七十一話
馬車の中より五人の勇者が現れた。
リスティアとの戦闘音が聞こえていたのだろう。エイサがこの場にいる事に違和感を抱くこともなく彼女たちは自身の武器を抜き放つ。それに応じるようにエイサも剣を構えた。
「エイサ。なぜあなたもここに? 今更ながら勇者としての使命に目覚めて先代魔王リスティアを撃ち滅ぼしに来たのかな?」
茶化すようなアリスの言葉にエイサはその戦意を滾らせることで回答とした。
その彼を見てアリスも気を落とす事さえなくその身に携えるアリスティアを引き抜いた。それに応じるように他の勇者たちも武器を構える。
「一つだけ大きな訂正をするぞ、勇者アリス」
「何かしら? エイサ」
「俺の目的はいつだってお前のみだ。それ以外のものに拘るつもりも意味もない。先代魔王、シスターリスティアの復活など至極どうでも良い話だ。はき違えるなよ。俺はお前を殺すためだけに生きているんだ」
「ふふ、熱烈な告白だねエイサ。その告白が私に対する負の感情しかないのは減点対象だけど、私のためだけに生きているってのは良い殺し文句だ。惚れてしまいそうになる」
「戯言だな。くだらない言葉を吐くなよ勇者様」
「戯言ではないんだけど、まあ君がその言葉を受け入れるはずもない。受け入れられないとなればすべき事は一つだけだね」
言葉と同時に五人が陣形をとる。
その陣形に向かいエイサはその剣をもって斬りかかった。
受けようとするアリスの対応を剣を止めてそのまま剣の柄頭で殴りつける。その一撃をヘルムで受け止めたアリスの意識が一瞬途切れるが、その隙を潰すためにソウジが自身の神槍をもって割って入った。
「先代魔王リスティアが復活したんだろ!? その魔王より自分が利用されているって気づかないのかよっ!!」
「つまらない事を言うなよ槍の勇者」
挑みかかってくるソウジの槍を容易くさばきながら懐へ飛び込むと、大剣を真横に薙ぎ払う。それをソウジは柄で受け止めるとそのままつばぜり合いの体勢に移行するが、圧倒的な力の差でエイサが押し込んだ。撥ね飛ばされるように後退するソウジ。エイサとの距離があいた其処へ幾つもの矢と氷の刃が降り注ぐが、それら全てを瞬間移動染みた回避行動で悠々と回避する。
そして剣を構えなおすと今度は後衛に向けて一歩で踏み込んで見せた。
魔法が発動して目の前にいた三人が掻き消える。
見慣れた戦術に馬鹿の一つ覚えだと悪態をつくが、生憎だが戦術としては悪くはない。
事実としてこの戦術を打ち破るのは単純明快な速度が必要だ。
瞬間詠唱魔法で空間転移の類を行えるようになった魔法使いはそれだけで生存能力を引き上げる。空間転移魔法自体が非常に高難易度の魔法で有るため使用できる者は少ないのだが、使用出来る魔法使いは火力と生存能力を併せ持つようになる。何より後衛の聖職者を一撃で殺せない限り、即座に逃げられて態勢を立て直されてしまうのが一番きつい。
「だが、まあ、面倒なだけだ」
そうつぶやいてソウジの槍の一撃を大剣で逸らす。
そらされた一撃がアリスの振るうアリスティアと噛み合って火花を散らす。
その一瞬の隙を付いてエイサがソウジの腹部へと蹴りを叩き込んだ。
弾き飛ばされるが即座に戦線に復帰するソウジの対応に、身体能力の向上を見て取りエイサは僅かに目を細めた。間違いなく肉体性能が向上している。今の一撃。今までならもっと盛大に吹き飛ばされていたはずだが、力を込めて吹き飛ばされないように耐え忍ばれた。
払われる槍の一撃を柄を蹴りつける事で止め、その隙を抜いて迫るアリスティアを左手の手甲で剣の側部を跳ね上げる事で防ぐ。そのまま一回転するようにエイサはアリスに向かって剣を薙いだ。
「危ないなぁ!!」
「かわすか」
掠めた部分の鎧から火花が散って削り取られるのが良く分かった。
一筋に入った斬撃痕はエイサの力量を示すが如くに美しい。
鉄よりもはるかに頑丈で軽い妖精金属製の鎧に一撃でこんな傷を入れる力量に、アリスの背筋に冷たい汗が流れた。前衛の二人を援護するように再び矢が放たれる。それと同時にその周囲一帯に麻痺毒がばらまかれた。シェリスの魔法だ。
味方ごと巻き込むようにばらまかれた毒の霧をエイサは他度その場で一回転しながら大剣を振るう事で切り払う。僅かに吸い込んだ毒で体に僅かに痺れを感じるが全身に力を込める事でその毒を無理やり押し流して対応した。
勇者たち二人には癒しの奇跡をフィリアがかける事で毒を治癒。なおると同時に再度エイサに飛びかかる。息の合った連携攻撃。効果範囲に味方を入れても即座に回復することで帳消しにするその対応能力と言い、互いを信頼しきった連携が存外に厄介だ。負けるつもりは欠片もないが、手こずる程度には実力をつけてきている。
それでも、エイサを打倒するには程遠い。
五人の勇者が総力で挑んでなおエイサは傷一つ負うことなく全ての攻撃を捌き切る。
反撃における一撃は全てが必殺だ。受け損ねれば一撃で決着がつく。その力量は魔王軍最強の名に恥じぬ凄まじさだ。勇者五人がかりで息切れさえ勇者たちの方が早い。こと戦闘能力に関して他者の追従を許さない。
それに応じるように勇者五人の戦略は持久戦となっている。
防御を捨て全力で攻勢をかけて小動もしないエイサを相手には全力で粘り消耗戦に持ち込むことで人数の優位性を生かす戦法を取るしか勝ちへの道筋が見つけられない。というよりも五人がかりでどうにかこうにか全員が生存できている状況下では捨て身の攻撃はエイサに各個撃破のチャンスを与えるだけだ。そして全力で攻勢に出ればその瞬間に聖職者であるフィリアを殺しに来る。技量はおろか素の身体能力でさえエイサに及ばない彼らではそうなると詰みだ。
火花が散る。
放たれる斬撃は閃光に比する程。その威力は稲妻のそれを上回る。
確信をもって回避したとしてなお、その剣圧をもって喉元を掻き斬られる。喉の奥に流れ込む血を無理矢理垂下して、エイサの攻撃を受け止めるも一撃一撃の重さが尋常ではない。割かれた喉は再びフィリアが癒してくれるとは言え全くもって隙が無い。
「本当に戦闘における呼吸の読み方が上手すぎるぜ。なんかこう弱点とかないのか? アリス」
「あら? それは貴方の方が詳しいんじゃないのかしらソウジ。この世界の事については大方全て知り尽くしていると、最初に吹いたじゃない」
「生憎だが俺の知っている物語とは随分と乖離している。ことこいつに限って言えば俺の知識は宛にならんぞ」
「使えない男ね。ソウジ」
「随分と余裕があるな貴様ら。俺を前にぺちゃくちゃお喋りをするとは」
「は、逆だってのこうやって軽口でも叩いてなきゃアンタの実力に心が圧し折られそうになる」
「そうか。そのまま圧し折れて二度と挑んでこないのであれば楽なんだがな」
「あら、良い事を聞いたわ。私たちが引っ込んでいれば貴方は戦場に出てこないという訳?」
「ああ勿論。その場合はお前だけを殺しに行くだけだよアリス」
「……そう。まあ、知っていたけれど」
エイサの物言いにアリスはため息をついた。
そしてその表情に笑みを湛えてエイサに相対する。
火花が散る。
エイサの放つ斬撃がアリスの鎧を削った火花。
ギリギリ回避できる程度には自身の力量が上がっている事を喜ぶべきか。それともここまで力量を上げて、全く届く気配の見えない相手の強さに絶望するべきか。
氷刃が舞い踊る。
その悉くを叩き落してその上で放たれる矢をかわし、アリスとソウジの二人掛かりの攻撃をエイサはしのぎ切る。それだけではなく、合間を縫って放たれる斬撃はその全てが必殺のそれ。鎧を削られるだけならまだいい、手足の一本を軽々ともっていく腕前には舌を巻くしか出来ない。斬り飛ばされた瞬間にフィリアが再生させるとは言え、四肢を損失しながらも戦い続けるのは精神的に疲労が激しい。結局は勇者五人の力量が足りていないのが現状だった。
「それで、シスターリスティアに何の用だ?」
「やっぱり蘇ってたんだシスター。しっかり心臓くし刺しにしたんだけどね」
「ああ、見てたから知ってる。だが、シスターはもう魔王ではない。狙う必要もないだろうに」
「さて、それはどうなんだろうか。全ては女神様の思し召しのままにさ」
「女神ねぇ」
女神による神託。それが先代魔王の抹消を求めると言うのであれば、リスティアの成したことは全てが無駄だったという事になる。
その事について何かしら抱く感慨は何もない。だが、神託という言葉には少しばかり違和感があった。
何かが引っかかる感覚。エイサは自分自身の感覚を全面的に信用している。長年に築き上げた超感覚とでも言うべきもの。理屈説明できないが理論の通らない者に対する反射的な回答は、大体の場面で正解だ。ならば……
斬撃がアリスに振るわれる。受け止めさせないように態勢を崩しそのまま叩きこむことで上半身と下半身を生き別れにするつもりだったが、その一撃をソウジが受け止め受け止めた。弾き飛ばされるソウジはアリスを巻き込むようにしたつもりだったが、なんとか体を捻ることで無理やりアリスを回避、転がる勢いを利用して跳ね上がると、再び大地を蹴ってエイサに迫りくる。
「邪魔だ」
再び剣を振り回す。
適当に振るわれるように見えてその一撃は正確無比。
それほど力を入れたように見えないのに人一人を両断して余りある一撃をどうにかこうにか受け流すが、僅かに崩れた態勢の隙を付くようにエイサがソウジの腕をつかみそのまま迫る魔法と矢に対する盾にする。ソウジに対して発動した聖盾が全ての攻撃よりその身を庇った。
ソウジを掴み上げているエイサに背後よりアリスがアリスティアを振るう。しかし背後からの一撃も後ろに目が付いているのかとと思ってしまいそうなほどに精緻な動きをもって回避して、ソウジをそのままアリスへと投げつけた。
ソウジに押しつぶされるように倒れこむアリス。しかしもつれあいながらもアリスはソウジの両足を自身の剣の側面で受け止める事でソウジの足場とし、その意図を悟ったソウジはそのままアリスティアを蹴って再びエイサへと迫る。
幾度目とも数えてもいない火花が散る。
掴みかかっていた違和感を心の隅に置いておいてエイサは五人の勇者を相手取ることに集中した。