初号令。
「あのような小城、すぐに攻め落としてくれよう。すわ、掛かれッ!!」
「「「おぉおおおおおおッッッ!!!」」」
諏訪頼重の号令の下、諏訪勢が待ってましたとばかりに鬨の声を上げ、千龍城に押し寄せて来た。
敵は小城だと侮っているのだろう、隊列も組まずにただ前のめりに駆けている。
「き、来た……敵が……っ!!」
兵士の配備を終えた俺は引き続き土塁の上から戦況を見守っていた。敵が近づくにつれ不安と恐怖が増してくる。
「ち、千代女さん。俺の指示は大丈夫……ですよね?」
「晴幸様の指示に問題はありませんでしたよ。もっと自分に自信を持ってください、晴幸様」
俺と違って冷静に、かつ包み込んでくれるような千代女さんの視線たるや、何万の兵士に匹敵するレベルで心強く感じる。
あーもう! 千代女さんが居てくれて本当に良かったよぉおお!!
彼女を部下にしてくださって本当にありがとうございます、信玄公っ!!
「兵の支度は整ったか?」
すると、先程まで城外で味方を鼓舞していた信方さんが舞い戻り、俺達のいる土塁に上がってきた。
「も、勿論です、板垣様」
「ならば重畳。この戦で負けることは『万に一つ無い』が、一つ聞いておきたいことがある」
信方さんが敵方から城内に目を移す。
「む……? 北はともかく西に兵が少ない気がするなが……お主、どのように兵を並べた?」
「えっと、全体の九割の兵士を北門に集中させました、残りは城全体に配置する感じで──」
「……………………すまぬ、聞き間違いか、もう一度言ってくれ」
信方さんが口をあんぐり開けて聞き返す。
「そ、その……敵が殺到するであろう北門に九割方兵士を集めした、そ、それ以外に何もしてません」
「たわけか貴様っ!!!」
信方さんの怒声が雷の如く落ちてきた。武田が誇る重臣筆頭の板垣様の一喝、全身がビリビリくる。
「それで城が守れると思っておるのか!? 冗談では済まさぬぞっ!!」
「いや、冗談ではなく真面目に……」
「真面目じゃとっ!? このような守り方では手薄な場所を狙われるであろうが!!」
矢継ぎ早の叱責、せめて言い訳をさせて欲しいんだけど、これされると何も言えなくなるよね……。
「千代女も何故こやつを止めなかった!? 女子ながら戦事に長けたお主なら、こやつの采配が無謀であると分かったであろう!」
「私も最初に聞いたときは驚きましたし、無謀かと思いました」
「ならば……っ!」
「しかし、晴幸様の話を聞き考えを改めたのです。板垣様も、落ち着いて話を聞いてみてください」
「うぐ、そ、そうであるか……」
千代女さんの凜として落ち着きのある清音に諭されて信方さんが冷静さを取り戻してくれた。ナイスだ千代女さん! 見た目通り男性の扱いがお上手でございます。
「とはいえ、百聞は一見に如かずと言いますから、実際に見た方が速いでしょう」
「実際に見る、だと?」
信方さんが振り返ると、敵が目と鼻の先まで迫ってきていた。ただこの城目指して、津波の如く猛進している。
「晴幸様、御命令を」
「オ、オウっ!!」
千代女さんに促され、俺は右手を上げた。
「ユ……ユユユッユミタ~イ! カ……カカッッカカマエェ~!」
初めて合戦。
初めての陣頭指揮。
初めての殺し合い。
初めての殺戮命令。
緊張とさっき頬を叩いたせいで吐き気と目眩と動悸、とにかく色々と激しい。
もう頭が真っ白で、立って声を出すのも精一杯。そんな中、俺は最後の力を振り絞って右手を下ろして叫んだ。
「う、撃てぇええオエエエエェエエエエエッッッ!!!」
俺の号令と共に味方の矢が放たれ、胃から吐瀉物も湯水のごとく飛び散った。こんな大事な場面で金色モザイクかますなんて……ホント俺って40歳になってもダメな子だぁ。
「だ、大丈夫ですか、晴幸様……?」
「この場面で腹を下すか、なんという男じゃ」
背中に心配してくれる優しい手と呆れて物言えないゴツい手が添えられる。
イメージ的にもっと格好良く号令するはずだったんだけどな、俺らしいっちゃらしいけど。
「あ、ありがとう……そ、それよりも、敵は……?」
「晴幸様の思惑通りです、どうぞご自分の眼でご覧下さい」
彼女の力を借りて立ち上がり、柵を便りに周囲を見渡した。




