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Cage Breaker  作者: takosuke3
三章 ~真実と真相~
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古の真実


 統制と保守の聖翼、自由と革新の魔翼。相反する双方は、相互不干渉──厳密には、聖翼の一方的な敬遠だったが──という大原則を守ることで、その均衡を保ってきた。

 その均衡が崩れるきっかけとなったのが、とある聖翼の娘であった。娘は禁を破り、とある魔翼の男と交わったのだった。

 まずいことに、娘は聖翼の中でも高位の一族であり、しかも、当時の聖太子の許嫁であった。この事実は、聖翼の強硬派や好戦派にとって、魔翼に攻め入る格好の口実となった。

 娘は、自分が火種となっていることを理解し、聖翼の側に戻る。だが状況は、そんな事で収まる域など、とうに越えていた。

 聖翼側の、宣戦同時攻撃を通り越した不意打ちによって、戦は始まる。天翔民同士の強大な力のぶつかり合いは、瞬く間に大陸全土を巻き込む全面戦争となった。大陸は荒廃し、地駆民も天翔民も、多くがその戦火の犠牲となった。

 いつ終わるともしれない戦争は、互いが滅亡寸前まで疲弊して戦争を続けられなくなったことで、自然消滅した。

 そして聖翼は、僅かな地駆民と共に、今は大聖宮と呼ばれている巨大空中要塞でもって、荒廃を免れたこの土地へと逃げ延びた。

 魔翼と、多くの地駆民を荒れ果てた土地に置き去りにして。


「‥‥‥こんなとこかな」

 話し終えたトーマは、黙って豆茶をすする。それに続くように、私も豆茶をすする。しばらくの間、その小さな音だけが、この狭い部屋に響く。

 それを破ったのは、大きく打ち鳴らされる鐘の音だった。

「終業だね。今日の採掘作業は、ここまでだ」

 窓の外を見れば、夕空から夜に差し掛かっていた。通りの街灯に、光が灯っていく。

「今の話が本当だとしたら」

 だとしたらも何も、冗談と聞き流すには、あまりにも具体的過ぎたが。

「貴方は、何者なの?」

 私は、三度目になるその問いを、投げかける。トーマは、残りの豆茶を一気にあおり、

「そこは、君のご想像にお任せするよ」

 私の頭には、答えは一つしか浮かんでいない。思えば、トーマは今まで、考える材料(ヒント)を出していた。十分すぎるほどに。

 お前は何者──今更愚問だった。

「貴方は北の結界の向こう‥‥‥聖地の〝外〟から来たのね」

 問いではなく、確認だった。トーマは、ただ黙って口の端を歪める。それが肯定だと解釈して、私はさらに問い詰める。

「何が目的なの? 三百年前の復讐?」

 我知らずに、立ち上がり、声も荒くなっていく。

「だから、私に近づいたのっ?」

 もし、そうだとしたら──握られた拳に、輝力が集められる。抑えきれない怒りは、やがて殺気に変わっていった。

 それらを向けられて、しかしトーマは呑気に新しい茶を注いでいた。

「答えなさいっ! 貴方は」

「特級文化財保護指定地域」

 トーマは、静かに私の怒声を遮った。

「特異な文化、あるいは伝統的な生活様式を、非常に高い純度で保った地域の事でね。その中に、通称〝鳥籠〟と呼ばれている土地があってね‥‥‥何処だと思う?」

 もちろん、知らない。けれど、話の流れから考えれば、

「‥‥‥この聖地の事かしら?」

「そうだ。社会体制、生活水準、技術、価値観──君たちが聖地と呼ぶこの土地は、三百年もの間、全くと言っても良いほど変わっていない」

 トーマは、茶で口の中を湿らせ、

「で、僕はそういうのを実際に体験して本国に報告する‥‥‥要は、現地調査員さ。運送業者ってのは、その隠れ蓑の一つでね」

「一つ‥‥‥と言う事は、貴方の他にも?」

「残ってるのは、僕一人だけさ。みんな本国へ撤退済みだ」

「もしかして‥‥‥」

 私の脳裏に、ふとそれが過ぎる。

「豊穣の森で貴方が話してた幽霊って」

「君は幽霊だと思ってたのかい?」

 トーマは苦笑し、

「まあ、そういうことだね。相手は幽霊じゃなくて、僕の上司だけど‥‥‥て、そろそろ座ったらどうだい?」

「‥‥‥」

 私は、黙って腰を下ろす。拳の輝力は、そのままに。

「んで、僕も今回の運び屋仕事を終えたら帰るつもりで、あとはのんびり鳥車の旅‥‥‥という時に、君を見つけたのさ」

「それじゃあ、私に近づいたのは、本当に偶然?」

「だから、前にそう言ったろ。護衛云々が方便だったのは事実だけど、その辺に関してはさっき言った通りさ」

「それじゃ、復讐に来たわけじゃないの?」

「三百年も大昔の事で? しかも当の本人でもないのに?」

 トーマは笑うが、その言い回しに私は気づく。

「じゃあ、当の本人達は? 当時の天翔民──魔翼は何人かいるんじゃないの?」

「何人どころか、一人しか生き残っていない。あとは、君と同じくらいの奴とか、その次の世代とか‥‥‥もう一杯いかが?」

 と、トーマはやかんを掲げる。私が黙って茶碗を差し出すと、トーマはそれに注いだ。丁度その分が最後だった。

 私は、それを黙って啜る。今更、トーマの言っている事を疑う気は無い。そして彼は、彼らの常識を口にしているに過ぎないのだろう。

 故に、それが私にとって──否、この聖地にとって意味するところは、

「興味あるかい?」

「え」

 顔を上げると、トーマがこちらを──私の目を見据えていた。

外の世界(・・・・)、今も生きてる魔翼‥‥‥興味はあるかい?」

「──っ」

 私は、目を逸らす。トーマの目は、明らかに全てを見透かしていた。

「それじゃ、特別サービスでもう一つご披露しようか」

 トーマが懐に取り出したのは、手の平大の黒い板だった。その上に指を走らせると、板の上に奇妙な球体が現れた。僅かに向こうが透けて見えるから、幻影だろうか。

「さて問題。この丸いのは何でしょう?」

「何って‥‥‥」

 ゆっくりと右回りの回転を続けるそれは、青と緑を主に、所々に白や赤が混じっている。

「何なの?」

「んじゃ、これでどうだ?」

 と、トーマが更に指を走らせると、球体の一部分が拡大される。その緑色の絵柄は、どこかで──見たことが、無いはずが無かった。

「これ聖地の地形図?」

 間違いない。予備蔵書庫のみならず、大聖宮のあちこちに貼られている地形図と同じだ。となると、

「じゃあこれって、外の世界の地形図ってこと?」

「まあ、間違っちゃいないけど‥‥‥」

 幻影を全体図に戻しながら、トーマは苦笑する。

「もう少し想像力とか勘を働かせた答えが欲しいかな」

「どういうこと?」

「こういうのを作るために、一番手っ取り早い方法──例えば、測量なんて面倒なことしないで、一目で済ませるには?」

「そんな方法なんて‥‥‥あ」

 脳裏に一つの方法が過ぎる。そして、トーマの言う〝手っ取り早い方法〟を実現するには、一つしか無い。

 そんな私の思考を、トーマは見逃さなかった。

「今、何を考えた? 言ってみなよ」

「‥‥‥この世界の外から見ること?」

 冗談めかして言ってみた。実際、まさかと思っていた。

「ご明察。これが、今僕たちがいる世界の形なんだよ。更に言えば、これはたった今、現在進行形の映像さ」

 あっさり肯定するものだから、逆に疑わしく思えてきた。しかし、

『僕らが目指すのは、あの空の向こう‥‥‥雲よりも、青空よりもずっと向こうの、星の海だよ』

 トーマがそんな事を言っていたのを思い出す。それが夢や妄想ではなく、例えば、実現出来るような段階まで進んでいるのなら、世界の外にちょっと出て見る(・・・・・・・・)くらい、どうという事は無いのではないか。

「この際だから正直に話すけど」

 目を逸らしたままの私に、トーマはさらに続けた。

「確かに偶然が重なる形になったけどさ、君との付き合いは、そっちの意味(・・・・・・)も大きいよ」

「‥‥‥どういうこと?」

「つまり」

 と、トーマには珍しく、真顔になり、

「君、僕と一緒に来ないか?」

 私は、己の耳を疑った。予想通りの、ある意味では期待通りの言葉だったのに。

「‥‥‥ごめんなさい。何ですって?」

「この聖地を、故郷を捨てないか──と、言い換えても良いかな」

 本当に率直に言ってきた。

「もちろん、良いことばかりじゃない──どころか、悪いことばかりだろうね。技術とか生活とかは勿論、価値観とか概念とかまでが、そっくり覆る。ぶっちゃけ、子供からやり直す(・・・・・・・・)ことになると思う」

 決して大げさな言い方ではないのだろう。森で目にした鎧に、今この場においては幻影を一瞬で出現させる奇妙な板。その幻影は、世界を外から見たという図。それだけでも、十分驚かされたのだ。

 それ以上は語らず、トーマは黙って私の答えを待つ。

 私は、茶碗を呷って一気に飲み干す。味はおろか、熱さもあまり感じなかった。

「少し、考えさせて。まだ、こっちの仕事(・・・・・・)も残ってるし」

「そうだね‥‥‥ああ、それで思い出したんだけど」

 投光器を手に立ち上がった私に、トーマは声をかける。

「この鉱山では、週一回に集会がある。それには、いつもヘイズ執政官が参加して、長演説をしている。けれど、ここ二週間は、補佐官がやってる。何でも、体調不良(・・・・)だとか」

 それって──浮かびかけた想像を、しかし、まさかと振り払う。

「それと、僕は明後日の正午に発つ。その気があるなら、来てくれ。無いなら来なくていい‥‥‥と言うか、来るな」

「‥‥‥分かったわ」


 通りに出た私は、長い長い嘆息を吐き出しながら、閉じた大戸にもたれかかる。

 これまでの疑いもしなかった事実が何もかも覆され、しかも、一緒の来ないかだの故郷を捨てろだの。

「何なのよ、もう‥‥‥」

 自分でも分かるくらい、頭の中が混乱している。そしてそれは、トーマも分かっている。明後日の正午出発と言ったのは、考えさせるためだ。更に、最後に今回の事件に関係しそうな話を持ってきたのは、トーマなりの気遣いだったのだろう。ひとまずは、それに集中できるように。

「そうね‥‥‥」

 今は、目の前の事に集中だ。トーマの世話を焼かせるのは、これで最後にしなければならない。

 握りしめたままだった首飾りをかけ、私は飛び立った。


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