表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レリック・ワールド ~最強の遺跡探索者、銀髪の少女と メイドの自動人形と、終わった世界の謎を解く~  作者: トンエリア
第04編〈海域〉アビス

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
57/88

第57話 庭

 都市の奥へ、俺たちは降りていった。

 鼓動の音は、近づくほどに大きくなる。ドクン、ドクン、と。地面から足の裏を伝って、体の芯にまで響いてきた。

 道はずっと下りだった。崩れた階段を降り、傾いた通路をくぐる。何度も行き止まりに突き当たった。そのたびにミスラが、蔓の隙間や崩れた壁の裂け目を見つけて、俺たちを先へ通してくれる。案内役がいなければ、とっくに迷っていたはずだ。

 降りるほどに、緑が濃くなっていった。壁も床も天井も、すべてが蔓に覆われている。淡く光る苔が闇に点々と灯り、道の先をぼんやり照らしていた。空気は生ぬるく、甘い花の匂いと土の匂いが混じっている。まるで、大きな生き物の腹の中を歩いているようだった。


「なんか、やだ。ずっと見られてる気がする」


「気のせいじゃ、ないかもな」


 俺も、さっきから同じものを感じていた。壁の蔓が、俺たちの通り過ぎたあとでかすかに動く。振り向くと、止まっている。だが確かに動いていた。俺たちの歩みに合わせて、都市が、ゆっくり身じろぎしている。そんな感じだった。

 この森は、俺たちを見ている。ずっと。

 ミスラが時おり足を止めて、耳を澄ませた。番人の勘というやつだろう。その横顔は、里にいた時よりずっと硬い。


「大丈夫か」


「この奥にあるんだと思う。ご先祖がいちばん恐れたものが。近づくほど、体が引き返せって叫んでる」


「なら、その勘は正しいんだろうな」


 やがて、開けた広間に出た。

 かつては、大きな部屋だったのだろう。丸い天井。崩れ落ちた柱。壁際には、用途のわからない機械がずらりと並んで蔓に埋もれている。その部屋の中央に、それはあった。

 最初は木だと思った。

 太い蔓が幾重にも巻きついて、繭のような塊を作っている。ちょうど人の背丈ほどの繭だ。表面には硬く白い結晶が、びっしり張りついていた。

 俺は、なんとなく嫌な予感がして近づいた。

 そして、足を止めた。

 繭の中に、人がいた。

 古い旅装。手には錆びついた剣。はるか昔、俺たちと同じように、この都市にたどり着いた探索者だろう。そいつが蔓に絡めとられ、結晶に半分埋もれて、そこに立っていた。

 目を、かっと見開いたまま。


「……嘘だろ」


 思わず後ずさりそうになった。

 男の体からは、緑の芽が幾つも吹き出していた。指の先から。肩から。開いたままの口の中から。まるで、その体そのものを苗床にして、新しい草が育っているように。


「ねえ、これ。死んでるの?」


「わからん。だが、たぶん、こいつは――」


 言いかけて、俺は口をつぐんだ。

 殺されたんじゃ、ない。

 こいつは、植えられたんだ。

 ノアが繭の傍らに、そっと膝をついた。結晶の表面に指を這わせる。その黒い瞳が、細くなった。


「この人は、まだ生きています。深く眠らされて、少しずつ、森の一部に造り替えられている」


「森の、一部に」


 喉の奥が、からからに乾いた。


「ここにいる“何か”は、侵入者を殺そうとはしません。庭に植え替えるのです。畑の雑草を抜くように。気に入った花を、鉢に移すように」


 背筋を、冷たいものが駆け上がった。

 殺されるほうが、まだましだった。生きたまま緑に呑まれ、少しずつ木へと変えられていく。一万年、この繭の中で、目を開けたまま。想像しただけで吐き気がした。

 ミスラが口元を手で覆っていた。その顔から、血の気がすっかり引いている。


「ご先祖は、これを知ってたんだ。だから森を封じて、歌でなだめてきた。ずっと、ただの言い伝えだと思ってた。でも――」


「言い伝えは、たいてい本当のことを言ってる」


 その時だった。

 どぐん、と、鼓動がひときわ大きく響いた。

 広間のいちばん奥。深い闇の中で、何かがゆっくり動いた。

 それも、最初は木だと思った。とんでもなく大きな木だ。天井近くまで届く影。だが、その影はぐらりと揺れて、立ち上がった。

 組み木を束ねたような幹。節々に光る金属の関節。無数の蔓を指のようにたわわに垂らしている。全身のあちこちに大輪の花を咲かせ、その花の一つひとつが淡く光を放っていた。頭にあたる場所では、心臓の鼓動に合わせて明かりが脈打っている。

 庭を、守るもの。

 庭守だ。

 背筋が、ぞくりとした。あんなものが、この森の奥にずっと潜んでいたのか。里を白く染めていたあの緑化も、きっとこいつの庭いじりの余波なのだろう。

 それはゆっくりと、俺たちのほうへ顔を向けた。いや、顔なんてものはない。だが確かにこちらを見ていた。見るというより、値踏みしていた。この株は抜くべきか、それとも移すべきか。まるで、庭仕事をする者の静かな目で。


「な、なにあれ。でかっ」


「撃つなよ。下手に刺激するな。あいつがどう出るか――」


 だが、言い終わる前だった。

 庭守が、垂らした無数の蔓をいっせいにこちらへ伸ばしてきた。

 考えるより先に、俺は黒鴉を抜いていた。青白い刃で、迫る蔓を薙ぐ。手応えはあった。切れた。だが、切れた根元から、また新しい蔓がするすると伸びてくる。一本斬れば二本。二本斬れば四本。斬っても斬っても、まるで減らない。


「クロウ、これ、減らないよ! いくら壊しても、すぐ生えてくる!」


 リルの絞った光が、庭守の関節を正確に撃ち抜いた。火花が散る。よし、と思った。だが、庭守はびくともしない。あの一撃も、この巨体には蚊が刺したほどの意味もないらしい。斬った蔓の代わりは、床からも壁からも、いくらでも生えてくる。この庭ぜんぶが、こいつの体なのだ。一つ壊したところで、きりがなかった。

 ミスラも、弓を引いた。放たれた矢が、庭守の“頭”の光に突き立つ。だが、それも蔓が絡めとって押し出してしまった。


「効いてない!」


 力で押すのは、無理だ。

 斬っても撃っても、この庭は減らない。それどころか、暴れるほどに蔓は数を増していく。俺たちを、じわじわと囲い込むみたいに。


「駄目だ、退くぞ!こいつは力ずくじゃどうにもならん。いったん、外に出る!」


 ミスラが弓を下ろし、リルが杖を担ぎ直す。来た道へ、身を翻した。

 だが、その時。

 庭守の全身の花が、いっせいにふくらんだ。


「息を止めろ!」


 叫ぶのと同時だった。ぶわっ、と白い霧が噴き出す。甘ったるい匂いが、鼻の奥を刺した。あの繭の男を眠らせた胞子だ。吸えば終わる。あの繭の、仲間入りだ。

 冗談じゃない。あんな終わり方だけは、まっぴらだ。

 俺は口を覆い、リルの腕を掴んで走った。だが白い霧は、俺たちの行く手に、みるみる広がっていく。どっちへ逃げても、白い壁が先に立ち塞がる。まるで、俺たちの考えを読んでいるみたいに。庭が、獲物を追い込む猟師の顔を、していた。


「こっち、抜けられない……!」


 息を止めたまま、リルが呻く。その頬が、赤い。もう、長くはもたない。

 その時。

 白い霧の中へ、ノアが進み出た。

 眠りの毒は、機械のノアには効かない。この白い壁の中を平気で歩けるのは、ノアだけだ。


「ご主人様、リルさん。わたしの後ろに。息は止めたまま」


 ノアが、短い刃で霧を裂き、道を切り拓いていく。俺たちはその背中に隠れ、ノアの足だけを頼りに、白い壁を突っ切った。一歩、また一歩。息を吸いたい。その誘惑が、喉元までせり上がってくる。だが、吸えば終わりだ。俺は、歯を食いしばった。肺が悲鳴を上げる。それでも、ノアの黒い背中だけは見失わなかった。

 霧を、抜ける。

 俺は、たまらず息を吸い込んだ。空気がうまい。生きてる。リルも、ミスラも、隣にいる。全員、無事だ。

 だが。

 顔を上げて、俺は凍りついた。

 目の前に、緑の壁がそびえていた。

 さっき降りてきたばかりの、あの階段。そこが、幾重もの蔓で塞がれている。ほんの、わずかな間に。庭が、俺たちの退路を閉じたのだ。

 俺は、あたりを見回した。壁も、天井も、緑に覆われている。抜け穴も、隙間も、どこにもない。この庭は、俺たちを逃がす気が、ないのだ。

 前は白い霧と、庭守。後ろは、緑の壁。

 挟まれた。逃げ場は、もうどこにもない。

 じり、と後ずさる。だが、背中はすぐ、硬い蔓の壁にぶつかった。もう、一歩も下がれない。追い詰められた、という言葉が、これほど似合う場面もない。


「……囲まれたね」


 リルが杖を握り直す。声は、少し震えていた。だが、その目は、まだ諦めていない。


「ああ。だが、まだ終わっちゃいない」


 庭守が、ゆっくりと迫ってくる。どぐん。どぐん。心臓の音を響かせながら。無数の蔓を、こちらへたぐり寄せて。

 力で駄目なら、残る手は一つだけだ。

 俺は、腰の板を引き抜いた。オルウェンから預かった、歌の言葉。壊れかけの、鍵。

 怪物なら、とっくに俺たちを握り潰している。だが、こいつはそうしない。丁寧に、庭へ迎え入れようとする。あの繭の男を、この庭は殺さなかった。植え替えようとした。つまりこいつには、こいつなりの理屈がある。話が通じる相手だってことだ。だったら。


「ノア!この文字、読めるか。こいつに、話しかけるぞ!」


 ノアが、板を覗き込む。その黒い瞳が、大きく見開かれた。まるで、ずっと忘れていた何かを、思い出したように。

 ノアの唇が、震えた。何かを言いかける。

 だが、その時にはもう、庭守の蔓が、目の前まで迫っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ