14-(1) 高速機動部隊
神世級戦艦ザルモクシス――。
この神聖セレスティアル共和国軍の国軍旗艦の艦内でいま、不機嫌の塊の女子が1人。
小柄だがすらりとした手足をブンブンって歩き、大きな造花の髪飾りは一歩でるたびに大きくゆれる。
「リリヤさんまって――」
とシャンテル・ノール・セレスティアが、カーキ色の巻き毛をゆらしながら不機嫌な女子へと追いすがる。
そう不機嫌の塊となって進むはリリヤこと、アイリ・リリス・阿南だ。
「知らないったら! あっちいって!」
同時にシャンテルの手に痛み。
リリヤがシャンテルの手を振り払うさいに容赦なくシャンテルの手をはたいたのだ。
シャンテルは、その大きな瞳に困惑いっぱい。はたかれた手を抑えながらリリヤを見送るしかなかった。
ことの起こりは30分ほど前。ザルモクシスのブリッジ――。
「シャンテルさん。お菓子たーべよ」
とブリッジにひょっこり現れたどこか虚ろな目のリリヤ。
シャンテルは、
「またですか」
困惑するも表情にはださない。
――リリヤさんの精神診断はデット判定です。
とぐっと我慢し笑顔で対応。
これは古いいいかたをすれば精神病というやつですね。リリヤさんはご病気なんです。とシャンテルが心のなかで思った。
メンタルヘルスは崩壊気味のリリヤへ不快の色を見せればどうなるか。
答えは2つ。
――激烈に怒る。
もしくは、
――異常に落ち込み、そのご暴れる。
シャンテルが同対応したものかと困った目をリリヤへ向けるなか、リリヤのシャンテルを見る目は信頼でいっぱい。
「あのねあのね。艦長室の扉が開いてのだからリリヤ入って調べたのよ」
そういってリリヤが正方形の缶を差しだし、フタを開けた。とたんに缶を中心に甘い匂い。中身はひと目で高級品とわかるクッキーの詰め合わせ。
「あら、艦長室からくすねてきたんです?」
「ふふ。扉が開いてたのがいけないんだよ。こんなの隠してるだなんてずるいんだぁー」
リリヤが笑顔。いまからいっしょに食べましょ、ということだ。
「でも……」
とシャンテルが逡巡する素振りであたりを気にする仕草。次いでシャンテルは、これでつたわってくれればいいのだけれど。と思いながらリリヤへ困ったような笑いを向けた。
「あっ。そっか。シャンテルさんはいまブリッジ責任者の当番中だよね」
シャンテルは、わかっていただけましたか。とホッとし、
「そうですね。皆さま働いていらっしゃるなかわたくし一人がいただけないわ。あとでお茶のときにいっしょに食べましょ?」
提案するもリリヤは唯つ我のみの世界の住人。
「いいのいいの。こんなのサボったって。どうせ見てるだけだし。ザルモクシスは国軍旗艦だよ?」
「ええ、だから――」
国軍旗艦だから他艦の模範として当番は貫徹すべきというシャンテルの思いは声になる前に、
「だからみーんな優秀! シャンテルさんが見てなくても平気よ。ちゃんとやるって」
というリリヤの勢いにさえぎられた。
「でも。お役目はきちんとはたしてこそですしね?」
「リリヤだってやったことあるからわかるの。ブリッジ責任者の当番なんて暇でしょ? だからこうしてきてあげたの」
そうリリヤの階級は中佐と高い。そして肩書きは二足機集団総隊長。実戦部隊のトップだ。
艦長不在のブリッジでは一番階級が高いものが、艦運航監視の責任者となる。少佐で総隊長なら回ってくる可能性は十分にある。
「平気よ。本当よ? だってリリヤはいつもゲームして暇つぶししてるぐらいだしね」
シャンテルはさすがに驚きが隠せない。艦長座のコンソールに足を投げだし座るリリヤが、ピコピコとゲームしている姿が容易に思い浮かぶだけにいただけない。
リリヤの言葉はシャンテルをサボりに誘う、その場限りの嘘ではなさそう。
艦隊高官が率先して規律を乱しているのだ。シャンテルからすれば、あきれをとおりこし、なんといっていいかわからないというものだ。
「ねっ! 食べよ?」
リリヤが笑顔で迫ってきた。その目は虚ろで、なにを考えているかわからない。
シャンテルは押し切られ、作った笑顔の下でため息一つ。部下へ紅茶を淹れるように命じた。
ブリッジ中央で開始されたお茶会。
ブリッジには似つかわしくない白い丸いテーブルに、これまた白い椅子。
紅茶の香りただようその場所で向かい合って座る2人。リリヤはご機嫌。シャンテルも、もうあきらめ休憩モード。優雅にティーカップを口持ちへと運んでいる。
「戦争状態なのにずっと暇なんだよねー。楽しかったのは李紫龍をハメた最初だけ。第二星系外縁でにらみ合いで全然戦闘ってないじゃん」
「でもリリヤさんは星系封鎖解除ではご活躍でしたでしょ?」
「あんなの……つまんないよ」
「あら、どうしてです?」
「母艦の管制指揮所で部隊指揮しろって。ずっと暇だったよ」
そういって、戦いたかったなぁ。ともらすリリヤ。
シャンテルは笑顔の下で、
――なるほど。リリヤさんは李紫龍にまったく信用されていませんから。
と思った。
星系封鎖の解除は李紫龍主導の作戦。紫龍から嫌われているリリヤが体のいい役職名だけつけられて、管制指揮所に押し込まれていたのは容易に想像がつく。おおかた実際の指揮を任されたのも別のものだろう。
シャンテルの胸懐に浮かぶ、
――指揮管制室で一人寂しくするリリヤの孤影。
まるで昔の自分のよう。宗家で妾の子と無視されて兄の帰りを一人寂しく待つ。ベッドにちょこんと座り手には人形一つ。シャンテルの胸がチクリと痛んだ。
指揮管制室でうつむきがちに暇するリリヤは、いまとは違っておとなしく座っているだけ。
――なにか仕事を。
と思っても誰もがリリヤを無視。
シャンテルはそこまで想像し憤りを覚えた。
李紫龍は陰険にして冷血漢ですね。起用なさらないなら置いていけばいいのに。それをお兄さまに命じられたから一応形だけだなんて。
シャンテルが憤慨するなか、リリヤといえば足をプラプラさせて。
「あー、出撃したい。戦えば最強。負けないもん。楽しいんだよ。一方的にバンバン落としてくの」
「二足機戦で本領発揮。ダーティーマーメイドのご勇姿ね」
「そう! リリヤがね。高速機動部隊を指揮すれば、いまよりずっといいと思うんだよね。弱虫紫龍は第二星系で守るだけだしさ」
「そんなことを、いってはいけませんよ。一応、あの男は総軍司令官。わたくしたちの上司なのですからね」
「高速機動部隊で遠征するの。こんなのさゲームといっしょよ。バンバン敵を倒してスコアためればボーナス。ボーナスは独立の認証。勝てばいいのよ。それをなによ。第二星系死守ってさぁ」
リリヤはいいたい放題だ。第二星系死守は神聖セレスティアル共和国の国家方針。つまりリリヤが、
――キング。
と呼ぶ男ランス・ノールの決定だ。
会議では寝てばかりのリリヤは知らないのだろう。
シャンテルは苦笑するしかないが、シャンテルも李紫龍へは腹に一物抱えている。
――ちょっと愉快。胸がすく思いですね。
はっきりってシャンテルはあの男と肌が合わない。そして、そんなシャンテルの冷眼を紫龍が気づかぬはずがない。第一執政代理(シャンテル)と総軍司令官(李紫龍)が、お互い嫌忌しあって関係は最悪だ。
歓談するシャンテルとリリヤの2人を温かみがつつんでいる。もうすっかり幸福の時間の中だ。
そこに突然、
「おい! なにをサボっている!」
雷鳴のような怒声。
2人はズドンという衝撃を受け、幸せな時間がガラガラ音を立てて崩れた。崩れた先にあらわれたのはどす黒い怨嗟の塊。表情けわしく白眉を逆立てた李紫龍。
紫龍にかつての爽やかな様子はない。妻を殺された彼は外貌だけでなく、性格まで一変していた。
「あら、紫龍さん。いらしてたんですね」
シャンテルが険のある態度でいった。
「〝いちおう〟総軍司令官だ。礼を払え」
皮肉を交え高圧的な紫龍。
シャンテルとリリヤの会話は、この男に途中から聞かれていたらしい。
小柄で細身なシャンテルが、高身長の紫龍に上から威圧されればなすすべもない。
シャンテルは目を伏せ一礼。
――また押さえつけるように。それも首根っこをつむように。本当にいや。
嫌っている相手へ頭を下げるとは屈辱だ。
しかも紫龍は立場と実績をかさに着て、ことあるごとシャンテルを威圧し屈服させてくる。嫌い合っていて、これでは関係の改善など夢のまた夢。この2人にとって時間は関係の改善ではなく、悪化しかもたらさない。
続いて紫龍は、
「銀蝿!」
またも怒声。
銀蝿とは艦内の貯蔵庫や食堂、酒保から食料を盗む行為だ。
紫龍の怒声にシャンテルとリリヤの小柄な2人の体がビクッと跳ねた。
さらに紫龍はリリヤを指して、
「貴様のことだ!」
と頭から怒鳴りつけた。
「艦長室から嗜好品を盗みだすとは恥を知れ!」
リリヤが不快もあらわに、
――ちぇ。弱虫のくせにさ。
ボソリといった。
「おい。いい度胸だ」
紫龍が目に慍怒の色をやどしてリリヤへ迫り、リリヤは紫龍の影にすっぽり埋まってしまった。
強気な態度を崩さないリリヤだが、その虚ろな目におびえ。
高身長で体格のいい男の紫龍と、女性のなかでも小柄なリリヤとでは巨人と小人。
「ランス・ノールは貴様を買っているようだが、俺は違うぞ。扱いにくい戦力はなきひとしい。お前はつかえないグズだ!」
リリヤは、
――違う! リリヤは強い!
と心で叫ぶも感情が高ぶり声がでない。かわりにでたのは涙。リリヤがうつむきすすり泣きだしていた。
紫龍がその姿を見て、
――毎回、歯向かってくるがあっさり泣く。
と鼻で笑い飛ばした。
「第一執政です」
シャンテルがリリヤをかばうように前にでて鋭くいった。
「なに?」
「ですから兄は第一執政です。国家元首を呼び捨てですか?」
シャンテルは規律を乱すなとリリヤをいびる紫龍が国家元首を呼び捨てでは、しめしがつかないと揚げ足を取ったのだ。
「それにクッキーを持ちだしたくぐらいで、そんなにお怒りになってみっともないと思わないです?」
「黙れ――」
と紫龍がシャンテルを睥睨。今度はリリヤが紫龍の影のしたに……。圧倒的な威圧感だ。シャンテルは思わずたじろぎそうになったが、背にはすすり泣くリリヤがいる。
――いいえ黙りません。
という態度でキッと紫龍を見上げた。
けれど大の男からの巨大な怒気に、可憐なシャンテルなどひとたまりもない。押しつぶされるような恐怖を覚え唇は真っ青だ。
「いいよ。こいつ弱っちいからリリヤとシャンテルさんをいじめるんだよ。昔お兄ちゃんがいってた。弱いからいじめるんだって。弱いからいじめをするんだって」
リリヤが涙を振り払い、シャンテルをかばうように前にでていた。
弱者が弱者を虐げる負の連鎖。
真の強者の目には弱者など映らない。タカはスズメなど目に入らないし、トラはネズミな相手にしない。
スズメをなぶるのはカラスで、ネズミをもてあそぶのはキツネ。どちらも王者を前には、目を合わすことさえできずに息を潜めてやり過ごすしかない。まさに上には媚び、下を虐げるさまだ。姑息そのもので強者とはとてもいいがたい。
だってとリリヤは思う。自分を厚遇してくれるキング・ランス・ノールは国のトップ。対して紫龍はそのした。キングの部下だ。まさにこの図に当てはまると。
リリヤにとってランス・ノールは堂々たるタカやトラで、紫龍は姑息なカラスかキツネだ。
けれど紫龍からリリヤを見れば、
――厚遇されて当然。
と思っているふしがある。
これだけでも唾棄すべき不遜さなのに、
「自分は運が悪い世界で最も不幸。かわいそうな女の子。早くお兄ちゃんに助けて欲しい」
などと考えていて身勝手にすぎる。
――これだけ恵まれた待遇と、SSSという二足機適性で不幸だと!
と紫龍がカッとさせるのがリリヤ。
それに、いつかお兄ちゃんこの不幸な世界から助けてくれるというのも、
――行動こそ唯一状況を解決する。
と考える紫龍にとって他力本願で気に入らない。
「また妄想か」
紫龍が吐き捨てるようにいった。
「ちがうったら!」
「ならば今度紹介して欲しいものだな。そのお兄ちゃんとやらを。グズでカスのお前だが、一応は俺の部下だ。挨拶ぐらいはしてやる」
「会えば驚くよ。お兄ちゃんは違ってアンタと優しくて、しかも強いんだから。弱虫のアンタは泣かされるんだから」
「それは楽しみだ」
紫龍が見下した笑い、
「上司としては、お前のような淫売とは縁を切れと忠告してやる。ただし会えればだがな」
唾棄するようにいった。
傲然とする李紫龍に、いい返せない2人。
国家元首として政治に専念するため艦隊を離れたランス・ノール。シャンテルは李紫龍のお目付け役として残されていた。
けれどシャンテルは艦隊内で孤立気味。理由は紫龍と対立だ。
李紫龍は星間戦争最高の軍人とまでいわれる男。そもそも総司令官。対してシャンテルは組織管理こそ優秀だが、その力の裏付けはランス・ノールの妹ということのみ。
艦隊の高官たちから末端まで、両者を天秤にかければ圧倒的に紫龍へ軍配をあげ、ひれ伏す。
なによりシャンテル自身が紫龍を恐れ、びびってしまっているのがいけない。
「このことはお兄さまへ報告させていただきますからそのつもりで」
シャンテルが最後の手段、伝家宝刀を抜いたが、
「また、お兄さまか。好きにしろ。やつは俺がいないと困る。大好きなお兄さまが俺とお前を天秤かけてどういう判断をくだすか見ものだな」
紫龍は歯牙にもかけない。
シャンテルが口惜しそうに黙り込んだ。
数日前にシャンテルは兄ランス・ノールとの通信で心の辛さを吐露。
「お兄さま、李紫龍はとんだ陰険な男です。総軍司令官にはどうでしょうか。しかも部下たちの前でも平気でお兄さまを常に呼び捨てで、しめしがつきませんし――」
ここは一言厳しく注意を。というシャンテルの言葉は、兄ランス・ノールの、
「ま、やつも妻を殺され傷心なんだろう。大目に見てやれくれシャンテル」
という言葉で掣肘されてしまった。
悲しいかなランス・ノールが望むのは円満な人格ではなく軍事的優秀さ。李紫龍はその意味で申し分ない。いや、これ以上ないといっていほどに最高。
シャンテルからしても天秤は紫龍へ傾くと考えざるをえないのが現状だ。
対して一方の紫龍からすれば、
「不敗の紫龍も、ハエに群がられればうっとおしいというものだな」
ということで、紫龍のほうもことあるごとにこうやって対立することに問題、ありていにいえば面倒くささを感じていた。
紫龍が会議などで、
「こうする」
といっても、第一執政代理のシャンテルが、
「それは、どうでしょうか?」
と横槍を入れてくるのが常。やりにくいことこのうえないのだ。それに発言がいちいち素人くさい割に、的を射ていることを吐くが紫龍をいらつかせる。
――特にこの2人がそろうと始末が悪い。
と紫龍がが思う。
瞬間、紫龍がハッとした。
「ああ、いいだろう。出撃だ」
「え?」
という顔のシャンテルとリリヤ。2人からして紫龍の言葉は唐突にすぎる。
「阿南、出撃させてやる。高速母艦を1隻やる。高速の護衛艦もつけてご希望どおりだ。お前を高速機動部隊の司令官に任命する。ダーティーマーメイド好きに泳いでこい」
とたんにリリヤの虚ろな目に喜色。
対してシャンテルは紫龍へ疑義の眼差し。
「どういう風の吹き回しです?」
「どうもこうも。二足機集団総隊長のやる気を買ったのだ。その気鋭やよし。第二星系内の敵を掃討してこい。まだ少数が残ってるだろう」
紫龍が嫌味な笑いをした。
いま第二星系内に侵入した敵とけば隠密行動中のはずだ。地道な探索作業からの開始となる。つまり時間がかかり、
――面倒くさいのだ。
そう。いるかどうかもわからない敵を追わせて、素行不良で問題の多いリリヤを艦隊から追い払う。紫龍の狙いはこれ。
――物理的な分離。これで2人いっしょになって俺へ手向かいすることも無理だ。
というものだ。
「でもさ1隻は少ないよ。紫龍さん。4隻、いえ2隻にして。ね? いいでしょ?」
リリヤのとたんの媚態。シャンテルは眉をひそめた。
「2隻か――。確か拘束母艦のズュギアヘレとガメイラヘラは手が空いていたな」
と紫龍は白眉をよせて考える素振りをするも心中は、
――バカか。お前などになにも期するところはない。
と完全に切り捨てている。
「ね。いいでしょ。リリヤは絶対に戦功を立てるよ。部下のリリヤの手柄は、紫龍さんの手柄でもあるでしょ?」
渋る紫龍が応じの言葉をだす前に、
「いけません!」
シャンテルが叫んでいた。
「正気を疑います。兄の考えは1惑星に1艦隊。戦力を固めての惑星の守備です。スザク艦隊が第二星系へ迫っているのですよ。分派などありえません。それも主力の高速母艦など断固反対です!」
「だいじょうぶ。シャンテルさん。リリヤすぐ戻ってくるよ?」
シャンテルはリリヤなどかまわず紫龍をにらみつける。が、紫龍からすれば小鳥に見つめられた程度にも感じない。
「戦場においては君命のあらざるところなり。孫氏だ。お嬢さんは知っているかな」
「それは戦術的な話です。国家戦略の根幹を総軍司令官ごときが――」
「なんで!」
リリヤが業を煮やし叫んでいた。
自由に戦えると喜んだところに、信頼しているシャンテルからのまさかの反対。リリヤには困惑しかない。
「なんで賛成してくれないの! お友だちでしょ! リリヤは戦いたいの!」
「ですから!」
突如対立し始めた2人。共通の敵だったはずの紫龍はそっちのけだ。
紫龍はこの様子を見て、
――ははん。これは面白い。
と思い。
「阿南、そういってやるな。シャンテル嬢には戦争はわからない。俺は二足機科適性トリプル・エスのお前に期待している」
「ほら! ああいってる!」
「上手く乗せられているんです! おわかりにならないの?」
「わかってないのはシャンテルさんだよ! 戦いは勝てばいい。勝ってれば勝つよ!」
いまのリリヤは、ただ出撃したいだけ。目先の戦闘に勝っていけば最終的に勝つ。勝っているのだ戦略規模でも負けるはずがない。というのがリリヤの論だ。
だが、そんなわけはない。
――戦いは、戦術を・作戦で・戦略へ!
これが基本。戦術レベルで散発的に勝ち続けても戦略的な勝利にはなりえない。
シャンテルは、
――こんなことも、おわかりにならないなんて。
と、カーッとなって。
「リリヤさんったら、この男が突然言を翻してなにも疑問に思わないんです。リリヤさんはこの方に散々なあつかいをうけてきたのをお忘れになって?」
「知らない! 知らない! 知らない!」
リリヤが、嫌なことを思いださせないで! というようにいった。
「阿南いいだろう。2隻やる。ズュギアヘレとガメイラヘラだ。ダーティーマーメイドの本領を発揮してこい」
「なっ! 2隻!? 絶対にいけません。兄へ許可を取ってください。第一執政代理として拒否権を行使します。いまの命令は無効です!」
「やったぁ! 2隻だ!」
「ダメ! 無効です! 無効! とおりませんよそんなの! 拒否権の発動を宣言してますからね」
「じゃあ、リリヤは紫龍さんへ賛成ぇ。第一執政代理でも二足機集団総隊長の賛成は無視できないからね」
「なんてことを!」
シャンテルがリリヤの裏切りに驚愕。
「リリヤさんは目先のことばかりです。どうかしてます! そんなことだから行きずりの男と目先の快楽に走って捨てられるんです!」
瞬間、リリヤが固まった。虚ろな目が見開かれている。
シャンテルはそれを見て、
あっ――。
失敗したと全身で動揺。
先程まで騒がしかった場には重い沈黙。
「シャンテル嬢いいすぎだ。阿南に謝罪をしてやれ。総軍司令官として命令する」
けれどたしなめる紫龍の顔にはもっと炎上しろとゆがんだ笑い。
「命令ですって――!」
シャンテルがキッと紫龍をにらんだが、
「なんでわかってくれないの!」
とリリヤがブリッジを飛び出していた。