第20話 主はどちら
「──という事なんだ」
「ふむ。つまり、その隷属紋は、授業の一環で行ったもので、わらわから鞍替えしようとした訳ではない、と?」
「う、うん」
僕は今、正座している。
学校を終え、家に帰ると、リリーに怒られたのだ。「なんじゃその隷属紋は! わらわというものがあろうに!」、と。
それで、正座させられ、誤解を解くために、弁明していたという訳だ。
しかし、怒るリリーの目つきは厳しい。
「じゃがのう、聡明なわらわの主様が、よもや、"一日一回"という大事な事を忘れるとは思えぬしの~」
「隷属魔法の生みの親として、かっこいいところを見せたいと思っちゃって、完全に忘れてました……」
つい、敬語が出てしまった。
これでは、どちらが主か、本当に分からない。
僕の前に立つリリーは、どこからか取り出した大鎌の、刃を愛おしそうに撫でる。
「わらわと契約した時は、すこぶる嫌そうではなかったか」
「今日のは、解除する前提で行う授業だし、それに、今の僕を三百年前の僕と比……」
「296年前じゃ」
「ぐぬ……っ!」
お、覚えておいででしたか……!
「お主も男じゃ。姿衰えぬ夢魔とはいえ、年増のわらわよりも、やはり、うら若き女学生が好きなのかのぅ」
「ち、違うよっ!」
「どうせ、舐め回すような視線で見ておったのであろう? 卑猥な妄想に、夢と下半身を膨らませていたのであろう?」
「そんな事しないからっ!」
「本当かのぅ?」
「本当だよっ! ジンユーさんは、友達みたいなものだよ!」
その名前を口に出すと、リリーの表情が変わった。
怒気よりも、驚きの色が強くなった。
「……新入生代表の、あの龍の小娘の事かの?」
「う、うん。ペアを組んで、少しだけ仲良くなったんだ」
たぶん、多少は仲良くなった……と思う。
解除できないのを伝えた時も、嫌そうな感じじゃなかったし、その後、雑談も交わした。
友達とは言えなくとも、それに準ずる、"知人"くらいにはなっているはずだ。
いや、なっていて欲しい。
リリーは大鎌を壁に立てかけ、やれやれ、といった風に頭を抱える。
「あれだけ殺し合った龍の、その末裔と、まさか仲良くなるとはの……。お主のこと、お人好しとは思っておるが、いささか予想の範疇外じゃ……」
「えへへへ」
「褒めておらぬぞ」
確かに、龍とは百年戦争の時に、凄惨な戦いを繰り広げた。
それはまるで、この世の地獄のような光景だったと、今でも記憶している。
「でも、種族が違うからって壁を作ってたら……いつまでも争いは絶えないよ」
「はぁ……そうじゃったの。わらわの主様は、そういう男じゃったの」
呆れた様子のリリー。
なにはともあれ、理解が得られたようだし、僕はそろそろ自室に戻らせていただきましょうかね……。
立ち上がり、リリーに背を向ける。が、
「待てい。じゃからといって、他の女と契約したことまでは許しておらぬぞ」
肩を掴まれ、振り返ざるを得ない。
「ぼ、僕、寛容さって大事だと思うなぁ……」
「同感じゃ。じゃから、代償を払えば許してやらんでもないぞ?」
「だ、代償……っ!?」
僕の心臓とか、数十年の苦役とかなのか……!?
か、考えるだけで、恐ろしい!
「そうじゃのう、二択やろう」
「ごくり……」
「ひとつは、わらわの足を舐め、許しを乞い願うこと。無論、その後の夜伽もセットじゃ」
リリーはソファーに深く座り、偉そうに足を組む。
組んだ上の生足は、落ち着きがなさそうにふらふらと前後に動き、「舐めろ」と、暗に告げてくる。
まぁ正直、僕にそこまでプライドは無い。
舐めてもいいのだけど……その後の夜伽がセットとなると、話は別だ。
魔力在る僕なら、「英雄とは、往々にして色を好むものなり」とか言いそうだけど、今は魔力無い僕だ。
あんまり、エッチな事は好きじゃない……。
「も、もうひとつの選択肢を、聞いてもいいかな?」
「とある情報を、秘密裏に探って欲しいのじゃ」
「情報?」
首を傾げると、リリーはこれまたどこからか、一枚の書類を取り出し、僕に見せる。
「こやつと、『窮極派』の関係を探って欲しいのじゃ」
そこに描かれていたのは、写実的な人相書き。
後ろで纏めた金の髪と、笹の葉のように長い耳が特徴の、典型的な森人だった。
それも、見たところ男性であり、加えて、見覚えがある人物だった。
「アーギンの、先輩の一人……」
「さようじゃ。名前は、テイオルズ・イパーセン。森人の貴族の子弟、しかも、代々魔法使いを輩出しておる、由緒正しい家柄のようじゃな」
イパーセンというらしい先輩の記憶が、蘇ってくる。
屋上前の踊り場で脅迫されたこと。
階段を上る際に、虫を上から撒かれたこと。
百年戦争を体験した僕にとっては、別にそこまで嫌な思い出という訳でもないけど、嬉しかった記憶でないことは間違いない。
「アーギンから、その先輩について、なにか聞いてないの?」
「調きょ……ごほん。取り調べしたのじゃが、有益な情報はなにも」
今、調教って言いそうになってなかった……?
果たして、アーギンは何をされて、ドМに目覚めたのか?
疑問は残るけど、追及したいだなんて、微塵も思わない。
リリーは残念そうに、それでいて蠱惑的な笑みを浮かべた。
「ま、奴はわらわの奴隷じゃ。わらわの前では、真実しか口に出来ぬ。十中八九、本当に何も知らぬのであろう」
「それで、僕に探って欲しい、と」
「さようじゃ。ま、断られたなら断られたで、別の人員を用意するのみじゃ」
足を舐めて褥を共にするか。
イパーセンと窮極派の関係を探るか。
選択肢は、あってないようなものだ。
「やるよ。そのイパーセンって人、探ってみるよ」
「分かったのじゃ。くれぐれも気を付けての」
「うん」




