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六十四話



 夜の時間帯。

 天上に輝く月が廊下の窓より見えた。

 冷たく輝く月の光に照らされながら、エイサはリアヴェルを待っている。

 装備を整え戻ってきたのにまだ彼女がいなかった時はさらっと一人で行ってしまおうかと悩んだが、それをやるとリアヴェルが発狂しかねないので流石にやめておいた。旅路の間悪くない食事がとれるのであれば、彼女を待つことくらいは許容範囲内だと割り切ってしばし窓より外の月を眺めていればほどなくして足音が聞こえた。


「さて、行きましょうか」

「おせーよリアヴェル。一人で行くか迷ったぜ」

「ふふ、そんなことしたら僕泣いちゃうよ?」

「で帰ってきたときにブチギレるだろうから今回は待ってたんだよ。それで? 準備はできたか?」

「ま、ね。と言っても大した準備はしていないよ。何日か分の食事と調理器具キャンプ用品をいくつか持ってきただけ。晩御飯のグレードは君の狩猟の腕にかかってるから期待してるよ?」


 そう言うと彼女は指を鳴らして空間を歪めた。歪めた空間に手を入れて何かを引きずり出すと、それはテント器材の一部だった。相変わらず便利な魔法だとエイサは思う。空間を歪めそこに物を入れて置ける魔法。かさばらずある程度の重量のものまで詰め込めるその魔法を以前の旅の時に彼女が覚えてから、エイサもかなりお世話になった。


「まあ、狩りくらいは任せろ。なんでもサクっと採って来てやるさ」

「うん。君の腕前は良く知っているからね。そう思って食料は最低限しか持ってきてない」

「それじゃあ、そろそろ向かうか」

「そうだね。それでどこから?」

「ナグラムだ。ナグラム城より東へ向かう。途中王国軍の展開している地域を無理やり突破するが問題はないな?」

「うーん、魔王を連れてそのルートを選ぶとはね。もう少し安全なルートは無いのかい?」

「ルートはあるが時間がかかる。それに結局主要道に関しては封鎖が敷かれているし、結局どこかで無理やり突破する必要が出てくる。そうであれば主要戦闘区域をぶち抜く方が後々楽だ。……一々追撃要因を気にしたくは無いだろう?」

「相変わらずの脳金思考。というか英雄思考だよね気味の考え方は。普通の考え方では想像もできないというか、普通の人間なら想像もしない方法を初手に取るんだから」

「うるさい。これが一番手早いんだから良いだろう。それとも何か? 別のルートに宛でもあるのか?」

「無い。文句は言わせてもらったけど、君になら出来る手段だし、事実それが一番早いだろう。だけど、その事をソニス将軍には伝えておいた方が良いんじゃないかい? 夜襲による単騎掛けで敵の陣営が崩れるのであれば、彼にとってもプラスになるだろうし」

「その辺はモンリスがすでに動いている。女神の結界があるから支配領域の拡大はできそうにないが、それでも敵部隊に大きな被害を与えるチャンスだからって、了承も得ているってさ」

「流石に手回しが早いねモンリスは。君も見習って?」

「奴にできる事を俺ができる必要はない。俺に必要なのは純粋なまでの力だ。モンリスが戦闘能力をほとんど持たないからこそな」


 そうこう言っている内に二人は魔法陣の設置されている部屋にたどり着いた。

 魔法陣に向けてリアヴェルが魔力マナを流すといつも通りに部屋の景色が変わる。ナグラムについた証拠だ。連れ添って部屋の外に出てそのまま徒歩で戦闘区域へ歩いていく。


「……馬は使わないの?」

「山道を駆け抜けるつもりだからな、馬は逆に足手まといだ」

「……は? それで戦場をどうやって駆け抜けるつもり?」

「当然この両足でだが?」

「いや、貴方はそれで十分でしょうけど、今回は僕も一緒に行くって分かってるでしょ?戦場を馬なしで駆け抜けろって、中々に無理を言うじゃないか」

「出来ない訳じゃないだろうに」

「そう言う問題じゃない。僕が戦場にほとんど出ない理由を考えてくれよ。……ニコとかに怒られるじゃないか。彼女だって大分我慢して前線に出ないようにしているのに、それを命じた僕が最前線に出てたら彼女に対して説得力がなくなるだろ」

「なら、ついてくるのをやめるか……って冗談だから魔力マナを練り上げるのはやめろ」

「エイサ。君に対しての僕の気は長くない。言葉には気を付ける事だね」


 そう言いながらリアヴェルは魔力マナを霧散させた。

 まあ、直撃させたところでエイサに対して通じるかどうかは怪しいところだが、こんなところで爆音を鳴らして騒ぎを起こしていては時間がいくらあっても足りはしない。魔力マナを霧散させたリアヴェルに対してエイサは小さくため息をついた。


「それで? どうやって突破するのさ?」

「いや、だから自前の足で駆け抜けるけど?」

「そうじゃなくて僕は?」

「背中に背負う。振り落とされないように縄を使って固定するが構わないな?」

「人をに持つか何かの様に扱うなよ……。まあ、それが一番手っ取り早いか」


 そう言ってリアヴェルは小さく頷いた。

 決して納得している表情ではないが、これ以上文句を言っても仕方がない。そんなことを悟ったような顔をしている。リアヴェルのその様子を見てエイサは鎧に仕込んである縄を取り出した。正確には鎧に仕込んだ魔法に収納していた縄。それを彼女に手渡すと戦闘区域の端で足を止める。


「エイサ将軍。それに魔王様」

「ああ、ソニスか。出迎えご苦労様」

「悪いな急な事で」


 そんな二人に向かってソニスが声をかけた。

 魔王の姿を認めると同時に馬より降りて臣下の礼を尽くす。それを見ながらリアヴェルはエイサの方に視線を向けた。これこそが臣としてあるべき姿よ? と言わんばかりの彼女の視線をエイサは見ないふりをした。そんな彼らにソニスが問いかけた。


「しかしお二人とも正気ですか?」

「本気ですかならともかく、正気ですかとは随分な言い様だなソニス将軍」

「だがしかし、そうとしか言いようがありますまい。敵陣を総大将自ら突破しに向かうなど」

「しかも私、縛られていくのよ? ひどいとは思わない?」

「成程。やはり正気ですかな?」

「だから、正気かどうかを問うな。仕方が無いだろ、魔王様のご所望だ」

「おいおい、私は決して自ら望んで縛られるわけじゃないぞ?」

「だけど、付いてくるんだろう?」

「いや、それはそうだけどね。もう少し私に対する配慮が必要だと思うよエイサは」

「お前相手に配慮ねぇ。あまり必要だとは思わんがな」


 言いながらエイサはリアヴェルに向かって自身の肩を叩いて見せた。

 それを見て彼女はエイサの背中に乗る。鎧でこすれないように厚手の布を挟んでから抱き着いて、自身の背中に向かって縄を回した。その縄の先をエイサに手渡すと、彼は手慣れた手つきで自分とリアヴェルの体に巻き付けて固定する。その後にリアヴェルが魔法をもってその縄を固着することでロープが解けないようにして準備は完了だ。


「それじゃあ出るぞソニス将軍」

「わかった。魔王様の事をよろしく頼むぞエイサ将軍」

「ああ。そっちも追撃は任せた。後ろから追ってこられると面倒な事になる」

「無論。ここでどれだけ叩けるかで魔王様が戻られるまでの戦いが決まる。奮闘させてもらうとするさ」

「それじゃあ、ちゃっちゃと行きましょうかエイサ」

「はいよ」


 リアヴェルの言葉に応じるようにエイサはエイサは敵陣に向かって駆けだした。

 剣は彼女を背負う前に抜き放っている。

 一歩目で加速、僅か二歩目で最高速度に到達する。

 風切る中で、リアヴェルの言葉が耳に届いた。


「そう言えば」

「なんだよ?」

「こうやって二人で旅をするなんて初めてだね」

「ああ。それはそうだが、お前暫く荷物状態だけどそれでいいのか?」

「あれ? 戦場を抜けた後は下ろしてくれるんでしょ?」

「いや、だから急ぐっての。距離を稼ぐまではしばらくこのままだぞお前」

「は? なにそれ、僕聞いてないんだけど」

「そりゃ、言ってないからなっと」


 後ろのリアヴェルに答えを返しながら幾本か放たれた矢を叩き落す。夜闇に紛れたとはいえ戦場を猛スピードで駆けていたのだ、見つかったらしい。


「さて、本番だ」

「待ちなさい。話はまだ終わってないんだけど」

「そうも言ってられん。敵さんが出てきた」

「ああ、もう。こういうのはもう少し前に相談しておくべきだったかな」

「良いから適当に障壁魔法でも展開してろ。被弾はさせるつもりは無いが、血飛沫とか轟音に対するフォローまではしないからな」

「はいはい」


 エイサの言葉にリアヴェルはいくつか魔法を唱える。

 それを聞くと同時にエイサはさらに踏み込みの速度を上げた。

 あまりの速度に凄まじい風が障壁を叩く。

 金属鎧を叩き割った音が開戦の火蓋を落とし、エイサが雄たけびを上げた。

 戦場に響く戦叫ウォークライ

 その声が戦場に響き渡ると同時に戦陣の列が少し乱れた。

 戦いの幕が上がる。

 リアヴェルが信じる最強の英雄の戦いを久しぶりに見れるその興奮に、彼女自身知らないうちに少し昂っていたのか、頬が僅かに吊り上がるのを感じた。


「ふふ、がんばれ、僕の大英雄様」

「何か言ったか?」

「いや、何も言っていないさ。それよりも、敵さんが来るよ?」

「わかってるよ」


 そんな事を言いながらリアヴェルはエイサの体につかまる力を少しだけ強めた。

 冷たい鉄の感触が布一枚で遮断されている。

 だけどその感触をリアヴェルは嫌っていなかった。

 エイサが踏み込むたびに聞こえる金属音が戦いの激化を示す。激化していく戦闘にあってなおエイサの振る舞いは完璧だ。一薙ぎで三人の敵をなぎ倒し、そのまま部隊に風穴を開けていく。まさしくもって英雄の戦い。それを一番近い特等席で見れる自身の幸福にリアヴェルは酔っていた。

 愛する者が自らを守るために剣を振るうさま。

 それをこんな特等席で見れる特権に。



 

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