14-(6) 殺意の人魚
ダーティーマーメイドことアイリ・リリス・阿南。自称の愛称はリリヤの二足機が進む前にはデブリ、デブリ。そしてデブリ。それは、まるで壁だ。そんな多数のデブリを素早く避けながら、リリヤは単機でオイ式部隊を追ってく。
二足機適性トリプルエスの飛行に、天才の集団である北斗隊もついはいけない。いまは、はるかに後方だ。
リリヤの目の前に、また巨大な岩屑。それを避けると視界が開けた。
リリヤに、
「……綺麗。昔見た夜空みたい」
と思わずため息するような開放感。
目の前には真っ黒な宇宙と星々のきらめき。敵を追撃中などということを忘れてしまうような美しさだ。
「で、この交戦に優良な空間に誘引したってわけ?」
とリリヤがつぶやいた。
悪くはない考えだね。とリリヤは思った。
現にメテオシャワーゾーンで北斗隊の陣形はバラバラ、リリヤは単機でメテオシャワーゾーンをでることになっている。
リリヤが、そう考えた瞬間。無心で推進剤投入の操作。斜め後方へ強烈に加速。リリヤの機体は急激にメテオシャワーゾーン方向へ。
瞬間、それまでリリヤの機体がいた場所はデスゾーンに!
直前までリリヤの機体がいた場所へは、真上と右からはオイ式の上腕火器の斉射。そして正面からは艦艇からの強烈な対空砲火という3方向からの同時射撃。
――立体十字砲火だ。
回避と同時にリリヤの正面モニターには敵の射撃位置が3つ表示。リリヤは手早く、その内の1つをタッチ。拡大表示。画面には軍用宇宙船の独特のキラキラとした発光。
「いたっ! 特戦隊の旗艦だ!」
とリリヤは強烈な闘争心を見せて叫んだ。
リリヤは、あれに携えている対艦攻撃装備を、
――ぶち当ててやる!
と砲火の合間を縫って加速。
決定的な孤立を前にアイリ・リリス・阿南の選択肢は、後退でも、隼人隊への攻撃でもなく向かった先は、
――陸奥改。
デスゾーンと呼ばれる立体十字砲火へ飛び込み、最短距離で陸奥改へ迫るとは最早人間業ではない。
このダーティーマーメイドの、
「悪魔的空戦技術」。
に最初に気づいたのは、真上と右から立体十字砲火を加えていた隼人隊の面々。
だが、誰もが目の前で起きた事実が信じがたい。
「ばかな! 対空砲火に飛び込んで飛行だと!?」
そう、ダーティーマーメイドはいま隼人隊からの射撃を抜け、艦艇11隻からの対空砲火を迂回しつつ陸奥改へ迫るのではなく、対空砲火の中を泳ぐように進んでいる。
立体十字砲火は当然として艦艇が担当した射線がもっとも強力だ。
オイ式からの射撃が雨なら、11隻の艦艇から怒涛と流れてくる弾丸は川だ。立体十字砲火へ飛び込んだダーティーマーメイド機はさながら、
――対空砲火川を泳ぐ人魚。
隼人隊の面々は誰もが、ダーティーマーメイドの狙いが陸奥改だと直感したが動けない。
「これで追えないでしょっ! 下手くそども!」
リリヤは対空砲火の川のなかを進みながら叫んだ。
そう、艦艇の射線入れば敵味方など関係ない。艦艇からの対空砲の威力は、二足機に装備されている火器の比ではない。重装甲が売りのオイ式でも無事ではすまない。貫通弾を受けなくとも短時間に多段ヒットすれば機体がバラバになりかねない。
この事態に動いたのはトップガン進介ではなかった。
オイ式の集団から1機飛び出たのは一般的な暗い緑のオイ式だ。
そのコックピットにはオレンジ色の太陽のような髪の毛。そう春日綾坂だ。
綾坂は立体十字砲火内を泳ぐように進むダーティーマーメイドを目撃し、人間じゃないとゾッとすると同時に、
――アレを止めなきゃ陸奥改が撃沈される!
と強烈に恐怖。
陸奥改には最愛の男で兄の春日丞助。
――兄貴が死んじゃう!
いまダーティーマーメイドを放置すればそうなる。綾坂が確信して飛び出していた。
綾坂は、
『戻れ! 綾坂!』
というトップガン進介の声を無視して、艦艇からの対空砲火へギリギリまで近づきダーティーマーメイドを追いかける。
綾坂は目の前でダーティーマーメイドがやってのけた離れ業を目撃し、
――あたしにだってできる!
強烈な対空砲火という目前の恐怖を傲然と無視して突出。
「うんで、ダーティーマーメイドへ追いつくには!?」
綾坂はタッチパネルを素早く入力し敵機と、それを追う自機の進路計算。
画面が暗転。
その一瞬の暗転に映り込んだのは目がギョロリとして頬のコケた女の顔。
綾坂は一瞬ギョッとしたが、画面に計算結果が表示される頃には、自分の顔だと気づいて思わず、
――プフっ。
と失笑し、
「わたし怖い」
と、つぶやいた。
「ええ、怖いったら。ダーティーマーメイドはちょーう怖い」
でも――。と綾坂が思い。
「兄貴が死ぬのはもっと怖い!」
と叫んで素早く機体操作。
機体背面に装備された12.7センチ砲を引き抜くようにかまえ――、射撃!
護衛艦クラスの主砲弾がダーティーマーメイド機の肩を掠めた。
「惜しい!」
と叫ぶ綾坂。
まさか当たるとは思っていなかったが、まさかのヒットすれすれのショット。
「わたしってやっぱセンスあるぅ~」
軽口を叩くも心中では必至の祈り。
――気づけ! アタシに気づけ!
そして、
――気づいて反転してこいったら!
いかに直線の加速性能が抜群のオイ式でも、先行して飛ぶダーティーマーメイド機へ追いつくのは難しい。なにせ相手は神域なるセンスを持つパイロット。そしてダーティーマーメイドが駆る二足強襲機天太星は飛行性能が売りの機体だ。
綾坂は追いつくのは難しいと判断し、12.7センチの射撃で挑発したのだ。
ダーティーマーメイドが綾坂の射撃に気づいて、
――うっとおしい!
とでも思ってくれれば大成功。
「わたしに注意をそらせばダーティーマーメイドが目標を変える可能性だってある!」
というのが綾坂の賭けだ。
そして気づかせるには数回の12.7センチの射撃が必要。だが、連射すれば当然速度は落ちる。速度が落ちればダーティーマーメイド機へ追いつくのはさらに絶望的。
綾坂は最初の一発がダーティーマーメイド機を掠めたのを見て、
「いまので絶対気づいたでしょ!」
成果を確信。あとは、
――まて! まて! まて!
と強烈に念じて追えばいい。最悪でもダーティーマーメイドが対艦攻撃体勢に入る直前には追いつけるはず。
リリヤの座するコックピット内に、
『ビー!』
と、切ったはずの警告音。
リリヤはいま対空砲火の川の中にいるのだ。被弾警告の音を『ON』にしていては音が鳴り止まない。
――!?
とリリヤが驚きモニターを確認。
直後に機体右側を護衛艦クラスの主砲弾が掠めていた。
なるほどだね。後ろからか。と気づいた。リリヤが切ったのはあくまで正面から飛んでくる飛来物に対しての警告音だけ。
「へぇー。この対空砲火のなかを追ってくる度胸のあるやつがいるんだぁ」
リリヤが凶悪に笑った。直後に左右の腕が前後に激しく動いた。進路変更の機体操作だ。
「面白いことしてくれるよね! 当たりそうだったじゃない!!」
リリヤは反転を選択。
リリヤからすれば敵の旗艦である陸奥改は最大の目標ではあるが、真っ先に倒すべき目標ではない。
――先にアンタを料理してからやったっていいんだよ。
ということだ。
もとからして隼人隊を撃破してから、艦艇への攻撃へ移るという計画だ。
反転して綾坂機へ猛進するリリヤ機。
「リリヤがアンタの挑発に乗ったんじゃないからね! アンタがひかかったんだから!」
言い訳がましく叫んだリリヤだが、事実、孤立したリリヤが60機というオイ式の集団に対処するには逃走から反転が最も効果的。
追ってくる敵集団の飛行技術にはバラツキきがあるからだ。リリヤ流にいえば、
――上手なものが突出し、下手くそは離される。
下手くそにあわせていてはリリヤには追いつけない。そうなれば早い機体だけで追うしかない。陣形は崩れる。こうやって少数が突出したところを、
――反転!
そして、
――撃墜!
からのまた逃走。
これを繰り返して戦う。
リリヤは、陸奥改へ迫る。という大胆な行動なかに複数の攻防の技術を織り込んでいたのだ。
そしてリリヤが叫び終わる頃には両機は視認距離。
最高速度で追いすがる綾坂へ、リリヤが目いっぱいの速度で反転したのだ。2機は接触まであっという間だ。
リリヤ機と綾坂機が交差。
交差の瞬間にリリヤ機だけが上腕火器を短く射撃。
「あっ――!」
と綾坂が思う間もない。
綾坂のオイ式の左上腕が装甲の合間を精密射撃され動作不能に!
綾坂は12.7センチをかまえていたが、撃つ間もなかった。
それほどに迫ってくるダーティーマーメイドの空戦技術は卓越し、綾坂の想像を超越していた。
ダーティーマーメイドはトップスピードで直進しつつも速度に微妙に緩急をつけることで、狙いを定めにくくしたのだ。これも離れ業といっていい。
綾坂は、
「え!? ええ!? なにこれ! なにこれ! 撃つタイミングがっ!」
と思っている間に交差となって、なにもできずに1回目の交差が終了。
――ばけもの。
という恐怖が綾坂襲い。直後に体中がネットリとした汗。だが恐怖している暇などない。ダーティーマーメイドが襲ってくるという状況に対処しなければ、
――終わる。
リリヤといえば、
「うふふ。もうそれじゃ12.7センチかまえれないでしょ。リリヤのかーち」
狂喜して反転。早々に綾坂機へ迫って2回目の交差を選択。
リリヤの虚ろな目は狂気に満ちている。
いま、リリヤの目の前には、やっと迫ってくるリリヤ機へ機体正面を向けようとする綾坂のオイ式。
「まず1機だ! やっとだよ! 超楽しい!」
と、いって短く射撃。
全弾ヒット!
オイ式は強烈な着弾に無様に上下が逆に。
「へぇー、さすが重装甲だ。これでも爆散しないんだ」
リリヤの予想とは裏腹に、綾坂機は撃墜をからくもまぬがれていた。
だが、綾坂からすれば状況は最悪だ。
主兵装は使用不能。
機体は被弾の衝撃でバランスを崩し、飛行ではなく慣性の法則にしたがって流れているだけ、半ば墜落状態だ。
綾坂は1回目の交差の時点で早々にダーティーマーメイドを追えなくなり、迫ってくるダーティーマーメイド機に対して、
「これしかないじゃん!」
と、とっさに装甲部分をさらして致命的な被弾をしのいだのだ。
綾坂は、
――次がくる! どうするアタシ!
と思考をフル回転。
いま綾坂を襲う死という極度のプレッシャー。悲鳴をあげ泣きたいのを必至でこらえていが、実際は顔は真っ赤で目には涙だ。
男性に対して非力な女性は、何かと抑圧されやすい。女性が抑圧に耐え忍ぶ限界がきたときの生理的現象の一つは涙。涙を流してストレスを発散し感情のバランスをとる。
本人の意志とは関係なく涙は流れる。
そして必至に対処を模索するも現実は無情。生き残る手を探せば探すほど、
――次の対処法ない!
という状況が浮き彫りとなるだけ。
綾坂に凶悪の塊となったリリヤが迫った。
「兄貴ごめん――! ほんとごめんん!」
綾坂が叫んだ。
綾坂は、なにに対する謝罪かわからないがとにかく叫んだ。
――妹にかしずくのが兄貴。
と、いままで丞助を召使したことへの謝罪なのか。散々わがままいい続け、振り回してきたことへの謝罪なのか。いや、死んでしまうことへの謝罪なのか。もうわからない。
対してダーティーマーメイドは綾坂の思いなど知る由もないが、彼女は、
――弱者には無慈悲。
二足機戦は日常で虐げられるリリヤが唯一強者となって君臨できる場所。弱者をいたぶって、いたぶって、いたぶり抜いて、愉悦しかない。
「おっかしいんだぁ。機体バランスくずしてるぅ」
リリヤが嘲笑した直後に凶悪な表情に。
「ホワイトフラッグなんてだしても無視だからね! これで終わりだ!」
殺意の尖鋭となって3回目の交差へと入った――!