距離
奈都の歌姫としての戦果は、高く評価された。
戦場から帰ってきた奈都を、国民は総出で讃え、迎えた。
「これからはアリアムンドの魔女に怯えなくて済むぞ!」
「コルネシアの反撃が始まるのだ!」
久しぶりの明るい話題に、国中が盛っていた。
「奈都さま」
「なんだよ。コーサ」
「王が、奈都さまをお呼びでございます」
「あ?またかよ」
「帰ってきたらすぐに来るように、と」
「ふうん。ま、いいや。部屋に寄ってから行くよ」
「それは…」
「イサが帰りを待ってるんだ。イサの顔を見てから、行く」
コーサは、渋々奈都に従った。
『イサ!』
部屋の扉をバン、と開ける。
『…おかえり。奈都』
いつもの笑みを浮かべたイサが、出迎えた。
『…怪我はない?』
『ああ、大丈夫だ』
ふと、奈都はベッドの上の荷物に気が付いた。
『何だよ、これ』
『ああ、荷造りだよ』
『荷造り?』
『ここ、今日出ていくんだ』
『は!?何だって!?』
奈都はイサにつかみかかった。
『…何を言われた!』
『な、奈都…』
『私がいない間!何を!』
額に青筋を浮かべた奈都に、イサは落ち着くよう言い聞かせた。
『違うよ。王さまがね、住まいを用意してくれるんだって』
『何?住まい?』
『そうさ』
どうやら、奈都の力を見込んだ王が、街に二人が暮らせるようにと家を用意したらしい。
『良かったよ。いつまでもこうじゃ、僕も疲れてしまうし』
広すぎる部屋、柔らかすぎるベッド。いつも人の気配のする廊下。
山奥の小屋でひとりひっそりと暮らしていたイサには、つらいものがあったのだろう。
『イサ。私たちは…』
『ん?』
『…いや、うん。街の生活、楽しみだな、ってさ』
『…?ああ。そうだね』
奈都は自分の分の荷物をまとめて、イサと共にその部屋を出た。
部屋の前では、コーサが待ち構えていた。
「奈都さま。王さまがお待ちです」
「…あ、そうだったな」
「どうかお急ぎください」
『奈都…?』
イサが不思議そうに奈都を見る。
『ああ、こいつは兵士だ。私に付くよう言われているらしい。心配はいらないよ』
奈都がコーサを見遣ると、気付いたコーサは、イサに、軽く会釈した。
「…………」
「なあ、コーサ。イサも一緒でいいか?」
「!…い、いえ…それは…」
「なんでだよ。別にいいだろ」
押しの強い奈都に困った顔を浮かべるコーサ。
『奈都。僕は先に行って待ってるから…彼と行っておいで』
イサは気を利かせて、自ら身を引いた。
『あ、おい、イサ…』
『後で会おう。じゃ』
「奈都さま?」
「…………」
イサの背中を不機嫌そうに見送ると、奈都はコーサを従えて、王の元へと向かった。
「よく来たね。歌姫殿」
「……ケッ」
「随分な活躍だったじゃないか。ふふ」
王は満足そうに笑っている。
「おかげで下がり気味だった国の士気も高まった…。ふふっ。お礼と言ってはなんだけれどね。君たちに家を用意したんだ。まあまあ栄えている場所だよ。治安もいいはずだ。受け取っておくれ」
「ふぅん…」
「しかし」
「あ?」
「彼と君を一緒に住まわせることは、もうできないよ」
「はあ!?」
「君と彼。少し距離をとってほしい」
「なんでだよ!」
更に不機嫌度を増す奈都に、王ははあ、とため息をついた。
「考えてもみたまえ。君は国民が待ち望んだ歌姫。つまりは、カリスマなのだよ。それを、正体不明の男が付きまとっているとなれば、色んな噂の種だろう」
「なっ…!」
「まあ、どうしても共に居たいとなれば。正体不明じゃなくするがいい。君に任せるよ」
「っ……」
そう言われてしまえば、腹を探られたくない奈都には、何も言い返せなかった。
「ちなみにね」
「あ?」
「これは、既に彼も納得済みのこと、だよ」
「…………」
「話は、これで終わりだ。コーサ」
「は!」
「歌姫殿を、お宅まで送って差し上げろ」