来るは甲斐の虎。
北門の前に作られた『馬出し』が前面の敵を抑えつつ、横に回った敵兵を馬出と城内の射手が射殺していた。
「なるほど、合点がいったわい」
俺が造った城の意図を察したのか、信方さんが感心したように頷いた。
「外堀も土塁も、北門に近づくにつれて緩くなっておる。端から見れば北門こそが城の弱点に見えるが、そうではない」
「敵に敢えて北門を攻めさせることで守備兵を一ヶ所に集中できる。これこそが、晴幸様の城取(築城術)の妙でございますね」
くっ、俺が説明しようと思ったことを全部言われちまった。
二人の言う通り。
この城は東と南が崖で阻まれている為、出入り口は北門と西門の二つしかない。さらに言えば、実際の出入り口として使えるのは北門のみ。
西門はあり得ないくらい堀を深く掘ったり、土塁をめっちゃ傾斜を付けた上で高く積み上げたせいで門前の橋を壊してしまえば誰一人通ることは出来ない。事前に梯子とかロープを用意していないと攻め上がることは不可能だろう。
結果、敵はなんの変哲もない北門を攻めるしか無いから、城兵はそこだけを重点的に守ることが出来るのだ。
「それと、あの門前にあった丸っこい土塁は虎口(城の出入口)の一種か? 見たことのない形状じゃな」
「あれは『丸馬出』っていう虎口です。正面は堀があって容易に近づけず、出入り口が城側に向いてるので敵が城に入るには城内と馬出、それらを繋ぐ通路の三方面から放たれる矢を掻い潜らねばなりません」
「三方から矢が飛んでくるじゃとっ!? なんと、恐ろしい仕掛けじゃ」
俺の解説に信方さんが身震いした。そうそう! 俺はこの反応を求めてたんだよ!!
実際、武田氏が築いた城には丸馬出の構造が多く見られる。
本来は城に攻め寄せる敵を騎馬隊が要撃する際の出入り口に使う防御施設だが、使いようによっては正面、真横、背中と三方向から十時射撃を浴びせることが可能だ。
俺はただその武田式縄張りを真似したに過ぎないのだが──もしかすると丸馬出の考案者は俺ってことになるのか? だとしたら光栄極まりないッスね。
「ところで晴幸様は何故、目を薄く閉じて耳を塞いでいますのでしょうか?」
「え、あ、いやぁ……そりゃまぁ……ねぇ……」
「……?」
だってさっきから敵か味方の悲鳴やら断末魔がひっきりなしに聞こえるし、さっきチラッと北門を見たら敵の顔面に矢が突き刺さってたんだもん! あんなの直視出来るかよ! グロ耐性無いんだもんっ! 平和ボケした現代人には刺激が強すぎんだよッ!!
「まさか、僅か三日でこれほどの城を築くとはな……これでまだ未完成だというだから、山本晴幸……恐ろしい者よ」
「御館様には良い報告が出来そうですね」
「まぁ、見た目によらず、意外と臆病で頼りないところがあるが、な」
「ふふ、そうですね」
なんか今二人が俺の悪口を言った気がするけど、耳を塞いでるから何も聞こえないゾ! あー聞こえない聞こえないっ!
「しかし、今は防げてるとはいえこの敵の数は侮れませんね……速く『諏訪勢と交戦』の狼煙を上げましょう」
「──いや、その必要は無いぞ」
信方さんが援軍を呼ぼうとする千代女さんを片手で制した。
「その必要が無いとは、一体どういうことでしょうか?」
「先に言ったであろう。この戦は『万に一つ』負けはしないとな」
信方さんがさっきから自信満々に立ち振る舞う意味、俺達がそれを理解したのは開戦からしばらく経った後のことだった。
開戦当初は小城と侮っていた諏訪勢であったが、犠牲が増えたせいか、馬出しと城の秘密に勘づき始めたのか、積極的な攻勢がないまま二時間が経過した。
あまりにも攻めて来ないから城外にある射った矢を回収する味方まで現れるほどだ。
「さて、敵もそろそろ疲れが見えだした頃合いか」
敵の勢いが完全に失せたことを確認した信方さん、懐から竹筒を取り出すと、その辺に落ちてあった小枝を集めて中身をばら撒いた。
「その粉は……これはもしや……」
「もう敵はこの城を落とせまい、この戦はもう仕舞いじゃ」
「それってどういう──」
言うが早いか、粉が降りかかった薪に火を付けると朦々と赤い煙が真っ直ぐ立ち上った。
この赤い煙……ついさっき見た気がするんだけど……?
「なるほど、開戦前に狼煙を上げていたのは板垣様だったのですね」
「うむ、諏訪勢が迫っていると部下が報せてくれたでな。いち早く御館様に知らせを送ったのじゃ」
「てことはあの時点で信方さんは諏訪が来るって知ってたんですか、教えてくれてたら心の準備が出来たのに……あれ? んじゃあ今上げてる煙は何なんですか?」
「フッ、今に分かる」
信方さんの不気味に笑んだその時、法螺貝の出す独特な音響が戦場一体に鳴り渡り、敵味方双方がある一点に注目した。
何故なら、城から見て南西の方角に、あの旗が無数に翻っているからだ。
『疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山』
「え……? なんで、ここに……?」
孫子の兵法が元であるあの旗印を掲げた将を、俺は二人しか知らない。
一人は南北朝時代に活躍した名将・北畠顕家。
そしてもう一人は……。
「武田……信玄公?」
もう一人とは、その旗印を背に軍の先頭を進むは源氏武者さながらの赤糸威の大鎧を纏った甲斐の虎・武田大膳大夫晴信、その人だった。




