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乱の16 取引

闇が多い部屋だった。

壁一面と呼べる窓の殆どが布で覆われ、人の立っている場所近くだけが光を通していた。朝の涼やかな光は闇の中で神々しいばかりに明るく景色が見えない。闇の中の瞳がやっと明かりに慣れて見えた窓の先には露台があった。さして大きくはなさそうではあったが、窓一面の外にあるとすれば人を詰めて五十人は立てるだろう。かなり横に広そうだ。

「連絡無き突然の訪問を、まず謝らせてください。誠に申し訳ございません」

余計な事を頭から切り離して、グレンはとにかく貴族っぽく話すことに専念する事にした。

なにせ入ってきたこの闇ばかりの部屋の主は、予言師という特殊で偉いやつな上に結構な凄い貴族家の次男らしいのだ。

「構いません。知っておりました」

グレンの下げた頭に、少し痺れが混じる声が返った。心地よい痺れの、不思議な声は一度聞いただけで忘れそうにない。布が開いた隙間から入る朝の明かりに照らされながら、金髪の青年は微笑して。

「変化の男が来ると、予言がしきりに謡っていましたから」

そうでしたか。とグレンは敬意を表す仕草をした。

片腕を腹の前で横切らせて、軽く礼をするのだ。

「お初にお目にかかります。私はグレン・セティルと申します。いくつかお訊ねしたいことがあり、参上いたしました」

「反乱軍に関わる事だとは知っています」

「・・・・・そうでしたか」

警戒するなというのが無茶だった。こちらを知られた会話はグレンの背筋を冷たく上って敵対心を刺激する。けれど身を低める事で制御した。

「では、手短に済ませていただきます」

片膝をついた姿勢で、顔だけあげて相手を見据えた。

綺麗な微笑がそこにあった。

「まずは私どもの持つ情報の確認を。あなたは五年前、ご家族の死をきっかけにアルザートを離れてスイラへ行き、変わらぬ予言師の生活をされていた。違いはありましょうか」

「ありません」

「そしてあなたは一年前、女神の出現と時期を同じくしてアルザートへ舞い戻った。違いは」

予言師は視線を泳がせてから。

「ありません」

「では何故戻られたか。お答え願いたい」

「アルザートに心残りがあり、戻りました」

「それは」

「答えるには、そちらの協力が条件です」

「・・・・・我が国に害なすことを、女神と共謀しているからではありませんか」

予言師は笑んだまま、頑なに首を振った。

「答えるのは、協力を認められてからです」

「人の道理を越えた協力は出来ません」

「構いません。私も道理に反する者に迷惑をかけられていますので」

「分かりました。では私の言葉でもって反乱軍の総意としましょう」

グレンは右拳を床に付けて、頭を下げた。

「ご協力いたします」

灰色の頭に「ありがとう」と青年の声がかかってグレンが顔を上げると、朝日の後光を浴びながら予言師は口を開く。

「私がアルザートに戻ったのは、ここに妹達が捕らえられているからです」

「いもうとたち?・・・妹?」

「そうです。それが私の首輪となってアルザートに引き戻されました。あなた方が何を望むか確実なことは分かりませんが、妹達を奴らから奪い、保護してくださるならいくらでもご協力いたしましょう」

「ちょ、ちょっとまて」

「はい」

「妹って、あんたの妹だろう」

「はい」

「妹ちゃんが居るなんて聞いてねぇが、どういう立場なんですか」

金髪の青年は考える仕草をして、にこりと笑った。

「囚われの姫です」

「まず姫じゃねぇだろ」

「まぁ、そうですね。長くなりますが、詳しく知りたいですか」

「ああ。・・・じゃなくて、はい」

痺れの微かに混じる声が小さく笑った。

「普通にしてかまいませよ。

俺も旅をする事が多く、くだけた言葉も耳慣れています」

「そうなのか、助かる。堅苦しいのは肩がこって困ってたんだ」

ははっ、と遊びに来たよう気楽に笑い、お言葉に甘えて立ち上がった。

腰が痛かった。

「そんで妹ちゃんがどうしてそんなことになってんのか、どうしてほしいのか、

詳しく話してくれ」

わかりました。と頷きが返る。

「原因としては、予言師の発言力が原因であったといえます。それを利用しようとする者が現れて、双子の妹は誘拐されました」

「はぁ?外道だな」

予言師は小さく笑った。

「手紙で年に一度会うことが出来ていますが、だからこそリルとマルの為に俺は彼らに逆らえません」

手紙があるから、非情になって二人を捨てきる事もできなかった。手紙は温かく、忘れたぬくもりが残っていて、無くしたものが目の前に在るような気になった。忘れそうになる記憶も意識も、年に一度の手紙の度に失った直後のものに戻ってしまう。

「二人は私をこの国に繋ぎとめて置くための材料であり、脅しの道具となっているのです」

「反抗しようとは思わないのか?予言師なら、殺される前に何とかできるだけの味方だって居るんじゃねぇの」

「・・・そうですね。しかし、恥ずかしながら、恐怖で体が動かない。二人以外の家族は皆、そのせいで殺されてしまったから」

「は?」

「俺は家族全てが一度死んだと思っていました。全て失った絶望を味わった後に、実は二人だけは生きているのだと知らされて、心が、臆病になってしまいました。だから今回は、俺とは全く関係のない人が俺とは全く関係なく二人を誘拐したのだと思わせたいのです。失礼ながら、それなら失敗しても問題はありませんから」

「なるほどな。まぁいいよ。失敗しないし」

シラという名の予言師は、微苦笑して続けた。

「ついでです、俺があなた方を信じる証に、先ほどの質問の詳しい内容も

お話しましょう」

一度国を離れたのに、再び戻ってきた理由を。

「俺が国を離れたのも奴らの、思惑でしかありませんでした。他国に取り入っておくために、優しいふりをして私に手を貸して送り込んだのです。ひもをくくりつけたまま飼い鳥を放したようなものです。実際には自由でないのに、鳥すらも自由だと勘違いさせて、鳥と見つけた者を利用しようとした。

そして妹達が生きていると知らせて、やっと首にひもがくくり付けられているのだと気がついたのです。・・・自分でも馬鹿だと思います」

説明している青年の顔には感情の色はなく、諦めともいえる冷静さがあった。

「そうして俺はスイラへと行きました。奴らとしては、いずれ来るタルタスとの全面戦争時の協力を誘い易くするため、だったようですが。俺の知らない間に妙な予言が出回って、それの対処の為に戻ってくることになりました」

「なんだよそれ、人の扱いじゃねぇじゃねぇか」

怒りを全身に湛えるグレンに、金髪の青年は虚しくも嬉しい笑みを浮かべた。

「彼らの正義には、必要なことなのでしょう」

「王か」

「いえ・・・・アルゼム・ヴィルシリーは、何も知らないと思います」

「何も?」

「そうです。今の国のありようも、自分の家臣たちの心も、何もが彼には分かっていません」

「冗談だろう?一歩外に出れば国のことくらい分かるだろう」

それでも、と予言師は首を振る。

「彼は何も知らない。綺麗すぎる人形なのですよ。側近の甘い言葉に騙されて、それが全て良いことのように思っている」

彼は無知で無垢の清人だから、臣下の言葉を鵜呑みにして醜い事実を知らずにいる。

醜さを知らぬ哀れな王は、何も知らずに濡れ衣を着続けて、それでも綺麗だと言いつづけているのだ。

鏡を見ずに鏡と偽った絵画を見て、綺麗なのだと。

「それってただの馬鹿じゃんかよ、ふざけんな!!」

両の拳に怒りを込めて、痛むのもかまわず握り締めた。

「そんな奴のせいでみんな死んでいってるってのか!?みんな、あんな・・・

あんなになって」

「ですが、俺には彼もまた被害者であるように思えます。あえて罪に問うなら、

腐った官吏の甘い言葉を疑わなかった事でしょうか。何にしても根本から直さなくては、この国はもう終わりでしょう」

「だから俺達に協力する気になったわけだな」

「そういうことです」

そうか。とグレンは苦い気分のままで笑って見せた。

「なら、あんたは同志だ」

「妹を救ってくれるなら、ですが。言うまでもなさそうですね」

「おうよ」

唐突に予言師は頭を下げた。

「な、なに。どうしたの」

「俺に残ったのは双子の妹だけです。俺のせいで、家族は皆殺しにされたから」

頭を下げたまま、金糸はゆれる事無く静止している。

「もう、家族を失いたくありません。力を・・・・貸して下さい」

呟く金の髪の青年は、風が吹けば消えてしまうのではないかと思う程儚くて、無理に頑張っているような声はむしろ弱々しさに拍車をかけていた。今だ窓から見える世界には風すらも無く、動きの無い世界が広がっている。

「さっきから言ってるだろ。そんなに願わなくても請け負ったって」

時が止められたのはこの為だったのか。こいつが消えてしまわないように、時が情けをかけたのか。

綺麗で苦労一つしてい無そうな外見と違い、この青年から溢れる耳に残る声の中には崖っぷちに立たされているかのような、必死に助けを求める気配が混じっていた。

まるで他に手が無いかのように。

「大丈夫だよ。任せな。かすり傷一つなく連れ去ってきてやる」

俺が王になってから助けるんじゃ遅そうだからな。と心で思って笑いかけると、

頭を上げたシラ・ラフィートは、屈託のない笑顔で向き合ってきた。

「ありがとう」

心からの声に聞こえた。

「へへ、腕の見せ所だな」

「二人は右大臣ダリシュの元にいます。どうか妹達のこと、よろしくお願いします」

再びうやうやしく頭を垂れて、色白の肌に良く似合う襟に刺繍の入った簡素な白い服が揺れた。

「なに、気にすんな。困ったときはお互い様ってな」

そう言って起き上がってきた顔に笑いかければ、相手も笑みを浮かべた。始めの頃と違う、嘘のない笑みだった。

「・・・・・そういえば、グレンさん、でしたよね?」

そろそろ戻って妹奪還作戦をカイムに相談しに行こうかな、とグレンが考えていたら、赤の瞳がふと開かれて、何事か訊ねたそうな目となった。

「ああ。なんだ」

「私への頼みというのは?」

あ。とグレンは目を開いた。

「いっけね、忘れてた。あのさー俺たちにあんたが得たここの情報を流してくんねぇか?」

「随分と直球で言うのですね」

苦笑が返ってきた。

「いやぁほんとさ、なんか嫌な予感がするんだよね。早くここ出ないといけない気がするというか。どっかのガキが変な行動しそうというか・・・・・」

うやむやに言葉を濁せば、理解できていないだろう声が聞こえてくる。

「とにかく。できるかできないかだけ教えてくれ」

「いいですよ。彼は王には向いていない。いっそ失脚した方が良いかと思いますから」

「じゃ、交渉成立だな」

「はい」

明瞭な返事に一つ頷いて、グレンは懐から布に包まれた紙を取り出す。折り畳まれていたために綺麗な皺ができていた。

「んじゃ、ハイこれ報告書。ここに文字を入れると、魔術で俺たちの持ってる紙に同じ内容が写し出ることになってるから。よろしくな」

無造作に近づいて片手で渡せば、相手も片手で受け取った。

貴族上がりだっていうから「両手で渡せ!」とか言われるかと恐かったから、ありがたい意外だった。

「なるほど、国家報告書と同じ物ですね」

興味を持ったのかしみじみと紙を見ていると思えば、そんなことを呟いた。

「そうなの?」

「はい。驚きました、まさか反乱軍に魔術師がいようとは」

そりゃそうだろう。魔術師が国に属していないどころか反抗しているなんて、通常じゃありえねぇ事態だからな。

「ホントだよな。よくあんなすげーガキ拾ってきたと思うよ」

そんな珍物拾っちゃうなんて、なんだかジャックがすごい気がしてくる。

「拾った?」

「なんか飢えて寝ているところを拾ってきたんだってさ」

ヒーローは今も昔も活動中。でもアンパンじゃないから顔はちぎり分けられないそうですよ。

「すごいですね、魔術師が飢えるなどあるのですか。いくらでも仕事があるでしょうに」

「なんでも『飢えというものを体験してみようと思って、食料調達も面倒でしたし』限界まで粘ってみるかと思ったんだと。呆れるよな」

「ずいぶんと変わった方ですね」

反乱軍はそんな奴ばっかりよ。と言うのはためらわれた。

「だろう?変わってるのってそいつだけじゃねぇんだ、ジャックとかいう奴なんかヒーロー気取りでさ、最近剣術教えてやったんだけど、素振りだけでいっぱいいっぱいだったよ」

あれはもう、才能が無いとしか言えない有様だった。ただ素振りだけなら様になっていたから、長すぎる目で見れば成長を感じられるだろう。

灰色の青年の楽しそうな姿に金の輝きを持つ紅目の青年は穏やかな笑みを浮かべた。

「・・・おっと、無駄話してる場合じゃねぇな、一応敵の本拠地にいるわけだし」

「そうですね。早くお出になられたほうが良いかと思います」

灰色の男の愉快な変化に金髪の男はくすりと笑んだ。

新たな仲間の言葉に促され、灰色の青年はピシリと背筋を伸ばす。

辺境貴族の再登場だ。

「それでは予言師殿、失礼させていただきます」

礼儀正しく丁寧に退室の挨拶を交わす。

「お気をつけて。グレン殿」

「あ、俺ここでは一応ザレットって名前で通してるから。なんかあったときはそれでよろしくな」

ころりと元の彼に戻って訂正すれば、紅目の青年は笑いを堪えることなく可笑しそうに。

「わかりました。ザレット殿、帰りの道中お怪我のないように」

扉の前に立つ退室者にあわせて、丁寧に見送りの言葉を放つ。

朝の光が入る部屋で光を宿す青年の言葉に、灰色の男はにこやかに。

「ああ。・・・じゃねぇ。はい、餞のお言葉ありがたく存じます。ではこれにて失礼いたします」

恭しく礼をして扉を開き、光が強まる世界へと臆することなく足を踏み入れた。

残された室内には、いつの間にか陽の明かりが広く入り込んでいた。

明かりの増えた中、陽の色を持つ青年は扉に体を向けたまま。

「あなたも変わった人だ、グレンさん。交渉のとき妹達のことで脅すことも出来たのに」

どうやら反乱軍には変わった人が多いようだ。それも良い変だから面白い。良い変というのも変わっているけれど。

「とても紳士な人物のようですね」

そして実力もありそうだった。彼らなら本当に妹達を取り戻してくれるかもしれない。

「これでいいんだ・・・・」

妹達の奪還が成功するかは、予言でもわからなかった。それでも「変化の男」と予言が呼ぶ彼はきっと良い変化を作り出すことだろう。この醜くなってしまった祖国を変えてくれるかもしれない。

「アルゼム陛下、俺は再び貴方に背きましょう」

貴方はきっと、この国も自分も周りにいる人間も、綺麗なままだと思っているのでしょう。

でも違うのだよ。醜いもので溢れているんだ。貴方の周りにいる人間は醜い者へと変わってしまった。

貴方が言葉の嘘に甘えたから、美しい嘘しか吐かない人が集まって、真実の醜さを声にする真に優しい人は彼らによって遠ざけられていった。

今の貴方は、嘘の人に操られて良いように使われている人形だ。だからもう、その座を降りてくれ。

あやつり人形は王の座にいてはいけない。

その座にはしっかりと「自分」を持っている人が居なくてはいけない。特にこの乱世では。

今の貴方には周りが見えないようだから、間違いに気づけないようだから、変わることができないようだから、その座から降りてくれ。

たとえ予言の通り俺の首が飛ぶことになろうとも、俺は貴方の元から離れよう。もう俺の家族を政略の道具にはさせない。もう苦しみ耐えるだけの生き方はしたくない。もうただ生き永らえることに執着はしない。

俺は後悔の無い生き方を選ぶよ。

たとえ短命に命果てようとも、心安らかに果てる生き方を。だが、できることなら。もう一度彼女に会いたい。一年前の非礼も詫びたいが、きっともう会うことは叶わないでしょう。『王に反すれば会うこと叶わず死に絶える』と予言が悲しく歌っていたから。

「ごめんなさい、美羽さん。」

だから、あなたへの非礼をここで言わせてください。

「すまなかった」

たとえ聞こえなくても、心から貴女に謝罪します。


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