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Cage Breaker  作者: takosuke3
二章 ~籠の鳥~
7/20

自問

 野営地に戻るなり、私は手足を縛られた上に、布巾を噛まされた。その理由を、〝変なこと〟の方がマシ、と言うトーマの言葉の意味と共に、思い知った。

「~~~~~~~~~~~っ!」

 口を塞ぐ布巾のおかげで、悲鳴は甲高い呻きに変わった。

 一方、トーマはそれが聞こえていないかのように、私の右の脛に刺さっていた石を、短刀と鋏で無理やり引きずり出した。血と肉片がこびりついたその石を放り、手早くその傷口を塞ぐ。

「頑張れ。あと四つだよ」

 トーマの気のない激励が、酷く遠い。傷口を抉られる上、肉を引き千切る痛みが、今度は左腿で起こった。

 覚えているのは三つ目の、右脇腹の大きな石を引きずり出したところまでだ。幸か不幸か、私は途中で気を失ったらしく、気づいたときには、焜炉の横で敷物に寝かされていた。身を起こすと、体のあちこちから痛みが走る。

「元気そうで何よりだけど、無理するもんじゃないよ」

 焜炉を挟んだ向かいでは、トーマが茶碗にやかんを傾けていた。

「私、どれくらい眠ってたの?」

「ほんの小一時間くらいだよ‥‥‥はい、どうぞ」

 と、豆茶の入った茶碗を私に差し出し、

「ところで、君さ‥‥‥この森を侵略でもするつもりかい?」

 今日の天気でも訊ねるように、平然と言ってくるものだから、私は危うく茶碗を取り落としそうになった。

「な、何よいきなり? どういう意味よ?」

「どうもこうも、言葉通りさ。例えば、あれ」

 と、トーマは更地になった場所を指差し、

「あとは」

 次いで、川の方──正確には、無我夢中で輝術を放った場所を指差す。

「あっちに至っては、オーマシラを──この辺一帯の主を、消し飛ばす勢いだったからね」

「で、でも襲ってきたのは、あのケダモノの方で‥‥‥大体、こっちは殺されるところだったのよ。なんていうか、無我夢中だったし」

「そのケダモノの縄張りに、君の方が、入り込んだんだろ。暗くなるから遠くへ行くなって、言ったじゃないか。僕が適当なところを選んで野宿してると、まさか思ってたんじゃないだろうね?」

 トーマは、素気なく切り捨てるた。

「知らないわよ、そんな事っ。何よ、私が間抜けだから食い殺されても仕方ないって言いたいわけ?」

「‥‥‥まだ分かんないのか?」

 トーマは、深々とした嘆息を吐き出しながら、再び更地と川の方を指差し、

「あそこには、君に指一本も触れようとしない、|小さくて大人しい獣もたくさんいた《・・・・・・・・・・・・・・・・》んだ。そのことを、何とも思わないのか?」

「それは‥‥‥べ、別にやりたくてやったわけじゃ」

「君のしたことはそういうこと(・・・・・・)だ。これじゃ恐怖と絶望を撒き散らす、あの伝説の魔翼そのものじゃないか」

「そんなこと」

 ない──言いかけた私の目に、更地が映る。一体どれほどの獣が、あの輝力に飲み込まれたのだろうか。

「オーマシラ──君の言うところの〝ケダモノ〟にしたってそうさ」

 押し黙る私に、トーマは笑みを浮かべたまま、更に続けた。

「彼は、彼にとっての普通(・・・・・・・・)普通にこなしただけ(・・・・・・・・・)だ」

 トーマは、笑っているだけ(・・)という事に、私はようやく気づいた。

「縄張りを荒す者を攻撃、捕食するってね。間抜けだから食い殺されても仕方がない‥‥‥その通りだよ」

 トーマは──怒っている。

「もう一度言うぞ‥‥‥君のしたことは、そういうこと(・・・・・・)だ」

 つまり──トーマが救ったのは、私ではなく、

「ああ、そうだよ‥‥‥僕が助けたのは、侵略者(・・・)に平和な生活を脅かされた、あのオーマシラの方さ‥‥‥とまあ、説法はこのくらいにして」

 唐突に、トーマは話を切り替えてきた。

 私は、安堵する──それが、自分で思った以上のモノであったことに、私は気づいた。トーマという少年の怒りは、じわりと威圧してくる性質のものだと、私は悟る。

「ご覧のとおり、石は全部取ったし、他の怪我も応急処置はした。あとは君の輝術の出番だ。治癒系輝術、使えるよね?」

「いえ、その‥‥‥」

 治癒系輝術──使えることは使える。だが、

「? 何か?」

「‥‥‥私、治癒系輝術は、ちょっと齧った程度で、しかも習ってから、あまり使ったことが無くて」

「だから?」

 事も無げに、トーマは問い返してきた。

「ちょっと齧っても何でも、今やらなきゃ困るのは君だよ。明日の朝に出発するから、じっくりゆっくり回復できる機会は、もう今しかないよ」

「どういうこと?」

誰かさん(・・・・)のおかげで、この辺の動物たちは、みんな逃げた‥‥‥ここまで言えば、もう分かるだろ?」

「でも」

「あのさ‥‥‥君は、確かに〝籠の鳥〟だよ」

 不安そうな私に、トーマは苦笑混じりに言った。

「でも、君が今いる場所(ここ)は、籠の中(・・・)じゃないよ」

 何のことか分からず、私は怪訝そうにトーマを見返す。そんな私を、トーマは真っ向から見据え、

「だからもう、無能(出来ない)は通用しない。事情(黒い翼)なんて関係ない。そんなのは、行動しない(やらない)理由にならないよ」

 嘲るでもなく、叱るでもなく、ただ淡々と、トーマは告げた。



「何かあったら、大声上げるなりなんだりして。んじゃ、おやすみ~」

 トーマは、馬車の中に引っ込む。数秒としないうちに、呑気な寝息が聞こえてきた。一方、焜炉の前に座る私は、周囲を注意深く探る。

 獣はおろか、虫の鳴き声すら無い。聞こえるのは、風と枝葉の音だけ。本当に、この近辺で動くものは、自分達だけらしい。

 獣たちが恐れてるのは、ここで起こった〝異常〟である──言い換えれば、元凶()を恐れてるわけではない。この一帯から出たら、またオーマシラのような猛獣が襲ってくる可能性は、十分あるわけだ。その時、まともに動けない私は、お荷物になる。

 何を今更──冷静な自分が、冷徹に言った。

 まともに動けた今までだって、十分にお荷物だったではないか。鳥車にしても、缶詰にしても、結局は彼に尻拭いさせている。護衛と称して行動を共にしているが、これではどちらが護ってもらっているのか、分からない。

『今まで何をしてきた?』

『何かしたことがあったか?』

 トーマの問いが、何度も繰り返される。

 剣や輝術を習い、修学所では死に物狂いで首席を勝ち取り──その答えは、違う気がする。

 予備大蔵書室に籠って、蔵書整理しつつ知識を吸収して──それも、違うと思う。

「私は、何をしてきた?」

 いつの間にか、それは私自身の問いになった。そして、いくつも答えを出してみるが、どれも違う。

「私は‥‥‥」

 トーマに言われた時は、咄嗟の事だから、と思っていた。なのに、いざ冷静になって考えても、答えが出なかった。これではまるで──。

「ああ、そうか‥‥‥」

 答えが出なくて、当然である──出せる答え(・・・・・)が、そもそも無いのだから。

「何一つ、してこなかった‥‥‥」

 当然だ。黒い翼を持つゆえに忌み嫌われ、疎まれてきた自分には、殆ど何もやらせてはもらえなかった。そもそも、〝予備蔵書室監理士〟も、半聖半魔を体良く押し込める方便だったではないか。そこで大人しくしていろ、と。

 言い換えれば──大人しくしてさえいれば、生活は満ち足りていた。何もしなくても、食う寝るには困らなかった。

 自分から何かする必要など、無かったのだ。

『それじゃ、これから(・・・・)はどうだ?』

何かしよう(・・・・・)と考えてるか?』

 トーマに問われるまで、考えたことも無かった──という事に、たった今気づいた。

『その〝力〟で、何をしようとしてる?』

 自身の内に、意識を向ける。途中休眠を挟んだとはいえ、半日であれだけの輝力を放ったというのに、まだ余裕がある。この輝力量、知っている限りでは、ミカエルにも匹敵すると思う。

 それだけの力が、自分にはあった。

 それだけの力を持ちながら、今まで何もしなかった。

 それだけの力があったことを、今まで知ろうともしなかった。

十数年しか生きてない(・・・・・・・・・・)地駆民の幼生ごとき(・・・・・・・・・)にさえ出来ることが、君には出来ないじゃないか』

「‥‥‥そうよ」

 それだけの力を持ちながら、駆鳥一羽従えられない。

 それだけの力を持ちながら、缶詰一つ空けられない。

 それだけの力を持ちながら、一人では何も出来ない。

 その結果が、

『だから君は、〝籠の鳥〟なんだよ』

「‥‥‥そうよ」

 自分は、ごとき(・・・)に守られている、〝籠の鳥〟だ。

 自分は、何もしてこなかった。

 自分がこれから何をするべきか、考える事もしなかった

 自分を囲う〝籠〟に不満と退屈を感じながら、そのくせ甘んじていた。

『でも、君が今いる場所(ここ)は、籠の中(・・・)じゃないよ』

『だからもう、無能(出来ない)は通用しない。事情(黒い翼)なんて関係ない。そんなのは、行動しない(やらない)理由にならないよ』

「‥‥‥ええ、その通りよ」

 私は、輝力を全身に巡らせる。

 治癒系輝術〝包養(ほうよう)〟──達人が施せば、千切れた手足も再生出来るとされる、癒しの光。残念なことに、私は達人どころか、修学所で習ってからは書物で少々齧った程度の素人だ。そうでなくても、輝力量よりも精密さと集中力が要求されるこの輝術が、あまり私は得意ではない。

 さっきまでなら、そこで諦めたろう。しかし、私は治癒を続けた。特に、翼と手足を優先的に癒していく。

無能(出来ない)行動しない(やらない)理由にならない、か‥‥‥」

 気に入らないが、トーマの言う通りだ。ここはもう、大聖宮(籠の中)ではない。誰かに何とかして貰う場所ではない。

 それに──地駆民に何とかしてもらってばかりいるのは、やはり我慢がならない。


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