山賊と騎士団
プロローグで出て来たレイ登場。
私が異世界に来ちゃってから、早くも約2ヶ月経ったある日のこと。
あれから私はフェリックスさんの家に滞在しつつ、ロウルさんの所でバイトのようなことをしている。
意外なことに本職の方も結構儲かるらしく、周辺の街にも売りに行っているとか。
まあ、それはともかく。
いつも通り仕事に行こうとしたらフェリックスさんから呼び出された。
何かしたっけ!? と内心ビビりながら執務室に入るとフェリックスさんに手招きされて着席。
「あの…私何かしました?」
「は? いや、君が何かヘマをしたわけじゃない。今日は別の用事だ」
なんだ、お説教かと思っちゃったじゃないか!
でも、別の用事ですか。フェリックスさんが私に用事って珍しいね。首を傾げると難しい顔をした彼は机の引き出しから何かを取り出すと、私に向かって放った。
反射的にキャッチしたそれは、一通の手紙だった。あれ? でもこの封筒に付いてるマーク……。
「これって王家の紋様ですよね?」
大きな狼が描かれた赤いマーク。焼き印っていうのかな? 蝋を溶かして糊代わりにしたアレです。
でも何故にそんな所から手紙が? しかもフェリックスさん個人に。
好奇心MAXで見つめる私の前で、フェリックスさんは居心地悪そうに目を逸らした。
「最近、辺境の村や集落を襲う山賊がいるそうだ。騎士団も向かっているそうだが、男や戦える者は出来る限り討伐に参加するように、と」
「騎士団が動いてるんですか?」
バナンスの第一王子アルブレヒト・バナンスが個人的に所有しているらしい最強クラスの騎士を集めて作られた騎士団。通称『死神』だそうな。
騎士団なのに死神? って思うだろうけど、ちゃんとした理由がある。王子の命令は絶対に遂行、狙いをつけた敵には必ず死を与えるから。その理由もどうかと思うけどね。
そして騎士団が動くのは主である王子の命のみ。でも山賊討伐なんて王子が命令するの?
「アイツ……第一王子は悪戯と嫌がらせが大好きな方なんだよ」
「…はい?」
悪戯に嫌がらせ? え、どういうことですか。
ポカンとした私にフェリックスさんも眉間に皺を寄せて溜め息をついた。
「騎士団長と王子は幼馴染で、王子の一番の被害者は団長だろうな」
「あ、あぁ。なるほど」
つまり皇子から団長への嫌がらせということですか。
騎士団に選ばれるということは騎士の中でもエリート中のエリート。そんな彼らに山賊討伐なんて目立たない上、特に利益み出ない仕事をするのは屈辱だろう。
でも本当に嫌がらせだけで、最強クラスの騎士団を山賊討伐なんかに向かわせるかな。
ジッとフェリックスさんの目を覗き込むと、彼は一度頷いた。
「確かに嫌がらせということもあるのだろうが、それだけではないだろう」
「つまり、騎士団を動かすほど危険な奴らってことですか?」
「そういうことだろうな」
うわぁ。騎士団が動くレベルの山賊ってどんなだろう。ていうか……。
「私、山賊って見たことないんですよね!」
ちょっとワクワクするよ。フェリックスさん、そんな白い眼で見ないで下さい。日本に山賊なんて今はいないんですから。
それに騎士団に目をつけられる山賊なら強いんだよね? これは期待しちゃっていいのかな。
「手紙には討伐に参加するようにと書いてあったんですよね」
「……何を考えている」
ニヤリと笑う私に顔を引きつらせるフェリックスさん。やだなぁ、そんなこと決まってるじゃないですか。
「私にもその討伐作戦、参加させて下さいよ」
これほどの暇潰しもないでしょ。それに最近は狩りに行っても小動物しか相手にしてないし、このままだと運動不足になりそうだったんだよね。
そして何より、騎士団の仕事を横取りなんて楽しそうじゃないか。勿論、フェリックスさんには迷惑はかけないよ。
ニッコリ笑って手紙をヒラヒラと振ると、彼は大きな溜め息を吐いて片肘をついて顎を乗せた。
「今日、君を呼んだのはそのためだ」
「あ、そうだったんですか?」
てっきり危ないから外出禁止ってことかと。なら早速討伐行ってきていいですか!
「ちょっと待て。君から向かわなくともあちらから来るさ」
あちら、は山賊だよね。山賊の方からこっちに来るって襲撃ですよね? フェリックスさん、実は予言とか出来ちゃう人なんですか!
と言ったら冷めた視線を送られた。ちょっとした冗談だって、怒らないで下さいよ。
「手紙には応援要請と、もう一つ。山賊の襲撃予測が書かれていた」
そういうことですか。持ったままだった手紙に目をやると、下の方には予測日も書かれていた。でも……。
「三日後っていつから三日後ですか?」
どうせなら日付を書いてほしかった。王子はちょっと抜けた人なんだろうか。
「その手紙が届いたのは今日。そして王都からここまでは早馬で三日」
眉間に皺を寄せたままのフェリックスさんが呟くように言った。ヒントですか、自分で計算しろってことですね!
えーと………ん?
「今日じゃないですか!」
ガバッと手紙から私が顔を上げる。その時、外から女性らしき悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえてきた。
「…そういうことだ」
フェリックスさん、悠長に返事をしている場合じゃないよ。王子も三日後のことを三日前に連絡するな!
慌てて執務室を飛び出して自分の部屋へと向かう。あの時の剣はそのままロウルさんから貰い受けた。鍛錬も欠かさずやってきたから腕が鈍ってる心配もなし。
じゃあ、レッツ山賊討伐!
**********
剣を片手に屋敷を飛び出して悲鳴が聞こえた場所へ駆けると、そこでは数人の男達が剣を交えていた。その中には見覚えのある奴もいた。
「マルク、何してんの!」
近くに倒れ込んだ一人に声をかける。そして彼に向かって剣を振り上げていた男の腹を一突き。男は自分を刺した私を見て目を見開くと、そのまま後ろに倒れた。
顔に付いた返り血を腕で軽く拭って、背後で座り込んだままのマルクを振り返る。あれ、なんか怯えた顔をしてる。
首を傾げてしゃがみ込むと、ビクッとして少しだけ後退りした。むむ、命の恩人にその態度はないでしょう。
「ほら」
以前のように剣を握っていない方の手を差し出すと、マルクは怯えた顔のまま首を横に振った。まったく、子供じゃないんだから!
時間がないから強引に腕を掴んで立ち上がらせた。触れた時に顔が盛大に引きつっていたけど今は無視。
立ち上がらせたマルクの手に、近くに落ちていた剣を押し付ける。
「戦う気がないなら、せめて村人を守って」
そう言い残して背を向ける。戦う気がないのに戦場にいられるのは仲間にも迷惑がかかる。
少し離れた所には以前狩りの時に手伝ってくれた人達もいた。その中にはロウルさんの姿も。あっちは大丈夫そう。
視線を横にずらすと、女の人を追いかける数人の山賊の姿があった。追われてる女性、もしかしてレベッカ?
「レベッカ、こっち!」
大声で呼びかけて手を振ると、それに気付いたレベッカがこちらに駆け寄ってきた。勿論、後ろに山賊を連れて。まあ、それが狙いだから良いんだけどさ。
レベッカが私の横を通り過ぎてから剣を握って構える。追いついた山賊がそんな私を見てニヤニヤと笑いながら話しかけてくる。
「おいおい、女が勝てると思ってんのか?」
「怪我する前に降参しとけ? そうすれば可愛がってやるよ」
「へぇ、結構美人じゃん。俺にも回せよ」
口々に好き勝手なことを言う山賊にニヤリと笑ってやる。うわぁ、お約束のセリフだね。服装まで「俺達山賊だぜ」みたいな格好だし。これなら間違って住人を斬っちゃう心配はない。
笑みを浮かべた私に男達は怪訝そうな顔をする。
「怪我する前に、ね。それはちょっと違うんじゃない?」
コテンと可愛らしく頭を傾ける。そう。「怪我をする」だけで済むはずがないよね。
「死んじゃう前に降参したら? まあ、降参したら絶対に助けてあげられるわけじゃないけどね」
ふふ、と笑うと見るからに不機嫌になった。マルクみたいな反応だね。大の大人が情けないぞ?
「いい加減にしとけよ女。今ならまだ謝れば許してやっても…」
「それは相手が自分より劣っている場合の言葉でしょ? もしかして、自分達の方が勝っていると勘違いしてるのかしら」
「…本当に口の減らねぇガキだ」
それが私の個性ですから。気に入らないなら早くかかってくればいいのに。そうすれば私も戦いやすい。
構えを解いて剣先を下に向けて挑発する。「お前達なんて相手にならない」っていう意味なんだけど、ちゃんと通じるかな。
「一回痛い目を見ないと判らないみたいだな!」
良かった、ちゃんと通じた! 顔を真っ赤にした山賊は剣をしっかり構えもせず、一斉に襲いかかってきた。
**********
―――15分後。
「かはっ……なんなんだよ、お前…」
口から血を吐き出しながら声を絞り出す男の腹から剣を引き抜く。男は小さく呻き声をあげて倒れ込み、暫くすると動かなくなった。
ふう、これで最後かな? 辺りを見渡すと戦っている者はもういなかった。倒れているのは山賊ばかりで、住人の姿はないっぽい。
敵がいないことを確認して腰の鞘に剣を戻した時、視界に光を反射した銀髪が見えた。
「あ、フェリックスさん!」
歩み寄ってくる彼に笑顔で手を振ると、溜め息をつかれた。え、何故。
「自分の格好を考えて行動しろ」
「格好?」
あ、そういえば山賊の返り血で全身真っ赤でした! 客観的に今の私を想像する。うん、全身を血で染めた奴が笑顔で手を振っても怖いだけだね!
せめて顔の血を拭え、とフェリックスさんから渡された布で軽く拭き取る。鏡がないから適当に顔を擦ってみる。
そしたらまた溜め息をついた彼に布を取られて、顔をゴシゴシと拭かれた。痛い、痛いですよ!
ちょっとヒリつく顔を抑えていると、ふとフェリックスさんの視線が私の後ろに向けられた。
「やっと来たか…」
独り言のように呟かれた言葉に首を傾げる。来たって誰が? フェリックスさんに促されて振り返る。
するといつの間にか、門の所にやたらとキラキラした集団がいた。あ、身体中にキラキラした物を着けているとかじゃなくて、顔がね。
その中でもずば抜けて綺麗な顔をした男性が私達の方に歩み寄ってきた。うわぁ、すごい美形さん。金髪に緑の瞳のお兄さんで、フェリックスさんと同じくらいの歳かな? 身長は少しだけあちらが高い。
私達の近くで立ち止まった美形さんは優雅に一礼した。
「はじめまして、お嬢さん。私は騎士団の団長を務めさせて頂いております、レイモンド・アーシュと申します」
キラキラした集団の正体はなんと騎士団でした! 昔話に出てくる騎士って嘘じゃなかったんだ。
輝くような笑みを浮かべたレイモンドさん。うーん、でも不合格!
「そんな警戒しなくとも、いきなり襲いかかったりしませんよ?」
一応笑顔ではあるんだけど、目が警戒しまくり。目だけ全く笑っていないので、ある意味で怖いです。しかも無意識なのか、片手を剣の柄に添えている。
苦笑して両手を開いて頭の高さでヒラヒラと振ると、彼は驚いたように目を見開いた後、先程よりは警戒心を解いた笑顔を浮かべた。
「これは失礼しました。……少しばかり拝見させてもらいましたが、見事な剣術でした」
「ありがとうございます。騎士のエリートである騎士団の団長様にお褒め頂けるなんて光栄です」
私の言葉に何故かちょっとだけ顔を曇らせた。え、私なんか変なこと言った?
首を傾げていると、肩に片手が乗って軽く後ろに引かれた。振り仰ぐと、フェリックスさんが睨むようにしてレイモンドさんを見ていた。
「久しいな、レイ」
「…えぇ。どうやら一足遅かったようですね」
「かなりな。まったく、お前がいながら」
頭上で会話される内容にレイモンドさんとフェリックスさんを交互に見つめる。さっきも思ったけど、やっぱり知り合いだったんだ。
視線に気付いた彼はポンと私の頭に手を載せると「後で話す」と言った。そして私の服に目を向けた。
了解です、急いで洗ってきます!
主人公の『事情』の片鱗。
次回は『アリン家の正体』