いざ、出発!
サファリスへと出発
バナンス国境にて
早朝、と言ってもまだ日も昇ってない時間。森奥という場所のためか少し霧がかかっている。
空気にも水分が多めで、ポニーテールにした髪の一部が首に張り付いた。それを片手で払い、お団子に変更。
「手伝おうか?」
「んー? 大丈夫、ありがとリウェン」
頭の上でクルクルと髪を巻いてみせると、それを眺めていたリウェンが何やら感心した表情になった。
まぁ、リウェンも長い方ではあるけど結んだりはしないもんね。
少し頭を振って解けないのを確認する。よし、大丈夫だね。きっと解いた時にはウェーブかかってるな。
「どう? しっかり出来てる?」
リウェンに背を向けて後ろをチェックしてもらう。髪、落ちたりしてない?
振り返ったら意味がないので前を向いたままリウェンの答えを待つも、なかなか返ってこない。
え、そんな答えに困るくらい下手な仕上がりなの⁉︎ それならそうと言ってほしいんですけど……!
ハラハラしながら待ってみても答えが返ってこないので、ソッと振り向いてみると。
「……っ」
何故か顔を真っ赤にして、口元を覆うリウェンさん。振り向いた私と目が合うと更に赤くなって、視線まで泳ぎ出した。
……なんだ、何が言いたいのだ。そんな顔を赤くして、笑い出すのを堪えてるのかい。
ジト目になる私に、リウェンが慌てて身振りをつけながら力説する。
「いやっ、凄く似合ってるよ! 綺麗にまとまってるし、本当!」
「……ふーん?」
「嘘じゃない、本心だよ! ただーーー」
何かを勢いで言おうとしたリウェンが、ハッと口を覆った。もはや耳まで真っ赤、そして涙目。
ただ…? ただ、何なの?
そこまで言ったら言ってしまいなさいな! 気になるじゃんか!
ジリジリと躙り寄る私とズリズリと後退りするリウェンを、周りの騎士団は呆れた顔で見守っている。ちょっと面白そうに見てるのもいるが。
ほれほれ、言ったら楽になるぞー? 何を言っても怒らないから。というか、ハル似のリウェンには怒れないから。
途中から面白くなってリウェンを追い詰め、彼の後ろには木。これで逃げれないぜ?
リウェンも逃げれるとは思ってなかっただろうに、顔を真っ赤にしてガントさん(の気配がする方向)へ縋るような視線を送った。
「ガ、ガントさん〜〜〜」
「リン様、もうそれくらいに…」
「ちぇ。ガントさんも大概リウェンには甘いよねー」
「ふふ、それはお互い様、でしょう? それによくお似合いですよ、その髪型」
「そ? ありがとう」
苦笑するガントさんに肩を竦めてみせ、リウェンから少し離れた。リウェンよ、その安堵の溜息はなんだ。
でもまぁ、おかしくはないらしいので問題なし。手で触ってみても落ちてる感覚はないし、大丈夫かな。
髪だけじゃなく服も若干湿っていて、身体中がベタベタする。
暑くはないが張り付いた服をパタパタと剥がしていると、何故か早足に近寄って来たサハラさんがガシッと頭を掴んだ。
「え、ちょ、何⁉︎」
「……お前、いくらなんでも、リウェンが可哀想だろ」
「だから何が!」
「リウェンもな、男なんだよ。いくら可愛くても男なんだ、分かるか?」
「? そんなの分かってるよ、当然」
「いや、お前は分かってない!」
私の頭から手を離し、拳を握って何やら力説しているサハラさん。
おーい、もしもーし? 一人で突っ走んなー。
「この騎士団って仕事は忙しいし、しかも『死神』なんて呼ばれてるから女性との接触なんてほぼ無い!」
「あー…うん、それはなんとなく分かる」
「で、お前は一応、女だ」
「一応は余計ね」
「仕事中に女と共に居ることなんて皆無に等しい。それにリウェンはまだ騎士団に入ったばかり」
「うん」
「なのにお前のそれは、酷だろ」
……? どゆこと?
意味が分からず首を傾げていると、盛大に溜息をつかれた。しかもサハラさんだけではなく、その他多数にも。
えぇ? なんなのさ、何が言いたいんだ!
溜息をついたサハラさんは、今度は諭すような目で私を見た。
「男ってのはな、悲しいことに女がいると自然と見ちまうもんなんだよ。中身がアレだとは知ってても、リンも女だから、見ちまうわけだ」
「……? それに何か問題が?」
「見るっつっても、普通に見るわけじゃねーぞ? 顔はともかく、男ってもんはつい胸とか頸に目がいっちまうもんなんだよ」
「あ、それは聞いたことある」
「なのに、お前はわざわざ自分から頸を見せるとか……襲ってくれと言ってるようなもんだぞ、男にしてみれば」
それに、と言葉を切ったサハラさんは、ピシッと私の服を指差した。
「湿気で服が張り付くのは仕方ないことだが、リンよ。お前はもう少し自分の服装に気をつけろ」
「何かおかしいの、コレ」
「この世界ではな、そもそも女がそんな薄着っつーか、シャツとズボンだけでいるなんてあり得ない」
「みんなスカートとかだもんね。なんで、あんな歩きにくいものを着たがるのかね?」
「それは俺も知りたいが……ともかく、そんな格好をしてるなんてあり得ない。そんで、取り敢えず服のボタンは上まで留めろ」
「えー、暑いし息苦しいじゃん」
「それは分からなくもないが、一つ問題がある」
問題? え、私は特に不便とも感じたことないんだけど。
改めて自分の服装を見下ろしてみる。さすがに元の世界の服を着続けるのは危険ということで、今着ている服はご主人が昔に着ていた物のお古だったりする。
初めはご主人もレベッカも、私にスカートというかワンピースのような物を与えようとしていたらしい。つまりレベッカの物。
だが、それを拒否したのが私。別にスカートに対して苦手意識があるとかではない。
だけど私は剣を扱う者なので、あんな動きにくい服装は論外でした。
という感じに、渋るご主人を拝み倒して着ない服を譲ってもらった。ありがたや。
まぁ、さすがに全部がご主人のお古というわけではなく、ほとんどは新しく作ってもらったもの。作ったのはレベッカです。
今日は偶然、ご主人のお古を着ていた。丈は色々直してあるので、見た目は不恰好ではないはず。
サハラさんも言う通り、今は第二ボタンまで外してあるが、男も同じようなことをしてるだろうて。
そんな感じに、私の服装はこの世界の女性にしてはかなりの軽装。元の世界なら、なんの違和感もないんだけどなぁ。
やっぱり問題点が見つからず、再び首を傾げる。
「どこが問題?」
「あー、女のお前じゃ、ちょっと分かりづらいかもしれないが…………見えてんだよ」
「見えてる……って何が」
「……はぁ。あのな、男と女の体格差っつーか身長差を考えてみろ」
「………それが?」
「だぁもう! だから! 見えちまうんだよ! 胸が!」
今更、顔を赤くして言い切ったサハラさん。言っといて更に恥ずかしくなったのか、片手で額を抑えている。
うーんと……サハラさんや、そんな思いっきり叫んだ後に申し訳ないんだけど。
「えっと、それは分かってるんだけど…」
この世界の人は基本的に背が高い。だから、見下ろすと自然に視界に入ってしまうのは知っている。
でも、それで私が困るかと言われれば「?」だ。別に見られても減るもんじゃないし、余程ジロジロ見てこなければウザくもない。
それに貴族の女性が着ているドレスもさ、かなり胸元が開いてるのとかあるじゃん。ご主人のお母様もかなり胸が強調されたデザインだったように感じる。
騎士団は騎士であり、同時に貴族だ。これくらい見慣れてるはず。
そう簡単に伝えてみると、また溜息をつく皆さん。
「リン、お前はもう少し女としての自覚を持とうな」
「なんで今度は諭されてんの私」
よく分からんサハラさん達の反応に、更に首を傾げることになった。
サハラさんの友達であるラーンさんが彼の肩を叩いているのを不思議そうに眺める私に、団長が遠慮気味に話しかけてきた。
「やはり、お前があちらに行った方が良かったんじゃないか。女が騎士団だと、なかなか目立つぞ」
「騎士団として潜入するわけじゃないからいーの」
「それはそうだが…」
「何、団長は私が居ると嫌なの?」
「それはない」
不満げに団長を見上げると即行で否定された。うむ、ならば良し。
笑みを浮かべる私に団長は諦めたのかハァと息を吐いて、次に私の腰に下げられている剣に目を向けた。
日頃は一本しか下げられていないベルトに、今日は二本。もちろん、片方は愛剣。
そしてもう片方は、先日、団長と倉庫に行った時に発見した日本刀そっくりな剣だ。ちゃんと持って来たよ。
それを目敏く見つけた騎士団メンバーはチラチラと見ながらも何も言ってはこなかった。気になるなら訊けばいいのに。
団長も剣に目を向けはしたものの、特にコメントはなかった。なんだ、つまらない。
私からも目を背けた団長は、今度は全員が視界に入るよう体勢を変えた。
それを見て、メンバーも団長に向き直り姿勢を正す。
「いいか。今回の作戦は、敵と接触出来るまでオレらが騎士団ということはバレてはいけない。最低限、ただの騎士だと思われるように動け」
「ちなみに、もし戦闘になったとしても基本は私が相手するから、手出し無用ね」
団長の説明に私からも補足を。これは予め作戦で決められた事なので今更異論はなかった。
今回は国外での仕事な上、誘拐事件というかなりデリケートなもの。
入国すらも不法で、身分も嘘、バレたらいろいろ終わりな作戦です。
それに私はこの世界の人間ですら無いので、もし本気で身分調査をされたら困る。
なので彼らの騎士団という身分、そして私の異界人という正体をバレないように動かなければならない。
でも団長はともかく、騎士団のメンバーは戦い方に特徴があり過ぎる。如何にも「ちゃんと訓練されました」っていう動きをするからなぁ。構えも同じだし。
そんなわけで、敵の相手はフリーダムな私、サブで団長。まぁ、私だけでもおそらく問題ない。口止めも込めて殲滅しますよー。
それでも騎士として、というか男としてのプライドがあるのか不満そうな表情の人、心配そうな表情の人がいる。
「何か言いたいなら言ってみ? 聞くだけ聞いてあげるよ」
後でなんやかんや言われるのは嫌だし、メンバーに向けて言う。
顔を見合わせた彼らは、最終的にリウェンに譲ったようだ。決して押し付けたわけじゃないよ。
私に向き直ったリウェンは、少し躊躇いながらも軽く微笑んだ。
「……ううん。今更、何か言うことはないけど。ただーーー気を付けてね」
「……」
「…? リン?」
「…リウェンー!」
「わっ」
あまりの可愛さにガバッとリウェンに抱き着きました。当然の反応だよね!
また顔を赤くするところが更に可愛い。男なのが惜しいくらいだ。
そのお返しと言ってはなんだが、リウェンに抱き着きながら顔を上げてニッコリ笑った。
「大丈夫、無理はしない。でも、守るよ、リウェンのこと、皆のこと」
見上げた先のリウェンは驚いたように目を見開き、また困ったように微笑んだ。私を抱き留めた腕に軽く力がこもったから、承諾してくれたんだろう。
リウェンから離れて皆を見渡すと、一様にどこか諦めつつも暖かい笑みを浮かべていた。そんな彼らに私も笑みを返し。
「よし、それじゃ行きますか団長!」
「あぁ」
「いざ、しゅっぱーつ!」
かなり時間が空いてしまった…
リン達のためにも書きます!(汗)
次回は『潜入は忍び足で』




