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離れ難きは恋敵  作者: *非文症
とっておきの嫌がらせ
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味方の味方は恋敵

 敵の敵が味方なら、味方の味方は敵だろうか。

 少なくとも、あたしにとってはそうだった。


「次喧嘩したら、二人まとめて絶交するから」


 もともと良好な関係とは言い難かった五十鈴直とあたし――百瀬ことりの関係が、ことさらに拗れだしたのはあの瞬間からに違いない。


 あたしには好きな人がいる。同じクラスの来栖真白。真白ちゃん。セミロングの直毛が陽光を反射して、金糸のようにきらめく。


 真白ちゃんはただでさえ白い肌をなおのこと蒼白にして、口元を押さえて言った。くぐもった声は聞き取りづらかったが、内容が内容なだけにどんな大声よりはっきり耳に残った。


 それはある日の放課後。どっちが真白ちゃんと一緒に帰るか五十鈴直と言い争いになって、車裂きよろしく引っ張り合いっこをして。


 そのせいで真白ちゃんは今日日ヘビメタファンでもやらないくらい頭をグワングワン揺らされて。三半規管に与えられたダメージが、その顔色に集約されている。


「なんでそんな、悪魔みたいなこと言うんですか!?」

「なんでもなにも……。迷惑だから」


 未だ発言の内容を理解しきれず、フリーズしていたあたしに代わって五十鈴直が聞き返す。積んでいるソフトウェアが違うからか再起動が早い。誰の脳が旧型か。


「最近はどんどん喧嘩もエスカレートしてるし。さっきなんて体がばらばらになるかと思ったもん」


 真白ちゃんが華奢な肩を回す。二、三回転するたび、彼女の眉がわずかに跳ねた。痛みの色が見えると、こちらも途端に申し訳なってくる。


 ワイシャツの隙間から覗く腕は折れそうなほど細い。部活にも入っていなければ、ちゃんと食べているわけでもないその体躯。揉み合いになれば傷つくだろうことは簡単に想像できたはずなのに。


 何が起こったかは単純で。あたしと五十鈴直の喧嘩がエスカレートして、真白ちゃんに迷惑が掛かってしまったというだけ。


『影とでも手を繋いで帰ったらどうです? それなら寂しくないでしょう』

『アンタこそ一人で帰れば? そこの出入り口から』

『窓なんですけど。ここ三階なんですけど』


 思い返すと、仕掛けてきたの向こうじゃない? や、あたしも言い返したけどさ。


 あたしたち二人に両側からがっちりホールドされた真白ちゃんが、ハイライトを失った瞳で「お願いだから仲良くして」と息も絶え絶えにこぼしていたのが記憶に新しい。


「確かにやり過ぎたとは思いますけど……」


 五十鈴直が叱られた子供のように、背を丸めてしゅんとしていた。コイツがここまでしおらしいのも珍しい。


 あたしが同年代の平均よりはるかに小さいことを加味しても、五十鈴直は長身に分類される。


 あくまで女子高生カテゴリのなかで、ではあるけれど。それが今や、見る影もなく縮こまっている。


 もし言い合いになった相手があたしだったとしたら、屁理屈をこねくり回して絶対に謝らなかったに違いない。それこそうどん生地くらいこねくり回して。


 その姿は滑稽ではあるものの、話の槍玉にあげられているのは五十鈴直だけじゃない。真白ちゃんの発言は、こちらにとっても看過できないものだった。


 あたしは両手をバタつかせながら、「けど」の後ろに続く言葉を補足する。


「ま、待って待って! 絶交、は流石にやり過ぎじゃないかなー、なんて」

「このくらい言わないと、喧嘩止めてくれないでしょ? 私だってしたくないよ」


 したくないって言う割にはマジ顔だった。表情の変化に乏しい真白ちゃんは、いつだってマジ顔だというのはさておいて。


 実のところ、真白ちゃんと友達として付き合い始めたのは高校に入ってから。


 だから、一か月程度の関係しかない。それでも、変な冗談とか言うタイプじゃないってことは分かっていた。


 だからさっきの発言も、それなり以上に本気ってことなんだろう。それにしたって極端すぎる。遠心力で吹っ飛ばされそうだ。


「で、でもさー……、絶交はないでしょ? 考えなおしてくれたり」

「しない」

「良い返事!」


 あたしが卑屈っぽく手を揉んで、下手に出ても意思は揺らがなかった。バッサリと切り捨てられる。


 真白ちゃんがここまで断言するのも珍しい。今日は珍しいものがいっぱい見れるなあ。あたしもなんか披露した方がいいだろうか。隠し芸なんてないけど。


 いつもの真白ちゃんはみんなに合わせるよーみたいなタイプなので、そのギャップによっぽど迷惑していたんだなぁと悟る。ここまで言わせちゃったこと自体反省すべき……なのか。


「ちょっとした言い合いならともかく、手を出すのは違うよ。私まで巻き込むのもやめて欲しいし」

「それはその、すみませんでした」


 あたしはスムーズな動作で土下座に移行する。全身の関節が滑らかに連動して、多分なにかしら芸術点が貰えると思う。脳内で十点のフリップ。


 五十鈴直なんて感動のあまりスマホを取り出して写真を撮ろうとしているし。


 ……違うか。感動じゃなくて煽りのネタにするためか、これ。見せもんじゃないぞ。あたしは犬歯をむき出しにして唸る。がるる。


「ことりちゃん……? 土下座なんてしなくていいから」

「そう?」


 しかし、土下座は求められていなかったらしく、真白ちゃんは少し困惑した様子であたしを立たせた。土下座じゃないならなに? 足でも舐めればいいのかな。


 それはご褒美になるんだけど。なんて冗談を考えていると、真白ちゃんがこほん、と軽く咳ばらいをして続けた。


「私はただ、友達に仲良くしてて欲しいだけ」

「それが一番難しい」


 あたしと五十鈴直の視線がかち合う。


 「こいつと?」みたいな、苦虫を何十匹もまとめてかみ砕いたんじゃないかってくらい微妙な表情をしていた。きっとあたしも似たような表情をしてると思う。


 ナカヨク。トモダチ。受け入れきれず、言葉の定義にまで思考が吹っ飛んでいった。


 トモダチって何だっけ。ついこの前、クラスメイトのみっちゃんとアウトレットに行ったけど。


『あははーこれ直ちゃんに似合うー』

『そうですかー? ことりの方が着こなせてますよー』


 思い出と重ね合わせて。しゃららん、とでも擬音がなりそうなほど仲睦まじく過ごしている姿を想像して、背筋に悪寒が走った。死んでもありえない。


 思わずえづいたあたしに、五十鈴直は「もらいゲロですか?」なんて聞いてくる。真白ちゃん目の前にいるんだぞ。


 あたしと、アンタの好きな。


 それがもらいゲロって。普段優等生ぶってるやつの語彙じゃないだろ。


 やっぱり友達になれっこない。改めて確信させてくれたことには、感謝しないといけないのかもしれなかった。

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