七十二話
「あれが本当に人なのかしら?」
「ああ、そう言えばお母さまはエイサの戦いを見るのは初めてでしたね」
街道にて繰り広げられるエイサと勇者たちの戦闘を村の共同墓場より眺めていたリスティアはぽつりとそうこぼした。そんな彼女に対して自身のおもちゃを自慢する子供のような声音でリアヴェルはエイサを誇る。
「戦って強いのはよく理解していたつもりだったけれど、何あの力。エイサ、私相手に手加減していたってこと? やっぱり育ての親には情でも沸いたという事なのかしら」
「うーん。言いにくいけど、多分エイサ的には眼中に無かったという方が正しいと思うけど」
「ひどい事を容易く言うんだからこの子。私泣いてしまうわよ?」
「母親の泣き顔とか見たくないもの筆頭なんでやめてもらってもいいかな?」
「いきなり敬意が消えてるんだけれど、私に対する敬意をどこに落としてきたのかな?」
「さっきの利用する発言で私から貴方に対する敬意は底値に到達したわ。史上空前の大暴落ね」
「……その割にはエイサの前では敬意を見せて、心底ショックを受けていたように振舞っていたけど?」
「は、そんなの演技に決まっているじゃない。親に裏切られてショックを受けない女とか、男的にはNGでしょうに」
「うーむ我が娘ながらシビアな判断をさらっとするんだから。お母さまショック」
「お母さまに裏切られた私の方は数百倍はショックなんだけど?」
「それはそれ、これはこれ」
「はあ。これ見殺しにした方が私の精神衛生上よかったんじゃないかな」
そう言いながらリアヴェルは戦場へと視線を移す。
そこではエイサが勇者たちを圧倒している姿が見える。
戦場はもはや嵐の只中のようだ。
荒れ狂う斬撃が戦場にあるもの全てを破壊していく。
周囲に生えていた木々も、踏み固められた道も、乗り捨てられた馬車でさえも全てが粉々に砕かれていく。勇者の戦いとはそういうものだ。人知の及ばぬ者に対する神より人に与えられた慈悲。その戦いはまさしく一線を画す。だが……
「勇者の力量はいろいろと文献をあたって調べていたつもりだったけれど、これが勇者か。龍種並べて皆殺しにするくらいしか対応策が思い浮かばない程に強力ね。その上で死しても蘇るなんてまさしく女神様の切り札。敵対する側としては悪夢でしかないわ」
「そうね。だけれど内にはエイサがいるもの」
「それこそが一番の悪夢ね。人とはここまで鍛え上げられるものだとは、予想もしていなかった」
勇者五人を相手取り圧倒するエイサの腕前にリスティアは目を見開くしかない。凄まじい破壊をばら撒く勇者は災害の擬人化といっても差し支えない。どうしようもないほどに強く、手が付けられない。ならばその災害を単騎で抑え込むあの男を一体何と評すればいいのか彼女には思い浮かぶものが無かった。
無双という言葉では届かない。一騎当千という言葉でさえ生温い。神に愛されその神を裏切ったどこまでも孤独な武芸の最果てがそこにはあった。
「どうかした? お母さま?」
「いえ、別に何でもないわ」
僅かに抱く罪悪感を打ち払う。
あの男をああした原因の一旦はリスティアにある。
彼を拾わなければ、彼を養育しなければ、彼の証に気が付かなければエイサはあんな悲しい武芸を身に着けることは無かったのだろう。その事を思えば罪悪感を抱いて当然だ。しかしその事をエイサは望まないだろう。原因は外部にある。その事を否定はしないだろうがその道を選んだのは自分自身だ。その責任を誰かに押し付ける程彼は厚顔無恥ではない。
剣舞が繰り広げられる。
荒々しくも繊細で、どこまでも雄々しく力強くありながら、何故か悲哀を感じさせるその舞踏は、見ている者の心を打つ。人を殺す技巧の終着が破滅的な美しさを孕む矛盾にリスティアは小さくため息をついた。
「魔王としてあれが部下にいれば私もこんな風に血迷わずに済んだかもしれないわね」
「お母さまとはいえあげないからね?」
「あら、貴方のもの。という訳でもなさそうだけれど?」
「それを言うのであればエイサはきっと誰のものにもならないだろうけどね」
言うなれば神様のものであったはずの男だ。そして神様のものであったはずでありながら、その神様のものであることを拒み自らの意思にのみ従うようになったそんな男が、誰かのものになるとは考えにくい。その生きたは辛いだろうと思う。誰かを統べるわけでもなく自分自身の肉体と身に着けた技量の身で自分自身の思うがままに振舞うことがどれ程の苦難の道かリアヴェルはエイサを見てよく知っている。あらゆる理不尽を自ら選んだものだからこそ拒むことなく受け入れるその様が、血反吐が出るほどに辛いものだと彼を見ていれば一目瞭然だ。
故にその戦いは美しい。
エイサの戦い方は堅実の一言に尽きる。
彼は決して無理をしない。
常に余裕を持ちいかなることが起きても対応できるように立ち回る。
そうでありながら戦場において無双を成し遂げるのは、彼の鍛え上げた技量と類まれなる身体能力、何よりも数多の戦場を潜り抜けて身に着けたその洞察力だ。
エイサは敵の攻撃を見切るのが早い。
見切りとは敵の攻撃の前兆を見て取って行う類の技術ではあるが、エイサの場合は敵の攻撃の前兆が発生する前に行っている。筋肉の微細な予兆を見逃さずその上で微小な隙を作ることで敵の攻撃を誘導する。それを一対一はおろか一対多相手でも行う事でほぼ未来予知に近い精度で相手の攻撃を予想しその攻撃に対して自身の最高効率回答を選択している。最適解ではなく最高効率回答であると言うところがこの場合はミソだ。無理をして最善の行動をとるのではなく、自身が戦い続けられる最適行動を基本的に選ぶことで相手の反撃の目を潰し、自身に有利な状況を作り上げるのが非常識なまでに上手い。
アクロバティックな行動も、それを選択した際の最高効率であるからその行動をとるのであって、その戦いは質実剛健の極みだ。彼がとっさの判断で行う超絶技巧も、あくまで傍から見ればの話であって彼にとってしてみれば、それが最も効率的であるからこそ選択するだけ。賞賛を浴びる要素などどこにもない。
しかしそれを傍から見れば圧倒的な力量に支えられた美しい戦闘に見えるのだろう。少なくともエイサの戦い方にリアヴェルはうっとりとした視線を向けた。
それを見てリスティアは小さく笑う。
戦場にてエイサの戦いに集中しているリアヴェルは気づかない。
一歩だけゆっくりと下がりリアヴェルの無防備な背中が見える場所に移動した。
そして彼女の背中にゆっくりと手を伸ばそうとして……
「ひゅっ!?」
「あぶないよエイサ。らしくもない。もう少し観客に注意して戦いなさい」
不意にエイサの投擲したナイフがリアヴェルとリスティアの合間を掠めた。
ソウジに向けて放たれたナイフが彼の手によって弾かれ、そして二人の間に着弾したのだ。
思いもよらぬところから飛んできたナイフにリスティアが小さな悲鳴を上げる。
それを聞いてリアヴェルがエイサへと指示を飛ばした。その声が届いたのか、軽く手を挙げると再度勇者五人がかりの乱戦に突入していく。
そちらの方を見ながらリスティアは言葉を失った。
いくら何でも超人が過ぎる。
勇者五人を相手にしながら戦場より百メートル以上離れたところで行われる襲撃を、敵に弾かせたナイフを使って牽制するなどそんなことが可能なのか。いや、事実としてそれが目の前で行われた以上出来るのであろうが、その視野の広さもナイフ投げの技術も相手の力量の読み切り方も全てが高度に過ぎる。勇者五人を相手に単騎で押し返したうえでリアヴェルの方にまで意識を向ける事が出来るなど本当に人間の範疇に入っているのかも怪しいだろとリスティアは冷や汗を流した。
「ああ、そう言えばお母さま」
「……何かしらヴェル?」
「私が何でこんな風に無邪気にエイサの活躍を眺められるかわかります?」
「……さあ? 私には分からないわね」
冷や汗を流しながらとぼけた回答を返すリスティアにリアヴェルは小さく笑う。
その笑みは艶やかで同時にどこか不吉さを感じさせる笑みだ。ゾクリと彼女の背を流れる冷や汗がその量を増した。
「私、エイサの事を信頼してるんですよ」
「ええ、それくらい見ていれば分かるわ。ちょっと考えられないくらいに信を置いている」
「はい。それこそ、あいつの側にいる限り私は絶対に安全だと確信している程度にはね」
そう言ってリアヴェルはリスティアの方へと視線を向けた。
その笑みとその視線をリスティアは良く知っている。
「だからお母さま、私を襲おうとしても無駄ですよ? おとなしくエルメルダ……うちの科学者のところへ連行されてくださいね。無駄な努力なんてせずに」
その笑みはまさしくもって魔王の笑みだった。
かつて自身が浮かべていた、目の前の生き物全てを見下す絶対的な強者の笑み。生物が本能的に恐れる類の笑み。成程、にこやかに笑みを浮かべているだけで威圧されていたかつての部下の事を失礼など笑っていたがこれは確かに。
「ええ。肝に銘じておきましょうかヴェル」
「ええ。それがいいですよ。お母さま」
とても恐ろしい。
そんな感想を抱いた。
そしてそれが先代の魔王が当代の魔王に屈した瞬間だった。




