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離れ難きは恋敵  作者: *非文症
とっておきの嫌がらせ
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とっておきの嫌がらせ

 テストの結果を報告し合って、ファミレスで適当に駄弁って、解散した帰り道。春の陽気とは縁遠い風が耳たぶを切る。五月も終わりかけなのに、まだ夕方は寒い。


 アスファルトの上でもなんとなく雲を踏んでいるような感覚を覚えるのは、テストを切り抜けた安堵感からか。未だにあんまり、赤点を回避できた実感は湧いていない。


 あのあと結果の紙を三人がかりでトリプルチェックしたうえで解答用紙を引っ張り出し、採点ミスが無いか確認までしてようやく直が結果を受け入れてくれた。そんなに信用ないのか、あたし。


 というか、それで採点ミスが見つかってたら逆にどうしてたんだと思わなくもないが。それ以上に信じられないという思いが強かったための奇行なんだと思う。


 そしてやっぱり間違いはなかった。間違いなく、全教科で赤点回避。


 報告会はそのまま祝勝会と、どこへ遊びに行くかを話し合う場に変わった。あたしは圧迫感を訴える胃に手を当てて。


「はぁ……。調子乗って食べすぎちゃった。夜ごはん入んないなぁ、これ」

「じゃあ私が代わりに食べてあげましょうか?」

「いややらんし。つかウチ来る気? 入れてやんないからね?」


 隣から声がして、ふたつ横並びになった影の、長いほうが揺れた。あたし以上に食べていたはずの直がこの期に及んでまだそんなことを言ってくる。


 その細い体のどこに栄養素が消えていくのか謎だ。やっぱ人体に質量保存の法則は適用されないらしい。


 なんでコイツと一緒に帰路を歩いているのかと聞かれれば単純で、途中まで帰り道が同じだったってだけの話。


 電車通学の彼女と、駅前を通るあたしで。真白ちゃんもそれを知っている手前、バラバラに帰るのもおかしなことだった。


「そういえば、あのときのお弁当奇麗でしたね。残したらもったいない」

「あれはお互い忘れる約束だったじゃん。どうせ作るのあたしだから。調節すればいいだけだし」

「え。あれあなたが作ってたんです?」

「そだよ。ウチ親が忙しいから」


 直が上体を倒して、こちらを覗きこんでくる。人を食ったような彼女にしては珍しく、純粋に目を丸めているのが面白かった。


 少し得意になったあたしは、胸を反らして直を見下ろ……せない。向こうはかがんでるのになんで。


「ふふん。アンタも菓子パンばっか食べてないで、たまにはまともなの食べたら? そっちの方がずっと安上がりだよ?」

「んー。めんどくさいからいいです。時間をお金で買えるのが資本主義社会じゃないですか」

「何言ってんの? ……ははーん? そんなこと言って、料理できないんでしょ?」

「……別に、そんなことないですよ。料理なんてレシピ通りに作るだけじゃないですか」

「あーあー。はいニワカ確定。そんな簡単なことならなんでコックがいるのって話」

「そりゃ、家庭料理とは違うでしょう?」


 威勢を失って、口の中に綿が詰まったみたいな反論が返ってくる。それがどうにも言い訳がましく聞こえた。あれ、これホントに苦手なやつなのか。


 あたしはわざとらしく直に体を擦りつけて目を細める。いつまでもやられっぱなしじゃいられないし、やっと見つけた弱点だ。これをイジリ倒さない手はない。


「ふーん? 優等生の直さんは家庭科が苦手、と」

「……だったら何なんです? 今時料理は女性が作るものなんて考えは時代錯誤もいいとこですよ? せいぜい調理実習でイキっとけばいいんじゃないですか? 何回あるか分かりませんけど」

「ムキになんないでよ直ちゃん。どうしてもって言うなら、あたしが、教えて、あげてもいいんだけどなぁ?」

「うざ。……ああもうキモい! くっつくな!」


 ここぞとばかりに煽り散らかされて我慢ならなくなったのか、直が狂乱めいて叫ぶ。


 押し返す左腕の力は強く、そもそものリーチ差もあってあえなく引きはがされた。こっちのターンが短い気もしたけど、まあ嫌がる顔が見れたからよしにしよう。


「いいじゃん友達同士なんだし。これくらい普通っしょ?」

「友達も色々あるでしょう。私はそういうのしないタイプなんですよ」

「でもこれが今んとこ一番効果ある嫌がらせだしなあ」

「お互いダメージ食らうのに。ヤマアラシ以下の知能にはなりたくないんですけど」


 直は諦めと自暴自棄の混じった溜息を漏らす。目には目をって言うように、相手が凶器を持って迫ってくるなら、自分も同じくらいの殺傷能力を持つ凶器を用意してないと。


「止める気はないんですね……。分かりました」

「お?」

「もう少し友達のフリを続けてあげます。もちろん、嫌がらせも」


 あたしを左腕で押しのけたまま、直は一音一音区切るように宣言する。決意のこもった言葉は空気に溶けず、固形のままあたしの耳へ運ばれてくる。


 てことは。この嫌がらせ合戦は、もうしばらく続くのか。いつ終わりを迎えるのかはあたしにも分からないし、向こうだってたぶん分かってないと思う。


 もし終わりを迎えるとしたらきっと、どちらかがどうしようもなく変わったあとのことなんだろう。それが良い変化にしろ悪い変化にしろ。


「もちろん。かかってこい」


 肩にかかる直の腕を振りほどいて、あえて強気に言ってみる。むしろ、向こうが本気であたしのことを嫌ってくれないと意味がない。そうじゃなきゃ、練習にならない。


 大切な人とぶつかる勇気はまだなくて。でも、本気で衝突しても関係はそう簡単に壊れないと。そう信じられるようになりたい。


 信じるためには、試してみるしかない。そのための壊しても良い試金石として直を選んだんだから、ただ仲良しこよしなだけじゃ困るのだ。


 あたしは毒にも薬にもならない関係じゃなく、臆病を消し去る劇毒か特効薬のどちらかを求めている。


「あたしとしては、早めにリタイアしてくれると助かるんだけど」

「それはこっちのセリフです。真白のことは任せて、あなたは補修にでも行っててください」

「回避したもんねー、だ」


 直に向かって舌を突き出す。決意表明には奇妙が過ぎた。


 本人の目の前で『これからあなたに嫌がらせをします』なんて。どこの世界にそんな宣言するヤツがいるんだよ。ここか。


 それでもこれは、あたしたちにとって必要な儀式だったんだと思う。お互いの目的を示し合わせるために。


 どちらからともなく顔を逸らして、それ以上は言葉も交わさずに人通りの少ない道を進んだ。都会とは言えないこの街は、駅から少しでも離れると途端に静かになる。


 風のすさぶ音と人間のうごめく音だけが街に広がっている。彼らにもそれぞれ、想い人はいるんだろうか。想いを伝えられる人は、そのうちの何パーセントなんだろうか。


「じゃあ私、こっちなんで。さようなら」


 しばらく歩いたところで直が立ち止まり、駅に向かう道を指し示す。あたしは駅に向かっていたわけではないので、ここでお別れになる。


 別れの挨拶がまたねではないあたり、早くこの場から離れたいのが透けて見えた。


「ねえ」


 周囲に人がいないことを確認して、直を呼び止める。がくりと動きを止めた彼女が鬱陶しそうに振り返って。


「何ですか? まだ何か――」


 あたしは一歩大きく踏み出して、思いっきり背伸びをする。瞬間、直の言葉が途切れた。


 長髪が鼻先をくすぐるむずがゆさ、シャンプーらしきシトラスの香り、自分のものではない低めの体温。あとは、体当たりみたいな勢いでぶつかったせいで痛い前歯!


 視界一面を覆っていた肌色が晴れる。目の前には、耳の先まで真っ赤にした直が立っていた。あたしは熱を帯びる口元をさすりながら悪態をつく。


「いったー……。もう、生意気。なんでそんな背ェ高いの」

「な、な、な」


 手のひらを眺める。よかった、切れてはないっぽい。

 直もまた口元を手で覆っていた。あたしの唇が触れた、顎のあたりを。


「これでもまだ、あたしのこと嫌い?」

「っっったり前でしょう!? 何考えてんですかあなた!? これだから陽キャは嫌いなんですよ距離感とか貞操観念とか雑で! 真白のことが好きとか言っておきながら、お、女だったら誰でもいいんですか!?」

「はあ!? 人のこと尻軽みたいに言わないでくんない!?」

「これが尻軽じゃなかったら何なんです!?」

「じゃなかったら。……うーんと、そうだなぁ」


 直のことは相変わらず嫌いだ。人を食ったような態度も、見透かすような視線も、なんでも知ってますみたいな口ぶりも。


 一挙手一投足すべてが気に食わない。これはその仕返しと、ちょっとしたテスト。


 言ってしまえば耐久テストみたいなもので。あたしたちの関係がどれくらいの強度を持つのか、ふと試してみたくなってしまった。


 だからとりあえず、全力で叩いてみることにした。壊れても良かったから。


「とっておきの嫌がらせ、かな?」


 口元に人差し指を立て、笑ってやった。直は酸素を失った魚のように口を開閉することしかできないでいる。


 鼓動はうるさいぐらいに響いているけれど、向こうはそれに気付く余裕すらなさそうだった。その顔のおかしさとやりこめた優越感でまた笑える。


 嫌がらせ合戦。今日のところは、あたしの勝ちってことで!

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