14-(3) アウトレンジ・アタック(下)
ミアンの特戦隊支援室との通信が終わりほっと一息と行かないのが陸奥改の現状だ。
ダーティーマーメイドの高速機動部隊が迫るという現実は重い。
林氷進介は天儀からでた、
――我が弟を信頼している。
という趣旨に言葉に陶酔してばかりはいられない。
「で、どうするんですか兄さん」
公式の場、特にブリッジでは公私をわきまえなければならないが、
――いまは兄さんと呼びたい
これが弟の進介の心情だ。
「どうするもこうするも――」
「俺のアウトレンジ作戦は採用しない。だけど撤退もしない。引きもしないし、進みもしないっていってる状況ですけど?」
「そうだろうか。別の選択肢があるかもしれない」
「まさか――」
進介が知る限り、高速機動部隊に対抗するには、逆補足からの先制攻撃しかない。
――先制攻撃で高速母艦2隻を撃破する。
これのみが小惑星カサーンへの道を開く。
「進介、俺たちは敵に補足されてるんだよな?」
「そのはずです。いえ、間違いないです。先程の星守中佐の情報はなによりの証左です。敵は約5日の距離にあります」
「で、その敵は特戦隊へ向かっていると?」
「そうです。というか今更なんですか兄さん。状況的にはダーティーマーメイドの高速機動部隊は我々を排除するため送られてきた戦力と見るのが妥当ですよ」
「いや進介、俺は思うんだよ」
思わせぶりにいう天儀に、
「なにがですか?」
進介はけげんに問い返した。
「きてくれるなら、行くまでもないんじゃないか?」
進介が、
え――。
という顔になった。
――あ、しまった攻撃主義に過ぎた。待ち受けたっていい。そうだ。
進介の脳裏に光明がさしていた。
進介の目の前の天儀が、そうだろ。というように笑った。
「それに進介、選手が監督までするものではないよ。作戦は俺が用意してある。お前は戦いに集中しろ。そこの我が補佐官の鹿島容子がトップガンである君の能力を最大限に発揮できるやつにしてくれたぞ」
天儀がそういって鹿島へ向けて笑った。
そう自称参謀の鹿島容子はこの場にいたのだ。通信の記録を取るのは秘書官の重要な仕事のひとつ。いうまでもないが、天儀から我が補佐官といわれて、ご満悦の鹿島の本分は秘書官。
進介が驚いて鹿島を見ると、
「ふふ、気づかなかったでしょ? ひっそりとたたずみ。じゃまにならないで速記ですよ。これって秘書官のたしなみなんですから」
鹿島が笑った。
「いえ、いらっしゃるのは知ってましたよ。これだけ近くにいて気づかないって俺ってどんだけ鈍感なんですか」
「えぇ、そうなんですかぁ。生体反応を消してステルスしてたのにぃ……」
鹿島がトレードマークのホワイトブロンドのツインテールごと消沈すると、
「おい、鹿島。生体反応消したら死体だぞ。いいのか?」
天儀が笑った。
「それよりです。俺が驚いたのは作戦がもうすでにあることです。それなのに兄さんへ作戦案が完成しましたって提出ってとんだピエロですよ」
「ま、鹿島がここ数日で作りあげたからな。名付けて『鹿島作戦』だ」
「えへへ、極秘作戦ですよ。私、鹿島が作っちゃいました」
あざと可愛く笑う鹿島。
進介は、
――不安しかない。
と引きつった笑い。
「ほら、進介さんも御存知のとおり私ってミリオタにして歴女じゃないですか」
鹿島が、私って一味違う女なんですよ。とばかりにいうが、進介としてはむしろ、
――そこが不安なんですが!
というものだ。けれど言葉にはだせない。それほど、いまの鹿島は嬉しそうだ。
兵器オタの俺がいうのもなんだけど、この場合ミリオタにして歴女というワードが逆に不安。語り合ってわかったけど鹿島さんの知識って幅は広いけど、散発的で表面だけなんだよね。変に詳しかったりもするけど、大抵はどっか抜け落ちてるし、勘違いも多い。しかも重要な部分がさ。
進介は、対して自分は違う。と思う。一から十まで知っている、
――完璧な知識。
の兵器オタクだと自負している。
完全に自分のことを棚に上げる進介だが、同じオタクだけにわかるというものだ。
オタクの着眼点は細かい。つまり鹿島が作った作戦は、
――巧緻で実戦向きではないのでは?
という漠然とした疑念。
戦いは拙速。不格好でも最初にパンチを決めたらKOできる。パンチをくりださなければ、けっして拳が敵の顔面に当たることはない。技を仕掛けなければ、技がかかることもない。当たり前すぎるほどに当たり前だが、それがわからないで、
――ああしてもダメだろう。こうしても失敗するな。
と迷って行動できないのが人間だ。
まあ今回、俺が鹿島さんに抱く不安は、これとはちょっと違うけど。オタクって細かいことこだわって、そのうえ派手なこと好きだし、鹿島さんって歴史的大会戦に憧れてるから、やりたいことありきで作戦つくるんじゃないか?
そこまで考えた進介は極大な不安に襲われ、
「それって高速機動部隊に適した作戦なんですよね?」
恐る恐る問いかけた。
けれど鹿島はニコニコ顔だ。
「うふふ。聞いたら驚きますよー。ダーティーマーメイドを一撃しちゃいますから!」
――それ俺の質問の答になってない! 超不安!
進介が心のなかで悲痛すると、
「それだ」
と天儀がいった。
進介がすかさず天儀を見た。
兄さんいってやってください。いえ説明してください。鹿島さんの作戦を採用したのは、司令官の兄さんですよね。俺の不安がなくなるようにお願いします。
けれど天儀からでた言葉は、
「マーメイドってのは、ようは魚だろ?」
というもの。悲しいかな天儀は進介の不安をくんではくれなかった。
――なんでいまそれが気になっちゃいますかね!
進介は思いつつ応じるしかない。なにせ相手は戦隊司令だ。
「まあ、どちらかといえば魚ですね。人魚ですから、魚の部分がなんきゃあただの人です」
「じゃあ魚より強い機体の愛称がいいな」
「へ? 機体の愛称?」
「進介、お前は二つ名はあるが、乗ってる機体の愛称はないだろ。ついでだからそれを決めよう」
なぜにいま機体の愛称の話? と、ますます困惑する進介に対し、2人のやり取りを横で眺める鹿島はニコニコ顔。
鹿島は、
「うふふ、天儀司令は優しいですね」
と思った。
天儀司令は星守さんがいった〝トップガンはありふれてる二つ名で、ダーティーマーメイドに見劣りする〟っていったのに気づかったんですよ。
でも進介さんがいまの二つ名を気に入ってるのは誰にでもわかります。自己紹介で〝トップガンの〟なんていっちゃうぐらいですから。だから二つ名でなく、ダーティーマーメイドより強そうな〝機体の愛称〟なんでしょうね。こいう細かい心配りは私、鹿島としては高得点ですよ。
そう鹿島が憧れるのは名将と名補佐官の関係。いま、天儀が進介へ見せる繊細な対応は鹿島のなかでは名将の条件の一つで、鹿島は嬉しくなったのだ。
なにせ名将の名補佐官の関係は、鹿島だけが頑張っても成立しない。
けれど当の進介は、本題から完全に逸れた話題に内心困惑しつつ、
――じゃあシャチとかでいいじゃないか。
投げやりに思った。これなら十分に強そうだ。
だが、天儀からでたのは、
「赭熊」
というワード。
「しゃぐま?」
「赤黒い色だ。ついでに熊だ」
進介が考え込むふう。熊はシャチという想像からはだいぶ遠い。
「オー強そうです。クマさんってシャケを手でバンバンして捕まえて食べちゃいますよね」
そんな言葉とともにでた鹿島のジェスチャーは滑稽だが、
――確かに。
と進介は思った。単純に熊と人魚が戦えば、熊のほうが強そうだし、なにより熊なら無骨な感じもある。進介の心をくすぐった。それにトラやライオンはよくあるが、熊は少ない。オンリーワン的な感じもある。
「俺としては押しつけるつもりはないが、超重二足機のオイ式には熊という形容が相応しいと思う。どうだろうか」
「まあ、わかります。でも暗い赤色ですか。いまのくすんだ緑は、けっこう気に入ってるんですけど……」
進介は最初のイメージとは違い逡巡を見せたものの、
「ありがたく頂戴しました。俺の機体はいまから赭熊だ」
最後には気持ちよくうけた。
「ということだ鹿島。整備員へ進介の機体を〝赭熊色〟に塗れとつたえろ」
「あと、〝赭熊〟の文字も目立つところにですね」
天儀が、わかってるじゃないか。と笑った。
鹿島はさっそく少し離れたコンソールへ。整備班へカラーリングのお願いするためだ。手にする端末から連絡してもいいが、コンソールのほうがボタン一つで整備班へつながるので楽だ。
進介は離れる鹿島を目で見送ってから問いを発した。
「で、です。本題です。鹿島さんの作った作戦の内容は?」
天儀が応じようとすると、
「ところで、ところで! 進介隊長の作戦案のアウトレンジ戦法ってなんです?」
鹿島の乱入。ほんの少しの間だが2人から離れていたため、天儀と進介が新たな話題を開始していたことなど鹿島は知りもしない。
鹿島は手早くカラーリング指示を終え戻ってきて、
――快く受けてもらえました。
とルンルン気分の勢いそのままの質問だ。質問を口にする鹿島は、持ち前のあざとさを最大発揮。緊張感はない。
天儀と進介が、なだこいつは。と、あっけにとられた。
けれど鹿島は、聞こえなかったのかしら? と思い再度質問。
「あの、あの。天儀司令ぇ。アウトレンジ戦法ってなんですか?」
天儀のこめかみに、
――ビシッ!
といういら立ち。けれど目と口だけは笑っている。天儀がゆらりと立ちあがった。
「鹿島、片手だけでいい。まっすぐ前へ手を伸ばしってみろ」
「こうですか?」
鹿島が右手だけの『前へならえ』。
そうだいいぞ。と天儀はいうと鹿島の目の前に立ち。
「俺が手をのばすとこうだ」
天儀は、そういって自身も鹿島へ向けて片手を伸ばした。天儀と鹿島では天儀のほうが背は高い。天儀の手は鹿島の肩に触れたが、鹿島の手は空を切るばかり。
とたんに鹿島の顔は、
――あ! わかった!
というものに。
「そうだ。俺と君とでは、俺のほうが手が長い。アウトレンジ戦法とは相手の射程外から一方的に攻撃を仕掛けるということだな」
天儀はそういうと左手で、
――ガシッ。
と鹿島の右手首をつかみ、
「で、今回の君といっしょに作った作戦はこうだ――!」
斜め前に引き出した。
とたんに鹿島がびっくり仰天!
鹿島は完全に油断しているところを引き出され体は宙に浮いたよう。
――え!? 床が! 床がない!
鹿島から足の裏から床の感触が消えた。それは一瞬だったが、まるで突然無重力に放り出されたかのような不安感で鹿島は錯乱。
頭が真っ白になり、気づけば目の前には天儀の拳。
――ふえええー。
と驚きワナワナする鹿島。
天儀は鹿島を開放するも一瞥もせず進介を見て、
「近づいてきた敵を、引きだして、ぶん殴る。今回はこの作戦で行く」
といって口元に笑いを見せた。
進介も、なるほど。と、いうように笑ってうなづいた。
進介は二足機乗りでトップガン。戦いのやりかたは肌で理解している。いまの天儀のジェスチャーでの説明は、感覚的にわかやりやすい。
「進介、3時間後に緊急の作戦会議だ。あとは、そのときにだ」
「ええ、楽しみにしてますよ兄さん」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
14-(閑話) 大胆鹿島の〝大〟迎撃作戦
「まさか、まさかの悲願達成ですよ! 無欲の勝利! やりました!」
昨日です。私、鹿島容子は天儀司令に司令室に呼び出されて。あ、司令室は天儀司令の個室ですね。男性の部屋に独りでだなんてちょっとドキドキです。
でも、でも、ちょっと期待もありました。いいことあるかもって。だって、だって天儀司令は部下を呼び出す場合にブリッジの司令部区画かブリーフィングルームをつかうので、個室への呼び出しはめずらしいことですなんですよ。きっと特別ですよね!
ときは林氷進介が天儀へアウトレンジ作戦を進言する前――。
鹿島は司令室に入ると天儀から問われた。
「鹿島、軍人と政治家は結果のみで評価される。この意味がわかるか?」
「はい!」
切れのいい返事の鹿島の顔には浮かれたようす。そんなことより、どんな特別な話があるんです? という顔だ。
天儀は、
――こりゃあダメかも。
と思いつつも、
「いってみろ」
まったく期待感ゼロで問をつづけた。
「歴に名を残せるから。しかもたとえ失敗してもです。これが理由です。それに政策や軍事作戦は小さくても業績として残りますからね」
天儀がつとめて表情にださないように、
――違う。
と心なかで苦く思った。権柄に対しての鹿島の想像力はあまりに幼稚だ。
けれど天儀は不快な色をださずに、叱責もしない。理由は、
「鹿島は想像のなかで自由に飛ばしたほうが、力を発揮する」。
これが天儀の考え。
妄想は正す必要があるが、頭ごなしに怒鳴りつけても無意味。不信感からの離心を招くだけだ。それに鹿島は理解力において頭はいい。加えて夢は物事の原動力でもある。
――鹿島の夢想は邪心がない。うまく利用すべきだ。
天儀に一瞬の沈黙。
この沈黙は鹿島に、
――あれ、正解じゃなかったのかな?
というぐらいにはつたわった。
「鹿島、軍人と政治家の判断は、多くの人の人生を握るということだ」
「ほほう?」
「例えば私が、戦いで1割の損害は仕方ないなと思えどうだ?」
鹿島には天儀の問の意図することがいまいち判然としない、
「それは戦いには犠牲はつきものですし、仕方ないんじゃないですか?」
と応じるしかない。天儀は、これは俺の問いかたも悪いな。と思った。
「じゃあ、鹿島がその1割の側だったらどうする」
「いやです。でも、でも私も軍人ですから覚悟はあります。生はあきらめます。立派に最後をですよ」
「見上げた心がけだ。素晴らしい」
「えへへ。そうでしょうか。軍人として当然ですよ」
「だが、そういうことだ。私の仕方ないは、仕方ないが降りかかる人間にとっては重大だ。作戦を作るということはそういうことだ」
「えっと、えっと。作戦をつくるときは犠牲はつきものなんて甘い考えはダメってことで。なるべく、じゃなくて最大に優先すべきは人命ってことですか?」
「違う――」
と天儀が重く吐いた。
とたんに鹿島はキュッと身が引きしまる緊張感。鹿島の目に映る天儀は、形のよい眉毛がキリリとして眼光鋭い高男児。
――きっと私だけに特別な訓戒をいってくださるんですね。
と鹿島は期待。
ただし意味がわかるかは別だが……。
「はい!」
鹿島は勢いよく返事。けれど天儀はますます不安。
「つまりな鹿島、私がいいたいのは、作戦を作るというのは多くの人生を左右する。敵も味方も、戦場にいないものへもだ。わかるか?」
「はい!」
またも元気よく返事する鹿島はニコニコ顔。そしてトレードマークのホワイトブロンドのツインテールもピョンピョンとして、
――で、本題は? どんな特別なお言葉が?
という期待感に満ちあふれている。
天儀が、
――ダメだ。
と、あきらめた瞬間だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そしてついに緊急の作戦会議。
作戦会議室の入り口には、
『ダーティーマーメイド迎撃作戦会議』
のプレート。
そう。きたるダーティーマーメイド率いる高速機動部隊への作戦会議だ。
いま、この陸奥改で一番大きい作戦会議室には各艦の艦長などの艦隊高官たちがズラリ。隼人隊の隊長林氷進介の顔も当然ある。
そして作戦参与の天童愛の姿もだ。
天童愛は、
――だじょうぶかしら?
不安げに鹿島を見た。
鹿島さんったら、天儀司令に作戦づくりを命じられました! とはしゃいでいましたけど。その悪いのですが、
――不安しかない。
というものなのですが。
不安げに鹿島を見つめる天童愛は、数日間のブリッジでの風景を思いだしていた……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
場所は司令指揮座下の天儀のワークスペース。ここを中心に司令部区画と呼ばれる場所だ。
鹿島が司令官のワークスペースに座って、天儀が横に立つ。いつもと逆の風景に通りかかる人々は若干の不思議顔。司令部区画にワークスペースを持つ天童愛も、ついチラチラと見てしまっていた。
天儀が鹿島の手元をのぞき込みながら。
「ほーら鹿島。違うぞー。いま俺たちはなにをしてるんだ?」
「作戦つくってます!」
「そうだ。えらい。わかってる。じゃあなんの作戦だ?」
「敵の高速機動部隊の迎撃作戦!」
「そうだぞ。じゃあ、かしまぁ。いまお前が手元に書き出した計画案はなんだ?」
「分進合撃の積極打撃作戦です! ちょっとわかりにくいですが『バグラチオン作戦』をイメージしちゃってます。天儀司令にはわかります?」
「違うだろーかしまぁ。どうして待ち伏せなのに進撃してしまったんだ。それにだ。どこにそんな大兵力がある。俺たちは少ないぞぉ」
「はい! でもイメージは『バグラチオン作戦』です!」
「かしまぁ。その作戦はなぁ。10年近く戦い続けた精鋭揃いの軍隊のみに許される巧緻な超大規模作戦だ。ナポレオンだって難しいぞぉ」
「はい! でもやりたいんです!」
けれど今回の天儀は辛抱強い。こめかみに、
――ビシッ。
と青筋などたてない。
そう天儀は、もう先の司令室での2人きりのやり取りで色々あきらめている。
いまの天儀の目的は、
――鹿島に作戦をつくさせる。
ではなく、
――作ったと思わせる。
というレベルまで落ち込んでいる。
連日ブリッジで続く鹿島の妄想作戦につきあわされた天儀がついに根負け。つまり鹿島の粘り勝ち。
2日に一度は新しい作戦を用意してきて楽しく話す鹿島の、
「私も作戦をつくりたいの!」
という特大の欲求は、最近ではブリッジを押しつぶさんばかりだった。
ついには夢の中でも鹿島があらわれ、
「新しいの作っちゃいました!」
という巨大な笑顔が迫る。
天儀は恐怖を覚え、
「わかった! 作らせるから!」
と悲鳴をあげガバッと跳ね起きていた。
真っ暗な部屋で、天儀は寝汗ビッショリでゼエゼエと息も絶え絶え。
そして天儀としては決めたからには途中で投げだしたくない。こうなったら粘り強く鹿島を嚮導していくしかない。
「よく考えろ。俺らの戦力をだ。特戦隊の数は?」
「11隻です!」
「敵は?」
「高速母艦2隻を基幹とした部隊を想定してます!」
「わかってるじゃないか鹿島。なら、お互い小規模で、そんなウルトラ級の作戦は必要ないだろ?」
「あ、そうです。天儀司令すごい!」
「だろー」
のっけから、この驚愕のやり取り――。
天童愛はこの風景を目撃して、
――天儀司令は鹿島さんに作戦を作らせている。
というのは辛くも理解できていたが……。こんな調子でできあがるのかしら。と目の前の光景に唖然とするしかない。
「うぅ、でも、天儀司令が想定するのは高速母艦2隻。敵のほうが圧倒的に強いですよね」
天儀がうなづいていう。
「だが、強者は常に強者たり得ない」
「えっと、つまり、強い人も弱いときがある?」
「そうだ。わかってるじゃないか」
と天儀は鹿島の頭をクシャクシャとなでてから言葉を継ぐ。
「物事には欠所というものが必ずある。風邪などの体調不良、風呂に入っているとき、寝ているときならどうだ?」
「うひ、そんなときに戦いたくありません」
「だろ、風呂に入っていては丸裸だ。そんなときに戦いだ。どうなる?」
「いやですね。えっと上手く戦えないと思いますから」
「そうだ風呂では無双の武人も、全裸で風呂につかていては実力など発揮できない」
「ああ! それです私がいいたいのは! 実力が発揮できない!」
「そうだ。そういう視点でいま特戦隊がいる宙域図を見てみろ。戦場には敵を弱くする要素があふれてるだろ?」
「はい!」
鹿島は返事だけはいいが、まるでわかっていないことが天儀にはよくわかる。
証拠に鹿島は宙域図を眺めながら、
「想定は敵最精鋭のダーティーマーメイドの部隊による先制攻撃。ダーティーマーメイドは人魚さん、人魚さんが入りたくなるようなお風呂がどこか探すんですねぇ。お風呂、お風呂と……」
などとのんきなことを口走っている。
「例えばここだ」
といって天儀が宙域図を指した。
「ほう。岩屑地帯ですね。デブリがいっぱいで川みたいです。おお、『カサーン流星群帯(カサーン・メテオシャワーゾーン)』って名前がついてますね」
「そうだ。ここで戦うとどうなる?」
「え? やだ天儀司令ったら。普通こんなところで戦いませんよ? 宇宙には砲戦優位空間があるじゃないですか、教本にあるまっ平らな平原のような宙域。これが戦いに適してる場所ですよ」
「そうだな。敵もこんなとこじゃ戦いたくない。が、逆転の発想だ」
鹿島が、あ! という顔。
「ということだ。今回は、あえて戦いに向かないところ戦闘域に選定し、敵部隊を誘引する。敵母艦部隊が我々を発見したら、必ず有力な二足機集団を派遣してくる」
「それをここで撃滅ですね!」
「そうだ」
笑みで応じる天儀。
「航空撃滅戦ですね!」
「そ……」
天儀が、そうだ。と肯定することをためらった。当然、理由は違うからだ。この戦いが生起しても制空権を争う航空撃滅戦ではない。鹿島は『撃滅』と『二足機の戦い』から航空撃滅戦という制空権争いを想像して興奮。そうに違いないと嬉しくなっただけだ。
天儀は、
違うが――。
「そうだ」
と鹿島へ満面の笑み。
「私たちは戦いにくいわかってるところで待ち伏せ、敵は知らずにそこへ突入。この作戦のキモは入念な下調べですね。カサーン流星群帯を丹念に探索。あとは、いまからでも、この岩屑地帯で二足機部隊の訓練も行なってはどうでしょうか?」
鹿島がそれまでの幼稚な態度とうって変わって、卓越した理解力をしめしていた。
「そうだ。すごい」
「あらやだ天儀司令ったら、バカにしてます?」
「いや、心からの称賛だ」
うふふ。ならいいですよ。と鹿島は口にしつつごきげんだ。
「で、話を戻します。この迎撃作をやるなら、あらかじめカサーン流星群帯で隼人隊の訓練を実施したほうがいいと思うんですが、訓練には危険すぎますか?」
「いや、俺でもそのようにする。問題ない。作戦が固まり次第、林氷進介へ同地での訓練を命じる」
このようにして作戦はできあがっていったわけだが、これは当然にしてほんの一部で、はたからようすを眺めていた天童愛には、
――あの、鹿島さん? ほとんど天儀司令に誘導されていわれるがままですけど?
という困惑。
けれど天童愛の目には鹿島の笑顔。それも、
――とても幸福そうな。
天童愛は、
「ま、こういうのも、ありかも知れませんね。わたくしも作戦づくりは、よくお兄様に手伝ってもらいましたし」
と微笑んだ。
そしていま陸奥改の作戦会議室では、作戦を作ったとされる鹿島が壇上に立ち作戦の説明を開始。
こいうときの鹿島には華がある。トレードマークのホワイトブロンドのツインテールも輝かしい。
鹿島が大スクリーン背景に凛として喋り始めていた。
「この作戦は『カサーン流星群帯(カサーン・メテオシャワーゾーン)』に、敵の高速機動部隊から放たれる北斗隊を、林氷進介の隼人隊で誘引します。隼人隊は同地帯で交戦しつつ直進し、陸奥改らが待ち受ける反対側まで抜けます。待ち受ける艦艇11隻は、メテオシャワーゾーンからバラバラとでてくる敵の二足機を対空砲火で狙い撃ち! 撃滅します!」
鹿島が大スクリーンに映しだされているページをめくって、さらに説明。
「この作戦の要は、林氷進介率いる隼人隊にあります。メテオシャワーゾーンに上手く誘引し、そのうえで陸奥改らが待つ地点まで敵を誘導。メテオシャワーゾーンに入った敵は岩屑群に阻まれ飛行困難で陣形は崩壊。同地帯からバラバラになってでてきた敵が陣形を作り直す前に、艦艇の強烈な対空砲火で襲い、さらに隼人隊は対空砲火から逃れようとする敵を殲滅! 以上です!」
といった鹿島は、あ、そうそう。という顔でトップガンの進介を見て、
「メテオシャワーゾーンと呼ばれるだけあって、同地帯の岩屑の動きは、とっても激しいです。気をつけてください」
と、つけ加えた。
「隼人隊はすでに同地での戦闘を想定した訓練を明日から敢行します。作戦では1機も欠けることなく、問題なく飛んでみせますよ」
「すごい。やっぱりトップガンたよりになります。お願いしますね!」
「敵が現れるまで最低でも3日はある。時間を無駄にはしない」
進介が任せろとばかりにうなづいたのだった。
作戦が決定された。
壇上の鹿島は終始ものおじせず堂々として、気負ったふうもなく。鹿島の晴れ舞台に記録係として参加した陸奥改主計室のマリア・綾瀬・アルテュセール、アリエス・ドレッド、土佐瑞子、エーマル・パパンの羨望と憧れの眼差しを一身に受けていた。
*次回更新は12/15(金)の予定です。