世界認識
連日投稿5。というわけで5日連日の投稿でした。暑中お見舞い申し上げます。
そして、文章量多いです。また説明回なので御託が多いです。重すぎだったり飽きてしまわないよう頑張ったつもりではありますが……。
そして考察回と見せかけて、実はタモギタケ回。
〓〓心葉大学・学生寮〓〓
「いいかあにい、絶対に『紅玉蟹』は食うんじゃないぞ!私が争奪戦で一番だったんだからなぁぁ!」
その水穂の捨て台詞を残し、権江達の一行は本家に帰っていった。
どうやら自分がイベントに巻き込まれた後、争奪戦はナトリ・水穂のペアが一位になったようだ。
食ったら何されるか分からんと取っておいてよかった。
陣は自室に戻り荷物を整理。三善家、というよりも紀文と鞠子から渡された土産を整理、来賓者から頂いた名刺から連絡先をモバイルフォンに入力。など細々と作業している内に夜も更けていた。
「しまった、もう食堂開いてないな。
土産物は菓子とかだし、どうしようか……」
陣はジャージに着替え、遠くにあるコンビニまでひとっ走りする事にした。
さぁ出かけようという時、光彦から電話が入る。
「光彦か?食堂閉まっちまって食いっぱぐれたから、今から買い出しに出る所だったんだが……」
『ふむ、私も夕飯はまだなのだ。車を出すから外に食べに行こう。
例のDr.ミカミの研究の話、セキュリティの甘い場所で話したくなかったから調度良い。
そこらへんしっかりした場所で話そう、土産話も聞きたいところだしな』
そう言って電話を切る光彦。
幸田財閥の御曹司が外食に行く場所。嫌な予感しかしない陣だった。
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「ふははは!なんだその幼女は!可愛らしいものじゃないか!」
「笑うな!当事者は大変だったんだよ!」
大笑いする光彦をジト目で見やる陣。
ここは山間にひっそりと隠れるように運営している日本料亭。
良い水を求めたら行き会ったと表向きされている店だが、このご時世にはしては珍しく『完全に』ネットから断絶している場所に建てられていた。当然モバイルフォンの電波も届かず、また、一部屋ずつ離れで作られているため他の部屋を気にする必要もない。セキュリティも万全なため、そういった『秘密の話』をするのに都合がよく、各界の著名人に利用されている隠れた名店というやつであった。
御曹司とは思えぬ事ではあったが、光彦自らが運転する車でその店にやってきた二人。
鹿威しの音も風流な奥まった部屋に案内され、光彦は陣の宣誓式の様子を聞いて早速爆笑していた。
「いやいや、流石は陣だな。
どんな時でも、例え場所が敵地でも女性とお近づきになるのを自重しない。
そこにシビれるアコガれるぅ!全く羨ましく無い所が肝だがな」
「片や幼女に片や正体不明の美女だからな。お前がネタにしたがるような事は何も無い。
でも、これで面倒な事は終わりだ。後は修練に励むのみって考えたら幾分気が楽だよ」
陣は運ばれてきた料理を摘みながら答える。
さすが名店の味。手慰みで料理をする陣から見ても素晴らしく美味い。
出来ればレシピ教えてほしいなぁ、無理だろうなぁと思いながら食べ進める。
「その織田とか言う政治家には個人的に一度会ってみたいところだがな。
まぁ、そろそろ本題だ」
光彦は仲居を下がらせ、暫し誰も離れに近づかないように頼む。
一人だけ外に仲居が残されているが、弁えており声をかけたりはしない。こういう事に使われることも多い名店だけに、そこの教育は行き届いているのだろう。
時折響く鹿威しの音、仲居の他に誰もいない事を確かめ席に戻る。
「随分と大仰じゃねえか、そんなに重要な話だったのかよ」
「『かもしれない』というレベルの話だ。相手は一社でアメリカ政財界を左右できるモンスターカンパニー。念には念を入れておいてよかろうよ。
さて、Dr.ミカミが陣に言っていた事のおさらいだ。
20年前のVR技術の黎明期、ゲノムブレインの前身となった研究から調べなさいとミカミは言ったんだよな?」
陣は食べていた豆腐を飲み込み、光彦に頷く。
「あぁ。後『呼応者』であるという俺を手駒にしたいのかと言った時、そう思うなら真実に掠りすらしていないとも言っていたな」
ふむ、と光彦は顎に手をやり頷く。
「その『呼応者』というのは相変わらずよく分からないのだがな。
とりあえずその20年前の研究というのは分かった。
簡単な思考実験を交えて説明しよう」
光彦はそう言って、自分の豆腐の皿を陣と光彦の間に置いた。
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「先程からお前が美味そうに食っているこの豆腐。
これが豆腐か、白いコンクリートの塊か、お前はどう判断している?」
「そんなもん当然だろ、ほら、頂きます」
陣はさっと豆腐を攫い口にする。うむ、美味い。
「あぁ私の豆腐……。まぁ後で追加するからいい。
お前は今『当然』と口にしたが、その当然はどう判断した?」
陣には光彦の言っていることがいまいちよく理解できない。
豆腐は豆腐であって豆腐以外の何物でもないし追加で俺も欲しい。
「そりゃそうだろ。料亭でお品書きに豆腐とあって見た目も豆腐、実際に食ったら美味い豆腐で、香りも豆腐のいい匂いだ」
光彦は一つ頷き、陣が攫いきれなかった豆腐を口にする。
本当に美味いなと呟き、指折り数えて説明する。
「うむ、まぁそうだな。ここでその基準を整理すると。
・料亭という状況で豆腐だというお墨付きがあり見た目も豆腐、
・箸で触れた触覚が豆腐のものであり、
・口にした味覚が豆腐のものであり、
・鼻を抜ける匂いが豆腐のものである。
以上の事から、この白い物体が豆腐だと認識している訳だ」
豆腐の器を卓に戻し、光彦は更に言う。
「それではこういうシチュエーションならどうだろう。
料亭で豆腐といって出され、見た目も真っ白、触覚・味覚・嗅覚も豆腐であるにも関わらず、本当はそれが白いコンクリートだとしたら?
お前はそれがコンクリートであると正しく認識出来るだろうか」
陣は渋い顔をして答える。
「そりゃ、コンクリートだと言われなければ喜んで食ったんじゃないか?
いや、コンクリートだと言われても、そういう料理名だと思って『趣味が悪い』と思いながら食ってたんじゃないか」
光彦は笑顔で次の料理を食べ始める。
次は野菜の天麩羅だ。それも素晴らしく美味そうだ。
「料理名が『コンクリート』って確かに相当趣味が悪いな……。
まぁ、それが豆腐であるか別の似た何かであるか、その解を導き出せるのは自分の認識でしかないという思考実験だ。
そしてこれが、もの凄く大雑把に言えばDr.ミカミの研究でもある」
陣は驚愕に目を見開き、わなわなと空になった豆腐の皿を捧げ持つ。
「み、ミカミは豆腐の研究をしていたのか!?」
「何を聞いていたのだお前は!
生ける伝説とつるんでた時の目になってるぞ!?(※間章・食戦参照)
ま、まぁいい。Dr.ミカミの研究というのは『外的世界と内的世界の認識研究』というものだったのだよ」
外的世界と内的世界。
実は人は世界を誤認識して暮らしている。物理法則に支配された完全な世界を『外的世界』。それに対して人の脳がフィルターをかけ認識している世界を『内的世界』と呼ぶ。
人は五感を通して世界を認識しているが、それは完全界である外的世界と決してイコールではない。外的世界を脳というフィルターを通し、その情報を再構成した擬似的な世界。それが人間が認識する世界、『内的世界』なのだ。
勿論普段それを人はいちいち斟酌等しないし、『果たして今見えている世界が誤認識されているのではないか?』等考えたりはしない。常識という共同幻想が内的世界のフィルターを補強し、脳の認識を肩代わりするからだ。
また、本来個体数分だけあるはずの内的世界、極々僅かにではあるが違いが出ているはずなのだが、その違いというのも普段意識はしない。
この個々人の内的世界の認識が大多数の認識と大きくずれると、時に神の奇跡といった現象とされ、時にある種の精神病とされる症状を引き起こす。
「とまぁ簡単にまとめるとこういう研究だ。
心理学的に言う外的現実と内的現実というものもあるが、それと違うのは対象を精神的・心理的な動きではなく世界そのものにまで広げていることだろうな。
例えば私の見ている豆腐と陣の見ている豆腐は、同じなようでいて決定的に違う見え方をしている可能性もあるという事だ」
「なんというか、胡乱な話だな。
ようはその外的世界っていうのは脳ってフィルターを通す以上、それが正しいとする証明も出来ないんじゃないか?」
陣は自分の頭をこつこつと叩き、そう光彦に尋ねる。
「まぁ実際に胡乱な話ではあるが、ゲノムブレイン、ひいてはトレーサーが作り出す仮想現実というのもそれに連なる話だからな。一概に否定も出来ん。
Dr.ミカミの研究に倣うなら、21世紀初頭に流行ったAR、拡張現実というのは所謂『内的世界の補強』。そしてVR、仮想現実というのは『新たな外的世界の創造』に等しいわけだ。
ってなんだこの黄金色のキノコの天麩羅!?」
てらてらと輝くキノコを箸で摘んで驚愕する光彦。
陣は一つ摘み咀嚼する。あぁ、これは。
「こいつはタモギタケだな。しかも結構上等なやつだ。本州ではあまり食べないのに、珍しいな」
光彦も塩をつけて食べる。適度な歯ごたえと滲み出る旨味。
キノコ特有の厭らしい臭みが無く、いくらでも食べられそうだ。
「ううむ……。色々食ってきたつもりだったが、このキノコは知らなかったな。
後で少し分けてもらおうか。炙るだけでも十分美味そうだから、寮の施設で調理しても食べられるだろう」
「あぁ、俺も頼む。これ多分天然ものだけど相当珍しいぞ。
それで話が逸れたが、VRが新たな世界の創造って随分と話が飛んだな」
光彦は天麩羅を食べ終え、一人用に取り分けられた紙鍋に火を入れる。
「いや、これが案外馬鹿に出来ない話になってくるのだよ。
外的世界をデータで整え、脳の代替物としてトレーサーで内的世界の構築を行う。
そうすると、現実の世界のような『外的世界≒内的世界』では無い、完全な『外的世界=内的世界』という世界を作り出すことが出来る。
Dr.ミカミが参加した後に、ゲノムブレインが一番初めにVR技術を提供したのは医療業界でな。
本来、何かしら理由づけて統合されるはずの『外的世界』と『内的世界』の齟齬をきたした精神病の患者、これを超自我機能の欠如というらしいのだが、その患者を被験者にして治験を行った。
これが大当たり、劇的な改善を見せ、症状の寛解にまで至ったのだそうだ」
鍋が煮立ちちょうどいい塩梅に。
鍋は鴨鍋。これから本格的に深まる秋、それを感じさせる旬の走り。
出来上がった鴨鍋に舌鼓を打ちながら、陣は光彦の言に疑問を感じる。
「完治じゃなくて寛解って事は完全に治った訳じゃないのか」
「うむ。最終的には一般大多数が見ている『内的世界』と同じものの見え方をするようになったのだが、見ている外的世界が現実なのか、作られた仮想現実なのかの区別が付かなくなったそうだ。
だが症状その物は緩和し、結果を出したことで医療業界からは概ね好意的に受け入れらた。
ただ、仮想と現実の区別がつかない。これが相当危険視されてな。当初はコンシューマー用に流布されるのは危険視され、その導入には慎重論が大多数を占めた。Dr.ミカミはこの大多数の意見を5感の完全再現と、明らかに現実ではない仮想現実を創り出し誤認する余地を残さないという力技で黙らせたのだが……。
陣、VR酔いの話を覚えているか?」
「あれだろ、脳がVR環境に適応する前に重度の酩酊状態になるっていう」
まだ時期は早いはずなのに十分脂が乗っている鴨、上品に華を添える葱。
この鍋もまた随分と美味い。
「そう、そのVR酔いだが、厳密に言うとちょっと違う。
脳がトレーサーという新たな内的世界を認識、その環境適応までに時間がかかり統合するまでの時間的誤差を『酩酊』と表現した。というのが正しい。
それを解決するためにDr.ミカミがトレーサーで5感を再現したというのも、本来持っている人の内的世界で認識しやすくした。というのが正しいのだろうな。
だから、表面的な危険性は排除はされているものの、根本的には仮想と現実の区別がつかなるという問題は解決していない可能性がある。ただ、通常人間の『内的世界』というのは相当に強固なものでな。その境界が緩くなっていない限り、誤認するというのは考えにくい事ではある。
さて、ここからは推測混じりになるから胡乱さに拍車がかかるぞ」
食べ終えた鴨鍋を脇にどかし、光彦は手を組み虚空を見る。
「以上の事から、Dr.ミカミの当初の目的は『データ上で理想郷が創れるか否か』だったと推測する」
「……おい、胡乱さが爆発してパワーインフレ起こしてるじゃねえかそれ」
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場が静寂に包まれた隙に、仲居さんが追加でオーダーを取りに来た。流石プロフェッショナル。
「お客様、お食事がお済みでしたらデザートをお持ちいたしますが」
「「豆腐と天麩羅追加で」」
若い人は健啖で良いわねと目尻を緩め、奥へ引っ込む仲居さん。
いかん、食い気が勝ちすぎた。と陣はちょっと恥ずかしくなる。
「んで、光彦。どっからそのトンデモ話に行き着いた」
「ここまで話せばEAOが何らかの臨床実験を兼ねていたと見て間違いあるまい?
例えば『人界』は今となってはなかなかお目にかかれないほどの深い森を擁するし、『海域』は立派なリゾート地だな。お前は見てないだろうが『煉獄』はそういった理想郷象の反証実験と見れば理解できる。
そういったフィールドでプレイヤーのメンタルバランスを監視、データ収拾を行いフィードバックする。
どの外的世界がもっとも人にとって安定したメンタルバランスを生み出せるのか、そう考えれば短期的には納得が行くのだよ。
人は本質的には安らぎを求める動物だからな。ビジネスに於いても『理想郷を生み出す』というキャッチコピーはなかなかに魅力的だ。それが実際に『外的世界』のデザインが出来るDr.ミカミの言ともなれば説得力もある。
実際、ゲノムブレインがEAOの後に開発したセラピープログラム等は大流行の兆しを見せている訳だしな」
追加で運ばれてきた豆腐を食べながら、光彦は続ける。
「当然、そんなデータ提供を了承した覚えも無いから人道的には問題があるし褒められた話ではない。だが、これほどVRが流行している世の中で、マーケティング分析をする上でこれ以上重要なデータもそうはあるまい。
企業倫理云々の前に『利益を上げなければ行けない』という目的がある以上、ある程度は致し方無いことではあるだろう。
あそこまで力のあるモンスターカンパニーが、運営的に『真っ白』だと言われる方が違和感があるからな」
陣はぱくぱくと豆腐を食べる光彦をジト目で見つめ。
「んで、実際は?」
「なんだ、分かってしまったか。
当初の目的はと付けた通りで、擬似的な理想郷創造というのは表向きというか不確定要素を加味しないでの推論だ。
ゲノムブレインの他の連中は兎も角、Dr.ミカミは稼ぐ必要がないほどの金を持っている。今更利益追求でやっていると言われても現実味が薄いな。
あの謎の少女、アンゼル。そしてDr.ミカミがお前を指して言った『呼応者』という言葉。
Dr.ミカミはアンゼルを指して『正体不明のデータ』と言い、お前をそれに呼応する者だと言った。
Dr.ミカミ自身が分からない、正体不明と言った以上、ゲーム内に設定されているプログラムではないだろうし、それにお前がどう呼応するかもサッパリだ。
少なくとも、そのアンゼルの正体が分かれば推論も付けられるんだがな……」
場に再度静寂が訪れる。図ったかのように天麩羅を持ち込む仲居。
籠の中は、先程陣達が美味いと大騒ぎしていたタモギタケの天麩羅がこんもりと。
ぷるぷると陣は震え、唐突に立ち上がる。
「板前を呼べぃ!直に礼を言おう!」
「どこの海◯雄◯だお前は!いいから座れ!
どちらかと言えば好みを伝えてくれた仲居さんを褒めるべきだろうが!」
当の仲居さんはクスクスと笑いながら既に引っ込んでいる。
光彦は嘆息して続ける。
「本当に。私からしたらこんな根拠の無い事を喋りたくはないだが、本当に当てずっぽうに近い暴論でなら思い当たることが一つある」
「ん?」
光彦が見れば、もっしゃもっしゃと陣が天麩羅を消費している。
このままでは無くなる!と光彦は奪い合いに突入。しばし天麩羅を食べるさくさくという音のみが響く。
あっという間に天麩羅も消費しつくされ、流石に満腹になった二人はお茶を頼む。
「盛大に話がどっか行ったな。というかこのキノコ美味すぎる。癖になりそうだ。
まぁ、Dr.ミカミの研究とアンゼルという正体不明データ。
何を着地点としているのか分からんが、そのアンゼルを核にして新たな仮想現実でも創りたいんじゃないか?
それがDr.ミカミの個人的な知的好奇心を満たすためのものなのか、新たな時代の階なのかは分からんが。
尊敬していたDr.ミカミを悪し様に言うのは気が引けるが、碌な事を考えてない気はするな」
「いきなり説明が投げ遣りになったな!?
後、光彦が真相に辿り着いたら、お前なら諸手を上げて協力してくれるって言ってたんだぞ」
「それこそ信用ならん。
いや、Dr.ミカミ個人が信用出来ないという以上に、そのやろうとしてる事がな。
私は周りの評価もあって自身に才能があるだろうとは思っている。そしてDr.ミカミは紛れもない天才だ。
私もDr.ミカミも、才あるものの宿命としてどこか頭のネジが飛んでるのだよ。それが諸手を上げて歓迎する?協力する?友人を引きずり込む?
そんなもの『碌な事じゃ無いですよ』と喧伝しているようなものじゃないか」
光彦は自分の頭部に人差し指を当て、ニヤっと嗤う。
デザートに置かれたシャーベットを手に取り、陣に告げる。
「これはお前にも言っているんだぞ。
8年前にお前に会った時、私はお前を天才だと思った。いや、これは生ぬるい表現だな。
私はお前に初めて会った時、ある種の『神』と遭遇したのだとすら思った。
孤高が故に美しく、静謐が故に冷酷で、容赦ない故に残忍な。そう、まるで神の一柱のようだったよ。
グレンデル戦で箍が外れた以降、『それ』にお前は戻ってきているように感じてしまってな。
EAOに引き込んだのは私だが、Dr.ミカミの思惑がはっきりと分からない以上、いっそ辞めてもいいのではとも思っている。
正直お前が心配なんだよ、陣。
特に最近箍が緩んでいるじゃないか、三善家でも外れそうになったんだろ?」
「いや、心配してもらえるのは有難いが、まずはその柚子シャーベットを食べるか置くかしろ」
スプーンに乗ったシャーベットが溶けて、卓にシミをつけている。
急いでスプーンを咥える光彦を見て、陣は陽性の笑みを浮かべる。
「外れかけたってだけで外れちゃいねえよ。
昨日の感じだと大分コントロール出来てきているし、徐々にでも慣れていかにゃあな。
次代の宣誓で責任も出来た。早い所目録から脱したいし、誰憚ること無く全力で鍛えられるVRの世界ってのは、今となっては有難い世界なんだよ。
そんでお前はどうするんだよ。辞めるのか?EAO」
一気にシャーベットを食べて頭痛を起こしたのか、陣のシャーベットを奪い取って額に当てている光彦。
「うぅ……。アイスクリーム頭痛とは不覚……。
Dr.ミカミの思惑が分からん以上、この話をどれだけ拡散しても根拠が無いから相手にされんだろうしな。
EAOの中ではないと調べられないこともある。憶測が確信に変わる時までは続けるさ。
ただ、親しいプレイヤーにはそれとなく注意喚起をしておく。
後、ナトリに関してはちょっと突っ込んだ所まで話しておこうと思う。
彼女の分析力は馬鹿にできないし、いざという時には影響力のあるナトリには動いてもらわないといけないしな」
そう言って光彦は席を立つ。
陣も立ち上がり、外に出ながら離れを振り返る。
うん、非常に実りの多い夕飯だった。主にタモギタケ的な意味で。
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※
会計を済まそうとすると「幸田様やお連れ様からお金は受け取れません!」と支払いを断られてしまった。
こういう所からも、この眼鏡とは住んでいる世界が違うなと思わされる陣。
「まぁ気にするな。どうせ親父や会社の連中が使いまくってる料亭だからな。
役得くらいに思っておけ」
そう笑い飛ばす光彦。
想像もつかない金持ちで見目も良く、頭も切れる親友。
それこそモテてもいいのだが……。これで筋金入りのヲタク趣味が無ければどれほどだろうか。
ステータスの無駄遣いに嘆息し、空を見上げると満天の星空。
21世紀初頭と違い、この時代は都心部の光による光害はほぼ払拭されている。
収束性の高い街頭やスポットライトを使うことで、光が拡散されて星光を遮ることがないのだ。
ただ、陣にとってはまだ不満が残る。
馳せる思いを共有する光彦は、静かに陣に声をかける。
「あの時見た星は、もっと綺麗だったな……」
「あぁ、そうだな……」
二人は、遠い砂漠に思いを馳せる。
過ぎ去った少年時代、陣と光彦の出会い。
そして、儚く散った小さな恋の物語。
「全部片付いたら、墓参りにでも行こう……」
「あぁ、それもいいな……」
いつか語られるだろうそれを胸に秘め、ただ星を見上げる。
「お前の判断が間違っていたかどうか、その場に居ることが出来なかった私には分からない。
いや、分かってはいけない、考え続けなければ行けない事なんだと思う。
だが、彼女はきっと、それでも幸せだったんだと思うぞ……」
「……さぁ、それはどうだろうな……」
遠い面影を振り払い、二人は車へと向かう。
生者の時は否応なく進み、死者は何も語らないと、二人は痛いほど知っていたのだから。
以前にメールで質問が来ていましたので、いい機会なのでここで宣言しておきます。陣の過去編は3章終了時に10話位の間章として掲載する予定です。
当話は一応自分なりに参考を読みあさり噛み砕いたつもりですが、自分は文系(というより美術畑)の人間のため、科学考察や心理学考察に甘い部分があります。サイエンス・フィクションのSFではなく、少し不思議のSFくらいのつもりで生ぬるく見守ってやって下さい。
ちなみに豆ですが、アイスクリーム頭痛は正式名称なんだそうです。頭痛を引き起こした物を額や眉間に当てるというのも正しい治療法だそうです。




