乱の17 *注意*ゴ○ブ○が苦手な方は絶対に読んではいけません!
葉が揺れた。
僅かに擦れあう木々の足元で、先のとがった雑草がさわさわと静かな音を奏でた。ほんの少し時が経つだけ、それで音は大きくなっていく。草だけでなく花もゆれ、徐々に強くなる勢いに負けて鮮やかな赤が大空に舞った。風のまだ静かな伴奏の中、青い空を舞う赤は彩りを与えながらくるりと回り、音に乗って流れていく。
勢いを増していく伴奏に続いて、ざあっと木々の旋律が奏でられ始めた。赤の舞う大空の中、時間に連れられて白い雲が生まれ出でると、それは地上に反してゆっくりと流れた。
起きたばかりだというのに、風はゆっくり動くことを許さず、ゆるい雲の動きを後押して、怒涛の如き速さを生み出した。有り余った力は遠くからも雲を運び寄せて、暗い灰色が赤と白の王城に覆い被さった。
風が吹く。
膠着していた国に風が吹きつけた。すべてを吹き飛ばすような風が、三年もの長い間変わることの無かった世界に、激しい風が吹きつけた。風は流れを生み、雲を呼び、怠慢を洗い流すかの如く小さな雫も呼んだ。それは ぽつ ぽつ と落ちていった。
風を雨を呼んだのは何なのだろう。変えようとする人の心だろうか。未来を案じ嘆くだけではなく、変えようと行動する人々の心と行動が、生み出したのか。見る間に過去を流す水の音は、強くなっていった。壮絶なる演奏の始まりだ。
止まっていた時が目覚めたのだ。
***
何気なく、廊下に出て目の前にあった壁一面の窓越しの世界を見たら、遠くに見える木々が揺れていた。
風が起きたか。窓を開ければ良い風が入ってくるのだろうな。と灰色の青年はひとり思った。頭に叩き込まれた城の間取りも脳裏に浮かんで、確か角を曲がった廊下の端に、バルコニーがあったなと思い当たれば、左すぐに曲がり角が見えた。
「・・・・・・・行ってみたーい」
それでも脱出を優先させて、悲しい顔で体を右に向けた。万一にも道を誤らないように、行きと帰りの道程は同じにするよう話がついていた。少し足早に歩いていれば、窓越しにも判るほど風の勢いが強くなっていることに気がついた。これは一雨くるかもしれない。外に待たせている小さな仲間を案じて、より足早に廊下を進み階段を下って行った。階段を下りていくと二階との間の踊り場で、知らぬ男の掠れた声を聞いた。
「上に行ったぞ、追えー!!」
「あん?なんだ、誰か逃げて・・・・」
手摺り越しに階下を見ると、黒いガラスに守られる瞳と出会った。
「あ。いた」
それは目が合うと嬉しそうに喋った。
あっけにとられる青年は立ち止まり、呆然と凝視して。
「おい、何でお前がここに・・・・」
追えー、と少年の下から声が響いてくる。
「まさか」
ありがたくない事態を察してねめつければ、駆け上がってきた少年はグレンの腕を掴んで駆け上がった。
「逃げますよ!」
「逃げますよって、おい!なんで逃げてんの」
行き先はバルコニーだろうか、空を飛んで逃げるつもりだろう。
事態はわかったが納得がいかない。
「おい、クロー!せーつーめーいーしろ!」
この利発というより狡猾な子供がみすみす敵に見つかるとは、何か異常な事態が起きたのか。
速度差で後ろを走る少年を振り返って聞けば、少年は視線をそらした。そもそも視線というものすら見えはしないのだけれど。何となく分かるそらされた視線を睨みながら、三階についたと同時に右へ曲がった。この中央階段から廊下端にあるバルコニーへは、左右どちらへも同じ距離で行ける。それでも右のバルコニーからはアジトが遠くなるはずだ。わざとだろう。
「『黒ノ魔術師ダー』だそうです」
黒服から説明にならない返事が来た。
「バレたの?まさか侵入ばれちゃったの?」
理由が知りたい。と頭上から問い詰めれば。
「・・・・・・・・・・・・・・・疲れましたねぇ」
「おい」
「体力つけないとなぁ」
「おーい」
「・・・・・・・・真面目に、息切れしてきた・・・・」
「おいおい。つかお前飛べるじゃん、何で飛ばないの」
「走りたい気分」
「なんじゃそりゃ」
「・・・・・・見つかった理由は、後で説明します。今は、説明する余裕が、ない」
「約束だからな」
「は、い」
背後からは兵士の足音と指令の声が聞こえていた。追いつかれることはないだろうが、少しのミスも命取りになる状況だ。転んだりすれば一瞬で取り囲まれるだろう。振り返ってみると、息せき切って走る年配者達が良く見えた。がんばる年長者の姿は汗が滲んでいるけれど、どこか楽しそうだった。久しぶりの大仕事なのだろうか。けれどあまり・・・見た目がよろしくない。
(うわぁ・・・)
視線をそらせて前方に移すと、隣から怪しい気配を感じた。
「それに、飛ぶまでもなく・・・まだ奥の手がありますし!!」
少年はグレンの右ポケットに手を突っ込んで、茶色の小さな球体を取り出した
「うげ、」
「あぁ、これでやっと苦労が報われる」
嬉しそうに球体を掲げた。
「苦労してたか?」
視界の先に出口であるバルコニーが見えた。あと少しだが、まだ遠い。
「苦労して集めたじゃないですか」
「楽しんでたじゃん」
最後の言葉に反論はなく、少年の意識は別に移った。手に持つ球体が輝きを放ちだしていた。
クローは振り返って敵との距離を測ると、心から楽しそうに笑う。
「さぁ出番ですよ!行きなさい、黒い悪魔!!!」
「え、お前が行くの?」
「失礼な」
薄く光を放っている球体を、後ろへ投げた。
弧を描いて茶色い球が飛び、少年達と敵兵の中間に達したとき形を無くして歪んで、木箱に変わった。少年が小脇から小刀を取り出して一文字に斬ると、生まれた空気の風に魔力を込めて、威力を増した残撃は木箱に達した。四角に組んでいる木が兵たちの目の前で崩れた。
「・・うわぁ・・・・・悪魔の奇襲だ」
中から小さな黒い物体が、無数に溢れ出して兵へ向かった。
先頭を走っていた兵達が悲鳴を上げる。後から来た者は混乱しながらも、それに気づくと血相が変わってくのがグレンにも良く見えた。見えるというより、感じた。だって、あれは、黒い悪魔と名づけられたそれは、台所によく現れるあれなのだ。
主婦の敵であり、よくスリッパで殺される脂ぎったあの生物。その黒くぎらぎら輝く昆虫の群れが、遠くから見た分には黒い霧のようになって兵達に襲い掛かっているのだ。血相が変わるのは良く分かる。むごい。
「ひぃぎゃいぁああぁぁぁあぁあ」
「ウソ、ちょっ、待っ、やめてゃぁあー下がれぇ!!」
襲い掛かる小さな悪魔達に、先頭の兵達は後ろへと逃げた。しかし下がれと言われても急には止まれず、後ろから来る頑張るおじさんたちとで入り乱れていた。悪魔の奇襲により、兵の群は統制の取れない状態におちいったのだ。
「あはははははは!良い眺め!」
「ごめんよ皆さん。観念してくれ」
哀れみと笑いの声が通路を進んで行けば「逃がすか」とばかりに根性のある兵が数人、悪魔の群れを突破して走り出した。その表情からは、任務遂行への強い意志というよりも意地でも逃がさないという意志がみえる。根性兵の前方を走りながら、白い華麗な服に身を包んだグレンは追ってくる兵の、鬼の形相に息をつめた。だがそれよりも、さらに先に見える黒い点々を見咎めて。
「おい、あいつらこっち来たりしないよな」
「大丈夫、です。意志の弱い生き物は、操れます。あれは兵を、襲い続けます」
クローは少々息が乱れて、言葉も切れ切れになっていた。魔術師は体力が無いのか。
「こえーな、頼むから俺のことは操んないでね」
「やろうとしても、無理ですよ、貴方は意思が、強いから。面白そうなのにな、
残念、です」
「よかった。俺意思強くてよかった。ホントよかった」
すぐ先にガラス扉の開かれたバルコニーが迫っていた。風の吹き込むそこには後、数歩で辿り着く。
という所で、角にある階段から紅い軍服を着た数人が現れた。突っ込めばすぐさま捕らえられそうな気配だ。
「くっ――」
グレンとクローは片足を前に出して、進もうとする勢いを全力で止めた。
上手い具合に停止する。これだけの騒ぎになって出てくるのが兵士だけな訳がなく、目の前に見えるのは濃く鮮やかな軍服を着た騎士だ。最高のタイミングで前方を塞がれて反射的に振り返れば、既に追いついた兵達が剣を構えて立ち塞がっていた。後方の数は今は四人程度だが、その更に後ろからは悪魔の襲撃を突破した者達が一人また一人と駆け寄って数を増していた。
正に、前門の虎後門の狼状態。
「あらぁ」
「あちゃぁ、逃げ場無しか」
前方の一番正面に居る体格の良い男が、前に出てきた。
「逃げ場はない、大人しく投降しなさい」
(やなこった)
グレンが即座に内心で反対すると、視界の中に目を見開いている騎士を見つけた。グレンの見知った人物であった。
(廊下で会った騎士さんか)
あの会話から後で素性を調べられれば、故郷に迷惑がかかりそうだ。
「あれは・・・・」
横で息を整える少年が、辛そうに声を出した。
「魔術から守る、術紋、ですね。それも中々に、強い術師の、もののようです」
一息つき、深呼吸する。
「打破するのに時間がかかりそうです。厄介な事をしてくれる」
言っているのは騎士の上着下部にある、裾付近に描かれた円の紋章か。少年は心底めんどくさそうだった。
「そうなの?じゃぁお前は後ろを頼む」
「わかりました。気をつけてくださいね、騎士は強い」
期待していた指示だったのか、少年はすばやく後ろを振り返って腕に魔力を纏わせた。魔力の白い靄で巨大な渦を描き、あからさまに魔力の強大さを見せつければ、後門の狼である兵達が恐ろしげに一歩下がった。フード下の口元が影の中で不気味に微笑めば、狼は更に一歩下がった。
グレンは小さく笑って。
「心配いらねぇよ」
前門の虎たちを見据えて剣を抜いた。
侵入に際して装飾が付けられた剣は、ある箇所に力を加えると飾りが取れて、元の無骨な扱いやすい姿に戻る。装飾をポケットに入れていると、目の前にいる騎士が「ほぉ」と感心した声を上げた。
「綺麗な兄さん方、覚悟しな」
そう言って灰色の髪と瞳をした侵入者は、口元に楽しそうな笑みをつくった。瞳には冷静な光を宿す。
「投降は無しだ」
窓の外ではポツポツと雨が降り出し、透明なガラスを濡らし始めていた。
「なら力ずくで捕らえるまで」
騎士の腰で、鈍く輝く刃がスラリと抜かれた。
雨水を通過し僅かに注ぐ光を、反射する刃を構えると、騎士隊長は音もなく戦闘開始の合図を出した。
短い間沈黙を得た後で、最初に動き出したのは侵入者だ。グレンの刃が横一直線に左から右へ移動した。空気すら斬られたと気づいていないように、静かにその場を斬り裂いたそれから飛び下がり、第4騎士隊長シオンは予想以上の敵の腕前を読み取った。紫がかった青い双眸に真剣な色を乗せた。
飛び下がった先に着地すると同時に、剣を正面に据え置いて、灰色の男の第二撃を受け止めた。金属の擦れあう音が僅かな間聞こえたが、グレンの右で、シオンとは別騎士の剣が動いたのを二人共に察して刃の鬩ぎ(せめぎ)合いは終了した。新たに振られた刃が触れる前に侵入者は後ろへ飛び退く。
退いたと同時に生まれた移動力を消えることの無いよう重心移動をし、すぐさま体の位置をずらして攻撃態勢に戻れば一撃目よりも勢いの勝る三撃目が繰り出された。勢いのある三撃目に腕の力も加え、正面、右、左に位置する三人の騎士に狙いを定めて刃を振り抜いた。右にいる騎士が片足から血を噴き上げた。血しぶきが騎士から噴き出し、僅かに重力に逆らってから落ち行けば血の雨となって白き廊下を赤く濡らした。
騎士は立っていられず崩れ落ちるが、崩れながらも剣を振るう。もう一撃を送ろうとしていたグレンは崩れた騎士からの攻撃を避けて後ろへさがり、連続の攻撃は中断させられた。斬られた騎士の傷は深い。魔術による治療を行わなければ今後立つこともままならなくなるだろう。
戦力にならないことを悟った騎士は、紅く染まった床で壁側に転がり戦場を離脱する。その間にも剣の流れを殺すことなく新たな一撃が灰色の青年より作られていた。
隊長シオンの背後に居た二人の騎士達もグレンの隙を見て戦闘に入った。戦慄の音が鳴り響く中、更に一人の騎士が床に伏せ、三対一となった戦闘は更に激しさを増し、剣の衝突する音が雨に濡れるガラスをビリビリと揺らしていた。黒髪の騎士が手傷を負った。剣を取り落す。グレンが更に斬りかかり、妨害するように隊長シオンが間に割って入って剣を振り下ろす。同時に背後から金髪の騎士ルーファスも剣を振り下ろした。
前と後ろを取られたグレンは腰にある短剣を掴み、長剣で正面を、短剣で後方を受け止めた。横へと転がり出る。移動すると、流れるようにすぐさま立ち上がって剣を振る。金髪の騎士の髪を僅かに斬って白と赤の混じる床に金糸がはらりと落ちた。血だまりに落ちた金糸は、次第に赤い色の中へ埋もれていく。切れた髪など気にせずに、ルーファスは斬り返した。素早く切り返してくる見知った騎士の剣を受け止めて、力技で弾き返せば頭の上に隊長シオンの剣がある。鈍く輝くそれを流れるように後方へ受け流したグレンはシオンの背後をとった。黒髪がかかる項に手刀を入れて動きを封じる。シオンが力なく倒れ行く中で、金髪の騎士ルーファスは崩れた体勢を整えて剣を振った。標的の体が沈んで視界を外れた。追うように視線を動かした時すでに遅く、鳩尾を蹴り飛ばされて壁まで飛ばされた。背をぶつけて蹲る。
最後に残った黒髪の騎士は、グレンを捕えることを諦めた。手傷が痛む手で剣を握る。兵を吹き飛ばしている魔術師に斬りかかった。侵入者は、一人捕えられば良い。最初の情報源が剣士の方である必要もない。
ついさっきまで倒れていた騎士の異変に気づき、灰色の青年が動いた。騎士まで距離があるわけではないのだが、少年へ向けて軌道を描く剣に、彼の剣がぶつかるより先に小さな体が存在していた。
「クロー!」
とっさに叫んだ鬼気迫る青年の声に気づいて、察しよく少年は小刀を右の利き手に握った。斬撃の音のする右側へ運ぶ。黒いローブが綺麗に割かれ、輝く鋼が少年の体に届く直前で激しい金属音が鳴り響いた。己の服を突き刺して攻撃を受け止めたクローは、しかし力負けして、小刀の反りにそって剣が背へ向かう。
「ちっ――――」
クローの口から、苛立ちと危機感の混じる小さな舌打ちが漏れた。足に力を込めて飛び退る。同時に金属音が響く。剣が転がる音が鳴った。
痛む手をおして振った騎士の剣は、グレンの剣に弾かれ、落ちた。
雨と風の音のみが響く単調な世界で、からんからんと異様に映える金属音が響く。クローが剣を止たことで剣の動きは読みより遅く、グレンが間に合った。
落ちた剣がむなしく鳴っている。騎士が倒れた。場に居た者の意識が音に移った間に、五人目最後の騎士はグレンに斬り伏せられていた。
***
「あの子達、上手くやってるかねえ?」
心ここにあらずで、ただ坦々と仕事をこなしていたリースは、正面に陣取る男にため息と共に問いかけた。
「心配いらねえさ。あいつらなら何とかなるだろ、カイムの御墨付きだぜ」
ダンクルートはおおらかに笑って言った。隣から声がかかった。
「クロとグレンいつかえってくるの?」
まだ眠そうなぼんやりした顔で、椅子の高いカウンター席で足をぶらぶらさせている。金髪の少女は首をかしげて隣の大男を見上げた。
「そうだなー、もうすぐ戻ってくるんじゃないか?」
金の柔らかい髪を掻き混ぜるようになでると、アリスの表情は花開くよう喜色に染まった。
「ほんとう!?」
「ああ。早く戻ってくると良いな」
「うん」
ほころんだ少女の笑顔と共に、酒場兼食堂に人がぞろぞろと入ってきた。
いつものように今日が動き出した。




