表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/78

光彦との出会い③

 救助隊のバンに乗せられ、目覚めてみれば誘拐犯達と変わらぬ強面の男に囲まれている事に気付いた光彦。意識が戻った事に気がついた男が手を伸ばしてくるが、状況が把握できていない光彦はその手を跳ね除け睨み付ける。


「貴様等は誰だ!」

「元気な坊ちゃんだな。俺はカルロ。俺達はお前の救助を依頼された反政府軍の者だ。お前をどうこうするつもりは無いから安心してくれ。って普通にアラビア語喋れるんだな。アジア系の奴は喋れて英語までって奴が多いのに立派なもんだ」

「父上が雇った傭兵のようなものか……。反政府ということはテロリストか?」

「まぁそのような者だ。あんまりテロ屋だって言わないでくれよ?その呼び名は政府側の呼称だからな。坊ちゃんはVIPだから手をあげる奴はいねえだろうが、全部が全部許されるわけじゃねえと自覚しておいてくれ。

 安全のために一旦俺らのキャンプに連れて行くが、上の人間からすぐに然るべき所に送るよう手配する筈だ。暫くは不便だろうが我慢してくれや」


 カルロの『不便』という言葉に光彦は心から嫌そうな顔を浮かべるが、先程までの状況と比べれば縛られていないだけ幾分マシだろうと我慢する。

 自身の安全が保障されれば、次に気になるのは最後に誘拐犯を殺し自分を助けた少年だ。光彦と然程変わらない体格・年齢に見えた少年が、ゲリラに混じり躊躇なく人を殺す。そのメンタリティには大いに興味をそそられた。

 光彦はバンの座席から立ち上がり見渡すと、最後部にその少年を見つけ出す。座らせようとするカルロを無視して少年の対面に座り、まじまじと観察する。


 目を閉じているため瞳の色は分からないが、明らかにアジア系だと分かる容貌に黒髪。誘拐犯に呟いた言葉は光彦の耳にも届いており、それは間違いなく慣れ親しんだ日本語だった。

 遠い異国の地で出会った同郷と思しき少年。母国語での会話に餓えていた光彦は思わずといった勢いで少年へと話しかけた。


『お前、さっき日本語を喋っていたよな?日本人なのか?名前はなんという?なんでこんな所に居る?』

「……」

『黙っていては分からんだろう。口が利けない訳ではあるまい』

「……」

『お前……ゲリラ風情が僕を無視するだと?何様のつもりだ!』


 少年の態度に瞬間湯沸器のように頭に血を登らせた光彦は、カルロが止める暇もなく少年の頬を殴る。多少なりとも痛がる素振りでも見せれば溜飲も下がっただろうが、光彦の貧弱な拳では何の感情の揺らぎを起こすことも出来なかった。むしろ、ようやく見開いた少年の瞳には、暴挙に及んだ光彦の姿をも映していないようにすら見えた。

 少年の様子に怒りを募らせた光彦が再び殴ろうと拳を振りかぶった所を、今度こそカルロの手によって止められた。「離せ!僕を誰だと思ってる!」と暴れる光彦を羽交い締めにし、どうどうとあやすようにカルロは言った。


「日本語は達者じゃないから何を言ったのか分からんけど、そいつは元々無口なんだ。気に触ったなら俺が謝るから、あんまり相手にせんでやってくれ。『お願いシマス』」


 カルロのおどけた態度と片言の日本語。馬鹿にされたと感じ更に暴れるが、如何せん体格が違いすぎびくともしない。暴れた事で多少冷静になった光彦は、このまま羽交い締めにされていても気分が悪いだけだと気付き大人しくなる。苦笑しながらカルロは光彦を解放したが、怒りが収まったわけではない光彦は今度はカルロ達に当たり始めた。


「クソッ!乾いていた喉が余計に乾いてしまったではないか!ミネラルウォーターを寄越せ!」

「すまんね坊ちゃん、そういう高級品はキャンプに戻らないと無いんだよ」

「お前等も誘拐犯達と程度は同じか!VIPを相手にするのだから準備くらいしておけ!」


 流石にカルロ達、屈強な兵士相手に殴りかかるほど無謀ではないものの、怒りはふつふつと再燃していく。


 光彦のこの我儘さにも、自業自得とはいえない理由がある。

 多忙な父母は光彦の面倒を見れず、専属の執事や家政婦、乳母や家庭教師達としか接する事はなかった。物心がつく以前から大人にへりくだられ、どんな我儘であろうと思い通りにならなかったことなど無い。そう育ってきてしまった光彦にとって、今の状況は『周りの努力が足りない』としか思えない。子供の歪みや傲慢を指摘する者も無くただ全てを許され謙られて育ってしまえば、傲慢で我儘な子供に育ってしまうだろう。


 その自己中心的な思考は最悪の形で発露されようとしていた。

 幼い怒りの矛先は家訓を制定した祖先から始まり、自分を日本国内から放り出した父親を経由し、命を散らしながら自分を守ってくれた者達へと向かう。そして、それを責めることは彼にとって当然の権利であり、躊躇いなど無かった。


「全く、どいつもこいつも役立たずばかりだ!犯罪者をのさばらせていた政府も、誘拐を防げなかったSPも、これだけ救助が遅れたお前等も!」


 光彦は気がついていなかった。いや、気がつく感受性を育てる環境になかった。彼を守るために命を散らせたものが居ることに。

 仲間の死という傷も癒えぬまま、散った若者を役立たずだと詰る者を、許せる程には彼等も我慢強くは無い。剣呑な雰囲気を発しながら、男達は座席から立ち上がった。

「あちゃー」とカルロは額を叩いたが、止める素振りは見せない。連中も加減は分かっているから殺すことまではしないだろし、インストラクターからは『最悪死んでも構わない』と言われているくらいだ。無傷でと言われてない以上は彼に止める筋合いは無い。カルロにした所で今の光彦には怒りを覚えており、世間知らずのお坊ちゃんには手痛い洗礼になるだろうが、骨の2・3本折るくらいは自業自得だと思ってすらいた。


 カルロが静観の構えを見せ、止めるつもりがないと見て取った少年は、懐から素早くナイフを抜き光彦に突きつけた。

 ぴたと止まったナイフは光彦の右目直前、指一本の空隙を残すのみ。

 少年から浴びせられた殺気に光彦はぴくりとも動くことが出来ない。

 生理的にぶわっと脂汗が吹き出し、滴るそれが頬を伝い顎から零れ落ちていく。

 流石に殺す気まではなかったカルロが慌てて手を伸ばすが、こっそりと少年が送った『任せろ』というハンドサインを見て「お優しい事で」と座席に座り直した。

 少年は辛うじて光彦に聞こえる声量で言う。


『おい、痛い目見たくなければ俺の言う通りにしろ。絶対に声を出すな』

「……?」


 光彦が怪訝な顔を浮かべるのを隠すかのように、少年は胸ぐらを掴み捻り上げ、軽いとはいえ少年と同じ程度の体重はあろう光彦を中腰に浮かせた。子供らしからぬ力で浮かされた光彦が咳き込むが、突き付けられたナイフはその距離を変えず何時でも眼球を貫ける位置にあり続ける。

 事情を知るカルロから見たら驚愕の技術だ。それは少年が他者の咳きという『不随意運動』までも認識し、コントロールしている事に他ならならない。知らぬ間に少年がまた一段高い戦闘技術を身に付けてしまったことを悟り、哀れを覚える。

 先程の無口が嘘のように、少年が光彦に言葉を放つ。


「貴様、戦士(ムジャーヒディーン)の魂を侮辱する気か?お前を救うために戦った戦士は、我らより一足早くアッラーの待つ天国ジャンナーへと旅立ち、審判の日まで永の眠りについた。

 我ら戦士は聖戦ジハードに殉じ、アッラーの身元へ参る事こそ誉れ。だが、その戦士が愚にもつかない戰場で、敵とも呼べぬ弱者の凶弾に倒れただと。そして救った相手にすら役立たず呼ばわりされては、魂が汚され安らかな眠りに着けないだろうが。

 貴様を守るために命を落とした他のボディーガードも、救った相手がこんな様では報われぬだろう。少しでも彼等に救われたという感謝の気持があるなら、黙祷を捧げるくらいしたらどうだ?」


 涙目でコクコクと頷く光彦を冷たく見つめ、荒々しく座席へ放り投げる。少年の言が無くとも、「誰かに怒りを向けられる」という事がほぼ未経験だった光彦はショック状態で呆けてしまい一言も発することが出来なかった。見届けた少年は静かに前方の座席へと移動、通りすがりに仲間たちから頭を撫でられたり菓子のような物をポケットにつめ込まされている。それらに対しても無感動にスルーし、何事もなかったかのように座席に座った。

 カルロは呆けている光彦の隣に座り耳元で囁く。


「坊ちゃん、アイツに感謝しなよ。

 アイツがああして穏便に済ませなければ、坊ちゃんは俺達の仲間から私刑(リンチ)を受けてたんだ」

「……ッ!?」

「全部が全部許されるわけじゃねえって言ったよな俺は?ここは坊ちゃんのお国と違うんだ。日本の家に権力や財力があって、どんな事でも許されたのかもしれんがね。ここじゃそんなモン通じやしないよ。

 仲間はアンタの言葉にブチギレて私刑にかけるつもりでいた。正直、俺もそれを止めるつもりは無かった。それを見たアイツは坊ちゃんがそれに耐えられないって思ったんだろ。死にゃあしなかっただろうが、五体満足で国へ帰れやしなかっただろうからな」


 カルロは胸ポケットから煙草を取り出し火を着け、旨そうに紫煙を吐き出した。

 血を見ずには済まない状況だったが、少なくともカルロは戦闘狂ではないし子供が殴られるのを喜んで見ているような嗜好もない。少しばかり平和ぼけしたお坊ちゃんには刺激が強かったようだが、私刑にあってしまうよりはマシな結果だろう。

 カルロは少年を煙草を持った手で指し、光彦に言う。


「あいつの名前はジン=ソーマ。ちょいとばかり特殊な事情で俺等と一緒に戦ってるヤツさ。今ので分かっただろうが、ガキだと思って侮るなよ?あんなナリでもうちらの軍の中じゃ3本の指に入る腕利きだ」

「ジン……悪霊(ジン)……か……」


 その名は否が応にも誘拐犯から聞いたお伽話を想起させた。

 何の因果か、自分の命は悪霊に見逃されたらしい。



〓〓中東某国・反政府軍のキャンプ〓〓


 反政府軍のキャンプに到着した兵達は、死んだ兵の遺体を家に運び込み葬儀の準備に入った。

 イスラムの葬儀はとてもスピーディーで、亡くなった翌朝には埋葬してしまう。そのために経なければならない準備・儀式も多く、慌ただしく過ごすことになるのだ。

 客人として準備に携わることも無い光彦は「ここで待ってろ」と放って置かれ、護衛という名の見張りにジンを置いてカルロ達は行ってしまった。いい機会だからジンに話を聞こうと光彦が振り返ると、先程貰いまくっていた菓子をむしゃむしゃと無表情に貪るジンと目があった。


『お前……何やってるんだ……?』

『イスラムの葬式は、男は3日は喪に服さなきゃいけないって決まってるんだ……。その間は質素に暮らすって戒律で決まってる……。ここの皆は、仲間はみんな家族だと思ってるから、男はそれに付き合わされる……。今のうちに食っておかないと、体が持たない……』


 ジンは光彦に数本のシリアルバーと念願のミネラルウォーターを投げ渡し、まだ残る菓子を大事そうに抱えついて来いと手招き。


『俺等はムスリムじゃないから……それに従う必要は無いけど……。日本にいるのと同じ感覚でいたら悪目立ちする……。

 郷に入れば郷に従えって言うだろ……』


 そのまま暫し歩き周りの建物より一回り大きい建物へ着くと、ここで待てと行ってしまった。いい加減乾きが限界に来ていた光彦は水を一気に飲み、半端無く水分吸収効率の高いシリアルバーに悪戦苦闘しながら胃に収めた。

 当のジンは建物から出てきた少女と二三言話し、落胆した様子で少女に菓子を押し付け戻ってきた。ただでさえ暗い雰囲気の少年だが、真っ黒なオーラが噴出しているように感じるほど。


『何かわからないが、上手く行かなかったらしいな』

『……お前には関係ない……』


 落胆したまま冷たくあしらうジン、それを見た光彦はひとつの考えを閃いた。

 誘拐犯達からの救出は仕事か任務だったのだとしても、自分はこの少年に兵達の私刑から救ってもらった借りがある。財閥産まれの光彦が、救われたといえ歳近い少年に頭を下げるのはプライドが許さない。だが、「借りを返す」のならばどうだろう。自分の誇りも守られ、少年の悩みも解決出来るなら何の問題もないではないか、と。

 そして、もし悩みの解決を通じて目の前の少年と友誼を結べれば、最初に感じた疑問、『歳近いものが平然と人を殺せるメンタリティ、それを成し得る強さの秘密』を知りたいという知識欲も満足するのでは無いだろうか。既に『何らかの天才(ジーニアス)』としての兆しを見せ始めていた光彦にとって、知識欲を満足させるというのは何よりも優先すべき事柄だと信じていたこともあり、それを素晴らしいアイディアだと思った。

 カルロに釘を刺されても自分の力を疑うこともない光彦は、それがどれだけ高い壁かも分からぬまま、そう思い込んでしまったのだ。


 光彦は満面の笑みで、右手を差し出してジンに言う。


『お前とは失礼だな、僕の名前は幸田光彦。帰路の件では君に借りが出来たとカルロという兵に聞いた。

 幸田の名にかけて、君の悩みを解決する事で借りを返すと約束しよう!』


 ジンは果てしなく胡散臭そうな顔で光彦を見つめ、変な奴だと無表情のまま握手に応じる。


『俺の名前は陣。相馬、陣だ』


 その後、親友となる運命の二人が、遠き異国の地で出会った瞬間であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ