第1話 始まりは「ごはん無い」日
「あむちゃんごめんねぇ。今日はごはん無しだから」
「また? 今週2回目じゃない」
市営住宅の我が家で「晩ごはん無し」がお母さんから言い渡された。
他の家では「今日はごはん無し」という日は無いらしい。でも私の家、岩田家ではたまにある。
これがうっかりクラスメートにバレたらその日以降学校中に広まり散々ネタにされ、学年が変わっても貧乏キャラだけは定着している……お母さんとお父さんのせいだ。何が「よそはよそ、うちはうち」だよ。
「そうなの、またなの。スーパーでタダでもらえたおからが有料になっちゃってねぇ。どこもみんなお金がかかるようになっちゃったから、ごはん作れないの」
「しょうがないわねぇ」
アンタらの稼ぎが悪いくせにスーパーのせいにしないでよね。私はノドから出かかった言葉をぐっとこらえて出かける準備をした。
母親が譲ってくれた、いたるところにすり切れた跡のあるバッグに、1000円札1枚と小銭程度しか入ってないノーブランドのサイフ、それに家族との連絡用のキッズケータイを入れて家を発った。
乗る自転車も元は放置自転車で、市が回収し再放出したのをタダ同然の値段で手に入れた物。どこかが錆びているのかペダルをこぐたびにキーキーきしむ音がして、そこが情けなかった。
市営住宅の一室である自宅を発ってついたのは駅前にある子ども食堂。家でごはんが出ない日はここで食事をしている。
「あれ? 先生は?」
中に入ると子ども食堂を管理している「先生」の姿が今日は無い。普段だったら今の時間は夕食を配ってるはずなのに。
探していると、先生は普段は私たち子供はあまり来ないキッチンの隅に置かれたテーブル越しに男の人と話をしていた。
「じゃあこれ、今月の分だから」
バサッ。
男の人が「今月の分」と言ってカバンから取り出したのは、1万円の札束。それも新品の折り目一つないもの。
もしこの場に立ち会わなかったら一生見ることは無かったであろう「とてつもない額」のお金だった。
「!! せ、先生! 何そのお金!?」
思わず声が出てしまった。
「あむちゃんだね。大丈夫、これは食堂を運営するための寄付金だから」
「き、寄付金? いくら位……」
先生が言うには「寄付金」だというお金について、男の人は答えてくれた。
「100万だ」
「ひゃっ、ひゃくまん!?」
100万円……お小遣いだとしたら一体何年分になるのだろう? 仮におばあちゃんになるまでお小遣いがもらい続けられるとしても絶対に手に入らないのは確かだ。
何より衝撃だったのはお金を出した男の人は「100万円という『想像しただけで目や頭がクラクラする程』の大金」を「片手で扱っていた」事だ。100万円を、片手でホイと渡す。信じられない事だった。
私が1000円札を出す時よりも軽く扱っているようだった……100万円という大金を。あまりの衝撃に頭が真っ白で、何も考えられない。
「じゃ、あとはよろしく」
男の人がそう言って立ち去ろうとした、その時。ありったけの勇気を振り絞って、私は声をかけた。
普段の私だったら金持ち相手なら色仕掛けでもかけるところだったのに、その時は100万円を見た衝撃でそんな事は吹っ飛んでいた。
今考えたら、それで正解だったと思う。変に色仕掛けで落とそうなんてしたら、怪しまれただろうから。
「あ、あの。何であなたはそこまでのお金を持ってるんですか? やっぱり産まれた時からお金持ちだったからですか?」
「ああ、これか。俺は産まれは普通の家……いや普通よりも貧乏だったと思う。お金が無くて父さんはガンの手術を受けられずに死んだからな。俺が10歳の頃だよ、今でも覚えてる」
「じゃ、じゃあ……私もあなたみたいになれますか?」
「ご両親は納得しないと思うけどそれでもいいかい?」
「あんなの……あの人たちの事はどうでもいいです」
親に向かって「あんなの」という本音が漏れてしまった。親ガチャしくじったからなぁ。
「分かった。君、何て言う? 俺は『宮本 進』って言うんだ」
「私は『岩田 愛夢』って言います」
「じゃあ電話番号を交換しようか。スマホかキッズケータイは持ってるかな?」
そう言って私たちは番号を教えあった。
これが私の人生を大きく変える、その始まりの出来事だった。




