(十二章エピローグ) そのとき鹿島ときたら
「知ってました。特戦隊の天儀は大将軍のあの天儀ですよ?」
陸奥改のブリッジで秘書官のマリア・綾瀬・アルテュセールが筆頭秘書官の鹿島容子へ、そっと耳打ちした。
瞬間、真剣な顔でコンソールの画面に見入っていた鹿島がフリーズ。トレードマークのホワイトブロンドのツインテールも硬直。
鹿島の停止は0.5秒ほどだが、アヤセからすれば鹿島の動揺を読みとるには十分な時間。目に映る鹿島は、
――表情こそ変わってませんけど。それが逆に不自然です。
つとめて表情を変化させないように踏ん張っているのがよくわかるというものだ。
アヤセは昔からの友人3人に天童愛を加えた4人との食事を終えるといったん私室へ。そこで手早く身だしなみを整えてブリッジへ。そして鹿島のもとへ足早に近づき耳打ちしたのだ。
対して耳打ちされた鹿島の脳内では――。
『皇帝』、『封密勅許状』、『勅命軍』、『天儀』、『廷臣』、『低身長』、『虎符』、『アジア系』、『特戦隊』。
というワードが駆け巡り、
――あー!
という心の叫びと同時に情報が符合。バラバラのピースが組みあがってパズルが完成。鹿島の脳内で特戦隊の天儀が、大将軍天儀へ。
鹿島には考えてみれば思い当たるフシが確かにある。
例えば姉カタリナとのコミュニケーションツールでのやり取りだ。
うぅ、そういえばカタリナ従姉さんとのチャットで天儀将軍の話題がでると、失礼がないようにとか、むちゃいっちゃダメよって絶対レスを執拗にされて不思議でしたけど、そういうことだったのー!
0.5秒ほどに間に鹿島の脳内では怒涛と情報が駆け巡っていた。
「し、知らないはずないじゃない」
と応じる鹿島の嘘はバレバレ。
そんな鹿島をアヤセがからかう。
「そりゃあ鹿島さんは、主計学校卒ですものねー」
「そ、そうヨ。生粋の主計科よ。知らないはずないじゃないのー」
「ご優秀な鹿島さんが司令官の経歴を知らないはずがない」
「そうヨー。アヤセさんったらいやねぇ」
直後、ブリッジの一角で鹿島とアヤセの白々しい笑いが響く。
そこへ、
「なにか面白いことでもあったのか?」
という気さくな声。
声は明らかに既知の男性のもの。
鹿島とアヤセが声のほうへ顔を向けると、そこにはまさにいま話題にしていた司令官天儀。
――はは、噂をすればなんとやらってやつですね。
と思う2人は目の前の男が、
――元大将軍。
と強く意識し思わずゴクリと生唾を飲んでしまった。
けれど天儀は2人の気など知るよしもなく、
「いまから我が秘書官をつとめてくれるのは鹿島かアヤセか。どっちだ。いや2人いっしょということもあるのか?」
やはり気さくに問いかけた。
「私です! 鹿島です!」
鹿島が挙手までして慌てて応じていた。
「アヤセは今回私の隣で書類作りです」
「あ、はい。そうです。初めての書類なのでアヤセ的には自信がなくて鹿島筆頭に甘えちゃってすみません」
アヤセが鹿島につづいて会釈とともにいうと、
「私と確認しながらやろうってことで、私鹿島がブリッジに呼びました!」
鹿島がさらにアヤセをかばうようにいった。
天儀がけげんな顔。2人の態度はどうもぎこちないというか、緊張があるというか。とにかく不自然だ。
「おい。今日の君たちはどうも少し変だ」
「いえ、普通ですヨ。変だなんて思うなだなんて変ですヨ」
――あちゃー鹿島さんそれ凄く変だから。
と焦るアヤセは目の前の男が戦争の英雄だと思うと声もでない。
「変に思う俺が、変?」
天儀の疑念いっぱいの顔が鹿島の顔へ急接近。
鹿島は穴のあくかというほど目を直視され、
――天儀司令近いです! 近いです!
と赤面。
ふええ、なぜだかすごくドキドキします。あ、でも意外にり凛々しい眉なんですね。目も鋭い光がありますし。そうだ元大将軍なんですよね。お顔に威厳があるのは当然ですよね。でもそんなに顔を近づけないで――。と鹿島が大混乱。
「まあいい。アヤセ、そこの空きのワークスペースをつかっていい」
そういって天儀が鹿島を開放し、アヤセへ指示をだした。突然の天儀の登場に生きた心地のしないアヤセは、助かったとばかりにそそくさとコンソールへ。
「では鹿島報告を頼む」
天儀が何事もなかったようにいった。
報告する鹿島はどこか落ちつかない。チラチラと天儀の顔を見ては、本当に? 本当に?と思うばかり、報告を終えるころには頭には疑問の山。
第一に鹿島の疑問は、
――本当に元大将軍なのか?
これを確かめるすべはいくつかある。
例えばもうおお友達の天童愛に聞くとかだが、
――それより手っ取り早い方法は。
と鹿島は思い、
「あの大将軍?」
と言葉を発していた。
これで天儀司令が自分が呼ばれたと反応すれば、〝特戦隊の天儀=元大将軍〟で、ほぼ確定です! と鹿島は思い注意深く天儀を観察。
だが天儀は、
「ああ?」
と、けげん応じ、その応答はよく聞こえなかったとう様子でもある。
――う! これはどっちかわかりません中途半端です!
そう思った鹿島は繰り返した。
「大将軍?」
「それが、どうした?」
やはり天儀の態度からは判別しがたい。
――むむ。わかりません。こうなったら!
鹿島はめいっぱいあざと可愛く上目づかい。
「本当に元大将軍?」
「なにがだ? 可愛くいってどうしたいんだ君は……」
天儀のこの反応に、
もう! と鹿島は憤慨。
――可愛いだなんて、可愛いでしょうけど! それはいまはいいんです!
いきり立って攻めの一手を選択。
「大将軍です?」
「どういうことだ。鹿島は今日の君はやはりどこか変だぞ」
「あぁ! もう! どっちなんですか!」
「ええ?! なんで怒った!」
天儀が鹿島に一方的に切れられ思わず叫んでいた。
「いじわるしないでください!」
「だからなにがだ」
鹿島が天儀へ迫るが、天儀はなんのことだかわからない。
この様子を離れた場所で見ていたのはアヤセ。
「あのー鹿島筆頭は天儀司令が、前の大将軍か聞いているんだとアヤセ的には思いますー」
アヤセは挙手しつつ控えめな態度でいって、スッとフェードアウト。下手に首突っ込めば絶対面倒。これが巻き込まれたくないアヤセの鹿島への最大の助け舟。これでもアヤセとしては果断に振る舞ったほうだろう。普通なら静観して見守るだけだ。
天儀がアヤセのフォローに口元に手をやって苦笑。
「なるほどやはり知らなかったか」
「うぅ、本当なんですね。いままでのご無礼をなんとお詫びしたらいいか」
消沈する鹿島に天儀が少し考えてから、
「はたして昨日俺と今日の俺はなにが違うのか?」
と、いった。
鹿島はうーんと一つ唸って。
「違わない?」
「そうだな。大将軍と知って態度を変えられるのは私としては寂しいな」
天儀がそういって笑貌を見せた。
「あ! はい。申し訳ありません私ったら……!」
鹿島は恐縮しつつも、
――天儀司令はこういう偉ぶらないところが素敵です。
と秘書官として満足を覚えた。
「偉いのに、えばらない。これが大将軍なんですね!」
「ま、人それぞれだろう。私の前の大将軍などずいぶんと豪放磊落なかたで、俺が大将軍だ! と全身でいっているようなかただった。その点、私の場合は人は過去の威光で決まるものではないと思っているということだ。どんなに栄光を背負っていても、いま怠っていれば尊敬はできない。粉飾などせずに、あるがままの自分で勝負しつづけることが結局は無理がなく身をよく保つ」
「でも、素敵です。そいうの」
――そうか。
と天儀が照れたようにいった。
「ま、それに気づかなかったのは君だけじゃないみたいだし、いいんじゃないか」
鹿島は天儀の気づかいに、天儀司令はこういうこところが優しいなと思い、
「でも、やっぱり私はちょっと恥ずかしいです」
と照れていった。
「秘書官としてか?」
「それもありますけど、色々です」
「ああ、色々か。例えば――」
天儀はそういって肩章を鹿島へ向け、
「これか」
といった。とたんに鹿島が赤面。天儀が笑声をあげた。
「俺が肩章を装着していないのを見咎めて君は〝大将〟の肩章をつけろといったな」
「うぅー……」
「俺は元帥だな」
「不肖鹿島めんぼくしだいもなく」
「なお。鹿島元帥の肩章はぐるりと首周りを一周するような豪華で華美でとても重たいやつだ。鹿島は俺へ気をつかってあえて〝大将の肩章〟指定してくれたんだろ?」
「違いますけど。できればそういう方向で」
「はは、じゃあそうしよう」
天儀は笑っているが鹿島が空笑いしかでない。
「まだあるな。略綬をつけろとも」
「え、でもそれは。いいんじゃないですか。略綬は綬章歴が略さてるだけで、私大将のっていってませよ?」
「バカいうな俺が大将軍から元帥の階級へ転換するときに帝から下賜された略綬は小ぶりの胸甲ぐらいあるぞ。鹿島はあれを私に毎日つけろと?」
「むむ、体が鍛えられていいじゃないですか」
「なるほど一理ある」
「ですよ。鍛えられてムキムキです」
「はは、そりゃあいい」
「というかです。なんで元大将軍というのを黙ってたんですか?」
と鹿島はいってからハッとして、
「いわれなきゃ気づかないのがおかしいって突っ込みはなしの方向で」
そう厚かましくつけ加えた。
天儀は鹿島の厚かましさをとがめるでもなく。少し容儀を正した。
鹿島も、
――むむ。ちょっと真剣な感じの話でしょうか?
と感じとり居住まいを正す。
「私が過去の威光をかざしても、隊員たちは私を尊敬しないだろう。ならば等身大の自分で勝負することにしたというまでだ」
「まさかそんな。元大将軍だって知ってれば、艦内を毎日巡回なんてしなくても最初から天儀司令を尊敬したと思いますけど?」
「はたして、そうだろうか」
「はたして、そうですよ」
鹿島がふくれ面で応じると、天儀がフッと笑った。
「大将軍の放つ光輝は帝の陽光を反射しているにすぎない。李紫龍の件で朝廷は大きく声望を損なった。そんな状況で俺が大将軍だといって居丈高に上からいえば君はどう思う」
「それ正直に、いっていいやつですか?」
「いいやつだ」
「嫌なやつだなって思います」
「はは。君は正直だな」
「うぅ、ごめんなさい。失礼ですよね」
「いや、いい」
と天儀は優しくいってから言葉を継ぐ。
「結局のところ、そういうことだ。現状で元大将軍などと名乗ってもよけい反感を買う。たんなる朝廷から派遣された司令官で、特戦隊内を歩き回って信用を勝ち取るしかない」
「急がば回れ?」
「ま、そんなところだな。状況は今日誅伐にでて、明日戦うというわけではないからな。移動の時間を有効活用さ」
鹿島は天儀の言葉に頭で納得しつつも、心では腑に落ちない。
――ふむふむ。これが深謀遠慮?
と考え込むが違和感はぬぐえない。
そこへ、
「本当に回りくどい。意味あるんですのそれ?」
という声。
「あ、天童愛さん!」
鹿島表情がパッと明るくなった。
天童愛は鹿島へ優美な笑みで応じてから。
「鹿島さん。だまされてはダメですよ。天儀司令は絶対に黙っていて気づかない隊員たちを見て楽しんでいただけですから」
「ハ! そうだったんですか!」
「まさか。それは穿ち過ぎだ。天童愛、君の考えには猜疑心が先行している」
「でも楽しんでましたよね? 鹿島さんの後ろ姿を見て、あいついつ気づくか、気づいた時が見ものだ。なんて独り言をわたくし聞いていますからね」
「う……」
と天儀が苦い顔。
「えー! ひどいです!」
「いや違う。少々状況を楽しんでいたのは確かだが、楽しむために黙っていたのではない」
「あら、最低ないいわけですね。楽しんでいたのは同じことでなくて?」
「そうです同じことですよ! ひどいです!」
天童愛と鹿島の追求に、
「な!」
と顔色を変えてからムキになって言葉を継ぐ。
「最低というなら天童愛、君は俺が大将軍だと最初から知っていたろ」
「当然です。わたくしを誰だと思っているのですか。敵の首魁の顔を覚えれないほど愚鈍とお思いで?」
天童愛がツンとして応じると、天儀が遺漏を見つけたとばかりにニヤリと笑って、
「不誠実!」
と天童愛を指していった。
「なぜです。失礼な!」
「君は俺が大将軍と知っていて、鹿島がそれに気づいてないとも知っていた」
「だからなんです?」
「友人の鹿島へ俺が大将軍だと教えてもよかったのではないのか?」
「あ、そうです! 愛さんーひどいですよぉ。なんで教えてくれなかったんですか。うぅ……」
鹿島から天儀へ向けられていた非難の目は一転、涙目となって天童愛を襲った。
「ちょっと罪を人になすりつけないでください! もともと天儀司令が黙っているという回りくどいことをしたからいけないのでなくて」
「あ、そうです。やっぱり、いけないのは天儀司令です」
鹿島はコロコロと忙しい。
「いや鹿島だまされるな。天童愛は危険だぞ。天童愛は俺が君をだましておちょくっているのを知っていて放置した。俺が思うに天童愛も鹿島が知らずにいるのを楽しんでいた。それ以外に黙っている理由はない!」
とたんに天童愛にムカッ! とした表情。たまらず口を開こうとするが、天童愛の抗弁は、
「あーー!」
という鹿島の叫び声にさえぎられた。
「天儀司令、いま〝俺がだまして〟っていいました! やっぱり私をもてあそんでたんですね!」
「あ……」
「もう!」
「ついな……いうタイミングを逃したら、いいだしづらくてな」
「知りませんったら!」
鹿島は、近づかないでください。と、いうように天儀から距離を置いて拒絶をしめした。
「違うんだ。聞いてくれ! 元大将軍という肩書きなしに、等身大の俺を見てくれる鹿島に俺は嬉しくてつい!」
この天儀の言葉に、天童愛がギロリという鋭い視線を向けた。
――白々しい嘘。だまされる人なんていませんよ。
が、天童愛の横にいた鹿島は違った。
「え――、そうだったんですか」
とキュンっと身までよじって同情の視線。
「みっともない。司令官ですまない」
「いえ、いいんです。そんな理由なら隠したいですよね」
頼られて鹿島が母性を、いや名補佐官心をくすぐられ、女神にように言葉を吐いていた。
天童愛は天儀の、
――チョロいこいつ。
という口元の笑みを見逃さなかったが、もうあきれて眺めるだけ。勝手にしてくれというものだ。どう見ても夢見る鹿島は天儀に絡め取られて止めようがない。
――鹿島さんったらご自分に酔ってますね。
酔っぱらいにはなにをいっても無駄と天童愛はあきらめた。
「そうなんだよ。かしまぁ。俺は君を名参謀としてたよりにしてる。今後も頼むぞ!」
「うふふ、違いますよ。名補佐官ですよ」
天儀はどっちでもいいだろと思いつつも、
「そうだったな名補佐官だ」
と笑ってやり過ごした。
「はい! 任せてくださいね」
鹿島は満面の笑みだった。