第19話 隷属魔
「よし、今回の隷属魔法の実践は、一組と合同授業だー」
べらぼーに広いグラウンド。
総勢60名ほどの生徒達が、体操服に着替え、一か所に集まっている。
「初回から実践だなんて……」
「兄貴、ご心配なさらずとも、隷属魔法という大層な名前ではありますが、隷属紋を刻み、魔法的な契約を交わすだけですから」
「でも、理論とか手順とか、ちゃんと教えてくれたほうがよくない?」
「この魔法、簡単ですから。猿でもできますよ!」
ぐお……!
その猿でも出来る魔法を編み出したの、僕なんだ……!
アーギンに悪意は無いし、事実だとはいえ、製作者として、なんだか馬鹿にされた気分だ。
それに、ランドルフとリタまで、
「隷属魔法なんて初歩中の初歩っしょ! よゆー、よゆー!」
「でも、魔法使いの中には、隷属魔の強力さで、その人の力を推し量る人もいるよ? 別に隷属魔が強い=主人が強いなんて方程式は成り立たないのに」
意図せずに、僕の心を針で刺す。
ま、まぁ、簡単って良い事だし!
誰にでも使えるって、すごく優秀な魔法って事だし!
べ、別に、きちんと詳しく説明して、その上で高尚な魔法だと教えて欲しかったとか、微塵も思ってないし……。
ずーん……。
擬音が聞こえてきそうなほど、僕の肩は落ちる。
「シロ、大丈夫? なんだか、真っ白な灰になってる気がするんだけど」
「持病の燃え尽き症候群だよ……」
「な、治るといいね」
ただならぬ物悲しさを感じたのか、すぐさま匙を投げるリタ。
アーギンが、落ち込む僕の肩をぽんと叩き、サムズアップ!
……少し、ムカつく。
そんな僕らの様子を気にも留めていない先生が、周囲を見回す。
「おーい、全員集まったかー?」
「一組、みんないますね」
「三組全員います」
一組の委員長と、僕たちのクラスの委員長にそう告げられ、先生は「はい、じゃあ注目するようにー」と、言う。
「早速始めるぞー、二人一組を作ってくれー。あっ、折角だし、同じクラスのやつとは組むなよー」
その指示に、それまでなんとなく分かれていた一組と三組の、境界線が曖昧になっていく。
みんな、適当に相手を見繕い、「よろしくねー」とか、「頼むぜ!」とか、挨拶を交わしている。
ふぅ……。
マズい事になったね。
どれくらいマズいかっていうと、清掃中に出てきたゴキブリが服の中に入ってきた時くらい、マズい。
断言しよう、僕は内気だ。
もちろん、話しかけられたら対応はする。
だけど、自分から話しかけに行くのは、結構勇気を要するタイプだ。
しかも加えて、優柔不断だろう。
よしこれだ! って、即座に決めることが出来ないタイプだ。
「この人に、何時に話しかけに行きなさい」って言われれば行くけど、「誰でも、いつでも」みたいに自由にされると、非常に困る。
まぁ、つまり何が言いたいのかと言うと、
誰か、僕と組んでください~……。
周囲を見れば、もう、ほとんどの人が相方を手に入れている。
陽気なランドルフや、外向的なリタは当然、あのアーギンですらペアを組んでいる。
……このままでは、アレじゃないのか?
噂に聞く、「じゃあ、余った人は先生と組もうか―」みたいな、公開処刑を受けるんじゃないのか?
僕としては、無論目立ちたくないし、それが悪目立ちとなれば、なおさらだ。
誰か、誰か組んでくれる人を見つけないと!
半ば血眼で、余った人を探し、ピックアップしていく。
するとどうやら、残りは三人だったようだ。
一人目は、長い翡翠の髪と、深緑の尻尾をもつ、龍の少女。
新入生代表にも選ばれた、ジンユー・シャンウェイさんだ。
正直、今回の新入生の中で、頭一つ抜けて強力な存在だ。
彼女に見合う相手など、見つかるはずもない。
それゆえに、誰も組んでくれないのだろう。
いつの世も、強者とは孤高なものだ……。
僕と釣り合うはずも無いし、ここはスルーさせていただこう。
次に二人目。
今時珍しいリーゼントヘアで、制服のコートの背中に、『天下統一』と金糸で刺繍した男性。
……はい、論外です。次ィッ!
三人目は、大人しそうな……あ。
たった今、相手がみつかったようだ……。
ならば、もう選択肢は二つのみ。
纏っているオーラの違う龍の少女か。
見た目の怖いバチバチのヤンキーか。
どちらにするか決心し、僕は歩みだす。
「く、組んでもらってもいいかな、ジンユーさん?」
ジンユーさんの方へ。
「う、ウン、いいヨ」
「よかった。よろしくね」
本人からの了承も得られた。
相方は、ジンユーさんに決まった。
……ごめんよ、リーゼント君。
別に、見た目で人柄を判断するわけじゃないんだけど……ぶっちゃけ怖い。
難癖つけられそうだし、カツアゲされそうだ。
魔力在る僕なら、そんな些細な事、まったく気にしなかったんだろうけど、今は魔力無い僕だ。
本当、ごめんね……。
結局、リーゼントの彼は、うちのクラスの、片眼鏡の委員長と組むことになった。
そして、ジンユーさんと組んだ僕には、他の生徒たちの視線が、心なしか集まっている。
「よし、組み終わったな」
全員組み終わったのを確認すると、先生は手順について軽く説明する。
それを要約すると、相手の肌に指先か魔法杖で紋を描き、そこに魔力を流しながら、誓約を詠唱する、というもの。
わりとお手軽で、容易に行える。
もちろん、生みの親である僕が分からないはずもないし、ジンユーさんにも理解している様子だし、次は実践だ。
僕は袖をまくり、上腕を差し出した。
「先にどうぞ、ジンユーさん」
「わかっタ」
首を盾に振り、人差し指を立て、ぎこちない動きで、僕の腕に紋を描いていく。
くすぐったさを我慢しながら、待つこと十数秒後。
「よし、カンリョー。魔力、流すヨ?」
瞬間、電気のようなものを感じたかと思えば、直後。
とてつもない魔力の奔流が、僕の上腕から全身へと駆け巡る。
それはまるで、ポンプを何本も接続され、血液の循環速度を何倍にも引き上げられたかのような感覚。
腕の血管が、破裂するから止めさせろと悲鳴を上げ、「まずい!」という考えが脳裏に何度もよぎる。
そして一瞬、アーギンに殺された時のことを思い出した。
だが、その並々ならない恐怖も数瞬の事にすぎず、
「できタ。カンペキだ」
気が付けばジンユーさんは、僕の腕に浮かび上がった紋を、してやったという顔で見ていた。
「怖かったぁ……」
これが、龍の魔力か……。
正直、死ぬかと思った。
製作者が言うのもなんだけど、今回の授業なんて、たかだが隷属魔法にすぎない。
それなのに、流し込む魔力量・勢い、共に、人間や悪魔のそれを遥かに凌駕していた。
本気を出していたような様子もないし……普通にやって、これなのだろう。
さすがは、世界最強種の"龍"だ。
誰も彼女と組みたがらなかったのが、簡単に頷ける。
ついでに、僕が組んでよかったと、心底思えた。
普通の生徒だったらこれ、過魔力症候群を引き起こしたり、一生ものの心に傷になっていたかも知れない。
「それじゃあ、解除してもらってもいいかな?」
「勿論やる。任せテ」
ジンユーさんは指で紋を逆向きになぞり、詠唱し、隷属魔法を解除してくれた。
同時に、流し込まれた全ての魔力が、一気に霧散してく感覚を覚える。
なんだか、惜しい気がする。
少しくらいは分けて欲しかったな……。
「次は、僕の番かな」
「ガッテン。どこからデモ、かかってコイ」
「少し言葉を間違ってる気がするけど……」
「き、気にしナイで欲しい」
少し恥ずかしそうにしながらも、先程の僕と同じように、袖をまくる。
露わになった、鱗の散見される細い腕。
よし、いっちょ見せてやりますか。
本家本元の隷属魔法というものを!
「……始めるよ」
無駄に集中し、指輪の嵌まった人差し指で、彼女の腕に触れる。そして、
するするする! 達人の筆運びのように、迷いなく隷属紋を描いていく。
決して、途中で詰まることも、線が崩れることも、一切ない。
ただ、川が流れ続けるみたく、指先が肌の上で踊る。
その動きはまさに、隷属魔法の極致とも言える動きだった。
「これで、紋は出来たかな」
「おぉ……! うまい! はやい! やすい!」
「ふふふ、そう褒めないでよ……って、なんか一つ、まったく関係ないのが混じってた気がするんだけど」
まぁいいか。
あとは誓約の詠唱だね。
「……ごほん」
こういうのは、厳かにというか、真面目な感じでやるべきだろう。
魔力在る僕を意識して、やるとしよう。
「我が名はシロガネ・フォ……シロガネ・シュテル」
意識し過ぎたせいか、いきなり間違えそうになった。
というか、真名を教えるところだった……。
危ない、危ない。
「こほん……。我は主なり。貴方、ジンユー・シャンウェイに所望する、我が隷属魔となれ!」
そう告げるたのと時を同じくして、ジンユーさんの腕に、紋様が浮かび上がる。
植物の模様にコウモリの羽がついたような、紅色の紋様だ。
自分で言うのもなんだけど、めちゃくちゃ吸血鬼っぽい。
ジンユーさんはそれをまじまじと見つめ、感嘆の声を漏らした。
「テギワが完璧。隷属魔法、上手だネ……」
実際、僕の手際は、完璧といって差支えないだろう。
控えめに言って、上手すぎる!
まぁ、隷属魔法が上手いからといって、あまり自慢にはならないんだけどね……。
しかも、"僕の"隷属魔法は重大な欠点を抱えている。
魔力在る僕の時しか、相手の魔力量や位置が分からないのだ。
おそらく、血を摂取した僕こそが真の姿で、今の僕が、言わば欠陥だからなのだろう……。
それで、問題のひとつやふたつも起きるのだろう……。
自分で言ってて、悲しくなる。
だけど、いや、だからこそ、ジンユーさんに褒められたのが、慰めになる。
「……えへへ、褒めてくれてありがとう」
と、素直に感謝すると、
「……コッチこそ、組んでくれて、アリガト」
感謝が返ってきた。
感情の表れなのか、太い尻尾が、地面をびたんびたんと叩いている。
たかが授業のペアにすぎないし、仕方なく組んだにすぎないのだけど……なんだか、良い事をした気分だ。
次の機会があるとしたら、今度も、彼女にペアを頼もう。
「ふふっ、次があったらよろしくね」
「う、ウン」
「じゃあ、そうと決まれば解除を──」
とそこで、僕の身体は固まった。
忘れてはいけない事実を思い出し、脳がフリーズしてしまったのだ。
「ど、どうしたノ? 解除、しないの?」
「……ご、ごめん」
そうだった。
「解除用の魔力が足りないんだ……」
魔法が使えるのは、一日一回だけだった。




