8 地下組織
8 地下組織
ロッテを家に送り届けてから、店に帰る。
「ただいまー……」
ニーナは若干力ない声を出しながらドアを開けた。
「おかえり、どうだった?」
カウンターの向こうから、アハトが声を掛ける。今日は普通に、人間の女性の姿だ。接客をするのにカンガルーはナマケモノになってもらっても困るから、当然のことだが。
ちなみに、この姿のアハトは常連から『見た目だけなら最高なんだが』『これで性格さえ良ければ』と評される美貌を誇るが、そもそも得体の知れない変身の結果であり、元からこの姿だという保証はどこにもない。
「また失敗……。撒かれちゃった」
ニーナはそう答えて肩を落とした。
「撒かれた?」
アハトはぴくりと眉を持ち上げた。
「詳しく聞かせてもらってもいいかな」
「うん」
ニーナは頷くと、尾行の顛末を話した。
「なるほど……」
アハトは少し沈黙すると、
「尾行に気付かれたかどうかは分からないと言ったね」
と質問した。ニーナは頷く。
「ラルフ少年が尾行に気付いて撒いただけならいい。けど、もしそうじゃなければ……」
いつになく真剣な表情のアハトを見て、ニーナは首をかしげる。
「何か引っかかるの? 店長」
「『R:G』の倉庫って言ったね?」
「うん、小人のマークの看板」
「…………」
ニーナの返事を聞いて、アハトはしばらく沈黙した。それから、
「小人に『R:G』の看板――赤の小人は、〝銀の馬蹄〟の隠れ蓑の一つだ」
「〝銀の馬蹄〟?」
聞いたことがない名前だ。
「〝平民派〟の地下組織だよ」
地下組織という言葉を聞いて、ニーナは眉を顰める。どうにも、きな臭い話になってきた。
「地下組織……。って、悪者ってこと?」
ニーナのストレートな言い方に、アハトは微笑を浮かべた。
「悪者……、まあ、間違ってはいないかな」
実際の所、アハトもキーファの地下組織に詳しいわけではない。名前は聞いたことがあるが、具体的に何をやっているかは知らない、その程度である。
「隠れ蓑ってことは、〝銀の馬蹄〟は赤の小人を使って悪いことしてるってことだよね? ――あいつ、そんな所で働いてるわけ?」
ニーナは険しい顔で言う。
「と言っても、赤の小人は表向きの業務はただの運送業だから、従業員のほとんどは堅気のはずだ。事情を知らないなら、それでいい。この都市には、大なり小なり地下組織と関わりを持っているところは多いしね。ウチは直接関わりはないけど、取引先にも何箇所か〝銀の馬蹄〟と関わっている所があるよ」
「そうなんだ……。知らなかった」
ニーナは無知を反省するように呟いた。
とは言え、十二歳のニーナではどうしても信用が得られないため、対外的な折衝はほぼアハトが行っているのだから、仕方のないこととも言える。
「ただ、ラルフ少年の行動は気になるね。そもそも、ただの労働者なら、業務中に倉庫街を離れることはないだろう」
「あ、そっか……」
尾行をすることに気を取られて、ラルフがなぜ倉庫街を離れたのか考えていなかった。確かに、あの男の子の言葉が正しければ、ラルフは日没までは仕事のはずだ。
やはり、何かある。
「今度は、テオバルトを連れて行ったらどうかな」
アハトがそう提案した。
「ええっ? テオバルトさん?」
ニーナは驚いて困ったような声を上げる。確かにテオバルトなら尾行ぐらい簡単にこなすだろうし、ニーナとしても嬉しいが、
「そんな迷惑かけれないよ!」
あの人はプロの迷宮狩人だ。ニーナの個人的事情でわざわざつまらないことをさせるわけにはいかない。
「大丈夫、あいつはニーナの頼みなら断らないよ。デートだと思って楽しんでくればいい」
「デ……っ」
ニーナは顔を真っ赤にした。
「むむむ無理無理ムリ! そんなこと考えたら私喋れなくなっちゃっ!」
慌てながら首を振るニーナを、アハトは人の悪い笑顔を浮かべながら眺めた。