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Cage Breaker  作者: takosuke3
三章 ~真実と真相~
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現実の真相


 まず向かったのは、執政官の館だった。

「執政官は、お忙しい‥‥‥と、先ほど言ったはずだ」

 ヘイズに面会を求めれば、出てきたのはやはり補佐官であり、冷たくあしらわれるだけ。そのくらいは、最初から承知の上だ。

「そのヘイズ執政官なんですが、今どこに?」

「何度も言わせるな。執政官は──て、おいっ」

 私は強引に廊下を通り抜け、執務室に入る。

 やたら大きな執務卓、それらの上に置かれている高価そうな酒瓶、壁にはそれっぽい額に納められた、何が何だかよく分からない絵。それに対して、書棚や執務卓の資料は、妙に少ない上に薄い。

 しかし、その部屋の主の姿は、影も見えなかった。隣の寝室にも足を踏み入れるが、やはり豪奢な品ばかりで、ヘイズの姿は無い。

「衛兵っ」

 補佐官が叫ぶ。

 ここだ──私は、補佐官に聞こえないように深呼吸し、トーマを頭の中に浮かべる。彼なら、どうするか。

 おっとり刀で、二人の衛兵がやって来た。その片方が伸ばしてきた手を、私は避け、

「執政官は何処にいるんですか?」

 まずは、補佐官に問う。

「答える必要は無い」

「貴方達は、知ってる?」

 次に、衛兵に問う。

「答える必要は無い、と言っている」

 衛兵ではなく、補佐官が答えた。しかし私は、補佐官には目もくれず、衛兵を見据えたまま。そのうち片方が、一瞬私から目を逸らした。

 私は、内心ほくそ笑み、

「確か、十三番坑道でしたっけ‥‥‥一月半ほど前に閉鎖命令を出したそうですが」

「採掘量が減った坑道を閉鎖して何がおかしい?」

「その作業を行った地駆民達は、崩落事故で全滅したそうですね」

「たった八人(・・)だ。どうということは無いだろう」

 具体的な数字を口にした──つまり、彼も知っている立場にある事は確実だ。

「その八人は、一体誰が、どのように選別したんですか? いわゆる、独身者とか周りとの折り合いが悪かったとか‥‥‥つまりいなくなっても、さほど心配されない者達だったというのは、本当に偶然ですか?」

「答える事など何も無い、と言っている‥‥‥おい」

 補佐官は、苛立ったように衛兵をけしかけた。

「放り出せ。そして、二度とここの敷居を跨がせるな」

 二人の衛兵は、両脇から私の腕を掴もうとするが、

「結構です」

 と、私はそれを振り払った。

「私は、これで失礼します」

 収穫はあった──ヘイズ達は、今回の事件に関わっている。



 館を飛び出し、そのまま鉱山に向かう。

 無数にある坑道の入口だったが、見つけるのは簡単だった。金網の扉で入口を塞がれ、ご丁寧に〝立入厳禁〟の札が下げられている坑道など、そこしか無かったからだ。

 金網越しに投光器を照らすと、右横の壁に〝十三番〟と殴り書きされた板が、打ちつけられていた。

 金網の扉は、押してみるとあっさりと開いた。中に入り、坑道の奥を見据えるが、ここからでは奥の方は見えない。

「‥‥‥」

 行方不明事件の調査だというのを、改めて思い出して、私は急に不安になった。

 首飾りを握りしめる。何の飾り気も無い首飾りが、何故か不安を和げてくれた。

「よしっ」

 気合とともに投光器を掲げ、坑道に足を踏み入れた。

 しばらく進むと、鈍い光を放つ箇所が、周りの岩肌に表れる。

 この〝北の結界〟の岩盤には、発光性質を持つ鉱物が含まれている。これを精製、加工して、更に強い光と熱を放つようにしたのが、〝陽煌石〟だ。

 これを様々な機器に組み込むと、大型照明や投光器などの光源、暖房や調理器具などの熱源として利用される。トーマが使った焜炉や、今私が手にしている投光器も、それだ。

 採掘量が減った坑道とのことだが、僅かながら残っているらしい。その光と投光器のおかげで、視界は十分だった。

「それにしても‥‥‥」

 妙だ──どうにも先ほどから、違和感が私の頭から離れない。

 長年の採掘によって、坑道はいくつにも枝分かれしている。迷わずにいられるのは、別れ道には一つだけを残して、縄が張られていたからだ。まるで、開けている道以外は、その先に行く必要が無いとばかりに。しかもその縄は、明らかに最近張られたとばかりに、真新しい。

 思えば、〝立入厳禁〟の坑道に、鍵がかかっていない事も気に入らない。

 そして、あの補佐官達の態度だ。彼らは、明らかに何か知っている──というより、関わっていると見て良いだろう。

 町の地駆民達の身の上を調べ、金を掴ませ、用が済んだら口封じ──これらを秘密裏に出来るとしたら、この町の取り仕切るヘイズくらいだ。

 でも──と、疑念が断言を妨げた。

 もしそうなら、補佐官達のあの態度は奇妙だ。明言は避けたとはいえ、あそこまで露骨に疑惑を向けたのだ。その場で口封じ、とまではいかずとも、監禁拘束くらいは想像していた。

 この程度では揺るぎもしない、という自信の表れとも取れるが、せめて監視くらいは付けるのではないだろうか。改めて、周囲の気配を探るが、やはりこの場に自分以外は誰もいない。

「‥‥‥」

 どうにも嫌な感じだ。何かが繋がりそうなのに、何で繋がるのかが分からない。

 掴めそうで、掴めない。

 自分は、何かを見落としている。

「!」

 奥の方に、光が見えた。岩肌の光とは違う、明らかに〝陽煌石〟のそれ──つまり、人工的な光だ。

 近づくと、それまでの坑道と、様相は打って変わった。

 石畳の床、研磨されて滑らかになった壁天井、取り付けられた陽煌石の照明──今までのような、岩の中を単純に掘り進めた道ではない。

 その通路の奥には、見るからに重そうな鉄扉があった。鋭い突起が鱗のように並んだ造形は威圧的で、まだ真新しい光沢もあってか、妙に禍々しい。

 しばらく眺めていた私は、大仰に肩をすくめ、

「これで休憩所とかなら、悪趣味だわ」

 呟いて、小さく噴き出した──可笑しさと自嘲がない交ぜになった笑いだった。恐れを誤魔化すための、自分に対する冗談だった。

 先ほどからの違和感は、今は恐怖に変っている。その恐怖が、扉を開ける事を止めようとする。今すぐ、来た道を全速で戻れと告げている。

「‥‥‥何を今更」

 叱咤と呼ぶには弱々しい呟きだったが、それでも多少の効果はあった。恐怖がわずかに引いた隙に、私は鉄扉を押し開けた。



 壁に設けられたいくつもの投光器によって照らされたそこは、やけに広い空間だった。翼を広げて飛び回っても十分なくらい、幅も奥行きも、そして高さもある。

「‥‥‥ぅっ」

 その大広間に充満する濃密な腐臭と、何よりその光景に、私は口元を押さえた。

 整然と並ぶ、細長くあつらえた鉄の杭。

 それらに組み合わされた(・・・・・・・)地駆民達──彼らは、股間あるいは肛門から口にかけて、一直線に貫かれていた。

 喉の奥からせり上がる吐瀉物を、どうにか飲み込み、懐から出した布巾を顔に当てる。そんな薄布一枚で、僅かでも和らぐような腐臭ではないが、気持ちだけでも踏ん張ることは出来た。

 私は、改めてそれに目を向ける。

 ひどい──そんな言葉で評する範疇など越えているが、生憎私は、それ以上の言葉を知らない。

 これらはただの腐肉だ──自身にそう言い聞かせながら、目を逸らしたくなるのを必死に堪え、混乱に逃げようとする思考を必死で押さつけて、それらの間を通り抜けて奥へ進む。

 ざっと数えても三十以上。トーマの話をさらに上回る数の中には、老若男女を問わず──それこそ十にも届いていなさそうな子供までいた。皆、丸裸のまま手足を縛られ、苦悶の表情を浮かべている。恐らく、生きたままこのような()にされたのだろう。

 奥に行くにつれ、腐敗臭が酷くなる。最奥のそれらにいたっては、手足が縛られた箇所から崩れ落ちていた。その数、八──崩落事故で死んだとされる人数と、同じだ。

 やっぱり──私の疑念は、確信に変わっていく。奥のそれに気づいたのは、その時だった。

「これって‥‥‥」

 人柱ばかり気にしていた気付かなかったが、そこには天井にまで届く巨大な彫像があった。両腕と翼を広げた、雄大な姿を象った天翔民。

 いや、

「‥‥‥魔翼?」

 翼のみならず、全身が黒く染められていた。頭には角が生え、手足の爪は長く、顔は凶相で牙を剥いている。その禍々しい姿は、伝説に描かれている魔翼そのものだ。

「まさか」

 だが、それ以上に目を引いたのは、その彫像の胸元だった。

 上昇し、間近で確かめたそれは、一人の天翔民だった。

 両手両足両翼、そして心臓──合わせて七本の鉄杭でもって磔にされていた。

「ヘイズ‥‥‥?」

 修学所を出て以来だったが、間違いない。

 でも何故──今の今まで、彼が黒幕だと思っていた。そのヘイズが、今ここでこんな状態にある。

 だとしたら──次に思い浮かぶのは、補佐官だが、やはり先ほどの態度は奇妙だ。今の今まで秘密に進めておいたこれだけの事(・・・・・・)を、今にも発覚しそうだという輩の態度ではない。

 むしろ──どうぞ好きに見てください、とでも言わんばかり。

「ここに来ることも計算の内‥‥‥というか、ここに誘い込むため?」

 全身に悪寒が走り、弾かれたように身を翻した──いや、翻そうとした。

「がっ」

 いくつもの輝力の光に翼を撃ち据えられ、私は落下した。何とか受け身を取って着地するが、立ち上がろうとする前に、頭と手足を床に押さえつけられた。のみならず、手足に枷のような輪が嵌められていく。輝力を封じ込めるための、封環だった。

「終わりだ」

 侮蔑の感情すらも無い、あまりにも冷たい声が上から響く。何とか顔を上げ、その姿を確かめる。

「べ、ベルネス‥‥‥」

 その名を口にした瞬間、顔を蹴りつけられた。

「気安く呼ぶな、おぞましい」

 私を見下ろす眼は、正に塵芥を見るそれであった。

「穢れているとはいえ、半身は我らの同胞。謀反を企てる(・・・・・・)にしても、このような非道を行う者ではない、と思っていたのだがな」

 ベルネスは、立ち並ぶ人柱を見渡し、次いで彫像の胸元のヘイズを神妙な面で見上げ、

「挙句、私の友まであのような‥‥‥」

 そういうことか──私は全てを理解した。頭の中の違和感が、今頃になって解かれていく。

「貴様一人にやらせるから妙だと思っていたが‥‥‥なるほど、今なら父上の深慮遠謀が理解できる」

 何やら一人で感激しているが、私は笑いを必死に噛み殺す。この様子では、ベルネスも何も知らない。良いように使われているだけだ。

「貴様の処分は、大聖宮で下す。せいぜい覚悟しておけ‥‥‥まあ、覚悟などと高尚な精神が、穢れた翼にあるとは思えんがな」

 吐き捨て、ベルネスは兵士に連れて行くように指示した。半ば引きずられるように歩きながら、私は兵達の中に、補佐官の姿を見つけた。強引に足を止め、

「補佐官殿、貴方の本当の上司(・・・・・)は誰なんですか?」

 補佐官の人形じみた表情が、僅かに歪む。私は、それを見逃さなかった。


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