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第1話:クソガキの償い

工場勤務・40歳。毎日同じ作業を繰り返す退屈な人生だったが、夜勤明けの豪雨の中、トラックとの衝突事故であっけなく命を落としてしまう。


死の瀬戸際、脳裏をよぎったのは9歳年上の最愛の妻・優子のことだけだった。

――しかし、次に目覚めた時、俺は1996年の田舎町にいた。姿は小学4年生、10歳の自分。


チート能力も魔法もない。あるのは40年分の後悔と失敗の記憶だけ。

当時の俺は、屁理屈をこねて仮病で不登校を繰り返し、親に無駄な病院通いをさせて困らせまくっていた最低のクソガキだった。


残してきた妻にいつか胸を張って再会するため、そして今世こそお袋に親孝行をするため。

口の減らないクソガキだった俺の、坂道とバス通学から始まる泥臭い人生のやり直し(リスタート)が今始まる。



ぐしゃり、と不快な音がして視界が赤く染まった。

夜勤明けの豪雨。スリップした大型トラックが、俺の軽自動車を容赦なく押し潰した。

(あぁ、クソ……。俺の人生、なんだったんだよ……)

工場勤務の安月給。毎日同じ作業の繰り返し。大した貯金もない退屈な40年間だった。

だけど――死ぬこと自体への恐怖はなかった。

ただ一つ、強烈に胸を締め付けたのは、9歳年上の妻・優子(ゆうこ)のことだけだった。

(優子を……優子を1人残して死ぬことだけが、死んでも死にきれない……!)

いつも俺を優しく包み込んでくれた、姉さん女房の優子。

子供を授かれず、今朝も些細なことで口論したばかりだった。それが最後の記憶になるなんて。残された彼女がどれほど泣くか、どれほど孤独に耐えるか。それだけが猛烈に心残りだった。

……だが、次に俺が吸い込んだ空気は、血の匂いではなかった。

「徹(とおる)! 何やってんの、早く起きないとバスに乗り遅れるわよ!」

パーンと襖(ふすま)が開く。そこにいたのは、5年前に他界したはずの若い姿の母親だった。

俺は跳ね起きた。視界が妙に低い。

「え……?」

自分の手を見る。小さく、柔らかい。工場の機械でついた油汚れも、無数の傷跡も消えていた。

鏡を覗き込むと、そこに映っていたのは、短パンを穿いた小学4年生――10歳の俺の姿だった。

机のカレンダーには『1996年(平成8年)10月19日』。

頭の中で「ステータス」と念じてみるが、何も起きない。チート能力も魔法もない。ただの10歳の子供に、40歳の記憶だけが丸ごと入った状態だった。

「徹! 今日はどうするの! 学校行けるの!?」

台所から母親の、どこか疲れ切った悲痛な怒鳴り声が響く。

その声を聞いた瞬間、俺の脳裏に、この時期の自分がやらかしていた最悪の愚行が蘇ってきた。

(そうだ……俺、この頃『不登校』だったんだ……)

舞台は長崎の、山と海に挟まれた坂だらけの田舎町。小学校は遠く、児童はみんな朝一の路線バスで通学する。集団登校なんて生ぬるいものはなく、1本乗り遅れたら次は1時間後という環境だ。

俺はグレて夜遊びするような度胸はなかった。ただ、学校に行くのがなんとなく面倒で、毎日「頭が痛い」「お腹が苦しい」と体調不良を訴えては家に引きこもっていた。

タチが悪いのは、それが100%『仮病』だったことだ。

母親が心配すれば、「自律神経のバランスが崩れている。精神論で学校に行かせるのは児童虐待だ」などと、どこかで聞きかじった正論風の屁理屈をこねて親を論破し、自分のサボりを正当化していた。

お袋は俺の言葉に騙され、長崎市内の大きな総合病院まで何度も俺を連れて行った。

どこに行っても「異常なし」と言われるのに、俺が「まだ痛い」と言い張るせいで、お袋が頭を下げて無駄に病院をハシゴする日々。長崎の複雑なバスや路面電車を乗り継ぎ、我が家の決して裕福ではない家計から高い交通費と検査代を払わせていたのだ。

「……何やってんだよ、俺」

40歳になり、本当に胃潰瘍を患うほど社会で擦り切れて初めて、あの頃の自分がどれほど健康で、どれほど親の愛と金をドブに捨てていたかを理解した。

「徹! ほら、お粥作ったから……。今日も無理なら、午後からまた病院の予約取るけど……」

部屋に入ってきた母親の顔は、寝不足でクマができていた。

かつての俺なら「お粥じゃ炭水化物ばかりで脳が活性化しない」とまた屁理屈を叩いていた場面だ。

「――お母さん、おはよう。……俺、もうどこも痛くない。学校行くよ」

俺は布団をバッと跳ね上げた。

本当は「全部嘘だったんだ。仮病だったんだ。ごめんなさい」と泣いて謝りたかった。でも、今までお袋が俺のためにすり減らしてきた時間や、必死に頭を下げて回った病院の日々を思えば思うほど、それがただの『仮病』だったなんて、今の俺には口が裂けても言えなかった。そんな告白、お袋をただ傷つけるだけの、俺の自己満足でしかない。

「あ、あと……これ。学校に出すプリント。期限過ぎててごめん」

だから俺は、謝罪の代わりにランドセルの奥底からクシャクシャの給食費の袋を差し出し、お袋の目を見て、ただ真っ直ぐに頭を下げた。言葉じゃなくて、これからの行動で返すしかない。

「あ、あなた……本当に徹なの? 急にどうしちゃったの……?」

本気で困惑し、まだ心配そうな顔をしている母親に「もう本当に大丈夫だから! バス遅れる!」と無理やり元気な笑顔を見せ、俺は黄色い帽子を被ってランドセルを背負った。

1996年のこの世界で、俺はもう一度、10歳の子供として生き直す。

チート能力なんてない。40歳の工場員の知識なんて、小学生の俺には1ミリも役に立たない。

何より、2026年に置いてきてしまった最愛の妻、優子。今の彼女は19歳。おそらくどこかの街で、10歳の俺のことなど知らずに生きている。

お袋に真実を打ち明ける勇気すらない、情けない俺だけど。

せめてあの口の減らないクソガキを今すぐ卒業して、お袋の笑顔を取り戻して、まっとうな大人の男になるんだ。……そうすれば、いつかまた、優子に胸を張って会える。

10歳の俺は、傘を強く握り締め、坂道の途中にあるバス停へ向かって、激しい雨の中を全力で駆け出した。

初めての投稿です。よろしくお願いします

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