ユリス
「…………」
「…………」
「…奈都さま?」
「…………」
先程から、奈都は一言も喋らない。
ただ地面に目を落とし、城の長い廊下をたらたらと歩いている。
横に居るコーサなど、見えていないかのごとく。
「奈都さま」
「…………」
「街までは少し距離があります。今、ユリスを用意させますのでお待ちください」
「あ?ユリス…?」
「おい!誰か!」
コーサが声をかけると、門の近くにいた兵士が駆け寄ってきた。
「奈都さまをお乗せするユリスを連れてこい」
「は!只今」
兵は城の裏側へと走っていく。
「おい」
「は!」
「なんだよユリスって」
突然の奈都の問いにコーサは面食らった。
「…は、ユリスを、ご存知ないのですか?」
「知らねーから聞いてんだけど。車かなんか?」
「い、いえ…ユリスとは…」
「お待たせ致しました!」
さっきの兵が、戻ってきた。
隣に、大きな獣を連れている。
「コーサ様!申し訳ありません…!今、ほとんど出払っており…居るのはこれ一頭ばかりで…!」
綱に繋いで連れてきた、獣。
それは大きく、馬のような、犬のような生き物であった。
「まだ若いユリスではないか…。人に乗られるのに馴れていないのだろう?」
「え、ええ…訓練は一通り、終わらせておりますが…」
「しかしな…」
コーサと兵が言い合いをしている間、奈都はまじまじとそのユリスという不思議な獣を見ていた。
「なんだよ、こりゃあ…」
引き締まった身体に、銀色の体毛。
赤く鋭い目がキラキラと光っていた。
奈都は、そろそろとユリスに向かって手を伸ばした。
それを見たユリスが、口吻から長い下をべろりと覗かせる。
「!」
「な、奈都さま!」
急いでコーサが奈都の手を掴む。
「迂闊に手を出しては危ないです!この子はまだ若く、気が荒い…。ユリスは元々、獰猛な生き物なのです!」
「…あ、ああ。悪い…」
奈都は決まりが悪そうに、ポリポリと頭をかいた。
「す、すみません…声を荒げてしまい…」
「あーいい、いい。今のは私が悪い。…んで、どうすんの?歩いていくのか」
「いえ。仕方がありません。この子に乗っていきましょう」
「え、おい…大丈夫かよ」
「はい。これでも私、ユリスの扱いには長けていますので…」
そう言って、コーサはユリスの身体をぽんぽん、と軽く叩いた。
「ぐるるるる…」
ユリスは低く唸り、嫌そうにコーサから顔を背けた、
「!」
「…引くほどなついてねーじゃねーか」
「…………」
コーサはショックを受けて固まっている。
「…………」
「…………」
「…………」
「…くっ」
そのコーサの顔を見て、奈都は思わず、吹き出した。
「ぶっ…くふふ、あはははは!」
「…っ!」
「だっせえ!あっははは!」
先程までの不機嫌さはどこへやら、ケラケラと笑い出す奈都に、コーサは驚いていた。
「な、奈都さま…」
「くっくっく……あ?」
「奈都さまも、そんな風に笑うのですね…」
「はあ…あ?」
今度は奈都が驚いた。
コーサが、微笑んでいたからだ。
堅く真面目くさった顔しかしていなかったコーサが、奈都に向かって頬を緩めている。
奈都はなんだか気恥ずかしくなって、コーサに背中を向けた。
すると。
「!ひっ!?」
頬にべた、と生暖かい感触がした。
「な、何?」
「ゆ、ユリスが…!」
「!?」
なんとユリスが、奈都の頬を舐めたのだ。
「あ、あれ…?」
「ブルルルル…」
ユリスが奈都の方へ顔を擦り付ける。
どうやら、このユリスは奈都を気に入ったらしかった。
「ええ…、マジかよ」
「…………」
「…まあいいや。おいコーサ。乗り方を教えろ!」
「…あ、は、はっ!かしこまりました!」
ユリスの背は広く、二人を易々と乗せてくれた。
奈都の後ろにコーサが股がり、手綱を引く。
風を切り、ユリスが緩く走り出す。
「奈都さま。ご気分はいかがですか」
「おお!気持ちいいぜ」
馬よりは多少揺れるが、それでも乗り心地は悪くない。
「気に入った!この、ユリスってやつ!」
奈都は、たてがみを撫でた。
さらさらと、固い毛が指を擽る。
「こいつ、名前何てんだよ?」
「は、ユリスには番号しか付けられておりません」
「そうか。じゃあ、私がつけてやろう」
「は…?」
「こいつ、私にくれよ!」
「な…!ユリスは、街には置いておけませんが…。どうするんです?」
「普段は城に置いておいていい」
奈都は振り返って、ニヤリと笑った。
「こいつを、戦場に連れていく!」
「!戦場に、ですか…?」
「ああ!私はこいつに乗って、歌うぞ!」
奈都の目は新しい玩具を見つけた少年のように輝いている。
「よし!決めた!こいつの名前!」
「は…」
「スレイプネル!オーディンの乗る軍馬の名だ。ぴったりだろ!」
「……!」
呆気にとられていたコーサだが、奈都のその、あまりにも楽しそうな表情を見て、くすりと笑った。
「…わかりました。スレイプネル、ですね」
「おう!」
「この子は、私が直々に面倒を見ましょう」
「おお?大丈夫かよ」
茶化す奈都に、コーサは堂々言った。
「あなた様のユリスですから。私が、責任を持って、あなたに相応しいユリスに育て上げて見せましょう」




