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七十三話


「あの野郎、釘を刺すのであれば最初から刺しておけというんだ」

「何を言っているんだ大剣士どのぉお!!」

「ただの独り言さ槍使い!!」


 呟いた一言に反応したソウジの攻めを容易く受け流す。

 神速の七連撃。

 並の達人なら七度死んでお釣りがくるほどの絶技を一歩も動くことさえなく受け流す技巧を見せつけるエイサを相手に、されどこの男であればそれくらい容易くするだろうと言う信頼の下ソウジはアリスとの連携をもって、いや勇者五人の連携をもって攻めかかる。

 その悉くを弾き、逸らし、防いで見せるエイサの技の冴えは長く戦い続けているソウジ達の目から見てもますます冴えわたっているように見える。彼らの眼は節穴ではない。勇者としてその分野における最高位の才覚を持つことを神より証明された証が勇者の証だ。それを持つ彼らにはよく理解できる。だが理解できることが幸せだとは限らない事を彼らは身をもって知った。


「前から思ってたんですけどぉ! あの黒騎士。あう度に前より強くなってないですかっ!?」


 矢を放ちながらリヴィは悲鳴のような確認の言葉を発した。

 放たれる矢は正確にエイサの急所を貫くように放たれ、その威力も鎧を容易く貫通する。

 しかしその一撃を視認する事さえなくつかみ取り、そのまま投げ返してきた。その矢を必死になって回避する。エイサの投擲により放たれる矢の威力は流石にリヴィの一撃程の威力は無いが、それでも木に突き刺さり、急所に当たれば即死しうる威力を秘めている上に狙いまで精緻だ。弓の存在意義を疑うその威力に、いい加減にしろと言う言葉が漏れそうになるのを必死に抑え込む。まあ、抑え込み切れなかったがさっきの悲鳴のような確認ではあるが。


「ハッ!! 今さらだろう!!」

「手を抜く量を減らしているのもあるんだろうけど、何よりエイサも普通に成長しているよね」


 リヴィの悲鳴にソウジとアリスが苦笑をもって反応する。

 自分たちの成長が著しい事は理解しているが、目の前の男の成長だって大概のものだ。

 新しい技を覚えていたりするわけではない。何か特殊な技法を身に着けてきたりしているわけではない。

 ただ単純明快に自身の基礎能力を上げてきている。自身の技の冴えを更に高めてきている。それが何よりも純粋に恐ろしい。


「成長は何も貴様らだけの特権では無かろうさ勇者共」

「それ程の実力がありながら、どうして人の敵にっ!!」

「かっ……」


 悲鳴のようなフィリアの詰問にエイサは一瞬言葉を失った。引きつるような笑い声が出る瞬間で止まる。

 じろりと、その言葉を放ったフィリアの方をエイサは睨みつける。

 凄まじい殺気が世界を覆う。

 漏れ出る殺意の凄まじさはそれだけでフィリアの息を詰まらせた。しかし、その程度で怯む程彼女もか弱くはない。勇者として多くの戦場を乗り越えてきている。幾度も死を乗り越えてきている。震えながらもエイサを睨み返した。

 金属音が当たりに響く。

 アリスの斬撃を剣の側面を叩くことで逸らした音だ。

 視線をフィリアに向けていてなお、一切の隙を晒さない。

 そして何も言葉を発す事無く再び戦闘に没頭する。

 そんな彼にからかう様にアリスが問いを発した。


「まさかこの場所、この土地でフィリアからあんな問いが出るなんてね。これも運命かな?」

「黙れ、これ以上の戯言を許すつもりは無い」

「は、なら力づくで私の言葉を止めてみなよエイサ」

「当然だ。この身はそのためにある」


 エイサの攻撃。その一撃の威力が確かに増した。

 受け切れず撥ね飛ばさされるアリス。

 彼女を庇う様にソウジが二人の間に割り込んだ。そしてそのままソウジはエイサへと槍を放つ。防ぎにくい刺突の一撃。その一撃を上から叩き落とすように防ぎ、引き戻す直前にその槍を踏む。引き戻そうとした力の方向をそのまま利用するように空へと飛来しフィリアたちの方向へと突っ込む。

 空中にいるエイサに向けて魔弾と矢が降り注ぐ。

 それらを僅か一撃で切り払い、着地と共に大剣を一閃した。


聖光ホーリーライト!!」


 光をもってエイサの視界を潰す。

 だが視界を奪われた程度でエイサの一閃が止められるようなものではない。

 しかし、勇者たちの気配が消えた。

 空間転移魔法。

 それに気づくと同時にエイサは踵を返す。

 向かう先はここより少し離れた場所、即ちリアヴェルとリスティアが戦場を見守っている場所だ。


「魔王覚悟ッ!!」

「へえ、気づいていたんだ」


 裂帛の気合と共にアリスが斬りかかる。

 空間転移魔法を利用した強襲攻撃。

 その一撃を見てなおリアヴェルは一切の余裕を崩さない。悠然と彼女の斬撃を眺めるのみ。

 血飛沫が舞った。


「流石に初手王手など許すか戯け」


 一瞬で百メートルの距離をゼロにしたエイサの大剣がアリスの腕を斬り落としたことにより噴き出た血飛沫が大地を染め上げる。斬り飛ばされた腕が大地に落ちる。エイサはアリスを斬り飛ばした勢いのまま蹴り飛ばしソウジに受け止めさせるとナイフを召喚し後衛の三人に向けて投擲した。そのナイフは迫りくる矢を叩き落し同時にシェリスの魔法を中断させる。

 一拍の攻撃がやむタイミングが起きる。

 そのタイミングでエイサはもつれるアリスとソウジに向かって剣を薙いだ。

 アリスを抱えたままエイサの攻撃範囲より飛びのくことでソウジはその一撃をかわす。それと同時にアリスの右腕が回復アリスティアを回収するために光の粒子となって消えていく自身の腕の下へ走った。そんなアリスの前へと先回りし、アリスティアをソウジに向かって蹴り飛ばす。アリスティアとソウジの槍がぶつかり合って火花を散らした。


「ふふ、君の戦いをここまで至近で見る事が出来ると言うのも珍しいね」

「くだらない事を言っていないで下がってくれないか、魔王様」

「ふふ、どうしようかな。ここで暴漢に襲われるお嬢様の真似事をしているのも悪くはない」

「あのなぁ」


 くだらない事を言うリアヴェルにエイサはため息をついた。

 リスティアは二人に向かってアリスが迫った時には既に時を止めて距離を取ったと言うのに、リアヴェルはそう言うそぶりをまるで見せない。信頼していると言えば聞こえはいいが、自身の娯楽のためにエイサの負担を増やしているだけだ。

 迫るソウジの槍を上から踏みつけて受け止め、ソウジの体勢を崩すと同時に斬撃を叩きつける。槍を手放す事でその斬撃を回避し、バク転で下がると同時にエイサの顎を蹴り上げようとしてきた彼の動きに対応し、首を後ろへ逸らすだけでその攻撃を回避する。

 降り注ぐ氷の刃と矢玉を一歩も動くことなく全て叩き落すが、その隙を付いてアリスがエイサに斬りかかった。


「お姫様の我儘に付き合うのも大変だね、エイサ」

「そうでもない。少しばかり手間が増えるだけだ。貴様らがここで死ねばなんの問題もない」

「守るべき対象が動いてくれないと言うのは大変な事じゃないのかな?」

「は、貴様らを殺せるのであればこの程度で大変だとは思わん」


 斬りかかってきたアリスの腕をつかみ取る。

 そのまま捻り上げるが、アリスはエイサの動きに合わせて体を捻ることで関節を決められることから逃れる。その動きにより開いたエイサへの道筋へソウジが再び突っ込んできた。放たれる神速の突きに対応して槍に大剣を添わせたのちに僅かに剣の柄を捻ることで穂先を逸らすと、掴んでいたアリスの腕を握りつぶし、同時に自身の下へと引き寄せて大地に叩きつける。そのまま自身の大剣を腹部に突き刺した。

 肉を割く感触がエイサの右腕に伝わる。

 そのまま大剣を捻ることで内臓をかき回して致命傷とするが、アリスは悲鳴一つ上げることなくその態勢のままエイサを蹴り上げた。

 その蹴りを鎧で受ける。

 衝撃を受け流すままに剣を引き抜くと、剣があった場所をソウジの槍が薙いだ。

 一歩大きく下がりリアヴェルの側へ。そのまま彼女の首根っこを掴み更に距離を取る。

 エイサとリアヴェルがいた場所に氷の刃と矢が突き刺さって破壊をまき散らした。


「ちょっと、私猫じゃないんだけど」

「は、猫の様に可愛いものか? お前が」

「にゃーん」

「シスターリスティアに魔王の座を譲ってもらう事を検討するべきかな?」

「はは。いやだね。この座位は僕のものだよエイサ。君に守ってもらえるこの座位はたとえお母さま相手にだって渡すものかよ」

「糞が」


 悪態を一つ。

 そのまま彼女の襟首を手放すと再度アリスとソウジの二人に向かい距離を詰める。

 回復の奇跡により傷を癒されたアリスが再度エイサに向けて剣を向ける。ソウジはアリスに援護を任せて突っ込んできた。特攻に等しい突撃。ソウジ程の腕前をもって自らの命さえ顧みない特攻をかければ倒せぬものなど殆どないが、残念ながら相対しているエイサはその例外に当たる。放たれる槍の一撃を容易くさばきながら、冷静にソウジにダメージを与えていく。


「にしても魔王。もっと冷徹で残酷なイメージがあったんだけどな」

「何処のイメージなのやら」

「は、だから少しばかり驚いているのさ。お前のせいかな、エイサ」

「知らん。どうでも良い事だ」

「お前にとってはそうだろうさエイサ。だが、俺にとっては重要な事でね」

「女神の意思によってのみ戦う勇者に、そのような情感が、か?」


 エイサの問いにソウジは答えなかった。

 ただ浮かべた笑みは不敵なもので。その笑みにエイサは再び違和感を覚える。しかし戦いの最中に気にするようなことではないと切り捨て、ソウジを自身の剣で薙ぎ払った。

 アリスがソウジを援護するように飛び込む。同時にソウジの傷が奇跡で癒えていく。それを見てキリがないなと、小さく舌打ちをしながら再びアリスへ対応した。

 戦いは未だに続く。

 その光景をリアヴェルはうっとりとした表情を浮かべながらただ眺めていた。





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