もう一人の祖父 後編
今回で、番外編も終わります。
感謝祭の始まっている町では、小さいながらも人々で溢れ、露店もそれなりに揃っていた。人々は口々に、大地の女神への感謝の言葉を告げて、祭りが行われる喜びを体全体で示している。
この様子にリシェアオーガは微笑み、彼等の事を護りたいと思っていた。神々を信ずる人々を護りたい、そう思いながらも彼等と共に祭りを楽しもうと考えた彼は、マーデルキエラ公爵へと視線を移す。
「ねぇ、リケルお爺様、腕を組んでも良い?」
既に手を繋いでいるのだが、この人混みの中では心許無いと感じた彼は、セルドリケル老にそう提案した。
すると、周りを見てフム…と考え込んだ後、彼へと老人は振り返る。
「そうじゃな、これでは儂とシェアが混雑に巻かれて、逸れてしまいそうじゃな。
シェアが迷子になっては大変じゃからなぁ、そうした方が良い様じゃ。」
偽名のシェアと呼び、嬉しそうに孫と腕を組む姿は、如何見ても血の繋がった祖父にしか見えない。公の事を知っている周りの人々も微笑ましそうに、リシェアオーガの事を親戚のお孫さんと扱っている。
勿論、かの老人の後ろには夫人もいて、先程の神殿での遣り取りで【お婆様】と呼ばれる事を勝ち取っていた。
その彼女が一つの露店で足を止め、孫(仮)と夫に声を掛ける。
「シェア、貴方、良い物がありますよ。」
嬉しそうに彼らを招く老婦人へ、二人は急ぎ足で近寄る。そこには、綺麗な銀細工の外套留め飾ってあった。
蝶を模った物、花を模った物、動物や聖獣を模った物と色々な物があった。
その中の一つ、長龍の物にシェアこと、リシェアオーガの目が止まる。長い胴体を蛇行した物の中に一つだけ、蜷局を巻き真正面を見据えている物がある。
自分の象徴と同じものを見ていると、店主らしき者から声が掛かる。
「坊や、それに目が行くとは…流石、マーデルキエラの旦那の血筋だね。」
嬉しそうに声を掛ける主人へリシェアオーガは、つい尋ねる。
「小父さん、何故これだけ、形が違うの?」
素直に尋ねて来る少年へ、店主は微笑のまま答える。
「新しい神様の象徴だよ。坊やみたいな子供なら、剣とかに興味あるだろう?
この神様はね、そんな人達から尊敬される神様だよ。」
言われた事に納得した少年は、その飾りから視線が離れて他の装飾品へと目が行く。そこには小さな耳飾りがあり、薔薇と百合の花が一纏まりになっていた。
そちらの方も新しい神様の象徴だと聞き、他にも同じような物が一種類づつだが、新しい神々の数だけ存在していた。
これに気が付いた少年は、相手に再び訪ねる。
「小父さんは、新しい神様方の事に詳しいの?」
彼から問われた店主は、神殿で教わっているから自分だけでなく、街の人々も詳しいと告げる。この事に機嫌が良くなった少年は、花弁の多い花を模った耳飾りを手にした。値段を聞き、お金を払おうとすると祖父(仮)から手が伸びて、少年より先に店主へお金を手渡されてしまう。
「…お爺様…僕が買おうとしたのに、ずるい!」
文句を言う孫(仮)にしてやった顔の祖父だが、彼がこれを買おうとした理由も判っていたようだ。店主から手渡された品を自分の妻に渡すと…再びずるいと声がする。
「折角僕が、お婆様にあげようと思ったのに…お爺様の意地悪。」
「ふぉほほほ、シェアもレティアに似合うと思ったのじゃろう?
儂もそうだから、早い者勝ちじゃ。」
大人げない公の遣り口に、店主も、騎士達も、呆れ顔になっていた。そんな彼等の中で風の騎士の一人は笑いながら、相変わらずだねと呟き、もう一人は…少々苦笑気味になっていた。そして耳飾りを夫から渡され、手にした当人である夫人は、大きな溜息を一つ吐いて、
「貴方、大人げないですよ。シェアが折角私にって、選んでくれたのに。」
と叱咤する。しかし、孫も負けず嫌いを発揮し、今度は祖父よりも先に先程の物と御揃いになる首飾りを買い求め、彼女へと渡す。
「はい、お婆様、これ、あげる♪
えへっ、これでお爺様と御相子だよ。今度は僕の方が、早かったからね♪」
嬉しそうに告げる彼へ、周りの者達の忍び笑いが始まる。ある意味負けず嫌いな点は、似た者同士だと感じたようだ。
ここに大地の騎士がいれば頭を抱えていただろうが、空風の騎士達では微笑ましいと思われるだけであった。
そんな出来事もあった祭りが終盤を迎える。
夕刻が迫りくる時刻に人々が広場へと集まると、彼等もまたそれに倣う。既に広場では実りの詩が、吟遊詩人達と町の人々の手で詠われている。
空を自由に飛び交う 鳥でさえ
山を自由に駆け巡る 獣のでさえ
今の この季節を待ちわびている
全ての草木が 豊かなる実りを成す季節
実りの季節を…
その実りの季節を司る 神に
全ての草木を実らせる 神に
我等のこの季節の 到来の喜びを
我等のこの季節の 存在の感謝を
今 ここに伝えよう
我等の実りの神 大地の女神 リュース神に…。
御世辞にも上手いとは言えないながらも、心の籠った咏声を耳にしたリシェアオーガの顔に微笑が浮かぶ。母である大地の女神への感謝の詩…それを聞いた彼は、ふと返礼の詩を詠ってしまった。
この世に生きる者達よ
我等を信じてくれて 感謝する
我等に礼を伝えてくれる
この事は我等に取って 最も嬉しき事
この世に生きる者達よ
我等の創りし世界を
我等の護る世界を
愛し 生き抜き そして 我等が与える試練を乗り越えてくれる
この事は我等に取って 最も愛おしき事
我等の愛しき者達よ
この世界をそなた達へ託し
我等は そなた達を愛し 護る事を約束しよう
竪琴を弾かずに詠った物であったが、周りの者達からの注目を浴びてしまった。
無意識で詠った当の本人は…と言うと、驚いた顔でその視線を受け止めていた。この様子に、傍にいたマーデルキエラ公夫妻が笑い始めた。
「全く、リシェア様と来たら、折角正体を隠しておったのに、己から暴露してしまうのじゃな。」
老公爵の言葉で、自分が無意識で何かを仕出かしたと判った神子は、彼の方へ向いて尋ねる。
「ええっと、僕、何をしたの?」
意識してなかった所為で、周りから注目される理由が判らない神子へ、老侯爵は笑ったままで返答をする。
「リシェア様はな、無意識で、実りの詩の返詩を詠ったんじゃよ。」
そう言って、リシェアオーガの頭を撫でる様は、何処から見ても孫と祖父でしかなかったが、誰も咎める者はいなかった。
何故なら、リシェアと言う名の持つ目の前の少年は、あの堅苦しい事が嫌いだと言う事で有名な、光の髪の神子であると知れたからだ。
しかし、神殿から伝わった特徴は、緑の髪と瞳だった筈…。
そう思った人々は、少年を見つめるが、光の神に似ている彼に困惑した。そんな人々の気持ちを察した神子は、広場の中心にある大地の女神像の前に行き、人々に向かってぺこりと頭を下げる。
「あの…混乱させて、御免なさい。
神殿に知らされた僕の特徴はね、前の姿で擬態って物だったの。だから、今のこの姿が、僕の本当の姿なんだよ。」
無邪気な口調で告げられた言葉に、人々は驚いたままだった。何故、ここに神子がいるのか、不思議に思っていたらしく、誰とも無く理由を聞いていた。
「大地の神様の神子様、何故ここへ?」
率直な質問に少年・リシェアオーガは、リケル…セルドリケルに会いに来たと告げる。遊びに来たと理解出来る言葉に、今度はマーデルキエラ公へと視線が集まる。
すると、公自身が何時でも会いに来て良いと告げた事を言い、漸く遊びに来てくれたと嬉しそうに付け足す。
この言葉で人々は脱力し、老侯爵らしいと囁く。
それに追い打ちを掛ける様に、神子が口を開く。
「此処のお祭りに参加したのは、偶然だよ。
でも…皆が楽しんでいるし、僕も楽しかった♪だから、このまま続けて欲しいんだけど…駄目?」
可愛らしい希望に、人々は和み、神子を取り囲んでの祭りの再開となった。勿論、空風の騎士達もさり気に混ざり、人間の祭りを楽しんでいる様だ。
人間と精霊、そして神子…いや、神を巻き込んだ収穫祭は、夜遅くまで続いた。
祭りが終わった翌日に大地の神子は、マーデルキエラ公の屋敷へと赴く。そこで来年の春来祭の事に関して、色々な事を計画しあった事は内緒である。
次回からは、このシリーズの新作(番外編?)が始まる予定です。




