(十三章エピローグ) そのとき隊員たちは
その日、陸奥改ブリッジでは秘書官鹿島容子は大忙し。もう12時間も机に向かいデスクワーク。心なしかトレードマークのホワイトブロドのツインテールも疲れ気味。
――理由は。
と鹿島が思えばこうだ。
なぜなら、なぜなら。
『小惑星カサーン基地攻略作戦』
は特戦隊内で正式に発行。作戦は定日をもって発動することが決定されたからです。
え? それでなぜこの鹿島が忙しくなるかですって? 秘書官は戦わないだろですって?
ヒドイ! 違います!
軍は上意下達の組織です。上から下へはスムーズでも、下から上へはさあ大変。
つまり軍末端の特戦隊から、軍トップの最高軍司令部の作戦許可を取るのは難しいことなんです。これは特戦隊と最高軍司令部の間に中間司令部も挟まないうえに、特戦隊はグランダ軍籍で――。え? 話が長くてつまらない。うぅ。そうですか。
とにかく天儀司令は最高軍司令部に小惑星カサーンを攻略するとは断わって惑星ミアンを発ったとはいえ、具体的な作戦は提出しないでここまできたので、いまになって手続きになり秘書官チームは、
――膨大な量の書類作り。
で、すっごく大変とういわけです。
それを昨日の天儀司令ったら、
「カサーンを攻略する。明日中に必要な手続きを終えておいてくれ」
とかいってポンっとデータディスクを差しだしてくれちゃいましたけど。うぅ。恨めしいです。
でも、私、鹿島容子は俄然やる気で燃えてます! これをやりきれば秘書官の優秀さの証明になることは間違いなしですからね。そう、これはピンチはチャンスというやつです! きっとそうです!
そんな決意の勢いそのままに、
「瑞子ちゃん!」
と鹿島が部下の1人縦ロールが可愛らしい土佐瑞子へ、ペーパーを差しだした。
「えっと、これは?」
「控えだから。作戦全部事項証明書。主計室へお願いね」
鹿島が押しつけるようにいうと、瑞子は沈黙し渋るように身をよじった。
ようは、
――面倒くさい。
という態度だ。
ブリッジから書類保管する主計室へ行かねばならない。艦内は駆け足禁止だが、これは原則であって絶対ではない。火急の状況では走っていい。
――今日いくど走ったのかわかりませんわ。
と瑞子は渋ったのだ。
けれど鹿島は厳しい口調。
「ブリッジ当番がしたいってお願いしてきたのは瑞子ちゃんでしょ」
そう12時間前にブリッジ当番を望んだのは瑞子だ。それも、
――あの天童愛とブリッジ勤務を同じくしたい。
という不純な理由で。
瑞子は筆頭秘書官の鹿島が、
――じゃあ今日は体力のあるドレッドさんが私の補佐でブリッジでお願いね。
というのを、
「いえ、ここは瑞子が!」
と勢い立候補してブリッジでの当番を勝ち取ったのだ。
「電子化のこのご時世にまさか紙の書類だなんて私思っても見ませんでした……」
「電子化した時代だからこそだよ。きちんと形で残すべきものは残す。だってデータは読み取る機械がなかったら中身見れないでしょ?」
「ええ、そうですけれど……」
「大変なのはわかる。終わったらみんなでスイーツパーラーいこう。だから頑張って」
尊敬する鹿島からそこまでいわれれば瑞子は否とはいえないし、不承不承という態度も取れないというものだ。
「はい!」
と瑞子は切れのいい返事。
「ファイト! 元気出していこ!」
鹿島の応援を背にうけながらきびすを返す瑞子は、なんとか気持ちを持ち直し、
――ま、でも主計室で地獄のさなかにあるお二人よりはマシですわね。
などと思いつつ通路にでると駆け足で主計室へ向かったのだった。
そう。いま、陸奥改主計室は地獄と化していた――。
その地獄にいるのはアリエス・ドレッドと、エマール・パパン。2人は大忙しで申請書類をかき集めては記入。間違いがないか確認の反復作業。さらには『確認』や『控え』などと掘られた判子をバン! バン! とひたすら押していく。
記入漏れ、記入ミスなどの確認はAIの得意分野だが、
「AI貸し出せないってバカじゃないの!」
とアリエスが悲鳴とも取れるような悪態。目の下には疲労の色。顔は油分でベトベト。同性に人気のボーイッシュな美人が台無しだ。
「文句いっても終わらない」
とメガネを光らせ冷静に応じるのはエマール・パパン。不気味な物静かさをほこる彼女だがいまは疲労で完全に猫背だ。
「航行長が航路計算するからAI使ってるですって!? 計算機でやりなさいよ! 計算機で!」
「それはむちゃ。航路ミスるとどこへ行くのか特戦隊。戦隊まるまる遭難する」
こんなときでもエマールは冷静だ。言葉を口にしながらも黙々と作業を続けている。
対してアリエスときたら錯乱気味。
「で、さらに作戦にあたって砲術長があらかじめ照準計算もするからAIは秘書官チームには回せないですって!? 見くびられてるのよ私たち。ひどいと思わないのエマは!」
「アリエスお願い。手を動かして」
アリエスは口が動くと手が動かない。
女性はマルチタスク。お喋りしながらでもある程度の作業はこなせるはずなのだが……。
エマールがチラリとアリエスを見た。
アリエスは同性から人気。これはいわゆる男役的な人気で、エマールから見てアリエスの好むファッションはユニセックス。男性的な特徴を好んでる。
そしてエマールの脳裏には、
――人間は女性ホルモンと男性ホルモンの両方を分泌する。
などと断片的な人体の知識が思い浮かび、
――アリエスが同性に人気の理由は男性ホルモンが強いから?
という斜めの上の発想。エマールも疲労で頭が回っていない。
「アリエスは、今日は男の子の日?」
「はあ?」
アリエスからすれば寡黙なエマールの思考など読めもしない。
エマールの、
――今日のアリエスは男性ホルモンが強い日。だから私語がばかりで作業が進まない。
こんな発想などわかりようもない。
アリエスが疲労のなかで、新手のセクハラ? と困惑。
けれどアリエスの困惑は、
「鹿島筆頭から次の書類の確認きてる」
エマールの言葉でかき消された。
「あー! もう! 鹿島筆頭って化物なの!? 次から次へとこっちは2人で処理してるのにちっとも追いつかないじゃない」
「さすが主計部の至宝。書類には注意点には別レイヤーで上から赤印。助かる」
「助かるけど。そんな余計な手まで加えて、こっちの倍以上の作業スピードよ」
2人が作業に追われるなか主計室に、
「その鹿島筆頭から書類ですわ。これ保管しておくので、よろしくお願いしますわね」
という声。
作戦全部事項証明書を保管しにきた瑞子だった。
瑞子は戸棚へペーパーをしまうとクルリと踵を返し部屋をでていこうとするが……。
「ず、い、こー」
アリエスが背後からガッチリと抱きついてきた。
「へ?」
「逃さないわよ。アンタもここで作業してきなさい」
「バカおっしゃって。瑞子は鹿島筆頭の補佐でブリッジ当番。エマさんからもドレッドさんへおっしゃってくださいまし」
けれどエマールは、
「ナイス」
とアリエスへと親指を立てた。
「ということよ瑞子。おとなしくアンタも鹿島筆頭から次から次へと送られてくる書類でエンドレス・ヘルを味わうのよ」
「そんな理不尽ありえません。それに瑞子はブリッジ当番というのは鹿島筆頭の決めたことですわ。勝手に変えていいと思って?」
「いえ、アンタだけにブリッジでお茶くみなんて楽はさせない」
「ずるい。お茶くみだけ。絶対楽。許されない」
瑞子が2人から責められカッとなった。
「お二人ともバカおっしゃって。現にこうして書類届けるためにここまで駆け足ですわよ!」
「でも書類届ける以外は?」
エマールがズイっと詰めるように問いかけた。
瑞子の目が泳いだ。
アリエスとエマールが瑞子の両手を拘束。フフフと不気味に笑いながら、縦ロールの乙女を奈落へと引きずっていく。
直後に、
「理不尽ですわーーー!」
という瑞子の悲鳴。
いまの主計室は地獄。一歩でも足を踏み入れれば抜け出せない。土佐瑞子は抗議の悲鳴虚しく主計室に囚われたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
後日、秘書官たちの苦労もあって作戦は正式認可。
そんななかカサーン作戦計画班室に集まったのは4人。
いま秘書官のマリア・綾瀬・アルテュセールから、春日丞助と春日綾坂、黒耀るいへ正式に採用された作戦書が手渡されていた。
「鹿島筆頭が一念発起して24時間で完成したんですよ」
手渡すアヤセはニコニコ顔。
アヤセは先程のブリッジ当番で、
「アヤセ、お前からこいつを丞助たちへ渡してくれ」
と司令天儀から申しつけられたのだ。
なおアヤセは主計室の地獄の24時間を公休、つまり休日でやりすごした。
貫徹作業で秘書官全員がダウンしては勤務に支障がでるというのが秘書チームのリーダの鹿島の判断ゆえだ。
「わぁーすごい!」
と綾坂が作戦書を両手でかかげて歓喜。
「見てみて、作戦制作者の名前にわたしの名前があるわよ」
「春日丞助と大きく書かれた下に、ひとまわり小さく黒耀るい、春日綾坂ですか。ま、良しとしましょう」
黒耀がとりすまして応じるが、喜びで興奮気味。ほほが赤い。
「ありがとうアヤセ。俺たちが作ったときよりレイアウトが断然見やすくなってる。秘書チームはすごいな」
「ええ、いいんですよ。丞助さんのためですから」
アヤセは特になにもしていないが、想い人からのおほめの言葉にホクホクだ。
そんななか綾坂が、
「あれ、なにこれ!」
といって作戦書の表紙を指していた。
他の3人がのぞき込む。
「なにこの『作戦監修:天儀』ってつけ加えられてるの。黒耀、こんなの本来ないわよね?」
「あらそうね。私もいままで見た資料で、こんな欄は記憶にないわ」
「作戦書を読み漁ってる黒耀が見たことないってよっぽどですね。なおアヤセ的にもこれは初見ですね。天儀司令があとからつけ加えたみたいですね」
女子3人が次々と疑問の声をあげると、丞助から唐突に、
「ハハ。なるほど」
という笑声つづけて。
「天儀司令は俺たちを信用してないんだな」
笑いながらも下げたことをいう丞助。ムッとした綾坂が、
「はぁ? 兄貴ったらまた自分不幸モードなのいい加減してよ」
と不快を全面に押しだして責めた。
けれど丞助は苦笑しつつ。
「違う違う。失敗したら自分の責任だってことだよ。天儀司令のね」
この丞助の言葉に綾坂だけでけでなく、黒耀もアヤセもハッとした表情。
「温情かー」
と綾坂がいった。
「なるほど。『作戦監修』の文字は作戦が失敗したら戦隊司令のご自分が責任を取るという天儀司令の気概」
「至れり尽くせりですね。アヤセ的には3人は特別待遇されてますよ」
「どうだろ。子供あつかい。なんか守ってもらってるって感じでイマイチよ」
綾坂がすねていった。
けれど黒耀の見解は違う。
「いえ、違うわね。天儀司令が本来なくてもいい自分の名前を乗っけたということは、つまり作戦は絶対に失敗しないってことね。だって作戦に許可を出せばどうしたって天儀司令の責任よ?」
「ま、黒耀のいうことも一理あるわね。成功を危ぶんでたらわざわざ自分の名前なんて乗っけないか」
「いや、どうだろうな。やっぱり調理師の俺が作った作戦じゃ他艦の艦長たちを説得しにくかったんじゃないのか?」
そんな丞助の言葉に黒耀が、
「そういえばアヤセ。あの話は本当なの?」
と思いついたようにいった。
アヤセは黒耀からの振りに、何の話? という顔。
「アンタが他の艦の秘書官たちから探り入れられたって話よ」
「ああ、そうです。春日丞助とはいかなる人物かって他艦の秘書官からしつこく聞かれて大変でしたよ」
「え、マジで? 兄貴ったら有名人じゃん。やったじゃん」
「あれはアヤセが思うに艦長あたりから調査しろと指示があったんでしょうね。小型艦のデータベースじゃ他艦の調理師の特技兵の履歴なんてありませんから」
「そうそう第二回会議で、兄貴が紹介されたときの空気。思いだすわ~」
「あれは笑えたわね」
第二回会議で、作戦立案者として春日丞助が紹介され素性が割れると、
――特技兵が作った作戦で大丈夫なのか。
という不安と困惑の混ざった空気が会議室内を満たした。
ようは彼らは、
――特技兵ごときが作った作戦では不安。
といういたって凡庸な不満を持ったのだ。だが、こんなことは誰でも考える。おのれの理解できないものを司令官の天儀は採用した。この理由を考えないでは将器は矮小といえる。
この空気を司令官の天儀が威を発して一蹴。
「私が許可して、そこの天童愛が許可して、最高軍司令部が許可した。で、なにが不満なんだ」
さらに、
「問題点があればいえ」
と戦隊のお歴々を睥睨。
不安からくる不満の空気は一瞬にして消し飛んだのだった。
綾坂が冗談ぶって、
「歴戦の艦長たちも大将軍様に、そういわれちゃあ言い返せません」
と、いうと部屋に笑いが起こったのだった。
いま陸奥特務戦隊は惑星ファリガと惑星ミアンノバの接合点、小惑星カサーンのある宙域に入ろうとしていた。
順調に進めば6日以内に『小惑星カサーン基地攻略作戦』は発動。発動すれば、ほぼ間違いなくカサーンは落ちる。
だが、この動きは反乱軍、つまり神聖セレスティアル共和国軍に察知される。
特戦隊の進路上の宇宙施設は、特戦隊の通過を黙殺しても反乱軍に通過は知らせるぐらいはする。