13-(1) 作戦案のゆくえ
「なんで兄貴もいっしょなのよ」
と陸奥改艦内を進む春日綾坂は不満たらたら仏頂面だ。
作戦案を提出しなおした翌日の昨日、秘書官鹿島経由で天儀から、
「結果をつたえる。ブリッジへこい」
との呼び出し。呼び出されたのは作戦案づくりを命じられた綾坂と黒耀るいだけでなく、なぜか春日丞助も共にということだ。
妹の綾坂からにらみつけられる丞助といえば、
――いや知るわけないだろ。
と気まずそうに視線をそらすしかない。
「まったく別の用件で同時に呼び出しとかあるんじゃないか。戦隊司令って立場は忙しいし、効率的に済ませようって可能性はあるだろ」
「兄貴ったらバカいっちゃって。調理師の特技兵をブリッジへ今夜の献立でも聞く気?」
丞助が、
――確かに。
と苦い顔。
詳細は一切なしで突然の「お前もこい」とだけの呼び出しだよな。俺は別に司令官に呼び出されて注意を受けるような悪さはしてないし、この3人となると、どう考えても作戦案のことだけど……。
――まさか本当に献立知りたいのか?ハハ。
などと丞助が浮かない顔。
そんな春日兄妹を黒耀が一瞥。
「ま、綾坂さんの言葉足らずな作戦を、お兄ちゃんに説明させるってところかしら」
「はぁ?」
「綾坂の作戦案は感性にうったえすぎなのよ。あれでは説明ないと理解できないわね」
一瞬カッとなりそうになった綾坂だが、ハァーと大きなため息。
「意味がわからないのはあんたの作戦も同じよ。とにかく黒耀の作戦案は長いわよ」
挑発には乗らなかった。
今日どちらの案が採用されるかはっきりする。
――つまり今日勝負の決着がつく。
こう思えば綾坂には黒耀の安い挑発に付き合う気力も起きない。
時期的に、そろそろ一本に絞って現実的な作戦として落とし込んでいく作業に移らないとカサーン基地攻略の作戦はいつまでたっても完成しない。
当然、黒耀もそれを意識している。綾坂と黒耀の間にピリリとした緊張感ある空気がただよった。
1人緊張感の外にあるのは丞助。丞助には俺までなんで呼ばれたのかという疑問しかないが、緊張感で黙り込む2人を見てハッとした。
――もしかして俺は2人の仲裁役で呼ばれたとか?
これは大いにあり得る話だぞ。と丞助が黙って進む2人の顔を交互に見た。
憮然と黙り込んでいる綾坂と黒耀は、外面こそすましているものの内には巨大な不安を抱えているのが丞助にはよくわかる。
――これは相当にストレス溜めこんでるな。
と丞助が内心嘆息。
丞助の嘆息の理由はこうだ。
俺の長年の経験からいえば司令天儀がどちらの作戦案を採用するか決定すれば、採用されなかったほうが激烈に怒る。間違いなくそうだ。
丞助には却下された方、つまり妹の綾坂なり黒耀が、涙目で真っ赤になって拳を握りしめうつむいてプルプル振るえる姿は想像にやすい。そして採用されたほうは親の仇を取ったとばかりに勝ち誇る。
我が妹の綾坂は猛女。黒耀を足蹴にするように執拗に勝ち誇るだろうな。それこそ黒耀が切れて襲い掛かってくるまで。兄として情けないが絶対そうだ。対して黒耀もここぞとばかりに勝ち誇るに決まってる。綾坂は短気だから、ちょっとドヤ顔されただけで簡単にプッツンして黒耀の髪の毛引っぱるわけだ。
――どっちが勝っても喧嘩じゃないか……。
丞助はうんざり。ブリッジの入り口につくころには、どうやって2人のキャットファイトを止めるか真剣に検討。
――顔に引っかき傷ぐらいですみゃあいいけど。最悪、割って入ったところを噛みつかれるぞ。
女子2人のオマケのようにブリッジへ足を踏み入れる丞助は完全にあきらめモードとなっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「作戦案は見させてもらった。2人とも覚悟しろよ」
3人の前の天儀が開口一番こういった。
綾坂、黒耀、丞助の3人はブリッジへ入り司令座下の天儀が座するワークスペースまで直行し敬礼をすませたばかりだ。
綾坂が、
――うへー前置きなしでいきなりって軍人らしいわね。
ごくりと生唾を飲む。
黒耀は、
――絶対私、絶対私、絶対私。綾坂に負けるのだけは絶対にイヤよ。
きゅっと身を固くする。
そしてオマケの丞助とえいば、
――こりゃあどちらが勝ってもやっぱり大喧嘩だな
とあらためて思い内心嘆息。
今回、丞助が注目したのは黒耀。黒耀はどう見ても気負いすぎてる。勝てば、
「お猿の綾坂さん! ざまあみさない!」
と綾坂がブチ切れるまで勝ち誇りまくるだろう。そして負けたら負けたで、
「あーら、黒耀ったら情けないのねー」
という綾坂からの簡単な挑発でプッチンして激昂。黒耀は綾坂へ掴みかかるだろう。
丞助は、天儀司令どうなさる気ですか。絶対喧嘩ですよ? と天儀を見たが、天儀といえば楽しげ。2人のライバル心が燃え上がるのを楽しんでいるフシすらある。
――はは、こりゃあ始末書は確定だな。最悪減俸かも。
戦隊司令部のあるブリッジで喧嘩などすれば間違いなく処分が下る。
――で、俺は2人の喧嘩を掣肘できなかったって処分かな。
丞助がますますあきらめモードに入るなか、
「よっし、いうぞ」
と、天儀が告げた。
綾坂と黒耀が背筋を伸ばした。
「まずは黒耀だ」
名指しされた黒耀はカチカチに緊張。
――採用されれば参謀本部入りの道がひらける。
そう思えば身が熱くなり体が浮いたような感覚に襲われた。
なにせこのカサーン攻略は、あの天童愛が戦争の帰趨に大きく影響を与えると断言していたのだ。採用され成功すれば参謀本部移動も現実味をおびるというものだ。 黒耀は、そんなことを考えると司令天儀の目をまともに見ることができない。
「なあ黒耀。全体の作戦時間が7時間にもおよぶのに、秒単位でスケジュルーを組んで実行可能と思うか? 無理だ」
黒耀が茫然自失した。どう考えても言葉は肯定的なものではない。そんな黒耀へ、天儀はかまわずさらに声の調子を強めて継ぐ。
「あと兵士は子供じゃない。手足の出し方まで指定するようなことはするな。侮辱と受け取られるぞ。〝与えることが取ることである〟というだろ。これはなにも政治だけではない。どんなことにでもいえる。黒耀、まずお前が兵士を信じろ。そうすれば彼らからの信頼を引きだせる。これが戦いで万機を握ることの第一歩だ」
綾坂が消沈する黒耀を横目でチラ見しニンマリ。
――やったわ。ここまで酷評されれば終わったわね。
と内心小躍りした。
必死に頑張ったけど客観性ってあるじゃない。わたしの作戦は確かにアンタのいうとおりぶっちゃけ微妙。ムカつくけどさ。で、こうなってくるとこの場合どちらの次元が低いかで勝負が決まるってことね。レベルが低い戦いに納得が行かないところもあるけれど、勝ちは勝ちなんだから。
綾坂がそんなことを思うなか天儀の視線が綾坂へ移った。
――キタ!
と綾坂が緊張。顔から余裕が消えていた。
なぜなって――。と綾坂が思う。
眼の前にいるのは星間連合軍9個艦隊を圧した男なんだから。1.5倍の兵力差をくつがえして勝ってしまったレジェンド。そんな男がわたしだけを見ているって、すごいプレッシャーっていうか、とにかく重圧感で押しつぶされそう。
綾坂は天儀に見据えられたとたんに、黒耀の作戦案評価を聞いて覚えた心の余裕など瞬時に消し飛んでしまっていた。
「綾坂、お前の作戦は雑すぎる」
天儀からでた言葉は無情だった。
綾坂は平静をよそおうとするも顔は露骨にがっかり。
「戦術機部隊で基地の高射砲群を制圧するのはわかったが、制圧したあとに部隊はそこへ留まるのか、陸奥改へ戻るのか。万時この調子だぞ。お前はなにがしたい。まったくわからん。お前の作戦では一々作戦が停止する。これでは先登しようという精鋭の気鋭を削ぎかねない」
天儀が言葉を終えた瞬間、
――ヘッ。
という見下げた失笑の音。黒耀だった。
司令天儀から作戦案を酷評された黒耀は、
――打ちひしがれる相手へよくもまあ喜悦なんてできるわね。
と綾坂が自分の失敗を喜んでいるのに気づいていた。
綾坂がキッとなり、
「なによアンタ!」
とばかりににらんだ。
対して黒耀は内心は苦しいが、鼻歌交じりの表情。
「わかってます。わかってますよ。私の作戦の評価は口惜しいですけど最低。でも綾坂の評価も変わりはない。これは痛み分けということで勝負がなくなる。ここは負けるよりはいいと思って納得しておくことにするわ」
敗北より無効試合のほうがマシだ。
そして呼び出されて1人蚊帳の外の丞助の目の前では、綾坂と黒耀視線がひたいが触れ合わんばかりのにらみ合いを開始。
――いまにもつかみ合いだぞこれは!
と丞助は焦るが仲裁への行動には移れない。
天儀司令の前だから? 仲裁にはいって女子二人から袋叩きにあうのにビビった? 黙っていればとばっちりはごめんだから? 部外者が口を挟むと余計ややこしい? など理由は色々あるが。とにかく丞助は、
――天儀司令、こうなるって、わかってたんでしょ。責任持ってどうにかしてくださいよ!
心中で悲鳴をあげた。
だが事態は、
「でだ。丞助特技兵。2人の作戦案について意見があれば忌憚なくいってみろ」
という思わぬ一言で一気に鎮静。
綾坂と黒耀は胸ぐらをつかむところ寸前のにらみ合いを中止。
――なんで兄貴・丞助?
と2人が困惑。
そして丞助にも困惑しかない。
「え、俺ですか?」
戦隊司令の天儀相手へ思わず素の言葉がもれていた。
関係ない丞助へ言葉が向けられ綾坂と黒耀が丞助へ疑念の目をむけた。
――兄貴もいっしょに呼び出されたということは、作戦案に関連しての呼び出しとはわかってはいたけれど。
と綾坂が思えば、黒耀が続けて、
――でもなぜ丞助へ聞くのかは理解しかねるわね。
と思った。
場には3人から発せられる疑念の空気。けれど天儀は場の空気を一切無視。
「丞助、君は2人の作戦案の作成を手伝ってなにを思った。いや君が私の立場なららどうすると問うたほうがいいな」
「自分が司令の立場ならですか?」
「残念ながら2人の作戦はつかい物にならん。だがカサーン攻略せねばならん。つかうはずの作戦がなく私は困っている。丞助、君の助言をくれ」
――つかい物にならん。
という死の宣告に綾坂も黒耀も愕然。2人の顔がショックで露骨に歪む。ダメとわかっていても、こうまではっきりといわれれば堪えるものがある。
けれど2人が動揺するなか丞助一人が落ちついていた。
――自分ならどうするか。
当然丞助は考えた。
調理師に変更する前の夢見る士官学校一年生。志望は二足機パイロットだけれど軍人なら誰でも、やりたいと思うような戦いや作戦を妄想する。いや軍人でなくともそうだ。夢の世界で騎士となって、パイロットとなって多くの人間が戦う。それが二足機パイロットをあきらめた。それは当然軍人として作戦を立てるチャンスも永久に失われたということだった。
――もう戦いは想像の中でしかない。
丞助は作戦案づくりを命じられはしゃぐ綾坂と黒耀を目にして、羨まなかったといえば嘘だ。
天儀の綾坂と黒耀への作戦案づくりの指示は異例中の異例だが、まさか、
――調理師の特技兵に作戦をつくれ。
などという異例はまかり間違っても発生しない。
特技兵は調理師でも軍籍にあり兵士だ。けれど戦いからはきわめて遠い。船務科と二足機科に対して、食前配給係では同じ兵士でも死の谷より深い溝が存在する。
――調理師に敵まで料理することを望む司令官など存在しない。
そんな冗談交じりの自嘲を覚えすら丞助は覚えていた。
丞助が静かに口を開いた。
「綾坂にも黒耀にもそれぞれ良い点があります。自分が見ていて思ったのは、それぞれの良い点を集めれば良い作戦になるということです。2人共同で作戦案を作ることをダメなんでしょか。もしくはこの案から折衷案をつくるとか」
綾坂がムッとして丞助を見るも、
「はぁ?なんでアタシの作戦がこの女とのと合体するのよ。兄貴なら妹の作戦を押しなさいよ。バカじゃないの!」
とはいえず黙然とする。
黒耀は丞助を白眼視、
「天儀司令は終始私の作戦案を土台にして、綾坂との比較をしていますわ。つまり軸はこの黒耀の作戦案にある。それがわからないとはどんなオバカですか」
とはいえずこちらも黙然とする。
2人からフツフツと沸き立つ無言の怒り。
丞助は天儀へ、
――はは、2人が怒っちゃいましたがどうしましょう。
と苦い笑いしかない。
「なるほど二つを一つにか。それでいくか」
天儀はそういうと、綾坂と黒耀を交互に見てから最後に丞助を見て、
「というわけだ。君たちの作戦は丞助に預けられる。丞助、3日やる。完成させろ」
結論をつげた。
命令には切れのいい返事。これは兵士の基本だ。丞助は反射的に、
「ハイッ!」
と短くはっきり発して敬礼。
対して綾坂と黒耀は半信半疑。
――え? これで終わりなの?
天儀は困惑のなかで敬礼する2人へ、
「綾坂、黒耀。丞助を助けてやれ以上だ。丞助だけ残って退出していい」
と、いった。その言色には有無を言わせない重さがあった。
綾坂も黒耀も不服を申し立てれるはずもなく、返事をしてから踵を返しブリッジを出ていくしかなかった。
綾坂はブリッジの扉を背にして数歩進んだところで、
「特技兵が作戦作るなんて聞いたことないわよ。前代未聞じゃないのこれ」
というと、黒耀もため息混じりに、
「はあ、それよりこれだと採用されたのだか、却下されたのだかいまいち判然としないのが問題よ」
と応じた。
「却下されたんじゃないの?兄貴が結局作るんでしょ」
「でも私たち2人の作戦をベースに作れっておっしゃってたじゃない。それに手伝えともいわれたし」
黙然とする2人。かしましい2人の間にしばしの沈黙。
――確かに私たちの作戦案を一番良く理解しているのは兄貴だし。
と綾坂が思えば、
――まったくの他人が採用されるよりマシよね。
と黒耀も思う。
2人としては、丞助なら自分たちの思いをくんで作戦を完成させてくれるだろうし、作戦案そのものが完全に却下されたというわけでもない。
――そう思えば悪くないかも?
などとモヤモヤした気持ちを納得させた。
「ま、仮によ? 2人で作戦作れといわれても――」
「無理よね。私と綾坂じゃ口論ばかりで進まないわ」
結局そういうことだった2人で作戦を作れと命じられても遅々として進まないのは考えないでもわかる。誰かしら間に入る必要があり、それが丞助なら申し分ない。
「これ勝負はどうなるのかしら」
黒耀が思いだしたようにポツリというと綾坂がクスリと笑った。
綾坂は、
――黒耀の鼻っ柱をへし折ってやるんだから。
あれだけ必死になっていたのに、いまとなってしまってどうでもいいことにすら思える。
「引き分けでしょ」
綾坂が笑っていうと、黒耀も柔らかい表情でうなづいた。
黒耀は基本的な知識のない綾坂を見下していたが、
――綾坂の作戦も大筋は悪いものではなかったのよね。
と思う。なにより思い切りがいい。自分は迷ってばかりで一つ決めるのに時間がかかるが、綾坂はあっさり決めてしまう。無駄なことを考えない。見切りがいいのだ。黒耀はこれが素直にいえずに、考えなしのお猿の綾坂さんなんて憎まれ口になるのだ。
「作戦どうなるんだろう。兄貴はそれぞれ良い点があるっていってたけどさ。逆算すると時間的余裕はギリギリよね。早く作らないとヤバくない?」
「そうね。綾坂案をベースに、丞助が思うこの黒耀の案の良い点というのを入れつつ作ってくのがいいわね。綾坂案の間隙を私の案で埋める。こんなイメージね」
綾坂が意外な顔。綾坂からすれば黒耀は、
――私の作戦が優れてるのは火見るより明らか。
などといってあくまで自身の案をベースに話を進めるものだと思っていた。
綾坂は、
――黒耀は参謀本部が夢だしね。ここはわたしが大人になってゆずるか。
と思っていたので黒耀の提案は悪いが意外だった。
「あら、わたしのがベースでいいの?」
「上が下のレベルに合わせる。チーム戦の基本ね」
黒耀が鼻を鳴らしていった。
綾坂もフンッと鼻を鳴らし、憎まれ口に応じるのもバカバカしいと不満げな顔をしただけですませた。黒耀は譲歩してきたのだ。一言ぐらいいわせてあげるわよ。という感じだ。
「特技兵様に料理してもらいましょうよ。私たちの作戦案をね」
「あたしたちの案は食材かぁ。はたして鍋で煮込まれるのか、オーブンで焼かれるのか」
「まさかカサーン基地も調理師の作戦で料理されるとはね。敵を攻めることを、どう料理してやろうか。と、はいいますけれど」
「あー!それわたしがいおうと思って、あんまり過ぎるからいうの我慢してたのに!」
黒耀が勝ち誇って先を進む。
それを綾坂が不満を口にしつつ追いかけていったのだった。