表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レリック・ワールド ~最強の遺跡探索者、銀髪の少女と メイドの自動人形と、終わった世界の謎を解く~  作者: トンエリア
第04編〈海域〉アビス

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
51/88

第51話 凪いだ海の報酬

 浜へ帰り着いたその日から、村の連中が入れ替わり立ち替わり、俺たちの泊まる小屋を覗きに来る。誰も大きな声は出さない。ただ戸口からそっと顔を出して、俺の顔と寝台のノアを見て、それから深く頭を下げて帰っていく。

 礼を言いに来ているのだった。

 沖の光が消えた夜のことは、村じゅうが知っていた。その光を消したやつらが、そのまま海の底へ潜って、海を狂わせていた大本まで沈めて帰ってきた。それをどう受け止めればいいのか、この村の連中は、まだ言葉を見つけられずにいるらしい。だから、頭を下げるしかなかったんだろう。

 俺はそのたびに、片手を上げて応えた。気にするな、という代わりに。

 背中の傷は、あらかた塞がっていた。ネレイスの水で作り直した体は、我ながら丈夫にできている。三日も寝ていれば、もう普通に動けた。もっとも、いくら体が動いても、村の連中がこう毎日拝みに来るのでは、おちおち出歩く気にもなれない。俺は英雄でも救い主でもない。金で雇われた、ただのハンターだ。それを、この村の連中は、どうにも分かってくれないらしかった。


 四日目の朝、マレナが浜へ俺を呼び出した。

 海は、凪いでいた。

 あの腐った肉の匂いは、もうどこにもない。打ち上げられた白い腹の魚も日を追うごとに減って、今朝はもう一匹もなかった。ただ朝の光を照り返す静かな海が、そこに広がっている。


「見てくれ」


 マレナが沖を指した。

 舟が、出ていた。

 村の漁師たちの舟が、何隻も沖へ漕ぎ出している。半年ぶりの漁だ。網を打つ音が、風に乗って、微かに聞こえてきた。


「昨日、試しに出したんだ」


 マレナの声は、いつものぶっきらぼうなままだった。だがその目は、沖の舟から離れなかった。


「網に、魚がかかった。喰らい魚じゃない。ちゃんとした、食える魚だ。半年ぶりに、村の連中が腹いっぱい飯を食った」


 浜のほうで、子どもたちの歓声が上がった。戻ってきた舟から、銀色に光る魚が、籠いっぱいに水揚げされていく。痩せこけていた子どもらが、その籠に群がって、はしゃいでいた。あの、腹を空かせて椀を抱えていたガキどもの顔に、生きた血の色が戻っている。それを見ているだけで、腹の底が、じんわりと温かくなった。


「そりゃ、よかった」


「よかった、で済むかよ」


 マレナがこちらを向いた。潮に灼けた厳つい顔が、少しだけ歪んでいる。


「あんたら、よそ者だ。この島になんの義理もない。金にもならねえ依頼だと、腕のいいハンターはみんな鼻で笑って通り過ぎた。あんたらだけが引き受けた。引き受けて、村を救っちまった」


 マレナの節くれだった手が、ぐっと握られる。


「礼の言い方が、分からねえ。この村にゃ、あんたらに渡せるほどの金も宝もねえ。だが」


「マレナ」


 俺はその言葉を遮った。


「魚が戻ったんだろ。なら、それでいい」


 マレナが目を見開いた。


「腕のいいハンターが素通りしたのは、正解だ。金にならねえからな。俺も、金のために来た。だが依頼ってのは、片づいたとき、依頼人がどんな顔をするかで値打ちが決まる。あんたのその顔が見られただけで、この依頼は上物だったよ」


 しばらく、マレナは黙っていた。それからぶっきらぼうに、そっぽを向く。


「変な、ハンターだ」


「よく言われる」


 もっとも、俺の懐は、来たときより寒くなっていた。

 海の底のドームからは、結局、何ひとつ持ち出せていない。あそこには、旧文明の秘密が山ほど眠っていたはずだ。命を造る技術。傷を消し去る水。値のつけようもない代物が、いくらでも転がっていた。

 だが、あのときは、それどころじゃなかった。ノアを担いで、崩れる天井の下をくぐって、水没した通路を泳いで逃げるので精一杯だ。荷物を漁る余裕なんて、まるでなかった。

 旗艦から拾った動力核も、もう手元にはない。あれはそっくり、鯨号の耐圧殻に埋めてしまった。あの核がなければ、そもそも底までは潜れなかった。使うために拾ったのだから、文句を言う筋合いじゃない。それでも、船の腹に一財産を塗り込んだと思うと、なかなかに、ため息が出る。

 一万年ぶんの遺跡を二つ黙らせて、手元に残ったのは、これだ。


「割に合わねえ仕事だったな」


 浜で、俺はぼやいた。

 マレナが、じろりとこちらを見た。


「金なら、村が出す。今すぐは無理だ。だが、魚が獲れるようになった。次の漁で、次の次の漁で、少しずつでも」


「いらねえよ」


「あんた」


「村を絞って集めた金なんざ、もらってもうまくねえ。それより、当分の飯と、寝床と、船の修繕だ。それで、ちゃらにしとく」


 マレナは、しばらく黙っていた。それから、深く息を吐いた。


「安すぎる」


「そうか? この島の魚は、なかなか、うまいぞ」


 ナジが、変わっていた。

 父親の潜水具を抱えて俺に食ってかかってきた少年が、今は浜で、年下の子どもたちに網の繕い方を教えている。


「よお」


 声をかけると、ナジははにかんだ顔で振り向いた。


「クロウ。おれ、決めたんだ。無茶な潜り方は、もうやめる。父ちゃんみたいには死なない。生きて、この漁場を守っていく」


 ナジの目に、あの思い詰めた暗さは、もうなかった。こいつも前を向いたらしい。


「それでいい」


 俺はナジの頭を、がしがしと撫でた。


「おまえの親父さんは、海を救おうとして、しくじった。だがその手がかりを、俺たちに残してくれた。おかげで村は助かった。誇っていい親父さんだ」


 ナジが下を向いた。肩が、微かに震えている。だが泣いてはいなかった。歯を食いしばって、こらえていた。

 男が一人、育っていく。その途中に、少しだけ立ち会えたらしい。

 ナジは、父親の潜水具を、小屋の壁に飾っていた。もう使わないのだという。使って死ぬための道具ではなく、父を思い出すための、形見にするのだと。それでいい。海に呑まれた親父の潜水具を、また海へ持っていく必要はない。ナジには、その潜水具が似合う日まで、ゆっくり大きくなればいい。


 リルは、村の女たちにすっかり懐かれていた。

 もともと器量はいい。おまけに、あの化け物を沈めた一人だ。村の娘たちがリルを囲んで、きゃあきゃあと騒いでいる。リルはまんざらでもない顔で、海の底での戦いを、身振り手振りで語っていた。たぶん、話の半分は盛っている。


「――でね、あたしの光で、天井をこう、ばーん、って! それで、クロウが化け物の頭に、どーん、って!」


「へえ、リル様は魔法使いなんだ!」


「まあね。困ったら、いつでも呼んで」


 様、ときたか。

 俺は少し離れたところで、それを聞きながら笑いをこらえていた。

 この島に来たときは、暗い水を怖がって俺の背に隠れていた娘だ。それが今は、村の子どもたちの憧れになっている。あの水没した施設で、覚悟を決めて潜っていった、あの背中を思い出す。

 こいつも、遠くまで来たものだ。


 ノアは、まだ寝台の上だった。

 目は覚ましている。飯も食う。俺やリルと言葉も交わす。傍から見れば、いつものノアだ。

 だが、俺には分かった。

 時々、この子の目がふっと遠くなる。海のほうを見る。そして、その唇が微かに、あの歌を口ずさむ。

 あの化け物は、沈めた。歌の主は、もういない。それなのに、歌だけが、この子の中に残ってしまった。まるで、あの底にこの子の一部を、置いてきてしまったみたいに。

 俺はその隣に座って、訊いた。


「ノア。おまえ、あの歌、なんなんだ」


 ノアは、しばらく黙っていた。それから、いつもの穏やかな顔で俺を見た。


「分かりません」


「嘘だ」


「……はい。嘘です」


 初めて、この子は嘘だと認めた。


「ですが、今はまだ、話せません。わたし自身、うまく掴めていないのです。あの歌がどこから来て、なぜわたしが、それを知っているのか。もう少し、時間をください」


 その声は、いつになく頼りなかった。

 俺は、それ以上は訊かなかった。話せるようになるまで、待つ。それが仲間ってもんだ。


「分かった。だが、一つだけ約束しろ」


「なんでしょう」


「一人で抱え込むな。おまえがあの底に引かれそうになったら、俺が引き戻す。今度みたいにな。だから、一人で消えようとするな」


 ノアの目が、微かに揺れた。それから、静かに頷いた。


「はい。約束します」


 その頷きが本物かどうかは、分からなかった。だが今は、それを信じることにした。

 この一年、ノアはずっと、俺に何かを隠してきた。海を懐かしがり、遺跡の言葉を誰より深く読み解き、時折、遠い目をした。その正体が、あの海の底に、確かにあった。歌う化け物と、命を造る施設。ノアの過去は、間違いなく、あの旧文明と繋がっている。

 いつか、この子は、それを話さなきゃならない日が来る。そのとき、俺がそばにいてやれるかどうか。それだけは、外したくなかった。


 その夜、村は、ささやかな宴を開いてくれた。

 半年ぶりのまともな魚が、焼かれ、煮られ、皿に山と盛られた。村の連中が、下手な笛や太鼓を持ち出して、浜で火を囲んで騒ぐ。リルは村の娘たちと踊り、ナジは年上の漁師たちに交じって、一人前の顔で酒を飲んでいた。ノアも寝台から出てきて、火のそばで静かに笑っている。

 悪くない夜だった。

 俺は宴の輪から少し離れて、浜辺に座り、その光景を眺めていた。

 依頼一つ、片づけた。海が戻った。仲間もみんな、無事だ。ハンター稼業も、たまにはこういう夜がある。

 焚き火の向こうで、タルガが義足を投げ出して、下手な唄を披露していた。マレナが、その隣で、珍しく声を上げて笑っている。ナジが子どもらに胴上げされ、リルが娘たちに囲まれて、火の粉と一緒に、笑い声が夜空へ昇っていく。ノアまでが、火のそばで、そっと手拍子を打っていた。

 こういう夜のために、俺はハンターをやっているのかもしれない。柄にもなく、そんなことを思った。

 そのときだった。

 沖の暗い海の上に、ぽつりと灯りが見えた。

 目を細める。

 舟の灯りだ。だが、村の漁師の舟じゃない。あんな沖の深いところに、この時間、村の舟は出ない。

 灯りは、二つ、三つと増えていった。規則正しく並んでいる。まるで、隊列を組むみたいに。

 背筋に、冷たいものが走った。

 あの灰色の船だ。

 クレイス。財団の回収官。海の底のあれを、狙っていた男。

 俺たちが海の底で、あの化け物と施設をどうしたのか。あいつはずっと、沖から見ていたのかもしれない。

 宴の笑い声が、遠くに聞こえる。

 沖の灯りは、村へ近づきも、遠ざかりもしなかった。ただじっと、そこに留まっている。

 あいつは、以前、俺に言った。おまえが底から持ち帰るものは、いずれ我々のものになる、と。

 俺は、底のあれを片づけた。だが、財団が欲しかったのは、化け物を退治することじゃない。あの、命を造る技術そのものだ。施設は崩れ、化け物は沈んだ。それでも、あの海の底には、まだ、旧文明の秘密が眠っている。

 あいつは、それを掘りに来たんだ。

 俺は、腰の黒鴉に、そっと手を触れた。宴の火が、遠くで、暖かく揺れている。

 どうやら、この島での仕事は、もう一つ、残っているらしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ