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46‐4

 さて、唐揚げを作る際に特別な手順は特にない。

 にんにく、しょうが、醤油、みりん、クミン、ナツメグなどのスパイス、塩。

 それらをジップロックに入れ、適当な大きさに切った鶏もも肉を二十分から三十分ほどつけておく。

 そしてそれを待つ間に白米を炊き、ついでに味噌汁にも着手。

 揚げ物は面倒くさいという話をよく聞くが、作っていると意外とそうでもないことに気づき始める。

 まず面倒くさいといわれる所以である、油の処理。

 これに関しては、油を固めることができる製品を使えば一瞬で完了する。

 油に入れて、固めて、燃えるゴミに入れてハイ終了。

 確かに他の料理と比べて手順は一つ増えるかもしれないが、複雑に分量を管理しなければならないお菓子作りなんかに比べれば、はるかに楽だ。

 ってなわけで、料理自体は手早く終了。

 少しばかりスマホをいじっていれば、米もあっという間に炊きあがった。


「ほら、できたぞ」


 山盛りの唐揚げが乗った大皿を、二人の目の前に持っていってやる。

 我ながら作りすぎたと思うが、シロナだけであれだけの大食いを見せられた身からすれば、これで足りるのかどうかむしろ不安なレベルだ。


「この匂いだ! あの弁当箱から香っていたのは!」

「確かにええ匂いがするなぁ」


 はしゃいでいる二人を見ると、俺としても悪い気はしない。

 白米と味噌汁も用意して、簡単なサラダを添える。

 これで夕食としては十分な物になったはずだ。


「冷めないうちに食ってくれ。おかわり用の米も炊いてあるから、食べたかったらすぐ言えよ」


 俺がそう言うと、二人は夕食を前にして手を合わせた。


「いただきます……!」

「いただきますよ、っと」


 唐揚げに手を付け始める二人。

 熱々の鶏肉をあたふたしながら噛みしめたクロメが、目を見開く。 


「ふまい……! 熱いが、美味い!」

「おお……独特なリアクション」


 まあ、美味いならよかった。

 クロメはともかくとして、俺はシロナの方に視線を向ける。

 そこには、一口齧った唐揚げを見つめる彼女の姿があった。


「……あれ、もしかして赤かったか? それなら一旦引き上げて――――」

「ああ、いや、ちゃうねん。その、唐揚げって……こない美味かったっけ?」


 シロナは首を傾げている。

 中々不思議な疑問だ。

 それはシロナ自身も感じているようで、唐揚げと見つめ合ったまま硬直を続けている。


「いらないの? シロ。じゃあ全部もらっていい?」

「へ? あ、アカンアカン! ええわけないやろ!」


 クロメに突っつかれ、シロナは我に返った様子で唐揚げを食らい始める。

 ひとまず気に入ってもらえたようで何よりだ。



「「ごちそうさまでした」」

「ほい、おそまつさま」


 俺も少し食べたものの、あれだけあったはずの唐揚げはすぐに綺麗さっぱりなくなってしまった。

 何故俺の周りにいるアイドルって、こうも大食いなのか。

 作る側としては嬉しい限りだが、甚だ疑問である。


「ふー……あのミルスタの連中がほれ込むだけのことはあるね。美味かったわぁ」

「そりゃどうも」

「む、ウチが適当ぬかしとるって思うとるやろ。一応こっちは本心で言ってるんやで?」

「分かってるよ」

「ホンマかいな……」


 シロナは不満そうだが、俺も本心を語ったまでだ。

 まだこいつのことは少ししか知らないが、冗談と本心くらいは分かるようになってきた。

 おそらくそれが、俺とシロナが同類である証拠なのだろう。

 

「……まあ、ええわ。それで? そろそろ本題に入ってええんとちゃいますのん?」

「本題?」

「すっとぼけんでもええよ。あのりんたろーさんがウチらに無条件でついてくるわけあらへん。何か企んでるんとちゃいますか?」

「……」


 ――――ま、そりゃバレるわな。

 俺がシロナの理解者であるならば、シロナも俺の理解者であることになんら違和感はない。

 逆に、そのおかげで話が早いとも言える。

 

「あんたの言う通り、俺はあんたらに話があってここに来た」

「……これから家の家事をすべてやってくれるわけじゃなかったのか」


 クロメの方が本気でショックを受けている。

 素直にもほどがあるだろ、こいつ。

 とまあ、それは置いといて。


「クロメ、まずあんたに聞きたい。あんたはどうしてシロナについていくんだ?」


 俺はまず、二人とも同じ考えを持っているのか知らなければならない。

 シロナは自分たちの目標を、実の親を見つけて罵ることだと語った。

 自分たちを捨てた不届き者に、呪いをかけるつもりなのだ。

 しかし俺は、まだシロナの話しか聞いていない。

 相方であるクロメがその方針をどう思っているのか、ずっとそれが気になっていた。


「……私の心は、シロナに救われた」


 俺に対する敵対心が薄くなったからか、クロメはポツポツと口を開いてくれた。


「施設の皆と馴染めなかった私を、シロナは連れ回してくれた。どこへ行っても一人だと思っていた私は、シロナに救われたんだ。だから私は、シロナのやりたいことについていくと決めている」

「それが正しいことでも、間違っていることでもか?」

「当り前だ。たとえそれで散ることになっても、私はずっとシロナと共にいる」


 ギラついたクロメの瞳は、強い決心を秘めていた。

 そんな彼女の姿に、俺は自分の影を見る。

 俺に居場所をくれたのは、玲だ。

 俺の心は、彼女を家に招き入れた時から救われ続けている。

 玲についていった先で朽ち果てることになったとしても、俺はきっと後悔しない。

 シロナも、クロメも、やはり〝俺〟なのだ。


「もう、りんたろーさんってばクロメに何を聞いとるん? ウチが照れてまうやないか」

「……二人とも同じ考えなのか、知りたかっただけだよ」


 この感じであれば、クロメはシロナが右を向けば同じように右を向くと見て間違いない。

 ならば俺が正面から話さなければならないのは、シロナの方だ。


「単刀直入に言う。アイドル活動する理由を、〝親〟に向けるのはもうやめろ。そんなことをしたって意味がねぇ」

「……なんやそれ」


 シロナがきょとんとした顔になる。

 しかし俺の言葉を受けた本人よりも先に、隣にいたクロメが動いた。


「りんたろう……一食の恩があるとはいえ、シロナを否定するようなことを言うのは許さない」


 彼女は怒りを露わにして、目の前のテーブルを叩く。

 その勢いからして、声色以上に相当お怒りだ。

 それだけ彼女の中でシロナという存在は大きいのだろう。 

 だからって、こっちも退く気はないが。

 先に言っておくが、俺はこいつらに好かれようとか、導いてやろうとか、大層なことは一切考えていない。

 嫌われたって、分かり合えなくたって構わない。

 だから告げる。思ったことをすべて。


「まあまあ、落ち着いてよクロメ。きっとりんたろーさんにも何か思うところがあったんよ。それかウチらが無意識のうちに地雷を踏んでしまったんやろか? いずれにせよ、そんなおもんないこと言う人やないでしょ?」

「面白いとか、面白くないとか、そういう話じゃねぇよ。いいから、逃げてないで聞け」

「逃げる? ウチが? 一体なんの話をしてるん?」


 シロナは笑顔のままだが、明らかに威圧感が増していた。

 どうやらきっちり地雷を踏めたらしい。

 さっきも言ったが、俺からすれば、こいつらの未来はどうでもいい。

 似ているとはいえ、所詮は他人。

 分かり合うことなんてできないかもしれないし、自分にとって大事な人間になる可能性なんて、それこそ考えたって仕方がない。

 しかし、それでも。

 俺はこいつらの影に、自分の姿を重ねてしまった。

 お世辞にもいいとは言えない環境に不貞腐れ、自分の人生が報われることはないのだと諦めていた、あの時の俺を――――。

 つまるところ、今のシロナを見ていると、あのだらしない自分を見ているようで腹が立つのだ。

 自分の言葉で、自分の態度で、自分の未来で、俺はこいつをぶん殴ってやらないと気が済まない。

 他のことはもう知らん。

 後はもう、とにかくぶつかるのみだ。

 

 

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