十三章プロローグ (鹿島の疑問)
「う~ん」
と、うなる鹿島容子はわからない。
――なぜ天儀司令は下士官たちへ作戦づくりを命じたのか?
この日も秘書官鹿島は平常どおりのブリッジ勤務。座する場所は特戦隊司令天儀の横のワークスペース。
首を傾げる先には宇宙の星々。
ブリッジの壁には外の風景が見える大きな窓があるが、これは厳密には窓というわけではない。
――陸奥改のブリッジの窓部分は投影式。
外の映像が窓のように作られた特殊大モニターに映し出されているに過ぎない。宇宙には宇宙線という有害な線が飛び交っている。投影式ならこれらを通すことはない。
静かに瞬く星々は思索の湖へと浸かるには最適だ。鹿島は思考を続けながらも瞑想状態。心は段々と無へととろけていく。
私、鹿島の所属する陸奥特戦隊は李紫龍の誅殺のために出発。ですけど、ですけど出撃してからしたことといえば戦力の補強だけ? あとは毎日、訓練、訓練でまた訓練。1週間もたてば宇宙に慣れちゃって、主簿室にいたときみたいに単調な日々です。
天儀司令は時折集会を開いては、
「守勢にまわってなんとなる。逆撃こそ敵の意表を突く。唯一、攻勢が逆臣(李紫龍)をよく攻める」
なーんていってますけど、戦いはいつ始まるんでしょうか?
そんな思考に沈む鹿島に、
「かしまぁー!」
という声と同時に肩にドンッと重い衝撃が襲った。
鹿島はビクッと反応するが、もう慣れっこ。こうして奇襲してくる相手が誰だかもわかっている。
鹿島は、
――またですか。
と思いつつ厳しい顔を作ってから。
「もう、天儀司令!」
「起きていたか窓を眺めてぼーっとして、目を開いて寝ているのかと思ったぞ」
「そんな器用なことできませんったら」
「そうなか」
鹿島の目の前の天儀は笑っている。その笑顔は屈託がない。天儀の態度は2人の関係が縮まったことを感じさせ、鹿島は自分が天儀から信頼されてるんだなと思うが、
――ここで許しちゃだめ。
と気を取り直し厳しい顔。
「それに手でバーンってするのやめてください」
「馴れ馴れしすぎたか?」
天儀はすまないなという態度だが、鹿島から見てまだ反省には至っていない。これでは大声で不意打ち、バーンと背中や肩を叩く。を、またやるだろう。
「天童愛さんがいってました。セクハラだって。天儀司令は女性の体に触れたいだけだって」
瞬間、天儀が、
――え。
という困惑顔で固まった。
鹿島は、そんな顔されると注意しにくいですし、
――本当に悪気はなかったみたですけど。
と思いつつも厳しい言葉を重ねる。
「ダメですよ。そいうの。それに規律の乱れにもつながりますから。メッ! です」
「それは失礼した。そういつもりはなかった」
天儀からは反論もなく、しおらしくいった。
鹿島は、すぐ反省して、こういうところは可愛いげがあるんですよね。と思いつつ、
「いえ、いいんですけど」
不機嫌をよそおいプイッといった。
天儀からのスキンシップを喜んでいたのが少し前までの自分なのだ。そう思うと複雑な気分。自分は愚かな軽い女。脳天気だ。
ことは数日前の食堂。鹿島は天童愛へ、天儀司令ったら、こんなことしてきてだいぶ距離が縮まったんですよー。と嬉しそうに話すと天童愛は大困惑の表情。
「鹿島さんそれちょっとまずいのでは?」
「え、どうしてです?」
鹿島としては、
――これまさに将軍と軍師の水魚の交わりですよ。
などと喜んでいただけに天童愛のいぶかしげな反応は予想外。
「そうですね。前々からいおうか迷ってはいたのですが、いい機会ですのでいわせていただきます。鹿島さん考えても見てくだい。大声で呼ぶのはともかく、女性の体にそんなに簡単に触れます? 」
「え……」
と全身で動揺する鹿島に、天童愛はさらなる追撃。
「気をつけてください。男性って野獣ですよ。鹿島さんは小動物みたいですから、気づけばずる賢い豺狼にパクリと一呑。そんなのわたくし見たくありませんからね?」
「えぇ。大げさな」
「冗談ではないですよこれ。天儀司令は恐ろしくずる賢い。そして男です。簡単に気を許しては絶対にいけません」
「うぅ。気をつけます」
「こんど天儀司令が度の過ぎたスキンシップをしてきたら厳しい対応。毅然として拒絶してくださいね」
「え、はい。そうします。パクリとされるのはイヤです。名補佐官として注意しておきます」
鹿島はそうはいったものの自信がない。関係が決裂しないようにやんわりという必要がある。
天童愛はそんな鹿島を認めて、
「だいじょうぶ。こんどわたくしからも厳しくいいますから。その場に居合わせたらあの男を氷漬けにしてやりますわ」
力強くいったのだった。
いま鹿島が注意した天儀は、気分を害されたというふんいきは一切ない。
鹿島は少しホッとして天儀を眺める。
すでに天儀は司令指揮座下にあるデスクに座って事務仕事を開始。顔は真剣。男らしい眉に鼻筋の通った顔は好男子。
でも――。と鹿島は思う。
私の好みとは少し違うかな。天儀司令はちょっとガサツですし、私はもう少し童顔で優しい男性が好みですから。それに身長が高いほうがいいです。
鹿島はそんな勝手なこと思っていると天儀が、
――これ。
というようにデータディスクを差しだしてきた。
「これを航行長へわたして、問題がないといわれたら保管だ。頼むぞ」
鹿島の手には『小惑星カサーンへの進路』と雑な字で書かれたデータディスク。ようはカサーンまでの経路が書かれた日程表のデータだ。戦隊の航路の責任は航行長が持つ。航路日程には航行長の同意が必要だ。
鹿島は、
――小惑星カサーン。
という文字を見て、
「あの我々は小惑星カサーンへ向かっているんですよね?」
そうポツリといった。
「そうだな」
「そこの基地を攻略すると?」
「そうだ。惑星片面に小規模な基地があり、本格的な宇宙要塞には程遠い。だがカサーン基地は惑星ファリガと惑星ミアンノバの重要な中継地点だ」
「ふむふむ」
「重要性のわりに、防備は薄い。狙い目だ」
というと天儀はすぐに事務仕事に戻ってしまった。
鹿島はそんな天儀を注意深く観察、
「今日の天儀司令のご機嫌は――?」
と天儀の顔色をうかがった。
先程苦言を呈したのに、不機嫌というわけではなさそうですね。天儀司令はこういうところはさっぱりしていていいですね。と鹿島は思い、
「あの、天儀司令は元大将軍なんですよね?」
と問いかけた。
「そうだ。再三やったろこのやり取り」
天儀が顔をあげずにいった。
「そうなんですけど、それならなぜご自分で作戦をお作りにならないんですか。無名の下士官たちに作らせる。なんでかなって。それに天童愛さんもここにはいますし」
「なんだ鹿島。嫉妬してるのか。だがそれぞれに適所がある。いま君は膨大な仕事を抱えている。作戦を作るまでは無理だ」
「違います!」
鹿島の考えはこうだ。
天儀は戦争を勝利に導いた作戦を立てた人物。つまり一つの戦役の一大キャンペーンを作った経験があるということで、つまり同君連合内で最も優秀な軍人の1人のはず。
それがなぜ今回、一度も作戦を作ったこともないような素人とはいい過ぎだが、新人に作戦を作れと命じたのか疑問だった。
「俺の手の内は李紫龍に知られているからな。それが理由だ。仮にだが、李紫龍がカサーンの防備に直接手を打つとなればまずい。人にそれぞれ戦い方に癖というものがある。一手で千手先まで読まれてはたまらん。今回はあえて呼吸を外す。それには誰が一番適任か」
「ほう誰が一番適任ですか?」
「いままで作戦を採用されたことのない人間だな」
「おお、なるほど。未知数で力量をはかりようがない」
「そういうことだ」
「でもでも。作戦参与がいますよね?」
「天童愛か」
「はい」
「なるほど君は天童愛に作戦を作らせたらいいと思うわけだな」
「そうはいいませんけど、なぜ天童愛さんじゃないのかな。とは思います」
鹿島の考えとしては、天童愛なら星間連合軍にいたので、天儀と李紫龍の関係ほどお互いを知らないだろう。なら能力が保証されている天童愛に作ってもらったほうが安定した結果が得られるはずだ。
だが天儀は、
「彼女もすでに李紫龍と戦っている。だめだな」
と一蹴。
「一度だけですよ?」
「十分だ。行動は読まれる」
鹿島はこの答えに一瞬もじもじしてから、ズイっと天儀へ上半身だけ近づけ、
「愛さんが、李紫龍に一度負けているからでしょうか」
と、耳打ちするように小声でいったが、
「それは違う!」
と大声。
否定には威が込められ、有無をいわせないすさまじい圧力。
鹿島はヒエっと面食らい後退、
「失礼しました! ごめんなさい!」
目をつぶりながら肩をちぢこまらせた。
鹿島が恐る恐る、
――怒っちゃいました?
と上目づかいで天儀を見ると、天儀は、
「いや、怒ったわけじゃないさ」
と苦笑した。
鹿島がほっとするなか天儀が継ぐ。
「私はすでに一度大勝してしまったからな。ここで一歩引いた視点を持って戦わないと大負けしかねない」
「ふふ、一つ休憩という感じですね」
鹿島が気の抜けたあざとい仕草でいった。
天儀は奥歯をぐっと噛むような仕草だしたが、こらえて笑顔。
「ああ、そんなところだな。いまは天高く飛び上がり、円を描いて飛んでいるといったところだ」
「天は宇宙、円を描いて飛ぶのは特務戦隊。ここは戦場ですよ。休憩だなんて天儀司令って意外とはおちゃめななんですね」
天儀は、そうか。といって空笑い。そういう鹿島こそおちゃめで気が抜けているというものだ。
「そうです。鷹みたいな感じですか。下に獲物を見つけたら飛びかかかるみたいな」
「ああ、なら獲物は戦場だな。特戦隊は戦場を見つけたら飛んでいく。鹿島、君はユーモアがるな上手い例えだ」
そういう天儀はやはり笑顔。
「あらいやだ。最初にそういう表現をしたの天儀司令じゃないですか」
鹿島も笑顔。
2人の間に笑いが起こり会話が終了。
なおブリッジには鹿島と天儀の2人だけではない。大勢がいる。
2人の会話の話題にあがった天童愛もその1人だ。
天儀のあとにブリッジ入りした天童愛は、
――天儀司令が鹿島さんになにか悪さをしないように。
とキツイ目で様子をうかがっていたが何事もないまま。最後には、
「鹿島さんったら天儀司令を怒らすのがお上手ね」
と驚きの目で鹿島を見ていた。
天童愛の目から見て、会話が終わるころの天儀は明らかに不機嫌だった。
・投影式窓 《とうえいしきそう》
疑似窓と呼ばれる外部の映像を窓のように作ったモニター(厳密にはモニターではない)に投影する装置。
人間は完全に外部から遮断された空間にいると閉鎖的な圧迫感からストレスが蓄積されメンタルヘルスが悪化する。これを簡単に解消する方法が外部の風景を見せることだ。そして人間に自身が宇宙にいるということを認識させる最も簡単な装置が〝窓〟である。
宇宙線の窓は、宇宙線カットの加工がほどこされた従来の透過素材で作られた窓の場合もあるが、強度、安全性、技術的な問題などから投影式窓が主流となりつつある。
宇宙線の外壁は単一素材でまっさらに仕上げることが理想だが、出入り口が必要性から当然そうは行かない。ここに外壁素材とまったく異なる透明な窓などハメ込めば耐久性はいちじるしく落ちる。窓と外壁のつなぎの部分の密閉も手間。