47‐1 独占権
――――まさかあんな口説き文句に絆されてしまうなんて、あの時のウチは本当にどうかしていたんだと思う。
「シロ、準備はいい?」
「うん、いつでも行けるで、クロ」
ステージの裏でそんなやり取りを交わしたウチとクロは、そのまま舞台袖から飛び出した。
まばゆいくらいのスポットライトが、ウチの目を焼く。
いつもならウチらが出てきただけでド派手に湧く歓声。
しかし、今日ばかりはそれも皆無だった。
(新鮮やな……〝無観客ライブ〟なんて)
この場に、観客はいない。
観客席にいるのは、数名のスタッフと、配信用に様々な角度から撮っているカメラだけだ。
そう、これはミーチューブ専用の、配信限定ライブ。
本当の観客は、配信のコメント欄にいる視聴者たちだ。
そんな彼らのコメントは、すべてウチらからしか見えない大スクリーンに表示されている。
――――今日のライブのタイトル、それは、〝秋も終盤! 最初で最後のゲリラコンサート ~スペシャルゲストもいるよ~〟。
「っ! みんな! 見えとるかー? チョコレート・ツインズやでー!」
「今日は急な配信で驚いたと思うけど、最後まで楽しんでいってね」
ウチらの登場で、コメント欄が一気に動き出す。
歓声が聞こえないのはちょっと寂しい気もするが、コメントとして観客の声が目に見えるというのも、案外悪くないかもしれない。
ウチらが何故、こうして無観客ライブを開いたのか。
すべては、あのりんたろーさんの言葉がきっかけだった。
「ひたすら歌って踊るで! 準備はええな?」
ウチがそう言えば、チョコレート・ツインズの定番曲が流れ始める。
コメント欄は大盛り上がり。
歓声では音がまとまり過ぎて気づけなかったけど、こうして流れているコメント一つ一つがファンからの応援って思えば、自分たちがどれだけたくさんの人から支持されているのかよく分かる。
果たしてウチは、ファンのことをどう認識していたんやろ。
『アイドルとか、ファンとか、ウチにとっては実際どうでもええ』
りんたろーさんに対して吐き捨てた言葉が、今更頭に浮かぶ。
本当に、ウチはそう思っているんだろうか。
真の目的もなく、拗ねっぱなしで、どこまでも空っぽなウチ。
そんな自分にも、応援してくれる人がいる。
助けてくれる人がいる。
これからもずっと変わらずに、そんな素晴らしい人たちを切り捨てていいのか。
(っ……! ええわけないやろ!)
曲に合わせ、クロと共に跳び上がる。
ここで変わらないなら、一体いつ変わるんだ。
ウチに付いてきてくれるクロ。
発破をかけてくれたりんたろーさん。
そして応援してくれているファンの皆。
この人たちに報いることが、ウチのやるべきこと――――いや、やりたいことなんじゃないのか。
たとえこの気持ちが幻想だったとしても。
焦るあまり、目標を作らなければという気持ちだけが先行していたとしても。
この感覚に縋らなければ、ウチの心は本当に死んでいく気がした。
心を込めて歌い、心を込めて踊る。
そして気づけば、大事なゲストが登場するタイミングが迫っていた。
ウチはちゃんとパフォーマンスできていたのだろうか?
あまり記憶はないけれど、コメント欄がとてつもなく盛り上がっている様子からして、きっと上手くやれていたのだろう。
(……気持ちええなぁ)
もはや自分を照らすスポットライトすら心地がいい。
こんな風になれたこと、一度だってなかった気がする。
「シロ、そろそろ」
「せやな……」
ウチはマイクを持ち直し、真正面に設置されたカメラに視線を向けた。
「ここまで付き合ってくれた皆さん、どうもおおきに。今からはゲストと一緒にこのライブを盛り上げていくで!」
そうしてウチは、〝ゲスト〟を呼んだ。
あの子らとコラボしてほしいと、りんたろーさんは言った。
まだその真意は分からない。
(ほな、確かめさせてもらおうやないか)
彼女らが舞台袖から飛び出してくる。
その瞬間、コメント欄が一周回って固まってしまうほどの盛り上がりを見せた。
「ツインズファンのみんな! こんにちは!」
「今日のライブにお邪魔させてもらう、ミルフィーユスターズだよ」
「頑張って盛り上げるので、今日はよろしくお願いします」
コメント欄はミルスタのことを大歓迎。
なんなら、ウチらが出てきた時よりも盛り上がっているかもしれない。
妬けてしまうけれど、これがトップアイドルの力なんだと思うと、納得できる。
オフで会った時とは、表情も、仕草も、何もかも違う。
誰もが理想的に思う、完成されたアイドルが、そこにいた。
この姿はきっと、これまでのウチには見えなかったものだ。
眩しいくらいに美しい、彼女たちのようになれたなら――――。
「……いくで、クロ。ウチらも負けてられへん」
「うん、シロがいくなら、私もいく」
ここで退いたら、本当に終わり。
ウチは目の前の一線を越えるため、前へ足を踏みだした。
――――それからのことは、あまり覚えていない。
とにかくがむしゃらに歌って、がむしゃらに踊った。
ミルスタの踊りについていこうと必死になり過ぎて、ふくらはぎが攣りそうになったことは覚えている。
ウチらだって十分レッスンを重ねてきたと思っていたが、まだまだ足りないらしい。
「みんな、見に来てくれておおきにな。こういうイベントは中々できひんかもしれんけど、また声が多ければなんとかまた企画してみるわ」
楽曲がすべて流れ終え、ウチは締めの挨拶をする。
体はずっしりと疲れているのに、気分はどこまでも晴れやかで、おだやかだった。
「……ほな、また」
いつもの言葉で、ウチは配信を閉じる。
配信は閉じても、コメント欄はしばらく止まらない。
ライブの終了を惜しむ、コメントの濁流。
それがウチのぽっかりと空いていた穴になだれ込んでくる。
「にゃはは、こんなの、寂しいなんて思うてる暇ないやん」
気が抜けたウチは、そのままステージの上で崩れ落ちる。
「シロ!」
「大丈夫大丈夫、ちょっと力が抜けただけや」
クロに支えてもらいつつ、ウチは立ち上がる。
そして改めてミルフィーユスターズと向き合った。
約一時間のライブの中で、彼女たちはまだケロッとした様子を見せている。
マジもんの化物やん、この子ら。
「……おおきにな、ミルスタの皆さん。突然のコラボ依頼に乗ってもろて」
「気にしないでいいわよ。うちのサポーターに頭下げられちゃったら、さすがに断れないしね」
そういって、カノンさんは苦笑いを浮かべる。
りんたろーさん、頭まで下げてくれたんか。
自分は冷たい人間みたいな顔をしていたが、内に秘めた優しさをまったく隠せていない。
ウチが見込んだ通り、あの人はやっぱりおもろい人だ。
「あの人がミルスタとコラボしろって言った理由、今なら分かりますわ」
目的を失ったウチは、ただ彷徨い続けることしかできなかった。
そんなウチに対し、りんたろーさんは目指すべき光を置いてくれたのだ。
ミルフィーユスターズという、〝アイドル〟の極みを――――。
「ウチらも……なれるやろか? あんたらみたいなトップアイドルに」
「……それはあなたたち次第。でも、夢物語だとは思わない」
「にゃはは、そいつはいいことを聞きましたわ」
あのミルフィーユスターズからのお墨付き。
これはもう、やらん理由の方がなくなってしもうたな。
「クロ、これからも苦労かけると思うけど……ついてきてくれる?」
「当然。私はずっとシロについていくよ」
「……おおきにな」
ウチは本当に大間抜けだった。
親に捨てられたから、孤独を知ってる?
アホぬかせ。ウチにはずっとクロがいてくれたじゃないか。
ウチは孤独なんかじゃなかった。だからこんなにあっさり気持ちが晴れたんだ。
今はもう、クロだけじゃない。
何万人というファンがウチの側にいる。
孤独なんて、感じている暇がない。
それに気づいた今、ウチはようやく変われる気がした。