現状確認
「戻るぞ。一から見直しだ‥‥‥邪魔したな」
無愛想に言って、自警団らは部屋を出て行った。
「ご覧のとおり、自警団は執政官を全然アテにしてない」
薄い壁越しに大戸の開閉する音を耳にすると、トーマは声を潜めて言った。
「というか、天翔民そのものに対して不審を抱いてると言って良いかもしれない」
「でしょうね‥‥‥」
私は肩をすくめる。そもそも、地駆民の自警団などというモノが組織されているのが、その表れだろう。
「で、僕の方でもちょっと調べてみたんだけどね‥‥‥失踪した連中の身の上には、ちょっとした共通点があった」
「共通点?」
「独身、天涯孤独、周囲との折り合いが悪い、サボりがち‥‥‥少なくとも、その一つには、当てはまってたよ。さて、ここまでで、何か気になることは?」
私は、考えを巡らす。
独身で天涯孤独で周囲との折り合いが悪くて、しかもサボりがち──これをさらにまとめると、
「いなくなってもすぐには分からない、あるいは、いなくなっても別に良い人たち?」
「そういうこと。実際、最初に消えたヤツなんて、姿が見えないことを周りがおかしいと気づくまでに、数日はかかったらしいよ。それで」
続ける前に、トーマは豆茶で口に含む。ぬるくなった茶に眉をひそめ、それを一気に呷り、
「その線でもうちょっと調べてみたんだけどね‥‥‥最初の失踪者が出たのは、一ヶ月くらい前からって話、覚えてるかい?」
「ええ」
初めて会った時に、そんな事を言っていたのを思い出す。
「その半月前──つまり、今から一ヶ月半前──に、ヘイズ執政官は十三番坑道の閉鎖令を出してる。採掘量が減ったのが理由らしいけど」
「それが?」
「この閉鎖作業中に崩落が起こったらしくてね、作業に駆り出された八人は全滅」
「言っては何だけど‥‥‥鉱山で崩落事故って、珍しいことじゃないでしょう?」
「いや、問題はそこじゃないよ。この八人だけど、失踪者と同じ身の上だったらしいよ」
「それって、独身とか同僚との折り合いが悪かったとかって?」
「うん‥‥‥まあ、閉鎖作業自体は、殆ど終わってたから、あとは入口を塞ぐだけで良かったみたいだけどね」
トーマは、やかんに手を伸ばす。茶碗に新たな豆茶を注ぎ、
「とりあえず、こんなとこかな」
「‥‥‥凄いわね、貴方」
冗談抜きで、私はそう思う。
町の外で別れてから、せいぜい一時間と少々だ。いくら顔が広いと言っても、そんな短時間で、本業の配達業務をやりつつ、その片手間でここまで細かく調べる方法など、私には思いつかない。
「このくらいは自警団も把握してるよ。むしろ、執政官殿がその辺に手を入れてないってのが、僕にはびっくりだね」
「それは‥‥‥」
自分の事ではないのに、何故か自分が責められてるような気がして、私は目を伏せる。
「でも、君自身はそういう考えとは、少し違うようだけど?」
「‥‥‥」
否定はしない。補佐官の地駆民に対する姿勢に怒りや苛立ちを感じたのは、事実だ。
「ところで、もう一杯いかがですか?」
と、トーマはやかんを掲げる。私は、自分の茶碗が空になっている事に気づいた。いつの間に飲んでいたのだろう。
「貰うわ」
と、私は茶碗を差し出す。トーマはそれにやかんを傾け、
「さて‥‥‥ここまでで、何が見えてくる? 何か見えたかい?」
「貴方には、何か見えたの?」
「僕の事は良い。君には、何が見えた?」
トーマは意見を求めているのではなく、試している──トーマの問いは、そういうものだった。
私は考える──今の話を、頭の中で精査し、吟味する。
時間にすれば、数分そこら間に、私の頭は、何度も回転し、
「今は、まだはっきりしたことは言えない」
材料自体は細かい。けれど、あくまで〝状況〟に過ぎない。だから、
「とりあえず、その閉鎖された十三番坑道ね。そこに行ってみる」
「妥当だね。頑張りなよ」
「何よ、他人事だと思って」
むっつりと言いながら、私は思い出したように茶碗を口に持っていった。
「実際、他人事だからね」
事も無げに、トーマは言った。私は、茶碗を傾けかけて、一瞬固まった。
「そう、だったわね‥‥‥」
トーナの護衛の見返りは、あくまで情報収集だ。それが終わった今、もう一緒に行動する理由は無い。
最初から分かっていたことだ。
なのに、何で自分はこんなに驚いているのか。何で今まで忘れていたのか。
「お世話に、なりました」
その当然の礼を口にして、何でこんなに気持ちが沈むのか。
「どういたしまして‥‥‥それにしても、ずいぶん謙虚になったじゃん?」
何やら、トーマは私を見据えてきた。
「何かっていうと、すぐに当たり散らしてた数日前とは大違いだね。お父さんは嬉しいぞ~」
と、トーマは私の頭を気安く撫でて来た。その妙な心地よさに、一瞬身をゆだねかけて、
「誰がお父さんよっ」
しかし、慌てて振り払った。
「せいぜい生まれて十数年のお子様のくせに」
「では、そんなお子様からご褒美を二つ、あげようじゃないか~」
実に小憎らしい笑みでトーマが差し出したのは、携行用の投光器だった。
「何せ、坑道に行くんだからね。まさか、輝力を明かりにするわけにもいかないだろ」
「‥‥‥」
口が裂けても言えないが、失念していた。これでは、子供扱いされても仕方ない。
「で、もう一つが」
トーマが投光器の隣に置いたのは、細い鎖が通った指先大の板だった。
「どうしても困った時にそれを折ると、何か良い事があるかもね。とりあえず、首にでもかけとくと良いよ」
私は、それを目の前に持ってくる。黒い縁に嵌め込まれそれは、良く言えば無駄が無い、悪く言えば安っぽい。真ん中には、折れやすいように切れ目が入っている。あって困るものでもなさそうなので、とりあえず投光器と一緒に受け取った。
「そういえば」
私は、先ほど訊きそびれたことを訊ねた。
「運送業者を廃業して、空の向こうを目指すって言ってたけど、どういう事なの?」
「ああ、それは」
ふと、トーマは言葉を止める。ややあって、
「その前に、君の知ってる限りの三百年前の話を、聞かせてくれるかな?」
「三百年前って‥‥‥あの大戦の話? そんなの聞いてどうするの?」
「いいからいいから。はい、どうぞどうぞ」
手を叩いて、トーマは促してきた。訝しく思いながらも、私は歴史を語っていく。
広い世界、豊かな大地──三百年前は、そうだった。
天翔民と彼らに統率される地駆民たちは、その広く豊かな大地に版図を広げ、繁栄していった。しかし、〝魔翼〟と呼ばれる黒き翼を持つ天翔民の勢力が、欲望と堕落に染まった地駆民達を使役し、大地を穢していった。
それを憂いた白き翼を持つ〝聖翼〟は、聖なる力によって魔翼を討滅し、堕落した地駆民達を救った。
しかし、魔翼の断末魔は強大な呪いとなり、大地を荒廃させ、多くの死をもたらした。強固な結界に守られた聖翼の故郷だけが、呪いを防ぐ事が出来た。
聖翼は、僅かに残った地駆民と共に、彼の地へを導いた。人々は、その土地を〝聖地〟と呼び、悠久の平穏と安寧を手にした。
広かった世界、豊かだった大地──それはもう、三百年前の話である。
今や生命は、結界に守られたこの〝聖地〟にしか存在しない。
今もなお、結界の外は魔翼の放った〝呪怨〟で満ちている。
「‥‥‥こんなところね」
話し終えて、私は豆茶をすすり、
「言っておくけど、子供でも知ってる話よ」
「つまり‥‥‥邪悪な魔翼を正義の聖翼が滅ぼした、魔翼の断末魔が〝呪怨〟となって大地を荒廃させた」
トーマは、一つ一つ確かめるように述べ、
「まとめると、こんな感じかな?」
「ええ」
どの歴史書や教科書を開いても、多少の差こそあれ、概ねトーマが言った内容が書かれている。
「これが丸っきりの嘘‥‥‥なんて話を、君は信じるかい?」
「‥‥‥はい?」




