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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
十四章、カサーン撃滅戦
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14-(8) 孤独なリリヤ

 あの適性トリプルエスのダーティーマーメイドが、トップガン林氷進介の巧緻な誘導によって、隼人隊58機が待ち受けるキルスポットに。

 そう。進介はダーティーマーメイドと戦いながらも隼人隊を指揮し、隊を二手に分け配置し罠を準備していたのだ。

 

 いま、ダーティーマーメイドと畏怖いふされるアイリ・リリス・阿南あなんことリリヤの二足強襲機天太星にそくきょうしゅうきてんたいせいが58本の12.7センチ砲の閃光に呑まれていた。

 

 繰り返すが12.7センチは、護衛艦や駆逐艦の主砲だ。当たれば粉々。

 

 そして神域なる空戦技術を持つリリヤでも58本を回避するのは、

 ――不可能。

 のはずだったが……。


「マジかよ……」

 とトップガン進介はうめいていた。

 

 いま、進介の見つめる正面モニターには、危急の瞬間を脱して肩で息するようなダーティーマーメイド機。

 機体には傷一つない。


 けれど辛くも窮地きゅうちを脱したリリヤといえば、

「くそ! くそ! こんなやつに! ちくしょう!」

 と怒り狂って叫んでいた。


 猛烈に悔しがるリリヤだが、進介はじめ隼人隊の面々からすれば、無傷で健在のダーティーマーメイド機を目の前にすれば、

「なんで死ななかった」

 という驚きしかない。59機には絶望感すらただっている。

 

「あー!」

 進介が叫んだ。それは、ただよい始めた絶望感を払拭するような明るい叫び。


「対艦攻撃装備を切り離しやがったか!」

 

 なるほど。と58機が思った。

 

 ダーティーマーメイドは十字砲火の状況に、とても重い対艦攻撃装備をパージし、機体を軽くして離脱したのだ。誰からしても、これなら回避できたことは納得だが、

「それを瞬時の判断でやってのけたのか」

 と進介だけは内心舌を巻いた。

 

 そしてリリヤが回避後に猛烈に悔しがった理由もこれ。

 対艦兵器を捨てては、陸奥改を撃沈できない。

 

 生きていてもリリヤには、一敗地に塗れたような屈辱感しかないが――。


「でも、いいのー? 外しちゃったから。もう軽いからねぇ」

 リリヤが不敵に笑った。


 そう。信じがたいことだが、ダーティーマーメイドは重い対艦攻撃装備をつけたままトップガンの進介と単機戦を優勢に展開していたのだ。

 

 そしていまリリヤ機には、

『ダーティーマーメイド合流を!』

 という副隊長の真神隼人からの通信。

 北斗隊がメテオシャワーゾーンを抜けていた。


「やっときたのね。下手くそったらない!」

 とリリヤは思うも数を確認し悪態。


「ちっ。7機脱落。52機か――」

 

 そう天才集団にして精鋭の集まりの北斗隊にとってもデブリの流れ激しい初見の宙域を、まともなマップ情報なしに、重い対艦攻撃装備をつけて抜けるというのは至難だったのだ。

 脱落の7機は未帰還。つまり死亡だ。

 

 北斗隊53機、隼人隊59機での戦いとなる。そうリリヤが考えるあいだにも、進介は58機をまとめなおし、陣形を組みなおしに入る。

 リリヤも北斗隊と合流し三列縦隊を指示。

 

 仕切り直しが終わり、

「よっし。戦う!」

 とリリヤが口走った瞬間、そこには離脱する隼人隊があった。

 

「へっ!? 逃げちゃうの! なんでそっちのほうが数は多いんだよ! なんで!」

 と口走るもリリヤの体からは急速に熱が失われ、それまで猛りに猛っていた戦意がすぼんでいく。

 

 引き際だよ。とリリヤが思った。

 

 そこに副隊長の真神からの、

『ダーティーマーメイド追撃の指示を!』

 という通信。

 

 もう陣形は完成している。真神からすればただちに追撃に移るべきだ。北斗隊ならオイ式部隊に追いつける。

 

 けれどリリヤからは、

「もう意味ないから」

 と気なく投げやりな応答。

 

「北斗隊はただちに旗艦ズュギアヘレへ帰投。ガメイラヘラからは救援部隊をだしてもらうから、とにかく岩屑地帯を抜けること! わかった?!」

 

『なにをいってるんですか! ダーティーマーメイドらしくもない!』

 

 真神からすれば、ここまできて、7機を失って、敵機を一つも撃墜せずに撤収など、

 ――ふざけるな!

 というものだ。


『すでに7人死んでます! やつらを7匹は殺さないと釣り合わない!』


「はぁ? バカなんだよね。そういうの。雑魚が7機減ったところで悔しいの?」

 

 7つの命に対し、リリヤからの信じがたい侮辱。

 真神は怒り心頭。真っ赤になって打ち震えた。


「しかもアンタたちさぁ。勝手に対艦攻撃装備捨てちゃってんじゃん。いわなきゃバレないとでも思ったの?」


 小バカにされても真神たちは、抗弁できず苦い顔。


 そう、北斗隊はメテオシャワーゾーンの飛行に苦心惨憺くしんさんたんし、対艦攻撃装備を捨ててしまっていた。けれど副隊長の真神からいわせれば、

 ――お前に追いつくために捨てたんだろ!

 と叫びたい。


 メテオシャワーゾーンを泳ぐように進むダーティーマーメイド。まさに神域なる飛行センス。が、こんなことは精鋭で伝統ある部隊の天才たちでも、とても真似できるものではない。北斗隊の面々はあっという間に置き去りに。


 北斗隊の面々はダーティーマーメイドを孤立さてはまずいと判断。最終的には副隊長である真神が、

 ――対艦攻撃装備の破棄。

 の判断をくだしていた。


 もちろんダーティーマーメイド孤立させるのはまずいなど言い訳だ。


 副隊長からの破棄の指示に誰もが、

「これで飛ぶのが楽になる」

 とホッとしたのが実情だ。


「この作戦の目的は対艦攻撃。オイ式と遊ぶことじゃないんだよ」

 

 リリヤが兵士としてきわめて正しく明解な見解を示していた。

 

 近代以降の散兵戦術は兵士個々に状況への適宜な対応という自己判断を望んだが、その適宜の対応も時と場合だ。本来の目的を失っていてはこれ以上、作戦行動を続けるのは無駄だ。

 

 狂人リリヤは軍人としては一流。あくまで目的は見失わない。

 

 真神はリリヤの正論に真神はぐうの音もでない。

 ――普段はただの頭のおかしい淫売のくせに!

 と心中で唾棄。


 コックピット内で怒り心頭した真神は、お前がそういう考えならこちらにも考えがある。と思った。


 真神はまず猛った感情を鎮めるように目をつぶり、

「なるほど――」

 と冷えた声でマイクへ向かって吐いた。先程までの熱のこもった声とは違い静かな声だ。

 

「ダーティーマーメイドはご気分がすぐれない。そうですね?」


『はぁ? 気分?』

 

 真神からの問は、リリヤにとっては意味不明だ。いまは追撃するかしないかの話で、リリヤは、

 ――追撃しない。

 と決定した。あとは撤収に入るだけなのに、それをとつぜん気分がどうのとは意味がわからない。

 

 そしてリリヤのいま気分は、

『気分はよくないよ』

 ということに決まっている。なにせ一機も殺せずに、しかも対艦攻撃という目的もはたせずに撤収だ。気分がいいわけはない。


「だそうだ。諸君、ダーティーマーメイドは〝単機〟で突出し、オイ式部隊と〝単機〟で交戦。疲れはてている」


『へ!?』

 トリリヤが困惑。


 リリヤからすれば普段なにかとうるさい副隊長の真神だが、そのいさめの言葉はリリヤを思ってのことではなく、保身のためというのをリリヤは知っている。

 軍では戦闘記録というのは必ず取られ残るからだ。

 

 内心では死んでしまえ! と思っていても必要な助言をしなかったり、救援を行なわなければ処罰の対象。評価も下がる。

 

 例えば今回の作戦で真神が、

「デブリにぶつからないように速度を落としてください」

 などとリリヤへしつこく進言していたのは、レコーダーに自分は適正な助言したという証拠を残すためだ。


 リリヤは真神の丁寧な言葉に、

 ――なによこいつ。いつもと違って気持ち悪い。

 と疑念を感じつつも、真神の狙いがわからない。交戦の駆け引きでは神域なる女も、それ以外の駆け引きでは凡庸だ。


「知ってのとおりダーティーマーメイド殿はご病気を抱えています。精神のね。指揮を副隊長の私が代行します」

 

 リリヤがハッとした。


『違う! リリヤ疲れてない!』


「ほら、お疲れのようだ。こんなに叫んで」


『疲れるのは当たり前でしょ! 気分が良くないのも当たり前!』

 

 だって――。とリリヤは思う。

 対艦攻撃という作戦を断念して帰る。気分がいいわけはない。リリヤだけの話じゃない。そして疲れているのも当然だ。1人で60機相手に交戦していたのだから。

 

 1人で戦った。そう1人で――!

 リリヤの心に孤独感が満ち絶望。


『アンタたちが下手くそだからいけないの!』

 と絶叫していた。リリヤからすれ、真神たちがまともにやっていれば単機で戦闘する事態などおちいらなかったのだ。いま、リリヤが疲れているのはアンタたちのせいでしょ! というものだ。

 

「お聞きのとおりだ。錯乱してしまって、かわいそうに」

 

 真神がコックピット内で細く微笑んでいた。

 バカで狂った女のあつかいはこんなもの。と真神は思った。

 ダーティーマーメイドは狂人。常識人の真神にとって、その行動を掣肘せいちゅうすることは難しい。だが、挑発はたやすい。

 

 ここまで発狂すればもうお終い。宇宙で平静さを失っては指揮官として失格だ。

 

 真神は、

 ――もともとお前に指揮官の資格なんてないがな!

 と思いつつ行動に移った。


「軍令第八号の規定により、指揮権の移行の発動を宣言する。いまより部隊指揮権は真神隼人に移った。北斗隊は私の命令に従うように」


『だめ! 違う! リリヤはおかしくない!』

 

 けれど真神は、傲然と無視。


「4番機、5番機はダーティーマーメイド殿を無事母艦へ送り届けてください。残りは私とともにオイ式部隊を殲滅せんめつ


『だめ! 撤収だよ! そいつ頭おかしい! リリヤが正常!』


 真神が思わず失笑。

 ――言うに事欠いて、頭がおかしいときたか。

 ダーティーマーメイドの愚劣な言葉におかしさしかない。

 

「頭がおかしいのはお前だろ。バカめ」

 真神がマイクOFFにして吐き、指揮回線に移行して再びONに。モニターの上の真神機の序列がリリヤと同等に繰りあがった。


「いまからオイ式部隊の追撃に移る。行きますよ!」


『行っちゃダメ! 隊長はリリヤだよ!』


 北斗隊は隊長と副隊長から同時にでたバラバラの指示に困惑。

 三縦隊の内、真神が直卒する一列だけが真神につづいた。他はダーティーマーメイドが正しいと感じたというより、

 ――副隊長は強引にすぎる。

 と疑義ぎぎを感じたからだ。

 真神のやりかたは、まるで子供を言葉で絡め取る大人だ。


 真神の挑発にあっさり乗ったリリヤだが、ここは戦場。戦場にあるリリヤにとって戦いが最優先。戦いとは攻撃ばかりが脳ではない。

 

 ――取り乱していても死ぬだけだよ。

 という危機感がリリヤに明朗さを取り戻させていた。

 

 戦場には状況しかない。もう事態がこうなってしまっては泣き叫んでいてもしかたない。状況にどう対処するかだ。

 

 リリヤの正面モニターには、追撃を開始した真神隊の軌跡。


「ち――っ!」

 リリヤが痛烈に舌打ち。バカなんだから。と思いつつ残ったものたちへ指示。


「危ないから。メテオシャワーゾーン直前までさがって!」


 リリヤ麾下の一隊がメテオシャワーゾーン方向へ下がりだした。

 

 けれど残りの一隊は逡巡。どうしたものか。という感じだが、リリヤの縦隊に引きずられるようダラダラとメテオシャワーゾーンへ。


 リリヤは残ったものたちが下がりだしたのを確認すると、ふたたびオイ式部隊の追撃する真神隊へ目を戻した。弱者に厳しいリリヤとて、隊の三分の一という多数を見捨てるわけにはいかない。状況によっては救援を行なう必要がある。


 ――それ罠だからね! 絶対に!

 と思うリリヤは無力だ。見送るしかない。

 

 先程まで赭熊しゃぐまと交戦していたリリヤにはわかる。敵は入念な下準備をもとに、メテオシャワーゾーンにリリヤたち北斗隊を誘引してきた。

 リリヤは、自分の優秀さと北斗隊ならそんな下準備粉砕できると踏んでいたが、状況はご覧のとおりだ。散々に引っ掻き回され、

「もすごく楽しみにしていた三レーン陣形戦もなかった。つまんない」

 という口惜しい結果だ。

 

 リリヤはあっさり隊をまとめてあっさり引いたトップガン進介の采配に、露骨な意図を直感し、引き際を感じ見切りをつけたのだ。


 真神隊を見つめるリリヤが、

「どうなるかな。無事追いつける? ならいいけど――」

 と思った瞬間、巨大な閃光が北斗隊を包んでいた。

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