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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
十三章、カサーン計画
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13-(2) 厨人(ちゅうじん)

 陸奥改むつかいブリッジで一人残され身を固くするは春日丞助かすがじょうすけ

 目の前には特戦隊司令天儀(てんぎ)。天儀は悠然と司令座下の事務用の席に座している。

 

 ――調理師の特技兵の俺がカサーン基地攻略の作戦づくりって本気なのか?

 と思う丞助へ、目の前の天儀からアドバイス。


「2人の作戦案を折衷せっちゅうして作戦をつくれ。いうまでもないが行動目的は終始一つに絞れ。それだけだ」

 

 丞助は、続きは? というような目で見るが、天儀といえば話はお終いだという態度。

 

 ――え、それだけ?

 と驚き丞助は思わず口を開く。

「あの司令。自分は、ただの調理師ですが」


「そうだな」

 天儀が興味なさげに応じた。


「そうだなって……」


「丞助、君はあの2人にもう1人、秘書官アヤセを加えてかなり昵懇じっこんだな。4人でいるのをよく見かける」


 丞助がうなづいた。4人は友人関係にあることは以前丞助からも天儀へもつたえている。


「それを見て思いついた。君ならあの2人の調整をできると」


「でも階級的な問題もあります。調理師の自分が手直しして組織がまわるのでしょか?」


「階級は低くても別の繋がりがあるだろ。階級は人間関係の一面でしかない」


「確かに年齢的に4人集まると自分が、まとめ役のようになります。妹は当然として、黒耀とも中学校からの知り合いです。だから綾坂と黒耀の上に立つという形で作戦をつくることは可能だと思いますが……」

 

 丞助が自信なさげに言葉を切った。

 確かに自分は作戦に関与できたらと思っていた。綾坂と黒耀の作戦案を、俺なんかが考えても無駄だと思っていても本人たちより熱心に見ていたとすら思う。

 

 丞助は天儀に通路でばったりでくわし、はげまされたとき現実と折り合いをつけようと気持ちが吹っ切れた。だがその現実は、やはり過酷だ。特技兵に、

 ――なにができる?

 と考えると気持ちは沈んだ。


「綾坂は黒耀はともかく、調理師の俺が作った作戦に他の兵員たちは従いますかね。料理でも作ってろなんて反感を買うだけなんじゃないでしょうか」


「なるほど」


「戦いで重要なのは連携です。連携とは協調であり協和です。そして軍人さんってみんなプライドが高いでしょ。調理師の俺なんかが作れば特戦隊の調和が崩れ、不満からサボタージュが発生しませんかね?」

 

 瞬間、天儀の目には憤激ふんげき

 ――こしゃくな! 

 という激情が燃えあがったが、

「俺を誰だと思っている!」

 というのどまででかかった一喝をなんとか飲み込んだ。

 

 確かに調理師の特技兵が作戦をつくるというのは異例中の異例で、不満に思うものもいるだろう。けれど、その程度のこと従わせられない天儀ではない。天儀はかつてグランダ軍6個艦隊を掌統しょうとうした男だ。たかが11隻の特戦隊に威令を発揮できないはずがない。

 

 けれど天儀は、

 ――頭ごなしに怒鳴りつけても丞助は納得しないな。

 と思い言葉を選んだ。

 

 ここで怒鳴りつけて表面上は縮み上がらせても、

「すねた丞助くんの心は宙に浮いたまま」

 というのが天儀の判断。あいかわらず自信がなく、不安を抱えながら作戦をつくることになるだろう。不安は迷いになる。迷いが作戦にでればますます悪い。誰にとってもいいことはない。

 

「丞助、肉をさばくことはあるか?」


 丞助は天儀からのあまりに唐突な問に困惑しながらも、

「そりゃあまあ調理師で配属されてますので……」

 そう応じたが内心は、

 ――なんで肉の話?

 と天儀の言葉の意図するところがまったくわからない。

 

 肉の調理と作戦。なにか関係があるのか。丞助が困惑の目で天儀を見た。


「古代の聖人伊尹(いいん)は、もともと厨人ちゅうじんだったというぞ。厨人とはつまり料理人だ。君は調理師。いっしょだな」


 ――誰だそれは。

 と丞助はますます困惑。

 

 偉い人なのはわかるが、丞助は耳にしたことのない人物だった。

 けれど一方の天儀は丞助の困惑など一切無視。話を続けた。

 

「原始的な社会では、切り分ける肉の配分が非常に重要だったからな。切り分けかたが悪いと殺し合いにだってなる。公平かつ平等に、肉を切り分けれる伊尹いいんの才能は注目されたというわけだ。肉の切り分けに精通していた伊尹は、政治家や軍人にも向いてると見なされ、聖人といわれるほどの大業を成した」

 

 当然、丞助は、

 ――そんな話を聞かされても。

 と思い。はあ? という疑念顔しかできない。


「お前も料理人、伊尹いいんも料理人。調理師の特技兵だからという理由は、私にとって命令を拒否する理由にはならない」


 断言する天儀に対して、丞助は完全に困惑。

 知らない人物を例にもってこられて、頑張れといわれても実感などまるでわかない。心に響かない。

 

 丞助は心中で、

「え、よくわからない。お言葉は天儀司令の独りよがりでは?」

 とすら思い。天儀司令は俺を見ていないのか?という不快感を覚えた。

 

 けれど天儀は、

「つまりだ。一々言い訳せずにやれってことだ」

 と乱暴だ。押しつけがましくすらある。


 ――言い訳だって? むちゃいってるのはそっちじゃないか!

 丞助がカッとなり、

「でも俺は特技兵です! 軍人でも兵士じゃない!」

 あらがらいの絶望の言葉を吐いていた。目には不安と自信のなさがあふれ出ている。

 

 そう軍人と兵士は時として違う。調理師は戦力とは見なされない。銃剣を持って戦うことなど期待されないのは後方担当の常だが、調理師の特技兵へ向けられる、

 ――戦えない奴ら。

 という侮蔑ぶべつの視線は、数字しかわからないと嘲笑をうける秘書官への風当たりなどと質が違う。そもそも眼中にないのだ。バカにされすらしない。


「なに!お前は自分を兵士とみなしていないのか!」

 

 丞助の絶望の言葉に、天儀からは怒気。それも特大の。

 丞助がうろたえるよう下がった。天儀から怒りの炎が立ち昇っている。


「お前は法的にも兵士なのだが?」

 

 天儀が慍然うんぜんとしていった。

 困惑する丞助。


「なぁ丞助、作戦を立てたかったんだろ。お前がやっていいんだ!」

 

 力強く短い言葉。丞助は激風を受けた感覚となった。感動したといっていい。やりたいことをやらせてもらえる。という感動だ。

 天儀が丞助へ威を発した。


「俺はお前を料理人などと見ていないぞ。兵士として見ている。やれ。この俺がやれといっている。他に何が欲しい。ないだろ!」


 傲慢な言葉だっただが、丞助にはそれが嬉しかった。思わず目頭が熱くなった。

 

 丞助が天儀へ応じるべき言葉はただ一つ。

「はいっ!」

 という歯切れのよい返事だけだ。


 ――お前を兵士として見ている。

 特技兵に対して最高の賛辞だった。

 丞助が最も欲しかった言葉だった。


「俺が兵士か。天儀司令は俺が兵士だってさ……」

 退出を許された丞助がうわごとのようにいった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 春日丞助かすがじょうすけ

 は、士官学校二足機科しかんがっこうにそくきかの航空訓練中の墜落事故で二足機パイロットを挫折した。

 

 日常生活に影響するような傷害は残らなかったが、肺機能が大幅に低下したのだ。心肺機能の低下は、二足機パイロットとしては致命的欠陥。丞助は入院中に他の兵科に転向するように申し渡された。

 

 できる範囲で調べた結果、

 ――軍人として残る。

 加えて、

 ――艦艇勤務かんていきんむがいい。

 という自分の望みを両立するには調理師の特技兵が待遇的にも一番マシだった。

 

 そう丞助は特技兵なら星系軍に残れた。

 大気圏内の治安をつかさどる圏内軍けんないぐんなど論外。地上勤務や後方基地ではなく艦上勤務がいい。妹の綾坂あやさかに負けず劣らず丞助も二足機脳だった。

 

 いや、そもそも兄妹で、

「二足機パイロットになりたい」

 といいだしたのは兄の丞助だ。


 艦載機隊は二足機乗りの花形である。上から順に選ばれ艦載機隊へと着任していく。着任した先が名の通った巨大母艦なら嬉々として勇躍。跳ね上がって喜ぶものばかりというのが二足機科。


 丞助の調理師としての適正はS。軍の調理師専門学校へ行けば間違いなく艦上勤務が可能。料理がうまいものから艦艇へ配備されるからだ。それに中退すれば履歴には残らないが、士官学校へ入学したという前歴も大きい。

 

 丞助は一晩悩んだ末に、士官学校中退を決意。翌日、父に電話で思い切って告白した。

 

 武官侍従ぶかんじじゅう春日大作かすがだいさく

 これが丞助と綾坂の父。星系軍の主力艦勤務を歴任し、中央に戻り管理職。その後武官侍従として朝廷に入った。立派な体格に、柔道三段、剣道三段、合わせて六段。きわめて厳格な父だ。

 

 丞助は、この厳格という石を人の形にしたような父に、

「特技兵へ転向するぐらいなら一般の学校に入り直せ!」

 と頭ごなしにいわれることも覚悟してのことだった。

 

 だが父の言葉は丞助が予想していたものとは大きく違った。


『まあいい。綾坂がいる。お前は好きにしろ』

 

 言葉は丞助を深く傷つけた。挫折感ざせつかんにさいなまれるなか、追い打ちをかけるような言葉だった。

 

 ――俺は必要ないのか。

 と電話口で打ちひしがれた。

 

 妹の綾坂に、このことをもららすと、

親父おやじもそんな意味でいったんじゃないと思うから。ね、兄貴、元気だして?」

 とめずらしく優しくなぐさめられたが丞助の心は動かなかった。

 

 丞助は思えばあの時から時間が止まっていた気がする。

 それを天儀の傲慢が粉砕した。

 ――いま自分の時間が動き出した。

 丞助はそんな気がした。

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