第一章10「あたしは行きたい、見たい、知りたい」
1ヶ月ぶりの投稿になります。めちゃくちゃ忙しかったですすみません。
さて、10話目になりましたが、前回は海棠にキスをされて部屋から飛び出したところで終わりましたね。
では10話をお楽しみください。
勢いのまま飛び出してきた彼だったが、無論初めてきた家の間取りなどわかるわけもなく、流浪の民の如く彷徨っていた。
「にしてもーー思ってたよりデカいなこの家!!」
「まったく紅葉の奴、、羨ましいわーーって、早く洗面台をぉぉ!!」
想定よりも巨大な屋敷に驚愕と羨望の眼差しを向けながら、歩く。ただあてもなく、彷徨っていたのかと言われればそういうわけではなく、彼のお目当ては洗面台だ。
一つ一つ部屋の扉を開けて確認する作業ーー知らない家に上がり込んでやることではないが、やはり彼の感性はおかしかった。芸術家だから〜で許されるような行為ではないだろう、だが今はそんなことどうでもいいのだ。
不愉快な事実が張り付いた唇を削ぎ落としたい、とまで思いながら彼は洗面台を闇雲に探すも、簡単に見つかるわけもなくーー
「あ、あのーー。洗面台ってどこですか???」
『あ、洗面台でございますねーーーーって、うああっっ!?』
大きい屋敷なだけあって、数人のメイドがいるのは彷徨っている過程でわかっていた。そこで彼は、窓を拭いている長身のメイドに声をかけるも、彼の声に振り返り、彼の全身を一瞥したメイドは、一呼吸置くと、「そこまで驚くか」と、言いたくなる程狼狽え足元のバケツをひっくり返してしまった。
「あ、あのぉ、、、。」
『も、申し訳ありません!!も、もしや紅葉様が仰っていた御客人ですね!?外見が世界一変だと仰っていらしたのですがーー想定以上で動揺してしまいました。』
「せ、世界一変!?」
『左様でございます。あ、それと洗面台は突き当たりを右に曲がり、まっすぐ行ったところを更に右に、そこから更に真っ直ぐ行ったところを右に曲がりーーー』
「う、うん?」
メイドの説明を脳内で想像し、構図を確認するがーーどこかおかしい。右に曲がって、更に右に曲がって、そして更に右に曲がったらーー
『まっすぐ進むと洗面台です。つまりこの部屋です』
メイドはイタズラに笑いながら、自分の横にある部屋の扉へ上品に手を向ける。
「一周しただけじゃねぇか!!最初からこの部屋って言えばいいでしょ!!」
『あはははは!!まさかツッコミをもらえるとは思っていませんでしたぁ!!いやはや、申し訳ございません、、、っ!』
「っな、、、!」
彼のツッコミに対し、盛大に笑いながら洗面台のある部屋の扉を開けると、お辞儀をし、謝罪の言葉を口にするが、笑いを我慢しているのがわかる。そして、彼の返事を待たずに頭を上げると、その場から足早に離れていった。
「次はちゃんと教えてくださいよ!!」
先ほどバケツの中の水をこぼしたのを拭くために別に掃除用具を取りに行く背中に聞こえるように叫んだ。その声に反応するように、たちどまり、背中を見せたまま、メイドはスカートの裾を少し上げ、膝を少し曲げた。
「さてとーーってこりゃ豪華だな!!」
「……いや、やっぱ少しもの寂しいな」
部屋の中を一瞥すると、見るからに豪華なバスタブやカーテン、そして目的の洗面台があった。
空間をこれでもかと贅沢に使った、五つ星ホテルのような広い洗面台は、彼自身見たことがない代物だった。
無論、色のない画一的な風景だ。それでも豪華さというのは隠せないものがある。
然し、色がないというのは情景に変化を与えない。其処には豪華さのほかに、物足りなさや静かさ、寂しさを与えてしまう。
「さっさと口を洗い流そ」
象の鼻を形取る蛇口を捻るとジャー、と勢いよく流れ出る水道水。其れを特別大きくもない両手で、掬えるだけ溜め、口元へ上げ、洗い流す。
もう一度、もう一度、四度目かになる所で側面から声が聞こえてきた。
『ねぇ』
声のする方へ顔を向けると其処に居たのは、部屋の扉に寄りかかっていた海棠と同じような体勢で寄りかかっていた紅葉だった。
奇しくも兄妹というべきか、その様子は似ていた。
「ああ、紅葉かーーよく此処がわかったな」
『ま、にぃにとのチューが嫌そうだったしー。洗いにくるかなーって』
『そ、それよりもさ……!!早く行こうよ!もう体調も大丈夫だと思うし!それにもし仮に行くとしても1人だと危ないじゃん?だからあたしも一緒に行くし……』
唐突にありもしない未来の予定を話し出す紅葉。その様子を一言で言うならば焦りだろうか。断言できる、彼女は今非常に焦っている。
おそらく唯一外・に・出・る・理由が彼なのだろう。だから逃げ出した彼に、誰よりも早く接触を図ろうと此処に来た。
だがやはり彼も懸念点を持っている。懸念点というより払拭できない疑問だろうか。其れはどうにも無視できなかった。
「………嗚呼、いつまでも此処でお世話になっていられないからな。近いうちに出るつもりだ。ーーだが、オレ1人でだ」
「紅葉、困ってたオレを助けてくれたのは感謝する。だけどこれ以上紅葉を引き連れるわけにはいかない。ほら、紅葉には海棠って兄さんもいるだろ?だからーー」
『やだ。行くの。』
「じゃあ一つ聞くがーー何がそんなに嫌なんだ?」
『………………』
沈黙。この空気感を彼は知っている。スラム街への道中で彼は一度踏み込んだ問いを投げている。その時、彼女は最初、ダンマリだった。
今回の其れも、似たような雰囲気を感じる。
『………帰りたくない。其れは別に嫌いだからってわけじゃない』
「……は?嫌いじゃないのか?」
正直、拍子抜けに近い答えが返ってきた。あの時の紅葉は家出少女のような印象があった。家出をする理由となればーー喧嘩した、親が嫌いーーなんて、大抵はマイナスな理由がほとんどだろう。
『ーー……うん。嫌いじゃない』
少しの沈黙の後、彼の方に向かって歩いていく紅葉。そして彼の目の前に立つと
『それでもーー!!』
「ーーっ!?」
次の瞬間、紅葉が彼の手をとり、踵を返して走り出す。背後で流れ続ける水の音を振り払うように、部屋を飛び出し、先にメイドが進んでいった廊下を同じように走る。
「ちょ、お、おい!!!急にどうしたんだよ!止まれって!!」
長い、長い廊下を走りながら、彼は紅葉に制止するように言葉を投げかけるが、其れを無視して、尚且つ紅葉は語る。
『ーーだって!すんごい面白くて楽しいんだもん!!あたしの知らない世界がズワー!って広がってて、一面景色は同じだけど、其れでも知らないことに出会えるしーー』
『其れに、キミとも出会えた!出会ってまだ数日だけど、家を出てからのどんな時間より楽しくて、沢山の事を知った!』
『ズルズルを食べたあの街だって、最近になって行くようになっただけ!あたし、ほんとうは知らない場所ばっかりなんだから!』
走る、奔る、迸る。彼が其れに割り込まない程、怒涛に語りながら、走る。身体能力の差から彼は気を抜けば一瞬で引きずられそうになってしまう中、必死に紅葉の速度に食らいつきながらも、それでも、紅葉の言葉だけは一言たりとも聞き逃さなかった。
『あたし、行きたいよ!彩人についていきたい!この世界のこと、彩人のこと、そしてーー色のこと、』
曲がり角を左に曲がると、その先に見えてきたのは数多の部屋の扉とは少し異なった風格のある扉。其処に向かって迷うことなく、一直線に走る。
『もっと見たいし、知りたい!』
気がつけば、扉の前にすでに辿り着いていた。紅葉が早すぎるのか、はたまた距離が短かったのか。
『だってーー!!』
作法も礼儀もなく、紅葉はその勢いのまま、扉を蹴破った。
マジかっ、と驚愕が彼の顔を支配する。だが、これほどまでに巨大な屋敷に住んでいるともなれば、紅葉はおそらくお嬢様扱いで、子供の頃から礼儀やら作法やらを叩き込まれているものかと思ったがーーこれまでの紅葉を見てきて、それはない事を思い直した。
『こんなに世界は美しいんだから!!』
扉を蹴破った先に広がったのはあまりにも巨大な部屋。そして、彼らの正面にデカデカとあったのはーー巨大な地図。
よく豪邸の壁には巨大な絵画が飾られているイメージがあるように、目に飛び込んできたのは巨大な地図だった。
「ーー………な、なんだこれ……っ」
『地図!世界地図って言うもの!!あたしはーーいや、あ・た・し・た・ち・は全部行くの!見るの!知るの!!』
「……………っ」
紅葉の勢いと、モノクロの巨大な地図に彼は気圧され、ただその地図を見つめるしか出来なかった。彼女の演説にも近い語りがまだこの空間に反響していた。
そして、その余韻に浸かりながら彼は口を開く。
「………紅葉。この世界はーー美しいかもしれねえ」
「けどよーーやっぱし、オレが描く世界は比にならねえ」
『それってーー……っ』
「…………紅葉に、それを見せたくなった。だから、行こうぜ。世界を見に!!」
出会った当初から、彼は紅葉に惹かれていた。短絡的に、顔が良いから好きだ、というのもあるのかもしれない。
ただ中退し、人との関わりがなかった彼にとって元気に、天真爛漫に話す女の子というのは新鮮で、楽しかった。
白黒世界ーー彼にとって美しくないこの世界を、彩人の望むままに彩る過程で、紅葉の未知に対する好奇心を満たせるのならば連れていってもいいのではないだろうか。
紅葉の顔が気になる。プロポーズみたいな誘い方に対する紅葉の反応が気になる。それでも、彼はまじまじと世界地図を見つめる。
『これじゃまるで、新婚旅行に誘われてるみたいっ』
「そ、そんなつもりはなかったんだけど……な」
紅葉は揶揄うように先程の語りとは違った小声で言った。彼の耳は其れを捉えている。
新婚旅行ーー少々気が早いかもしれない気もするが。
『へへっ、じゃあ早速、準備してこなく……ちゃ……』
意気揚々と、楽しそうに話していた紅葉の声がだんだんと弱々しくなっていく。紅葉が蹴破った扉の方を向き、走り出した矢先のことだった。
「ど、どうしたん……だ?」
一気に消沈した紅葉を見ようと、振り返る。
『ーー彩人くん。詳しく話を聞かせてもらおうか』
入り口に佇んでいたのはーー海棠。
ただ、その顔は先ほどファーストキスを奪ってきた男と同一のものとは思えないほど、暗かった。
そのゴミを見るような冷徹な眼差しは、興奮して止まらない暴走機関車と化していた紅葉を、一瞬で硬直させるほどだった。
10話を最後まで読んでいただきありがとうございます。
そして二桁まで来れましたのはみなさんのおかげです。ありがとうございます。
紅葉と彩人は共に旅をする事を決めました。が、其処に立ちはだかるのはまさかの兄でした。
なぜ、兄は立ちはだかるのか。
続く11話をお待ちください。




