13-(5) ダモクレスの剣
ブリーフィングルームないには紅茶の香り。室内にはほっとしたふんいき。第一回作戦会議が無事終了かと思われたそのときに、
「この作戦には、大きな問題点があります」
という天童愛からでた爆弾発言。
作戦づくりを担当した春日丞助、春日綾坂、黒耀るいは、
――なんで最初にいわないのか?
と驚き顔。
大きな問題が解決放置されたままなら、いままでの作業してきたことは無駄だ。
議事録を取るために同席していた秘書官の鹿島容子も、
――ふぇ!?
と顔をあげた。
そんななか司令官の天儀一人が泰然として、
「いってみろ」
と天童愛の発言を促した。さすが戦隊司令の天儀はまったく動揺の色を見せていない。鹿島や丞助たちは、やはり器が違う、と思った。
「小惑星カサーンまでどうやって行く気なのです?」
丞助たちがゴクリとつばを飲み込むなか天童愛からでた疑問は意外なもの。
丞助たちからして、
「どうやって行く」
という問に対して、
「陸奥改に乗っていく」
という答えでないのはわかる。天童愛が呈した疑問はそうじゃない。だがそれ意外に答えも思いつかないというのも事実。丞助たちは困惑した。
そんななか鹿島が代表するように、
「え、このままカサーンまで航路を進むんじゃ?」
丞助たちの心の中を代弁してくれていた。思えばついつい口にでてしまうのが鹿島でもある。
鹿島にも丞助たちにも、天童愛の問が戦隊の進路に対する疑問だというのは瞬時にわかったが、それだけに今更の疑問と感じた。
「第二星系のメイン航路から入り、惑星ファリガと惑星ミアンノバの間にある小惑星カサーンへ向かう一般的な航路ですけど、これが問題ですか?」
「ええ、大問題」
と天童愛がすましていった。
そう天童愛からすれば鹿島が口にした答えでは、
――凡庸すぎる。
というもので、
――状況を理解できていない
というものだ。
綾坂がハッとして、
「あ、もしかして愛さんはランス・ノールが手にしている反乱の2個艦隊の存在が気になるんですか?」
というと黒耀が応じる。
「でもランス・ノールは艦隊を2つに分けてから、それぞれファリガとミアンノバに小さくまとめて守備につけてしまってますから」
「そうよね。最高軍司令部が新たに発した東宮寺朱雀将軍のスザク艦隊(2個艦隊)を警戒して、弱小の特戦隊はいまでもほぼ無視されてるから」
「カサーンに近づくまでに妨害の部隊が派遣されてくる可能性はあるけれど、それは航路がどうのという問題ではない気がしますけど」
作戦監督の丞助も思う。
――どの航路を選ぼうと、特筆して安全とか危険ってのはないはずだけど。
敵が特戦隊のカサーン攻略への掣肘に動けば、逃走するか戦闘するかそれだけだ。これは想定内の事態で、航路にいちじるしい問題が存在するとは思われない。
「いえ、皆さん一つ忘れていますわね。宇宙警備隊。この存在をどうするのです?」
場には、
――アー!
という。そういえばそんなものもいた。しまった忘れてたという空気。
「うぅ……そうです。特戦隊いま進んでいる航路にはコロニーや中継ステーションなどの宇宙施設が多数点在。宇宙といっても無人の荒野ではありません」
鹿島が狼狽えながらスクリーンへ手早く進路上の宇宙施設を表示した。
スクリーンには大小合わせて無数の宇宙施設。
そしてそこに鹿島が独自に付け加えておいた、
――敵味方。もしくは中立。
の識別の付箋。
綾坂と黒耀が苦い顔をしてから交互にいう。
「うへ。多い」
「しかも味方はいないわね。中立か反乱支持の施設ばかりじゃない」
「そうですね。そしてこの多数の宇宙施設には、それぞれ宇宙の警察。宇宙警備隊が配置されています。彼らは軍隊ではありませんが、各管区の海賊行為を独自に作戦で掃討できるほどの戦力は有していますよ」
天童愛がついに〝作戦の大きな問題点〟の核心部分を口にしていた。
「私、鹿島が中立の判定にした施設が静観してくれるとして、敵対施設の宇宙警備隊が襲ってきたら……」
「そうです鹿島さん。襲ってきたらどうなるか。わかりますよね?」
「ふぇえ。カサーンに行きつくどころじゃないです」
「そういうことです。作戦自体には問題ありません。問題は無事に通してもらえるのか。現状のわかっている反乱軍支持の施設だけでもバカにならない数です。天儀司令、宇宙警備隊への対処はどうなさるきなんです?」
天童愛の厳しい視線。鹿島のオロオロとした目。
そして丞助、綾坂、黒耀の、
――どうするんですか?!
という鬼気迫る視線が天儀へ集まった。
「どうもこうもない」
天儀が不敵に笑ったかと思ったら、
「そんなもんは無視だ」
信じられないほど傲岸な解答を提示。
「えぇー! いい加減です!」
鹿島が代表して非難を口にし、天童愛は無言で、
「本気でして?」
という突き刺すような視線で天儀を射抜いた。
ブリーフィングルームが困惑するなか動いたのは綾坂。
綾坂は、
「各宇宙施設は攻略しないのですか。オイ式は純軍事二足機です。わたしの所属する隼人隊で先制攻撃をしかければ反乱軍支持の宙警備隊ぐらい簡単に降伏させることが可能です。やらせてください。隼人隊の隊長はあれでもトップガン。戦争の英雄です。2倍、3倍ぐらいコスモファイター(宇宙警備隊の武装二足機)なんて、やっちゃってくれますよ」
といっていち早く問題解決策を提示した。
綾坂とて、この提案が即採用。宙警備隊の問題は解決。とはならないのはわかるが、
――せっかく4人で作った作戦をオジャンにしたくない。
と真っ先に動いていた。
けれど天儀からでた言葉は綾坂の思いをくんではくれない。
「だめだな。宙警備隊は宇宙の最高良識だった。私は深く彼らへ敬意をいだだいている。いや尊敬しているといっていな」
綾坂は、
――はあ?
という不快の表情が抑えきれなかった。
他の面々もそうだ。
――天儀司令のいうところは意味がわからない。
「綾坂ったらその顔は失礼よ。ですが天儀司令。お言葉ですが敵を尊敬とはよくわかりません。どういった真意がおありなんでしょうか?」
「俺もそう思います。カサーンへ向かい進んで行くには――」
発言しだした丞助を天儀が片手でさえぎってから、丞助が口にしそうなことを自ら口にする。
「連絡線を確保するという意味でも、道中の敵性施設を攻撃し占領して、自軍の勢力に加えてしまうのが、どう考えても手っ取り早い。そういいたいのか?」
「そうです。違いますか?」
と丞助がキッとした表情で迫った。覚悟のうえでの口を開いたのだ。ヘタレてはいられない。
――うお。兄貴、今日はステキじゃない。惚れ直したわよ。
――あら、丞助ったら意外に頑張るわね。士官学校入りたてのときみたい。
綾坂と黒耀が交互に思うなか、
「宙警備隊には、ランス・ノールの反乱に加担しないなら各施設を脱出するという選択肢があった。だが誰一人としてこれを行なったものがいない。それが私が彼らへ敬意を表する理由だ」
と天儀がいった。
「なるほど宙警備隊は各宇宙施設の行政に直属しているのではなく、中央から派遣されているという形を取っていますね。配備先が敵性となれば退去してもいい。そういうことですか?」
「そうだ。宙警備隊は、宇宙施設側の意向に必ずしも従う必要はない」
「えっとなるほど。宙警備隊中央からの命令は、反乱軍の不支持。それであえて反乱軍支持の施設に残るとなると……?」
丞助には、なんとなく天儀のいわんとするところが見えてきていたが思考がそこで鈍った。
「単純に見れば反乱軍を支持したということになるな。だが物事には裏がある。それは残った宙警備隊の真意を読み違えている」
「むむ。でもでも単純にもなにも、それは反乱軍支持では?」
といったのは鹿島だ。
鹿島は天儀と丞助の交わした言葉の意味がよくわかっていない。施設行政と宙警備隊に対して軍の立場は独立しているので、進めば通れるものだと思っている。
「違うな」
天儀がそういって丞助たちを見て、
「施設行政と、警備隊の意見が食い違えばどうなる?」
と問いかけると黒耀が真っ先に応じた。
「施設行政側と、警備隊側での対立に発展します。大問題になります。対立が戦闘行為まで発展すれば収拾がつかずに破滅します」
「愚かな行為だな。選択肢としてはまともじゃない。では、反乱不支持の宙警備隊に残された選択肢はなんだ?」
「やはりここは配置された施設を脱出することですね。施設行政側と中央政府の意見は対立しています。任地を離れても法的に問題になりません」
「では、最良の選択肢と思われる施設脱出だが、宇宙施設から宙警備隊がいなくなればどうなる」
綾坂がムムッという顔してから、
「宙警備隊がいなくなれば徐々に施設内の治安が悪化する?」
と思い当たったことを口にしてた。
「バカねあんた。治安悪化なんてもんじゃないわ。海賊行為が横行するわよ。法律スレスレで営業している武装商船の料金の踏み倒しなんてざらになるわ。臓器売買なんて平気でやるやつでるわよ」
瞬間、2人が、
――あっ!
という顔。
宙警備隊が任地である宇宙施設から引き上げればそこに住む住民の安全は保証されなくなる。
つまりだ。
「宙警備隊は、あえて動かなかった」
誰となく結論を口にしていた。
「そうだ。そんな彼らを攻撃しろとは道義に悖る。君たちは私に悪魔にでもなれと?」
「宙警備隊は反乱に加担したと思われても治安維持を選択肢したわけか。凄い……男だ……」
丞助がうなだれ気味にいった。
が、ここで綾坂がハッとして、
「あ、でも。宇宙警備隊は軍ほどの戦力は有してないにしろ。宇宙海賊を取り締まれるほどの武力はあるわよね」
というと、黒耀が綾坂いわんとするとこをくんで賛同。
「そういえば、そうね。任地の施設を制圧することぐらいはできるでしょうね。施設行政側の意見に従えないのであれば、クーデタ的な乗っ取りは可能では?」
けれどこれには天童愛からは否定の言葉。
「だめね。内部で起きたテロなどには宇宙警備隊は動けますけど、施設全体の意思となれば文民の宇宙警備隊にこれを叩く権限はありません。まあ、中央からの命令があれば可能かもしれませんが、普通考えてその場合は、軍が派遣されますから」
天儀が天童愛の言葉にうなづいていう。
「宙警備隊は自らの職責の本質を見失わなかった。人は危機に臨んでその本質がでる。組織全体が道を違えないとは、これは稀有なことといっていい。これまで何百年間も続いた星間連合の宇宙警備制度は、その教育と方針を正しく維持しつづけたというわけだ」
「なるほど。宙警備隊は反乱には賛同していないけれど、施設内の住民のためにあえて残った。ま、考えてみればそうなりますね」
ついに天童愛が天儀の考えに理解をしめした。
「ゆえに私は絶対に彼らに攻撃は仕掛けない。最高軍司令部が各宇宙施設を攻略対象にしないのもこれが理由だ。もっとも彼らには損得上の理由もあるがな」
けれど天童愛は、
「あらまぁ。大層なご信念ですこと。だいじょうぶですか?」
と疑念たっぷりの表情。当然の懸念だった。
「我々が攻撃しないことの意味を、宙警備隊側も良く理解するはずだ。これは反乱鎮圧後の信頼関係となって必ず生きる」
黒耀が、
「あ、そう考えるとなるほど中立施設に反乱軍が手を出さないのもそれが理由ですか?」
と、いった。
「それもあるだろうが他にも色々あるな。国際条約上の問題もある。それに独立が認められればいまの中立施設の旗幟などどうでもいい問題だ。独立が確定してしまえば、中立施設はおのずと反乱軍に取り込まれざるをえない」
「天儀司令のいうことはわかります。でも素通りする態度を取れば逆に怒りを買いませんか? 自分たちをなめていると。俺はそれが心配です」
丞助は施設側の心理を分析していった。中立ならともかく、反乱に賛同を表明している施設の動きはよめない。
天儀は、なるほど。そういう考えかたもできるな。と、前置きしてから、
「だが、この場合は違う。我々が黙って進めば彼らもその意図を理解する。ここそういう重要な局面だ。我々より彼らのほうが、はるかに政治的に極限状態にある。ダモクレスの剣だ。彼らはいま反乱軍と討伐軍に挟まれて、究極の状況下に晒されている。一つ行動を間違えば天井から剣が落ちてきて串刺しだ。彼らは選択を間違えないだろう」
と威儀を発揮していった。
「なるほど危険なのは彼らであって、我々じゃない。逆説的ですね」
丞助が少し笑っていった。
「それに宇宙民としての正しい規範を示した彼らから撃たれるのであれば本望だ。特戦隊はあえて側腹を晒していく。それで轟沈するなら誇って死ねる。人生で意義を見出して死ねるなど中々ない。砲撃を受けるなら歓迎だな」
丞助が天儀の剛毅な発言に苦笑い。
――天儀司令、それってご自分に酔ってません?
綾坂や黒耀は、
――いや、死にたくないんですけど。
と乾いた笑い。
鹿島といえば一人目を輝かせ、
「よくわからないけど正義のためになら死んでもいいってことですよね? それに住民の安全最優先って啓蒙的で人道的で道徳を重んじる感じが素敵です!」
と胸の前で両手を組んでいる。
丞助たちが天童愛を見た。
――どうなんですか愛さん。だいじょうぶなんですかこれ?
という目語に天童愛は嘆息一つ。
「わかりました。一応、最高軍司令部に残っている六川と星守に状況の確認を取ります。ただ確かにおっしゃるとおり、そもそもこの小惑星カサーン軍事基地攻略が、最高軍司令部に受理されたのは特戦隊が道中の宇宙施設への攻撃をしないという前提ですからね」
天童愛のお墨付きで、丞助たちにもホッとしたふんいき。
特戦隊は小惑星カサーンまでの、
――宇宙施設は反乱軍支持であっても素通り。
を承諾したのだ。
ブリーフィングルームが片付けに入るなか天童愛は、天儀司令は絶対に一発撃たれたら、百倍にして撃ち返すでしょうね。この男はそいう男です。と思った。
ただそれがわかるので、本当になんの対策もなしに一方的に攻撃にさらされることはないとも思う。そいう意味では安心だった。
――証拠にです。
と天童愛は思う。
天儀司令が宇宙施設側の状況を説明するのに口にした、
『ダモクレスの剣、一つ行動を間違えば天井から剣が落ちてきて串刺しだ』
この言葉は修辞ではないでしょうね。
なんのことはない天儀は、暗に攻撃を受けたら応戦して、徹底的に沈黙させるといっているのだ。
天童愛が思うに恐らく天儀は、
―― 一発撃たれたら超重力砲で、宇宙施設の基幹部分を吹き飛ばす。容赦なくだ。
そうやって一撃で沈黙させ、素早く去る。そんな様子が想像できる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
第一回作戦会議が終了した。
――いい思い出ができたわね。
と黒耀はうつむきがちに席を立った。
次回の第二回から正式な戦隊の作戦会議だから、私と綾坂は呼ばれないでしょうね。と黒耀は寂しさをもって思った。
特戦隊はグランダ軍籍。グランダ軍は作戦会議に下士官までの出席を認めているが、当然これは建前で、作戦に必要だと思われる人員(将校)が集められて作戦会議は行なわれる。
――私は船務科でブリッジの通信オペレター。どう考えても参加の権利はありません。
参謀本部を熱望する黒耀にとって、自分が携わった作戦の会議に参加できないという事実は思い。
――いや、口惜しい。
けれど本来は携わることすら不可能だった思えば、ここで満足すべきだとも黒耀は思った。
全身で消沈する黒耀へ、
「黒耀、第二回からも必ず参加しろ」
という声が降ってきていた。
――へ?
と驚いて顔をあげる黒耀。声の主。つまり天儀の顔を見る。
――自分も参加していのですか? 場違いの勘違い娘になりません?
と、いう感激と困惑の入り混じった視線で。
「参謀本部へ行くんだろ。今回、作戦会議がどんなものかよく勉強しておけ」
天儀がさも当然、当たり前だろ、なにいってる。と、いうような態度でいった。
とたんに黒耀の顔が紅潮。喜色に満ちた。
「軍隊は経験則の組織の究極系の一つだ。どうしたって実戦は訓練のそれを上回る。今回はチャンスだ。参謀部の奴らと少しでもその距離を縮めろ。自分が作成に携わった作戦が、実戦でつかわれるという意味は大きぞ」
「はい! 参謀本部へ行きます!」
黒耀が跳ねるように敬礼していった。
天儀が苦笑しつつ。
「まだわからんぞ、行かせれるかは。俺は神じゃないからな。あまり過度な期待をするなよ」
黒耀には、いまはそんなことはどうでもよかった。
――作戦会議に最後まで参加できる。
参謀本部志望の黒耀としてこれは重要なことだった。