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Cage Breaker  作者: takosuke3
二章 ~籠の鳥~
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森の侵略者

 木々の頭上を放物線を描くように飛び越え、そのまま川の岸辺に落ちるように着地した。破らんばかりの勢いで服を脱ぎ、剣と一緒にその場に投げ捨てて、川に飛び込んだ。水は冷たいが、今はありがたかった。

 腰まで浸かったところで翼を広げ、私は仰向けに倒れた。広げた翼のおかげで、すぐに水面まで浮き上がる。冷たい流水に晒され、頭も体も強引に冷やしていく。

『だから君は、〝籠の鳥〟なんだよ』

 冷えれば冷えるほど、トーマのその言葉が、繰り返される。

 籠の鳥──鳴くことしか出来ず、餌は飼い主から与えてもらうしかない、という意味が込められている。天翔民にとっては、この上ない蔑称だ。ましてや、

「地駆民なんかに‥‥‥」

 冷めかけた熱が、再び加熱していく。

 でも、何一つまともに言い返せなかった──熱に侵食されかけた冷静な部分が、冷徹にそう言った。熱は一気に冷め、しかし冷め切ることはない。そんな中途半端な思いは、酷い苛立ちに取って代わる。

「もうっ!」

 跳ねるように体を起こし、

「え‥‥‥」

 しかし、川底に着くはずだった足は水中で空回りした。勢いのついた体は、面白いほど転げまわった。

 必死に手足と翼を動かして、どうにか水中から飛び出した。見渡すと、岸に置いた服が見当たらない。どうやら、流されたらしい。

 私は、すぐに川を遡るように飛んだ。慎重に進みながら目を凝らして探すが、既に日は落ち、明かりになるのは星空と、それを照り返す川の線のみ。それだけでは、まるで見えない。

 見つかるか──不安になる私の目に、川岸の小さな光が映った。近づくと、きれいに折り畳まれた私の服と、鞘に納められた剣が、投光器の光に照らされていた。

 降りて自分のであることを確かめて安堵しながら、ふと投光器を手に取る。これのおかげで見つけられたが、こんなもの、持って来なかったはずだ。

 そもそも──私は、服も剣も投げ捨てるようにして置いていったはずで、畳んだりはしなかったはず。

「‥‥‥」

 木々の向こうの、野営地の方を見やる。間違いなく、トーマがやったのだろう。水汲みついでか何かで。

「余計な事を‥‥‥」

 服をいじられた羞恥から、つい悪態を漏れた。

 でもこれが無かったら──またも冷静な自分が、そう言った。結局、一人では何も出来ない、と。

「──っ」

 いきなり足元が、崩れた──翼を広げて体を浮かせるが、何も崩れてはいない。そもそもここは、崩れるような場所ではないのだ。

 なのに──恐怖が消えない。震えが止まらない。それどころか、このまま激しい気流に流されていくような気さえしてきた。

「気のせいよ、気のせい‥‥‥」

 そう、気のせいだ──私は、その場にゆっくりと降りた。

 枝葉が音を鳴らしたのは、その時だった。悲鳴と、輝術を放つのを、間一髪押しとどめる。

「ぬ、濡れたままの裸だからよね、きっとそうよ」

 私は、そちらに投光器を向ける。その光が当たると、枝葉は、確かに揺れた。それも、大きく。

 何かいる──私は、反射的に剣に手を伸ばし、鞘から剣を抜き放ち、

「がっ?」

 衝撃と共に視界が反転し、同時に急速に流れていき、弾き飛ばされたのだと認識した時には、川面に叩きつけられていた。

 何度か水中で転げ、さらに鼻から水が入り、頭の中心を刺すような痛みをこらえながら、それでも手放さなかった剣を杖にして起き上がり、岸辺に立ったそいつの姿を確かめる。



 〝豊穣の森〟は、その名の通り、多くの生命で満ちている。当然ながら、危険な猛獣も生息している。

 川面の照り返しを受けたその身は、丈は私の三倍弱、全身を褐色の体毛と分厚い筋肉で覆う人に似た、しかし人ではない獣。

 オーマシラ──五十年ほど前に読んだ書物の記憶から、名前と共に生態を手繰り寄せる。豊穣の森では最大級の雑食動物。非常に獰猛で縄張り意識が強く、入った者を見境なく攻撃、獲物として捕食する。

 縄張りに入った獲物──私は、剣を構え直した。

 その動きをどう汲み取ったか、オーマシラは短い雄叫びを上げながら、私に向かってきた。

 私は翼を広げ、上空へ身を躍らせ、

「え‥‥‥」

 視界に映ったのは、左右の腕を立て続けに振ったオーマシラと、鈍い風切り音を立てて飛んできた何か。

 それが、私の頭ほどはある石だと気づいた時には、両翼に衝撃を受けた。

 折れた──鈍い音と、遅れてやってきた激痛が、私にそう告げた。飛ぶ力が抜け、私はそのまま川中に落下した。

 急いで立ち上がり、オーマシラを探す。見つけたときには、十数歩先の上流から、オーマシラが突進してきていた。

「悪く思わないで」

 頭部に狙いを定め、貫くには十分な威力の輝力を集め、〝貫閃〟を放った。

 それを──オーマシラは、前転でかわした。眉間を貫かれる寸前で。

 その巨体に似合わぬ身軽さに、私は目を見開いた──だから、次の〝貫閃〟が遅れてしまった。

 オーマシラは前転からの起き上がりざまに、川底から拾った石を投げつけた。それも、その大きな両の手一杯に掴んだ分を一斉に。私は防壁を展開しようとするが、間に合わない。

 小さくても、私の拳大──そんな石が、文字通りの雨となって降り注いだ。全身を所構わず打ち据える重たい衝撃に耐えきれず、私は倒れた。

「ぐぅ‥‥‥っ」

 意識が飛びかけるが、痛みが引き戻した。跳ねるように身を起こしながら、私はオーマシラの姿を探す──までもなかった。

「え‥‥‥」

 すぐ目の前にいたから。

 その大きな手で顔を掴まれ、川底に押し倒される。そのまま、オーマシラの右足が、私の体を押さえつけた。

「~~~~~~~っ!」

 オーマシラの足に剣を突き刺そうとするが、その腕をオーマシラの左足が踏みつけた。

 こっちも折れた──鈍い音と激痛に、ついに剣を手放してしまう。残った左手と両足でオーマシラを叩くが、僅かも揺らがない。

 呼吸を止めてもすぐに限界が訪れ、空気を求めた肺が強引に動いたため、水を吸い込んでしまう。肺が異物を吐き出そうと何度も咳込むが、水中では逆効果だった。

 咳込むうちに、急激に意識が遠くなっていく。苦しさが、次第に身を優しく包むような心地よさに変っていく。その正体を知ったとき、私の思考は恐怖に塗りつぶされた。

 死にたくない──後で思えば、その思い以外の全てを吹き飛ばしたのだろう。

 加減無しで集約された輝力は、瞬く間に大きくなり、輝きを強くしていく。

 身の危険を感じたのか、オーマシラは飛び退いた。重圧が無くなり、私は身を起こしながら肺の水を吐き出し、新鮮な空気を存分に取り込んだ。

 その時点で、既にオーマシラは私に背を向け、森に向けて走り出していたが、私は構わず輝力を放っていた。

 分類するなら〝貫閃〟だろうか。しかし、今私が放ったのは、オーマシラはおろか、周囲を諸共飲み込まんばかりの、巨大な激流。それは、木も岩も関係なく砕きながら疾り、オーマシラを飲み込んだ。

 そして──弾けた。

「‥‥‥?」

 光の激流は、何かにぶつかったように幾筋にも割れ、それぞれに散っていく。その眩しさが、私の麻痺した思考を動かした。

 目を細めながらも、私はそれを見ようとするが、この位置からではよく見えない。やがて、それが収まると、残っていたのは激流の疾った傷跡と、球形の光に覆われたオーマシラだった。

 これが壁となって、オーマシラを守った──それは見れば分かる。だが、壁と言っても、向こうが透けて見えるくらいその密度は薄い。こんなのが、あの激流を防いだというのか。

 改めて、光の壁を見据える。刃のような鋭い突起が四本、オーマシラの周りを回っていた。短剣ほどの大きさのそれらは、不意にその回転を止める。すると、光の壁は静かに消えた。どうやら、これらが壁を形成していたらしい。

 回転を止めた四本の刃は、オーマシラから離れていく。残ったのは、腰を抜かしたまま動けない、オーマシラのみ。この森最大の巨獣が、動けぬほど怯えていた。

 その足先に、突然光が走り、地面が爆ぜた。私がそちらに目を向けると、オーマシラの真上に、四本の刃が浮いていた。その先端が光ると、次の瞬間には、それが矢のように撃ち出される。矢は、腰を抜かしたまま動けないオーマシラの周囲の地面に突き刺さり、土を巻き上げる。それで、オーマシラは我に返ったらしい。跳ねるように身を翻し、風のように森の奥へと駆けていった。

 それを確かめたのか、刃達は別の方に飛んで行く。私の頭上を過ぎって向かった先には、

「な‥‥‥」

 私の背後数歩分の位置──その灰色の全身鎧は、川面に触れるか否かの高さに、音も無く浮いていた。

 集まった四つの刃が、両肩と両腕にそれぞれ納まると、鎧は私の方に近づいてきた。私は、身構えようと立ち上がるが、

「ぃっ‥‥‥」

 全身から痛みが走り、その場に尻餅をついた。

「やめときなよ。だいぶ酷いことになってるから」

 兜の向こうから、笑い声が聞こえた。

「その声‥‥‥」

 兜のせいでくぐもってはいるが、間違いない。

「トーマ、なの?」

「はい、正解」

 触れてもいないのに、面当てが独りでに引き上げられる。露わになったのは、トーマの顔だった。

 私は、トーマの身を包む鎧に目を向ける。

 〝鎧〟と称するのも、少々違うかもしれない。金属なように見えて、陶器にも見える。形は鋭角的で、しかし流線的にも見える。何より特徴的なのは、端々から小さく発光していることだ。

 詳しいことは分からないが──これは、聖地のどこにも(・・・・・・・)存在しない(・・・・・)だということは、確かだ。

「貴方、一体‥‥‥」

「その前に、ちょいと失礼」

 と、トーマは私を抱き上げた。鈍重そうな鎧で覆われているくせに、その手つきは、優しく手慣れている。

「あ、念のため」

 と、面当てが再び下りる。

「途中で引っぱたかれたりしたら、たまったもんじゃないからね」

 何のことかと聞き返そうとして、気づいた──と言うか、思い出した。

 自分は今、完全に丸裸であることに。

「ちょ、何見てるのよこの痴漢っ!」

 身をよじるが、がっちり押さえられているため、ビクともしない。

「はいはい、喚くのは良いけど大人しくしてろよ、負傷者」

「ぐぬっ‥‥‥」

 改めて自分の有様を見れば、手足と言わず、体中が血と痣に塗れていた。中には、石が突き刺さったままの箇所も、いくつかある。

「言っておくけど、変なことしたら」

「本当に残念だよ。僕には、怪我まみれの血まみれの女体を見て喜ぶ趣味が無い」

 わざとらしい嘆息が、面当て越しでも聞こえた。

 引っぱたくどころか、〝貫閃〟で兜ごと撃ち抜いてやろうかと、半ば本気で思っていると、

「暴れるなよ」

 トーマの体が、私を抱えたまま浮かび上がる。音も予備動作も無く、それ以前に、翼も無いのに飛ぶ方法など、私には想像もつかない。とりあえず分かるのは、トーマの全身を包む鎧が、その力の源であることだ。

「何なの、その鎧? そもそも、〝鎧〟と呼んでいいのかしら?」

「第六系全領域複合兵装‥‥‥要は、ただの鎧さ」

「どこが〝ただの〟よ‥‥‥」

 これが、私たちが〝鎧〟と呼んでいる代物よりも遥かに発達したものであることくらい、私にだって分かる。

「それより」

 私を抱く力が、妙に強くなった。まるで、逃がさないとばかりに。

「君の言う〝変なこと〟のほうが、まだマシかもしれないから、そのつもりで」


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