12-(6) 友人
――あ、丞助さん。
とマリア・綾瀬・アルテュセールが通路の奥に見えた男子へ目を向けると、
「あ、兄貴やっときた!」
友人の春日綾坂が大きく手を振っていた。
「やめなさいよ。はしたないったら」
たしなめるのは黒耀るい。
アヤセは2人を眺めつつ、
――毎回、綾坂には先越されちゃうんですよね。私ももっと積極的に。
などと思い。
「先んずれば人を制すか」
ぽつりといった。
「なによそれ」
「うんうん、なんでもないよ綾坂。たなる独り言」
「ふ~ん」
綾坂、黒耀、アヤセの3人がいるのは食堂前のホール。
そして入ろうとしている食堂は下士官以上が利用できる場所だ。
士卒用の食堂は8人用の機能重視のテーブルが整然と並んでいるが、下士官以上ともなると大学のオシャレな食堂ていどの作り。4人から6人用のテーブルが並び、イスもカラフルでデザイン重視の形状だ。
3人に丞助が合流。
黒耀がけげんに丞助を見えてから、
「あら、なんかいいことあったの? いつもこの世の不幸を俺が背負ってますぐらいの顔してるのに」
といった。
「ちょっと黒耀。兄貴はそんなに暗くないから!」
「そうかしら。パイロットを挫折してからの丞助ってどこか陰気よ」
「暗い原因は疲労では? 綾坂が毎回部屋に呼びつけてあれこれつかうから」
アヤセがいうと黒耀も賛同。
「それもあるわね。綾坂、いいかげん兄離れしたら?」
「はあ? 兄貴ってのはね。妹にかしずくためにいるのよ。つかわなきゃ損よ。兄貴も私の世話できて嬉しいでしょ」
丞助は妹の厚かましさにため息一つ。けれどやはりいつもと違いどこか明るい。
――なにかあったのかしら?
と女子3人は不思議顔だ。
「勘弁してくれ。それより入るぞ。ここでたむろすると迷惑だろ」
「そうね。お猿の綾坂さんがそろそろお腹がすいたと騒ぐでしょうし」
「あー! 黒耀ったらひどいいいかた。お腹すくと不機嫌になるのアンタでしょ!」
「はい、はい。アヤセ的には腹ペコの2人はどちらも不機嫌です。早く入りましょ」
アヤセがそういって4人は食堂内へと進んだ。
本来、士卒にあたる特技兵は利用できない。だが厨房で働く調理師には、ここを利用できる特権が与えられている。つまり丞助をふくめた4人は、めでたく揃って食事を取れるわけだ。
そして陸奥改の食堂事情は少し特殊だった。陸奥改は無理に母艦機能を拡充したため、艦内スペースが圧迫され、士官用と下士官用の食堂が隣り合っていた。
隣り合っているというより、同じ部屋で間に申し訳程度に仕切りがあるだけだ。料理の受け取り口も同じ。ただ一応、士官と下士官で注文できるメニューの幅が違う。
戦艦は巨大で乗員も多い。最低4,5箇所は食事の場所を設けるのが普通だった。
トレイを手に料理の受け取り口へ並んだ4人。
「今日はきつねうどんにしよーっと。注文決めて端末かざしてピッ! で支払い終了。お給金から自動的に引かれます」
「陸奥改は自由にメニュー選べるのが最高ね。前の船はバイキング制だったけれど今一だったわ」
「へー、アヤセ的にはそっちがいいかも」
「そうしら。毎回私が行く時間にはポテトサラダ消えてて最低だったわ」
「そういえばアヤセは艦艇勤務初めてだったわね。わたし艦艇勤務だけでなく、宇宙長いからなんでも聞いてね」
「アヤセ気をつけて、綾坂はあることないこと教えてくるわよ。うのみにすると大恥かくから」
「それは黒耀にだけよ。アヤセにはちゃんと教えますからー」
入り口で予め携帯端末から注文と支払いは完了。あとは調理場とつながる受け取り口の前に並んで出てくるのを待つだけだ。
トレイを手にした綾坂が思いつたことを口にする。
「そういえば天儀司令を、ここで見かけないね」
とたんに綾坂、黒耀、そして丞助の、
――どうしてか知ってる?
という視線がアヤセへ。
アヤセは秘書官。秘書官は司令官のスケジュール管理も行なう。つまり4人のなかで、司令天儀の行動を一番把握しているのはアヤセ。
「えっとですね。天儀司令は通常業務で定刻通りに食事が取れる場合は、士卒と同じ場所で食事をとっているそうですよ」
「へー、士卒と同じなんだ。乗員の心を掴むのに司令も努力してるのね」
「どうせ綾坂のことだから、私室で一人で特別とでも思っていたのでしょうね。あきれるわ」
「そういう司令官もいらっしゃるみたいですね。アヤセが聞いた秘書官の先輩の愚痴に、食事運ばされたとか、運んでる最中に盛大に転倒して大恥かいたとかあります」
「悲惨ね。まるでメイド」
黒耀が苦い顔でいうと、綾坂がメイドの部分に反応。
「でもメイド服は一度着てみたかも。あ、黒耀ってメイド服似合いそうじゃない?」
「あ、確かにアヤセ的にもそう思います」
「やめて。なんなの突然。綾坂ったらほめてもなにもでないわよ」
黒耀が照れ丸出し、
――綾坂ったら自然と手放しにほめるんだから。やられるこっちは恥ずかしいのよ。
などと思いツンとしていっていた。
そんな黒耀を見て綾坂とアヤセは親しいみのこもった笑い。なんのかんのいっても3人は仲がいい。
「そうそう。鹿島さんが天儀司令に食事に誘われて喜んでついていったら、士卒用の大食堂だったって愚痴ってましたね」
「うけるそれ。仕切られただけだけど、そっち側の士官用の食堂で2人きりを想像したのね。鹿島さんったらおっちょこちょーい」
綾坂の言葉にアヤセと黒耀だけでな丞助も思わず笑う。
料理がでてくるのを待って談笑をする4人。
そんな4人の背後に人の気配。
4人ともがなくといった感じで、後ろに並んできた人物へ視線を向けた。
瞬間、4人は、
――うそ! 天童愛!
心中で叫び声。雷に打たれたような衝撃と緊張が走った。
作戦参与天童愛は若い軍人の間では憧れの対象。そして間違いなく陸奥改で一番の有名人。丞助もアヤセも、そして黒耀も見てはいけないと思いつつもチラチラと視線を送ってしまう。綾坂など露骨にジロジロ見ている。
4人の視線をうける天童愛は特に気にしたふうもなく、少しアンニュイな雰囲気を漂わせ、耳元の髪をかきあげるような仕草をした。
4人が同時に、
――うわ美人。
と思った。
特に天童愛の憂いをおびたように見えるその目が美しい。もちろん4人からそう見えるだけで、天童愛の気分は良くも悪くもないだろう。
「スゲーいい香りしそう……」
丞助が赤面、ほうけてもらしていた。
とたん丞助の後頭部にバチーンという衝撃。
「が――!?」
「バカ兄貴! サカってんじゃないわよ! 天童愛さんが汚れるでしょ! 兄貴の下品な視線であの真っ白な肌にシミでもついたらどうすんの!」
綾坂が激しく、だが小声でいった。
綾坂は後頭部をかかえるようにしてうずくまる兄を放置、
「作戦参与がどうしてここへ?」
ヒソヒソ声でいうと、
「どうしてもこうしても、そっち側が士官用じゃない」
黒耀もヒソヒソと応じた。
「え、天童愛みたいなおVIPは、お特別な個室で、おクラシック聞きながらじゃないの?」
「おビップで、お特別で、おクラシックって……。綾坂ったらバカいって」
「テーブルマナーとか注意されたらどうしよう。アヤセ的には自信ゼロですが」
「やめてよ。わたしきつねうどん頼んじゃったんだから。きつねうどんのテーブルマナーとか存在しないわよ……」
女子3人が動揺するなか、天童愛はすまし顔で、でてきた和食セットをトレイ乗せ、受け取り口からテーブル置かれたエリアへ、そして着席。
天童愛の動向を見守っていた4人は驚いた。なぜなら天童愛が仕切りの向こう側には行かずに下士官側のテーブルに座ったから。
「どうすんのよあれ!」
綾坂は大声を張りあげたいところが自重して小声で悲痛。
「ちょ! しかも中央の端っこ。わたしたちどこへ座っても天童愛の視界におさまるわよ」
「アヤセ的には私たちが士官側へ行けば、というのはどうでしょうか」
「アヤセ落ち着いて。いまのあなた綾坂以上に迷走してしてるわ」
綾坂、アヤセ、黒耀は対策を考えるのに必死。自分たちの注文がすでに受け取り口にだされていることにも気づかない。
そんななんかすでに料理をトレイに乗せた丞助が動いた。
「ご一緒させていただこう」
――え!?
と驚く女子3人をおいて、丞助はトレイを手に天童愛が着席したテーブルへ一直線、
「天童愛作戦参与。ご一緒させていただいてよろしいでしょうか!」
と声をかけた。
優美に座する天童愛の首が、これまた優美に動きその双眸が丞助をとらえた。
丞助がゴクリと生唾を飲む。
――あなたは誰?
天童愛の双眸はそういっていった。
丞助は、話しかけられて不快ってわけでもなさそうだな。と思いつつ天童愛の目での問に応じた。
「特技兵の春日丞助です。調理師です!」
栄養管理課、陸奥改配給・食膳係の特技兵と名乗るよりこのほうがわかりやすい。
最後の調理師というのをあえてデカデカと強調したが、天童愛は丞助が特技兵と知っても嫌な顔はしなかった。
けれど後ろで事態を見守っていた綾坂、黒耀、アヤセが「あちゃー」という顔。艦隊高官へ調理師が声をかけたのだ。3人はこの後どうなるか気が気でない。無下に断られることを想像。そう3人にとって、丞助の分不相応な大胆は見せられる側のほうが恥ずかしいというものだ。
妹の綾坂などは、
「兄貴ったらバカなんだから。たまにああやって大胆でるけど、きまってバツの悪い思いして後悔するだけじゃない」
とハラハラ。
「わたくしも名乗ったほうがいいかしら?」
と天童愛が少しいたずらっ気のあるいいかたで応じた。
気のいい感じの微笑みに、とたんに丞助は赤面し、
――意外にいい人なのもかもしれないな、
などと失礼なことを思いつつ鼻頭をかいた。
そこへ綾坂が割って入る。
「いえ、とんでもない。天童愛さん。知ってます。ちょう有名ですから!」
「あら、ありがとう」
丞助といえば妹の乱入に残念な表情。
――バカ綾坂。いいかたってのがあるだろ。
無礼というか幼稚というか、丞助はなんといっていいかわからない。
「えっと。失礼しました。わたしは春日綾坂。オイ式二足機のパイロットで――」
「一応俺の妹です。ちょっと礼儀知らずなヤツですがよろしくお願いします」
丞助が妹の綾坂の頭をガシッとつかんで下げさせた。
「あら、一応なの?」
「いいえ!」
と綾坂が兄の丞助の手を振り払い顔をあげさらに継ぐ。
「れっきとしたこ丞助の妹です。兄貴ったらなに恥ずかしがってるの。こんなに可愛い妹を紹介できるんだからもっと自慢げにしなさいよ」
「お前なぁ」
天童愛は2人のやり取りを見てクスクスと笑った。
とたんに綾坂が恥ずかしさで赤面、
「あと後ろの2人は――」
恥ずかしさをごまかすように、背後の黒耀とアヤセに話題を振った。
「ええ、後ろのお2人は知ってますよ。通信オペレーターの黒耀さんと、秘書官のアヤセさん。ブリッジでいっしょにお仕事をしてますから。それに黒耀さんとは以前お話しましたしね」
そういって天童愛は微笑、黒耀とアヤセへ会釈。2人は恐縮そうに会釈を返した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
天童愛から食事の同席を許された4人。
いま丞助、綾坂、黒耀、アヤセの目の前には深雪の美女の天童愛。
――あはは、やっぱ気まずい。
と4人が思った。
テーブルの上にはトレイに乗せた料理だけでなく、気まずさも並べられているような状況だ。席についたはいいが微妙な沈黙が続いている。
なぜって――。
と綾坂が思う。
だって、だって天童愛っていえば星間戦争では敵の総司令官の天童正宗の妹にして、敵方のちょう重要人物。そんな女性が目の前にいるのよ。誰だって気まずいわよ。それに天童愛さんって私たちと似たような年齢だけど階級は軽く十個は離れてるわけで、下士官の私たち対して天童愛さんって少将! ちょーう緊張しちゃうんだから、
なお参考までに丞助たち4人の階級は高い順に書くと、アヤセと黒耀が五等准尉、綾坂が曹長、ご承知のとおり丞助は特技兵の一番下っ端。
ぎこちなく料理を口へと運ぶ4人。
綾坂は本来つるつるとして食べやすいきつねうどんが、のどに引っかかってしょうがない。他の女子2人も似たようなもの。
――兄貴ったらなんか話題振りなさいよ。気まずいじゃない。
――丞助ったら自分で同席申し込んで、縮みあがってるんじゃ話にならないじゃない。
――アヤセ的にはそういう行き当たりばったりな丞助さんは減点です。
対して丞助は、
――いや、お前ら得意の女子トークしてくれよ。俺にどうしろと。
見事にヘタレていた。
「皆さんこの陸奥改に何人の乗員がいるか知っていて?」
と天童愛が沈黙を破っていた。
4人からすれば思ってもみない問だが、話題は話題だ。
「3千人でしたっけ」
と綾坂が率先して応じた。
「バカね綾坂ったら。陸奥改の乗員数は3千から1万2千人よ。おおかた3千のほうを覚えていて口にしただけでしょうけど、もっと多いわよ」
「あらじゃあ何人か黒耀さんはわかって?」
天童愛が微笑んでいった。天童愛に悪気はないが、黒耀はバツが悪そうに黙り込んだ。黒耀も正確な数は把握していないのだ。
「ふふ、アヤセ的にはここは主計部秘書課の出番だと思うんです。ずばり8千飛んで84人」
「ご名答。アヤセさんはさすがね。主計部の至宝である鹿島容子の部下だけはありますね」
「ありがとうございます」
アヤセは満面の笑み。憧れであり友人の鹿島と絡めてほめられればアヤセの喜びは倍増というものだ。
「で、8,084人もいるのに、わたくしまだこの艦でお友達といえるかたが少ないの。よろしかったら皆さんお友達になっていただけません?」
天童愛が微笑でいった。
とたんに4人の顔がパッと明るくなった。
「じゃあわたしたち今日からお友だちで!」
「あら綾坂ったら厚かましいのね。公私はわきまえなさいよ」
アヤセは楽しげにいいあう2人を苦笑して見守っていたが、ハッと気づいて、
「あ! 丞助さん!」
丞助を指さし叫んだ。
「へ?」
と驚き顔の丞助。
綾坂、黒耀、アヤセ、そして天童愛の視線が丞助へ。いや丞助の手元に……。
「あー! 兄貴ったら図々しーんだぁ」
「丞助なにちゃっかり自分も天童愛さんと連絡先交換しようとしてるの?」
「丞助さんって美人には目がないというか、がっついちゃって。そういうのアヤセ的には最低です」
そう丞助の手には、いそいそと取りだした私的なほうの携帯端末。
――マジカ! 天童愛さんと連絡先を交換できる!
という丞助の下心ありの行動は綾坂、黒耀、アヤセに見透かされていた。
悲しいかな丞助も男子。下心がないといえば嘘だし、たとえ今後天童愛とのイベントが起きなくとも連絡先を交換できる幸運は逃したくない。
丞助への3人からの糾弾と非難の視線。
――なんだよそれ。俺だって夢見てもいいだろ!
丞助の表情は苦い。
眺めていた天童愛は思わず苦笑。
「あら、丞助さんったらこんな可愛らしい女性3人を引き連れているのにまだ物足りないの?」
「いえ! そんな!」
「わたくしの理想はお兄様の天童正宗。丞助さんわたくしを落とそうと思うなら大変ですよ。頑張ってくださいね」
場には、
――アハハ。そうだこの人は自他ともに認めるブラコンだった。
という乾いた笑い。
ともかく天童愛の「お友だちになろう」という提案に場の空気は一気に和み、4人は天童愛を連絡先を交換。そのあとは食事をしながらの歓談が進んだ。
そして話題は自然といま4人が直面している問題。つまりカサーン基地攻略の作戦案の話題へと移っていった。
綾坂は誰からともなくでた作戦案の話題に嫌なことを思いだしたという顔で、
「二足機パイロットのわたしが、まさか作戦立てろなんて指示されるだなんて」
と投げやりにいうと、黒耀が口元を拭きながら。
「でも採用されれば出世の足がかりになるわ」
丞助は2人の言葉に、
――いいぞ綾坂、黒耀。いいタイミングだ。
と思い、すかさず天童愛を見て、
「天儀司令はカサーン基地の攻略が、この戦いへ大きく影響を与えるとおっしゃっていましたが」
そうまっすぐに問いかけた。
せっかく作戦案の話題がでたのだ。それとなく天童愛から情報なりアドバイスなりを引きだしたいというのが丞助の狙いだ。
「そうね。あそこは惑星ファリガと惑星ミアンノバの接合点、第二星系中央部。仮に攻略に成功すれば戦争全体にあたえる影響は大きいでしょうね」
優美に応じる天童愛。4人の視線が天童愛へ集約した。
――今後戦争の展開はどうなるのか。
自分たちには、いまいちピンとこないが天童愛ならその行方が見えているだろう。これからの戦いの展開。特戦隊の動き。この人なら知っていそうだった。
「でも、だめですよ。そんなふうに見ても。うっかり機密を喋ってしまったら大変ですからね」
天童愛が少し可愛らしい仕草で応じた。
4人が思わず笑った。天童愛も微笑。
天童愛は微笑のなかに思う。
特戦隊は11隻ですね。対してランス・ノールの反乱軍は2個艦隊300隻規模。そして友軍の最高軍司令部の発したスザク艦隊は300隻規模。さらに増援もあると見るべきで、これはどう考えても、
――特戦隊は戦争の主体にいない。
この状況は痛いところです。
敵味方600隻が作る濁流のなかを、木の葉のような11隻の特戦隊が翻弄されながら流れるさま。これが天童愛の想像。
大局に翻弄される少戦力では李紫龍の誅殺どころではなく、カサーン攻略をしてそのごどうなるのでしょうか? という疑念が天童愛にないといえば嘘だ。
「この反乱鎮圧のキャンペーン(戦略)を作っているのって最高軍司令部ですよね。で、特戦隊はそれに参加する形ですよね?」
黒耀が歩踏み込んだ質問を天童愛へ投げかけていた。
さすが黒耀は参謀本部志望なだけあり、問は戦争内の特戦隊の位置づけを明確にしていた。天童愛は、とても通信オペレーターからでた問と思えない。と舌を巻く思いだ。
「ええ、そうね」
「私と綾坂が作ってる特戦隊のカサーン基地攻略は、最高軍司令部の作戦の一部に組み込まれているんでしょか?」
戦術と戦術を結合しての連鎖反応をおこさなければ、戦術レベルの勝利という結果は戦略的に反映されず。勝ちが生きない。この戦術の連鎖反応を起こすのが作戦術だ。戦術と戦略のギャップ(へだたり)をつなぐ作戦術があって戦略が成功し、複数の戦略が成功することで戦争に勝利できる。
天童愛は、
――あらこれも黒耀さんらしい鋭い質問ね。
と思いつつ、
「ふふ、どうでしょうね」
といって答えをにごすと、
「でもカサーンを攻略したら面白いことになりますよ。お2人とも奮起してくださいね」
そういって笑った。
「あの李紫龍本人がきちゃうとか!」
綾坂がふざけていったが直後にしまったという顔。丞助、黒耀、アヤセの3人も内心慌てる。
目の前の天童愛は戦争で李紫龍に勝てなかったことで、一部ではさんざんこき下ろされているのだ。
4人の懸念は的中。
天童愛は綾坂の言葉で目をギラつかせ、辺りはブリザード吹いたように冷え上がった。天童愛の身から冷気が立ち昇り、本人は押さえつけているつもりのようだが恐ろしいほどの圧倒感。
4人はゾッとして縮みあがり、
――ヒエ。
と、内心寒々。そこには好悪をこえた恐怖しかない。
天童愛がその勢いで言葉を発した。
「そうですね。そうしたら面白い」
ぞっとするような冷たい言葉だった。4人は青い顔で氷漬け。綾坂は箸をもったまま、黒耀はスプーン、アヤセはナイフとフォーク、丞助はジュースのパックを手にしたまま固まって動けない。
だが天童愛が次の瞬間、フッと息を吐き、その体貌をつつんでいたブリザードが収束。
「もしかしたらですが、李紫龍を撃破するところに立ち会えるかもしれませんよ。そして皆さんがその一端を担うかも。これは凄いことね」
いった天童愛が微笑んだ。
4人は同時に内心、フーっと息を吐き安堵。天童愛が綾坂のふざけに気分を害して怒ったわけではないとわかったからだ。
天童愛は、
――李紫龍と聞いていきり立っただけ。
4人にはなぜかこれがわかった。
ただ天童愛は司令天儀が李紫龍を討ち倒すという意味でこの言葉を口にしたが、天童愛のすさまじい冷気にさらされた4人は、
――李紫龍を次こそ倒すってことでしょ。天童愛さんったらすごい自信ね。
と思い衝撃をうけていた。
アヤセが一同を見渡してから、
「陸奥特務戦隊の行動を決めているのは天儀司令ですから。戦いがどうなるかは天儀司令に聞くしかないのかも」
この話題をまとめるようにいった。
アヤセからすれば――。
私たち今回作戦案のヒントがほしいと童愛さんへ、ここぞとばかりに詰め寄るような格好になってしまいました。これってちょっと失礼ですよね。アヤセ的には反省です。
「そういえば天儀司令といえば、この前戦術機の格納庫にあらわれたかと思ったらオイ式に勝手に乗り込んで設定パージして真っ青になてたわよ」
綾坂は継いで、
「わたしの機体じゃなくて本当によかったわ~。再設定なんて地獄よ。残業なんて最悪じゃない」
と大げさにいうと場に笑いがおこった。
「あ、そういえばアヤセ的には気になってたんですが、天儀司令って星間戦争の大将軍と同じ名前ですよねぇ」
「そうそう。それ気になるよね」
綾坂に次で黒耀がいう。
「特戦隊の天儀はどういう経歴なのか。反乱と軍の合一のゴタゴタでデータバンクは不調で検索してもでてこないし……」
「本人へ直接聞くってのもねぇ」
いくら話しかけやすい司令官だからといって、聞きにくいこともあるし、戦隊最高責任者へ、
――どんなご経歴をお持ちですか?
などとても聞けるわけがない。
「あら、厚かましさに定評がある綾坂でもそこは遠慮したのね」
「当たり前じゃない。てかね昔から黒耀は私にちょいちょい噛み付くけどなんでよ」
とたんに黒耀が赤面。
アヤセが、
「黒耀は綾坂に嫉妬してるんですよ」
と意味ありげにいって微笑むと、さらに真っ赤になる黒耀。
「バカ言ってないで! アヤセじゃないんだから!」
「へぇー。やっぱ黒耀ってパイロットのわたしがうらやましいのね。フフン」
「そう、かも?」
というアヤセはやはり意味深だが、
「ええ、あま。そうね。でもそのうち見返してやるわ」
黒耀はそういって、とりすました顔つき。
そんななか天童愛が1人驚き顔。
「……えっと天儀司令は、その天儀ですけど?」
その瞬間4人が同時に、
――え!?
という疑問詞が彫り込まれたような驚きの顔になる。
「いえ、ですから。天儀司令は、その大将軍天儀そのものです。もしかしてご存じなかったのですか」
綾坂が、えー! と叫びながら、
「だって元大将軍が、こんな少数率いて前線で暇してるなんて思わないじゃない!」
と思わずガタッと立ちあがった。
丞助が綾坂の袖を引き行儀が悪い座れといったふうにたしなめる。
そんな丞助も驚き隠せず振るえる声で問いかけた。
「えっと天童愛さん。それは本当に?」
天童愛の話が本当なら、丞助は先程軍のグランダ軍の頂点だった男であり、空前の戦果を叩きだした男と立ち話したことになる。
――大将軍が特技兵の自分へ心からの励声を送ってくれた。
こう思えば丞助の驚きは当然だった。
けれど困惑してうなづく天童愛からすれば、
――むしろほかに誰だと思っていたのですか?
とすら聞きたいぐらい。
天童愛は、そうね。といって言葉を選んでから。
「わたくしとて軍人、上からの命令には諾として従うしかありません。けれど特戦隊に参加しろといわれたときのわたくしって、たんなる電子戦科出身の少将」
「たんなる少将ですか。アハハ」
綾坂は空笑い。
他の3人も天童愛の言葉に、むしろ強烈なプライドと気位を感じ、綾坂と同様に心中では空笑いだ。
だって――。と丞助が思う。
軍人でも将官のクラスになれるものはほんの一握りだぜ。4人のなかで一番の有望株の俺の妹の綾坂でも佐官の一番上である大佐まで行けばいいほうだろう。
「星間連合軍は敗戦で解体されましたから、わたくしの軍籍は宙に浮いたまま。役職も当然なし、部下もいない。こうなれば特戦隊の召集命令に応じるか応じないかは、わたくししだい。軍人を辞めたっていい。そんな、わたくしを動かせる人間なんてそんなに多くはないと思いますよ?」
「そっか……。天童愛さんを呼びつけてつかえるなんて」
と綾坂がいうと、それを継いで黒耀がいう。
「お兄様の天童正宗か、それに勝った元大将軍しかいないわよね」
「なるほど……いまアヤセには天童愛なんてVIPが特戦隊にいる不釣り合いの合点がいきました」
そう丞助たち4人からすれば戦争の勝利者が、こんな前線にいるはずがないと頭から思い込んでいた。
綾坂の言葉を借りれば、
「ほら元大将軍ともなれば朝廷にいるか、でっかい建物のなかで書類書いてるイメージじゃない」
と、いうわけだ。
「ま、綾坂いうこともわからなくないわね。それに私は天儀将軍ほどともなれば最高軍司令部に入っていると思いこんでたわ」
「アヤセ的にもそれです。そもそも最高軍司令部の発足は天儀将軍の指示でしょ? 当然として言いだしっぺの天儀将軍は最高軍司令部に参加していると思いますよね。こうなるとグランダ軍籍の勅命軍など率いれないですから私たちが勘違いしたのもしかたなくも、なくも、ない?」
天童愛は4人の驚きを見て自分がこの艦に呼ばれた理由がよくわかった。特戦隊は余っている兵員を急遽寄せ集めて急造したため質が低い。
――それをおぎなうのもわたくしの役目の一つでしょうね。
ただ天童愛は4人と話していて悪い気はしなかった。久しぶりに心から楽しいと思える時間を過ごした。
・宇宙戦艦の食堂事情
戦艦は巨大で乗員も多い。最低3箇所は食事の場所を設けるのが普通だった。
普通この三箇所を、士官、下士官、士卒の区分で振り分ける。司令部機能を持つ特大級の艦になると、将官の高級な場所も用意されている。
また艦によっては役割や部隊で利用場所を振り分けると言った場合もある。注文の仕方も違ったりする。
さらに言及すると食堂の他に、単に酒保と呼ばれるバーや日用雑貨を売る売店が一箇所以上は備え付けられている。