六十三話
魔王城に戻るために魔法陣への道を歩いていると、ちょうど魔法陣より転移してきた人型が見えた。小柄な男の姿。モンリスだ。自分を探しに来たのであろう彼はエイサを見つけると、彼に駆け寄り状況を確認する。
「将軍、収穫はありやしたか?」
「ああ。女神の剣は使えるようになったらしい」
「へえ。そいつは良かった。それで、その剣は?」
「まだ調べたいことがあるらしくてな、今は持ってきていない。……まあ、戦場には手になじんだ武器を持ち込むべきってのが俺の持論だ。だからあったとして使うかどうかはまた別の話になる」
「んじゃ、あの剣は使わないんですか?」
「十分にならしてからだ。使えないことは無いが、使いこなすには時間がかかる。それに、この剣も十分以上にいい剣だ」
言いながら二人で魔法陣に入る。すると魔法陣が輝いてエイサ達の見ている景色が変化した。見慣れた魔王城の一室だ。相変わらず何の装飾もない簡素な部屋。そこから二人で出て、その足をスロブの鍛冶場へと向ける。
「それで? 何かあったのか?」
「いえ、勇者の出撃先はまだわかっていません」
「出撃先はって事は別の場所へ向かったことは掴んだって事か?」
「鋭いっすね」
「なんだ? 俺に隠しておきたい場所にでも向かったのか?」
エイサの言葉にモンリスは言葉を濁した。
自身の言葉が当たったことを理解しながらもエイサはモンリスに問いただす。
「何処へ向かった?」
「……センマの村。ご存知ですかい?」
「いや、聞いたことがないな」
「勇者アリスの故郷の村。そう聞いていますが」
「何……」
モンリスの言葉にエイサは眉根を顰めた。
故郷の村に名前があるとは知らなかった。もう十年以上戻っていない始まりの場所。先代魔王の屍が眠るその地に何の目的があってアリスが向かっているのかは知らない。だが、アリスが向かっているのであればやるべきことは一つだ。
「俺も向かう」
「本気ですか将軍。敵勢力のど真ん中ですぜ?」
「そんなことは百も承知だ。だがそれでも奴が向かうと言うのであれば俺も行くさ」
「……サポートはできませんぜ?」
「ああ、分かっている」
人間勢力のど真ん中。
そこを突っ切る以上誰かを連れていく選択肢はない。
小鬼族なら人間領にも数多く存在するが、その殆どは雇われの農奴として作業に従事している事で生計を立てている。都会に出れば郵送を担ったり、商家の丁稚をしていたりする小鬼族もいるのだろうが田舎においては小鬼は殆ど見ない存在だ。そんな彼を連れて行って怪しまれると面倒だ。
「それじゃあスロブ爺さんに武器の整備をしてもらったら出るとするか」
「了解しました。……次回の会議には?」
「出ない。代理は任せたぞモンリス」
「まあ、あっしは構いませんが魔王様がどうおっしゃるか」
「不許可よエイサ」
モンリスがそう言った瞬間にリアヴェルが現れてエイサにそう言った。
どうやらこちらに向かってきている途中で聞いたらしい。
面倒な奴に聞かれたものだとエイサは思いながらも彼女に問い返す。
「何故だ?」
「勇者を殺す事は許可し、貴方にその裁量権を与えてはいるけれど、あくまでもそれは勇者が魔王軍、ひいては私に対する危害を加える可能性がある時にのみに与えた権限。向こうの領内にて行う行動にまで、行動の自由を与えたつもりは無いわ」
「だが、勇者の動きに何の理由もないと言うのも考えにくい。何かしらの意図があるとのは間違いないと思うが、それでもか?」
「ええ。それでもよ」
「ふむ……」
リアヴェルの言葉にエイサは少しだけ考え込む。
まあ、止められてもエイサ自身がやめるつもりは全くないのだが。
「と、言っても貴方行くのをやめる気はないでしょう?」
「……いや、そんなわけないだろ。流石に魔王様の命令は聞きますよ?」
「聞いただけで実行はしないとか、そう言う屁理屈こねて向かう気満々じゃない。……全く、しょうがない騎士様ねホント」
「……だとしたらどうする? 無理やり止める気か?」
「……まさか、貴方を無理やり止める方法なんて私はもっていないモノ」
そう言ってくすくすと笑うリアヴェル。その態度にエイサは疑問を隠せない。
「あ? だったらどうするつもりだよお前」
「しょうがないから僕もついていってあげる。喜んでねエイサ」
「は? いや、お前会議はどうするんだよ」
「どうしても外せない用事とでも言っておけばいいさ。偶には僕にだって息抜きの時間をくれたって良いとは思わないかい? 魔王軍が組織として立ち上がってからこの方、僕は一度も休みをもらってないんだしね」
「いや、それはそうだが……お前の用事は良いのか?」
「女神様の結界に対する祈りの事かい?」
「そうそれ。その結界、お前が中和してるから何とか戦いになってるって聞いてるぜ?」
「それに関しては大丈夫だよ。確かに侵略行動はストップするだろうけど、僕が出ている間くらい守備に回って容易く抜かれる程僕らの軍も軟ではないさ」
「軟ではなくとも結界は有るんだろ? 食い止められるのか?」
「支配地域の楔は破壊し終わっているとの報告は受けている。楔が無ければ地域の結界も機能はしない。問題はないさ」
その言葉にエイサはしばし考える。考える内容はリアヴェルを説得するかそのまま連れていくかの二択についてだ。ナチュラルに行かないと言う選択肢を除外しているのはエイサの中で勇者の動向が分かっているのに動かないと言う選択肢がないためである。勇者を殺す。その事に関する優先度は彼にとって最優先されるべき事項であることの変わらぬ証左だ。
「……わかった。なら旅支度をして来いリアヴェル。俺もスロブ爺さんに武器の整備を頼んでくる。整備が終わったらすぐに出るぞ」
「へぇ、案外素直じゃないか。君の事だもっと渋ると思ってたんだけど?」
「渋ってもどうせついてくるだろう? だったらここでグダグダとお前を説得しようとするだけ時間の無駄だ。無駄は省くべきだろう?」
「成程、その通りだ。それじゃあ出発は夜だね。それまでには準備を整えるとしようか」
「ああ。んじゃ、俺はスロブ爺さんの仕事場に向かうが、旅支度任せたぞ?」
「はいはい。君のために特別だ。旅支度は任されよう」
「荷物は軽く、必要最低限の物だけな」
「わかっている。これでも君より旅をしていたのは長いんだ。それとも忘れてしまったかい? 僕たちの旅路を」
「忘れるものかよ。だが、時折お前意味不明なミスをしでかす女だからな」
そう言うエイサに対してリアヴェルはくすくすと小さく笑って返答とした。その様子に僅かにエイサも肩の力を抜く。そして用事は終わったと言わんばかりにその足をスロブの鍛冶場へと向けた。
「魔王様」
「なあに? モンリス」
「いえ、ただ随分とご機嫌だと思いましてね」
「あら、浮ついて見えたかしら?」
「失礼を承知で言わせてもらえばかなり」
「そう。まあ、しょうがないでしょう? 久しぶりにエイサとの旅路だもの。浮ついてしまうのも仕方がないわ」
「……まあ、将軍がいれば問題はないでしょうが、そういう時にこそ魔が差すものです。御身を大切にお願いしやすね?」
「ええ。これでも魔王軍を統べる身。並の相手に後れを取るつもりもないわ」
「いや、そうじゃなくて出来る限り戦わんでくださいって言ってるんですけどねぇ」
「大丈夫よ」
モンリスの言葉にリアヴェルはそう言い切った。その確信染みた言葉にモンリスは再度首をかしげると、その表情が面白かったのか更に彼女は笑みを深くして言う。
「あの男が自分の獲物である勇者と私を戦わせると思う?」
「……いや思いませんが」
「そしてあの男が勇者以外に負けると思う?」
「その問いは卑怯では?」
「だけどそれが答えよ。あの男と一緒にいるのが一番の安全策。それにこう見えて私、結構強いのよ?」
「そりゃ、魔族を統べる王が弱いはずない事も知っていますがねぇ?」
そう言いながらモンリスは小さく肩を落とした。それでも城を離れることに不安を抱かないわけにはいかないのがモンリスの立場だ。そして悲しいかなモンリスはエイサと共に過ごす事で、上の我儘に慣れてしまっている。これ以上言葉を尽くしても意味は無いこともよくよく知っていた。
肩を落としたモンリスをしり目にリアヴェルは自分の部屋へ戻ろうとした。いろいろと必要になるであろうモノを脳裏に浮かべながら歩きかけるところに、再度モンリスの問いが届く。
「しかし魔王様。随分とご機嫌ですが、何かいいことでもありましたか?」
「んー? それを聞くの貴方。随分と野暮な質問じゃないかしら? らしくないわよモンリス?」
「確かに野暮な質問ではありますが、一応の確認でさぁ。如何なる理由をもって将軍についていくのか、上の目的を知っておくのも副官の務めですからね」
「本当に甲斐甲斐しい事。でもまあ、その野暮な質問にも答えてあげましょう。私、結構機嫌がいいからね」
そう言うとリアヴェルはその場でくるりと回転してモンリスに向き直った。隠す事もしない満面の笑みが彼女に浮かんでいる。その眩さは彼女自身の美貌と相まって怖いくらいに美しい。それこそ、種族がまるで違うため、美的センスが合わないはずのモンリスをして惹きつけられる程の笑み。
「エイサと久しぶりの旅ができる。しかも二人っきりで。これで機嫌が良くならないはずがないでしょ?」
「まあ、そうでしょうなぁ。すいませんね、野暮な質問しちまって」
「それと」
「それと? 先代魔王。すなわちお母さまの墓参りに出向けるのは、やっぱり喜ばしい事なのよ。物心つく前に別れ、顔も覚えていない人だけれど、それでもね」
不意に真剣なまなざしでリアヴェルはそう言った。
モンリスは本当に野暮な事を聞いてしまったと少しだけ後悔をしながら、深々と頭を下げた。
それを見てリアヴェルは今度こそ自身の部屋へと向かう。その足取りは軽く久しぶりのエイサとの旅路に胸躍らせているように見える。その後ろ姿が見えなくなるまでモンリスはただただ頭を下げ続けた。




