第12話 図書委員2
その後、間の抜けたホームルームが終わると、ブロッキンガード先生による、魔術の授業が始まった。
「えー、最も単純な音声魔術ですが、その欠点も存在します」
しかし授業中。僕は授業にまったく関係のない事ばかり考えていた。
それは、先輩達に受けた脅迫の事だ。
先輩達曰く、『今日中に図書委員を辞めろ』、と……。
でも、僕はリリーに『図書委員になって欲しい』と言われた手前、簡単に辞めることはできない。
とは言え、従わなければ……嫌な目に遭うのは、容易に察しがつく。
「その欠点というのはですね、発声不可能な状況に追い込まれた時、つまり、喋れなくなった時に魔術が使えない、という点です」
なんか、上手いことして最悪の事態を避けられないかな?
先輩達が諦めてくれるとか、僕の意思に関係なく図書委員を辞めざるを得なくなるとか、図書館が物理的になくなるとか。
ベストは、先輩達が諦めてくれることかなぁ。
でも、なんであぁまでして、僕を図書委員の座から引き摺り下ろしたいんだろう?
アーギンの顔に泥を塗ったから、幼稚だけど後輩思いな先輩が僕に嫌がらせをしてくる。というところまでは分かる。
だけど、無理やりアーギンを図書委員の座に据えたい理由、これが分からない。
……もしかして、図書館そのものに意味があるのかな?
だから、アーギンの名誉を挽回することじゃなく、アーギンを図書委員にすることが目的、なのかな?
でもそれなら、引き摺り下ろす対象は僕じゃなくてもいいよね?
リタでもいいし、他の図書委員でもいいはずだ。
うーん……分かんないや!
答えは、時間が運んでくれるはずだ。
僕はそれまで、目立たず楽しく、この学校生活を満喫しよう。
「そういった際には、刻印魔術を使うなりして、臨機応変に対処しましょう」
おぉっと、完全に授業の事を忘れていた。
きちんと聞いておかないと。
「それでは、音声魔術の実践と参りましょうか」
ゑ?
まったく、話を聞いてなかったんだけど……。
◇◇◇
「うむむむ……。果たしてこれでよかったのだろうか?」
図書館の受付で、腕を組んで唸る僕。
小難しい顔になってしまってしる僕の横に、リタも並んで座っている。
「ま、まぁ良かったんじゃない? 一日一回なんでしょ? シロにも色々事情があるんだろうし、仕方ないよ」
「や、優しい……! で、でも、別に温存したところで、用途もないんだよね……」
先程、僕のクラスでは音声魔術の実践授業が行われた。
だだっ広いグラウンドに出て、実際に魔術を行使してみよう! という授業だったんだけど、結局、僕は一度たりとも魔術を行使しなかった。
リリーに貰った魔法銀の指輪のおかげで、一日一回までは使えるんだけど……。
使うのがもったいないと思っちゃうし、自分の本来の力じゃない気がして、忌避感を覚えてしまう。
そのせいで先生に「あのぉー、魔術、使ってもらってもいいですか?」と、妙にへりくだった感じで注意された。
ちなみに、周囲の生徒は「え? あれで、どうやって入学したんだろうね?」と、ひそひそ話に花を咲かせていた。
それが逆に僕をムキにさせて、最終的に、僕の魔術行為回数は0回となった。
なんか、色々と散々だなぁ……。
わかりきってはいたけど、僕は絶望的に魔法使いに向いていない。
魔力が無い魔法使いなんて、陸に打ち上げられた魚となんら変わりない。
無力で、無意味な存在だ。
それに加え、アーギンと、彼と懇意にしている先輩達との衝突。
これは半ば運の悪さだとは思うけど、心底ついていないと言わざるを得ない。
「はぁ……。踏んだり蹴ったりだし、この学院で本当にやっていけるかなぁ……」
ぼそりと、不意に本音がこぼれた。
だけど、それを聞いてリタが、
「大丈夫だよ! 『必死の努力を前に、叶わぬ夢はない』って、魔法の生みの親、クロエ・オーツも言ってるよ! 諦めなければ、いつか必ず、魔法がバンバン使える日が来るよ!」
……あいつ、そんな素敵なこと言うかな?
どちらかと言えば、『最低限の才能があって、努力は始めて実を結ぶ』みたいな事を言いそうだけど……。
ま、いいか。
今はそんなこと関係ない。
大事なのは、リタに励ましてもらえて、"嬉しかった"って事だ。
「ありがとうね、リタ。今は、リタやランドルフの優しさが救いだよ」
感情を包み隠さず、精一杯の笑みで答えた。
感謝されたのがよほど嬉しかったのか、リタは恥ずかしがりながら、素朴な笑みを湛える。
「ど、どういたしまして! 困ったら、いつでも助けてあげるから!」
ふふっ。どうやら、友人には恵まれたようだ。
「……ところでさ、リタ」
「なに?」
「どうしてリタは、パーシヴァル魔法学院に入学しようと思ったの? もしかしてだけど、百年戦争の英雄たちと、何か関係がある?」
リタはよく、百年戦争の英雄たちを引き合いに出す。
さっき口に上ったクロエ・オーツも、百年戦争時の英雄の一人だ。
多分だけど、伝説の英雄たちに憧れているのだろう。
それで自身も、彼ら・彼女らのように強くなりたい……のかな?
と、読んだが、その読みはかなり近かった。
「実はね、私、百年戦争の英雄の子孫なの。だから、先祖のように、偉大な魔法使いになりたいなぁ、って」
自分の先祖と並び立つこと、それが彼女の夢なのだろう。
まだ若いのに、立派なことだ。しかし、
「水を差すようで悪いけど……リタって平民だよね? 入学式の時の雰囲気で、そう感じたんだけど……」
おそらく、リタは平民だ。
そして、百年戦争の英雄たちは皆、世襲貴族として叙爵されたはずだ。
ならば辻褄が合わない。
僕の疑うような問いに、リタは愛想笑いで返した。
「あはは、ごめんね。シロの言う通り、私は平民だよ。だから……信じてもらえないよね、こんな話」
「い、いや、別にそういう訳じゃ……」
「いいの、信じてもらえない事はわかっているし。だからこそ、皆を納得させるためにも、私自身が強くならなくちゃいえないの」
リタは、花の咲くような笑みを、僕に
「それに、私の先祖がどうであれ、私の信じた夢を叶えるために頑張るだけだから!」
お、おぉ……! ま、眩しい……!
魔法を使っていないはずなのに、なぜか後光が見える……っ!
僕の陰のオーラが、欠片も残らず浄化されていくぅ……っ!
「リタ、頑張ってね! 僕は、リタがリタのご先祖様を越えられるって信じてるから! 何も力にはなれないと思うけど、応援してるよ!」
「うっ、うん。きゅ、急に圧が、す、すごいね……」
それだけ、リタの人間性が素晴らしいと感じたんだよ!
いやはや、アーギンと、彼と仲のいい先輩達に爪の垢を煎じて飲ませてあげたいよ。
「あのー、本を借りたいんですけど……」
本を手にした人が、受付の目の前で、困り果てたような表情で立っていた。
と、何気ない会話を挟みつつも、僕とリタは図書委員の仕事をまっとうした。
少し時間も経って、完全下校時間に近づいた頃。
僕とリタ以外には誰もいなくなり、図書館に閑古鳥が鳴き始めたのだが、
「……アーギン?」
意外な人物が、図書館の扉をくぐった。




