2-(2) ランス・ノールとユノ・村雨
マサカツアカツのブリッジの立体モニターに二十代の女性の像が浮かび上がった。
ユノ・村雨
は長い髪の毛をサイドテールにしてたばね、もみあげからは髪の毛がひとふさ垂れている。そして真っ赤な軍服は派手派手しく、装飾も過剰だ。
だが目元は柔和で表情はにこやか、身には淑女然とした慎ましさと、柔らか雰囲気をまとっている。
映し出されたユノ・村雨は表情だけ見れば大人しそうな女性で、メイクも落ち着いている。
けれど同じ女性のシャンテルからすれば、ユノ・村雨の内面の看破はたやすい。どう考えても我の強いわがままな女だ。
――許されているとはいえ、あの派手な格好どうなんでしょか。
と、シャンテルはあきれるしかない。そして、
――ユノさんのあれは、よく綱紀の査定を通ったものです。
そんなことも思った。
シャンテルからすればユノ・村雨の軍服は基本のそれから逸脱しすぎている。明らかに不正をして通したというのがわかる。
制服に独自性をだしていいというのは、司令官クラスに認められた権利の一つで、これは司令官を特別な存在と認識させるのに最も簡単な手法でもある。もちろん連帯意識を高めるためなど、あえて規定通りの制服を選ぶも司令官も多いが、ユノ・村雨はその権利を最大限に使っていた。
そんな派手なユノ・村雨の立体映像がしおらしく敬礼、
『第四艦隊司令、ユノ・村雨です。このたびは――』
挨拶の言葉をのべだした。
これだけ見ていると、喋り方など少し気の弱そうな女性としか思えない。
シャンテルは、殿方って、ああいう女性に簡単にだまされるのですよね。などと思いつつ兄へ視線を向けた。お兄さまは、まさか違いますよね?という問いたげな視線だ。
ランス・ノールは妹の視線にうながされたというわけではないが、
「わかった。もういい」
と、うんざりした調子でユノ・村雨の言葉をさえぎった。
とたんにユノ・村雨は不安げな表情。儚さすらただよわせている。
だが、ランス・ノールは、おまえは本当に仕方ないやつだ、というように、
「村雨、それをいつまで続けるつもりだ。俺とお前は士官学校の同期。お前のしおらしさに男子全員がだまされた」
はっきりといってのけた。
ユノ・村雨が、しおらしい表情のまま硬直。が、次の瞬間、瞳を炯々《けいけい》とさせ、眉はきりりとつり上がって、体貌からも極めて攻撃的なさまが浮かび上がった。さきほどまでの淑女が、いまはまるで火の玉だ。
『あら、なんども引っかかてくれるやつだっているのよ。あんたもどうせ従順で清楚なのが好みなんでしょ?』
ランス・ノールが、バカを言うな、というように手を振った。
『あら、そうなの?じゃあリクエストがあれば演じてあげるわよ。アンタの好みのタイプをね。そうね、いいのよ、どんなときに呼んでくれても。ユノって上手いのよ。一度ためせば童貞のアンタならきっと満足すると思うわ』
ランス・ノールが冷たく黙殺。ランス・ノールには酷薄で残忍な面はあるが育ちはいい。彼にとっていまのユノ・村雨の話題は下品にすぎる。
地をさらけだしたユノ・村雨が、
『で、どうするの?』
と、単刀直入に問いかけた。
このどうするの、というは第二星系へ移動後の計画を教えろという要求だ。
「さきほど言ったとおりだ。第二星系の守備につく」
『ああ、そう。勝っても半壊しているグランダ軍を襲うんじゃないの?つまんないわね』
「そんな情報はない」
『すっとぼけちゃって、あれだけの大会戦よ。勝った方も無事じゃすまないのなんて考えないでもわかるじゃない』
ランス・ノールは心の一端を言い当てられ苦いが、仮にだ、と前置きしてから、
「グランダ軍が満身創痍で勝ったのなら、政府は無傷の2個艦隊を交渉に活用できるはずだ」
と、第二星系への移動の意味を教えてやった。
『おりこうちゃんの意見ね。で、本心は?』
ユノ・村雨からすればランス・ノールは間違いなく本心を口にしていない。
「とにかくだ。我々が第二星系内で、惑星議会や民間人と問題を生じさせなければ政府もいたずらに2個艦隊を刺激するような真似はしない。必ず経過を見守る」
『ま、いいわ。条約とマグヌス天童の指示を黙殺して、第二星系へ移動しても命令違反に問われないという確証はあるわけね』
ランス・ノールが、うなづいて応じた。
意外にこの2人は考え方があう。これまで何度か共同作戦を行ない上々の成果をあげている。そして極めて傲慢な内面を持つユノ・村雨は、ランス・ノールのことは認めていた。
精神に毒を持つユノ・村雨は打算的で、謀略を好む。そんなユノ・村雨からして、謀略という点においてランス・ノールはかなり長け自分の上をいく。
謀略は見破られなければ相手を手のひらの上で扱う楽しさがあるが、いったん看破されれば、もう用をなさない。
――しゃくだけど、ランス・ノールにユノの毒は効かないのよね。
そうなればもう、
――あとは腹を見せて心服するしかないじゃない。
それにこの男なら、ユノを出世させてくれるわ。とも思う。
いまの司令長官の天童正宗は不正を絶対に許さない。だが、ランス・ノールならどうか。ユノ・村雨はランス・ノールへは毒杯を平然と呷るような気質を感じる。この男ならユノを活用してくれる。ユノにとってつごうがいい。
『第二星系は、貴様と縁故が深いな?』
そうユノ・村雨が口にし、ランス・ノールへ探るような視線を向けた。第二星系へ行く真の意味を教えろという意味だ。つまり、もっとなにか話せ、と要求しているのだ。
だが、ランス・ノールは黙殺、
「第二星系内の大規模軍用ドックで、一度補給を受ける」
と、第二星系内へ入った直後の予定で応じとした。
――ふん、なるほど。
と、ユノ・村雨は思う。
この場合、無視されたことが答えでもあった。
やっぱりなにかあるのね。普通はとぼけるなり、否定するなりするじゃない。それをガン無視ってことは、いまはいいたくないってわけね。
ユノ・村雨は口元に歪んだ笑いを浮かべてからいう。
『わかったわ。第二星系で何をするかは、いまは聞かない』
「なにもしない。前言通り守備につくだけだ」
これにユノ・村雨は、よく言う。と、笑ってから、
『アンタに後ろから刺されると困るから。第四艦隊は司令以下、ランス・ノールの指示に忠実に従うということ。よく覚えておいてよね』
そう鋭くいった。
「そんなことはしないさ」
『どうだか。アンタは生まれがよく人当たりが良さそうに見えて意外に残忍。自分と妹のこと以外どうでもいい。私を殺して軍を奪うぐらい平気でする』
ランス・ノールが、これに対して笑みで返すと、ユノ・村雨は敬礼してから通信を切ったのだった。
シャンテルは、このやり取りを驚きの表情で見守っていた。
兄の図太さもさることながら、ユノ・村雨も同じぐらい気の抜けない狡猾さが出ていた。
ですが――。
と、シャンテルは思う。シャンテルにも、わかったことがあるのだ。
「でも意外でした。ユノさんは、お兄さまがお怖いのですね」
シャンテルから見ても、今の通信は、兄への服従を直接知らせておかないと気が気でないというユノ・村雨の恐れが見透かせた。
つまるところユノ・村雨は、最後の『私を殺して軍を奪う』、これをかなり恐れて通信で訴えてきたのだ。
「恐れているかはわからないが、あいつも俺と同じように、謀略を好むからな。同じ分野で上を行く俺に一目置いているのは確かだろう」
ユノ・村雨の乱暴さにあてられたのかランス・ノールの一人称が変わっていた。
そしてあっさり自身の後ろ暗い面を認めたランス・ノールだったが、継いで出た言葉は少し違う。
「しかし俺が自分と妹以外は興味がないか。なるほどな。だが、第二星系の2惑星は同じだよ。俺とシャンテルとな」
そう寂しげにいうランス・ノール。
シャンテルが、そんな兄へ問いたげに顔を向けた。
「捨てられたんだよ。星間連合に」
悲しげにいうランス・ノール。シャンテルが兄の企図をさっした瞬間だった。