか。

 ただ、どこまで行ったとしても、俺が一番近くで支え続けたい。今では、心の底からそう思っている。


「ごちそうさまでした」


 肉巻きおにぎりをぺろりと平らげ、玲は手を合わせる。


「凛太郎、このまま一緒に寝ていい?」

「ダメだ」

「即答……。でも、分かってた」


 玲は、唇を尖らせながら立ち上がる。


「じゃあ、また明日ね」

「ああ、おやすみ」

「ん、おやすみ」


 名残惜しそうにしながら、玲が部屋を出ていく。


「……俺だって、同じ気持ちだっつーの」


 小さくため息をつきながら、部屋の鍵を閉めた。

 


 午前七時。目を覚ました俺は、いそいそと朝の支度を終えた。

 昨日、弁当の用意をほとんど終わらせたのには、理由がある。

 仙台駅の近くには、仙台朝市という有名な市場がある。そこで、明日以降の弁当に使う食材を調達するためだ。


「あれ、凛太郎君?」


 廊下に出た途端、ミアに出くわした。

 変装している彼女は、Tシャツにデニムのショートパンツというラフな格好だった。変装するときによく被っているキャップが、ラフな格好によく合っている。


「どこか行くのかい? 朝食にはまだ早い時間だけど」

「朝市に行こうと思ってな」

「なるほど、凛太郎君らしいね」

「そういうお前は?」

「早く目が覚めたから、散歩にでも行こうかなって。ねぇ、せっかくだし、一緒に行ってもいいかな?」

「いいけど……朝市を回るだけだぞ?」

「君と一緒なら、どこだって構わないさ」


 そう言いながら、ミアは俺の隣に並んだ。

 クサいセリフなのに、こいつが言うと、やけに様になるから不思議だ。



 朝市に到着すると、まずその活気に驚かされた。

 朝から、これだけの人が集まるとは。朝市、恐るべし。


「おお、すごい人ごみだね」

「まさか、こんな混んでるとは……悪い、大丈夫か?」

「うん。でも、これじゃはぐれちゃうかもね」

「ああ、確かに――――」


 ミアが、ニヤリと笑う。そこで、上手く誘導されたことに気がつく。

 人ごみに気を取られて、油断してしまった。こいつの前で、油断は禁物だというのに。


「じゃあ、はぐれないようにしないとね。合流するのもひと苦労だと思うし」


 ミアが、俺の手を握る。

 確かに、これならはぐれようがない。押し寄せる気恥ずかしさに目を瞑れたらの話だが。


「おや、顔が赤いよ?」

「……仕方ねぇだろ」

「ふふっ、ごめんね。君が可愛いせいで、ついからかいたくなっちゃうんだ」


 悪戯っぽくそう言って、手をぎゅっと握ってくる仕草に、心臓が痛くなった。

 からかわれていると分かっていても、ひどく動揺してしまうのは、こいつがあまりにも魅力的なせいだ。理性を失わずに済んでいる自分を褒めてやりたい。


「ほんと、君は素敵だね」

「なんで俺を口説いてんだよ……」

「ただの本心さ。口説くなら、もっと芝居っぽくかっこつけるし」


 そう言いながら、ミアは挑発的な視線を向けてくる。

 こいつ、もはや俺よりも男らしいのではないか? そんなふうに考えていると、なんだか悔しさが湧き上がってきて、気恥ずかしさが薄れていった。


「……ま、いいや。んじゃ、ちゃんとついてこいよ」


 ここへ来た目的は、食材の調達。それを忘れてはいけない。

 人ごみを抜けるために、ミアの手を引く。すると、つんのめったミアが俺の背中に飛び込んできた。


「わっ」

「悪い、ちょっと引っ張りすぎた」

「い、いや……大丈夫、だよ」


 言葉を詰まらせながら、ミアは俺から顔を逸らす。その頬は、薄っすらと赤く染まっていた。


「……お前、さては照れてるな?」

「ち、違うよ! いや、違わない、けど……」


 耳まで真っ赤になったミアが、俺の背中をポコポコと弱々しく叩く。


「……今日のところは、ボクの負けでいいよ」


 さっきの男らしさはどこへやら。王子の仮面を外したところは、きっと俺しか見られない。

 その特別な立ち位置にいる自分を、とても嬉しく思う。


「ちゃんとエスコートしてやるよ」

「……うんっ」


 今度は優しく手を引くと、ミアは無邪気な笑みを浮かべた。

 情けない話、俺はとても単純な男である。故に、こういうギャップを前に胸が高鳴ってしまうのは、仕方のないことなのだ。


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