第13話 アーギン
「……アーギン?」
意外な人物が、図書館の扉をくぐった。
黒縁の眼鏡と、さらさらの黒髪。
それに、真面目そうな顔つきと、魔法使いらしい痩躯の体格。
間違いない、アーギンだ。
彼はきょろきょろと周囲を見回し、受付にいる僕たちを見つけるや、こちらに歩み寄ってきた。
「ちょっといいか?」
「なにかな?」
少し横柄そうなアーギンに、リタは愛想よく答えた。
それに対しアーギンは、態度を変えることもなく、リタに用件を告げる。
「リタ・アーネット。西館図書館の司書がよんでいたぞ」
「え? 本当?」
この学院はとんでもなく広く、立派だ。
図書館も、なんと三つも存在する。
僕たちが受付をしているのは、東館の図書館。
西館は、この校舎の正反対に位置する、そこそこ遠い校舎だ。
リタは席から立ち上がり、
「ちょっと行ってくるね。あとは頼んだよ、シロ」
会釈しながら、図書館から出て行った。
残されたのは、僕とアーギンの二人きり。
彼は僕にも用があるのか、なかなか帰らないし、なんだか気まずい……。
「ぼ、僕にも用かな?」
「あぁ」
おぉっと、マジか……。
嫌な予感しかしないんだけど。
図書館にアーギンと二人、何も起きないはずもなく……。再度の決闘とか、体育館裏への呼び出しとか、本当に勘弁だよ……。
「な、何の用なのかな?」
「お前に頼みごとがあるんだ」
「頼みごと?」
ムカつく顔を殴らせろとか、目障りだから去れとか?
はたまた、死ねとか!?
「お前の後ろの扉、それを開けてくれないか?」
アーギンは、おもむろに受付の裏にある扉を指差した。
その扉はいかにも重厚そうな鉄の扉。
図書委員の集会の際、決して開けてはならないと注意された扉だ。
当然、アーギンの要望通りに開けるつもりはない。
というか、開けたくてもカギを持っていない。
「ごめんね。それは無理かな?」
「……だろうと思っていた」
アーギンは制服のポケットに手を突っ込み、残念そうに続ける。
「始めからお前に開ける権利があるなんて、微塵も思っていない。ま、今のは戦争前の最後通帳のようなものだ」
「最後、通帳……?」
……なにかがおかしい。
そう感じた瞬間──ばしゅッ!
「死ねって事だよ」
ポケットから唐突に取り出されたナイフの横薙ぎ。
咄嗟の事で反応出来ず、僕の喉は深く切り裂かれた。
「うが……ぁッ!」
喉元から勢いよく噴き出す、見るも不健康そうな暗赤色の鮮血。
瞬時に、全身の力が失われていく感覚を覚える。
身構えようにも呼吸すらままならず、僕の上体は机の上に突っ伏した。
「ははは! 惨めだな、シュテル!」
「ひゅぅ……ひゅ……うぅ……」
言い返そうにも、声帯と気道を裂かれたためか、声がまったく出ない。
隙間風のような寂しい音が、ひゅうひゅうと傷口から漏れるのみ。
このままでは、まずい……ッ!
もはや、痛みがどうこうといった次元の話じゃない!
僕は確実に、死ぬ。
「そんな悔しそうな顔をして、どうしたぁ? あぁ! 声が出ないから、音声魔術が使えないのか! それで、反撃も治癒もままならない、と……ははは!」
「……ひゅぅ……ぅ……」
「ま、実践の授業で一度も魔術を使えなかったお前の事だ。こんな事をしなくても、どうせ魔術を使えないんだろ、ははは! イモムシより惨めだな!」
煽られている気もするが、今はそんな言葉すら耳に届かない。
それよりも。
それよりも、だ。
自身の持てる最後の力を振り絞って、指輪の嵌められた人差し指を懸命に動かす。
まるで、机に文字を書き綴るかのように──
「シュテル、冥途の土産にいい話を教えてやろう。俺達『窮極派』は、真実のれき……ん? なっ、何をしている!?」
指の動きに気が付き、アーギンは慌てた様子で、僕の右腕を机上から払い除ける。
だがしかし、既に魔力は籠め終えた。
「刻印魔術はまだ習っていないぞッ! な、なぜ知っている!? い、いや、その前に、このままでは──」
恐怖と驚愕が混ざった表情で、情けなくも後ずさりするアーギン。
だがその予想に反し、
僕の魔術は発動しなかった。
烈火が猛り狂うこともなく。
神風が吹き荒ぶこともなく。
津波が押し寄せることもなく。
大地が分かたれることもなく。
ただ、静寂だけが図書館を支配していた。
そして無残にも、僕の意識はそこで無くなった。




