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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
十二章、カサーンへ向けて!
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12-(5) コンプレックス・ボーイ2

 陸奥改の通路では特戦隊司令天儀(てんぎ)と軍の最下層で特技兵の春日丞助かすがじょうすけの話が続いていた――。

 

 大将と特技兵という2人。

 

 気軽なふんいきの天儀に対し、丞助は、

 ――なんで下っ端の俺が司令官と立ち話なんだ……。

 緊張と困惑でカチコチだ。

 

 天儀は丞助から奪い取って見ていた携帯端末から目を離すと、

「なるほど」

 といって丞助を見た。

 

 丞助は、なにがなるほどなんだ?と目の前の予測不能の男の顔を困惑で冷や汗タラタラ。丞助には天儀が自分とこうして話を続けている意図があまりに見えない。


「丞助特技兵は綾坂の兄だったな。そうか妹が心配か」

 

 ――え、俺の名前知ってるのか。

 丞助は意外な驚きもって天儀へ応じた。


「はい! 俺と綾坂だけでなく、黒耀にアヤセの4人で先程まで作戦案の見直しをしておりました」


 とたんに天儀が真剣な表情。


「おい、談合しているのか。私は2人別々に作れと命じたのだぞ」

 

 瞬間、丞助は真っ青。縮みあがる。

 ――しまった。談合していたと思われたのか誤解をとかないとまずいぞ。

 丞助は焦ってしどろもどろだ。


「いえ、そんな。違うんです!俺たちは友人で、たまたまいっしょになって」

 

 けれど天儀がとうとつに笑声をあげた。

 

 あっけにとられる丞助へ、笑いお収めた天儀が、

「冗談だ。いいものを作れ。カサーン基地の攻略は、おそらく周辺宙域の戦況だけでなく全体の状況を左右する」

 といってさわやかに笑った。

 

 丞助に、なんだよ冗談かよ。いやそういうのホントめどくさいんで勘弁してください。という安堵感あんどかん。丞助もたまらず笑い返してしまった。


「ハハ。司令も人が悪いですよ」


「殴ってくれと頼んできたり君は面白いな」


「勘弁してください」


「で、今後は歩きなが携帯端末をいじるのはらよしたほうがいい。鹿島や天童愛に見つかるとうるさいぞ。見つかったのが俺でよかったというものだ」

 

 天儀が一人称を変えて笑った。

 なんか司令との距離がグッと近づいたな。と丞助は思い惹かれるものを感じた。


「うへ、気をつけます」


「特に天童愛はヤバイ。あいつににらまれると俺でも氷漬けだ」


「はい。気をつけます。いえ、今後は歩きながらは見ません」


「それがいいな。では、これは返そう。仕事ができんだろ」

 

 天儀が丞助の端末を差しだした。

 丞助も受け取ろうと手をだすが、端末は両者の手の間から滑り落ち鈍い音を立てて床を跳ねた。

 

 拾おうとした丞助を、天儀が手で制しかがんだ。

 

 携帯端末を拾いあげる司令天儀からは、

「落としたのは自分だ。拾うよ」

 というふんいき。

 

 すごい人ができてる。と丞助は驚きの目で見ていた。丞助知るこれまで司令官たちは居丈高いたけだかだった。落ちたものが自分のつま先にあっても平気で人に拾わせる。

 ――まあ、俺もそれが当然だと思うけど。違う人もいるんだな。

 

「画面は無事だな。ま、他もだいじょうだろうが――」

 といった天儀が停止。けげんな顔。

 

 丞助の携帯端末は床に落ちた衝撃でテキストファイルが閉じ画面には壁紙が表示されていた。

 

 天儀は、

 ――恋人同士の写真か。

 と漠然と思ったが、女性の方にどう見ても見覚えがある。


 壁紙は丞助と綾坂が、兄妹仲良く写った写真。

 けれど、まるで恋人同士のような写真。


 天儀がけげんな視線を丞助へ向けた。

 

 ――ヤバイ見られた!

 丞助は息がつまりまばたきもでない。口が一文字となって硬直。


 特戦隊の隊員たちが持ち歩く携帯端末には普通二種類。私的なものと、陸奥改に乗艦時に配られる仕事用。丞助は私的なほうはめったに人に見られることもないと、妹が勝手に設定した壁紙を放置していた。


 天儀の視線は自分と妹の関係を見透かしている。と丞助は勝手に確信。問いつめられるとなんと答えていいのかわからない。

 ――この人はかんがいい。絶対そうだ。


 天儀が口をきく前に、そんなふうに動揺しまくっているのもいただけない。丞助の態度は墓穴だった。

 

 2人の間には数秒の沈黙。丞助には永久とわにすら感じられる長い時間。


 だが、天儀があっさり丞助から視線を外し、

「で、丞助。君は2人の作戦案を見てどう思った聞かせてくれ」

 数秒前の流れなど一切なかったように問いかけた。

 

 この瞬間丞助が思ったのは、

 ――助かった。

 ではなく、

 ――助けられた。

 

 丞助は冷や汗のなかで恩を覚えた。


「どうって……」


「君も兵士だろ。作戦案を見て思うところがあるはずだ」


「ええ、まあ。でも俺は……」


「俺は?」


「特技兵ですけど?」

 

 調理師の意見なんて聞いてもしかたないでしょ。と丞助の目は暗い。

 

 だが天儀は、

「もう一度問う。君の考えを述べろ」

 と重く迫った。

 

 ここで丞助の内にあったのは、

 ――天儀司令に自分の考えを聞いてもらいたい。

 という巨大な欲求。すでに端末の壁紙を見られた気まずさなどとうに吹き飛んでいた。

 

 そう丞助も特技兵とはいえ軍人だ。

 綾坂と黒耀の作戦案を見て、

 ――これなら俺が作ったって。

 と思わなかったといえば嘘だ。

 

 え、本当に聞いてもらえるのか。考えても表にでることなく消えるはずだった思いが。丞助が困惑しながらも口を開いた。その声は興奮をおびていた。

 

「2人の作戦に自分は共通点があるような印象けたのですが――」

 

 丞助が自分でも高く大きな声の調子に驚き言葉が停止。けれど天儀はそんなことは気にもとめず目で続きをいうようにうながしてきた。

 

 このとき丞助は天儀の眼差しに、熱くなる自分を快く受け入れてくれいるなと感じた。


「よくよく比較してみるとまったく違うんです」


「なるど」


「例えばここです。最初の電子戦から二足機を展開するまでの序盤の行動。ここは妹と、いえ失礼。綾坂と黒耀の2人とも内容に差がありません」


「二足機を展開したあとが違うな。黒耀は遅い。綾坂は雑だ」


 天儀の即答に、

 ――この人はわかってる!

 と丞助は感激。

 

 丞助はぶうたれる妹から、

「天儀司令ったら私と黒耀の作戦案。ものの5分で目をとおし終わってた。あれ絶対まともに見てない」

 と愚痴られていた。

 

 黒耀もそのことについては同様に不満げだったので、丞助も司令は作戦案を流し見ただけで、内容は細かく把握していないと思っていた。

 

 が、いまの受け答えからするに、

 ――天儀司令は正確に作戦案の内容を把握している。

 と思えたのだ。


「はい。黒耀の案では牽制しながら基地の高射砲群こうしゃほうぐんに取り付き制圧。その所要時間は30分としていますが、おそらくこれは1時間ほど掛かってします」


「時間が30分も余計にかかる根拠は?」


「黒耀は二足機の消耗を嫌って、セオリー通りの二足機運用を採用してますね。時間がかかります」


 天儀が、そうだな。というようにうなづいた。

 丞助は、やはり司令は2人の作戦案の内容は正確に把握しているなと感じた。

 

「綾坂の案では電子戦で勝利しているという上での展開ですから、オイ式の装甲と機動性に任せて突っ込んで制圧。最短10分ほどで終わります」


「前者は、常識的な案だな。後者のほうが特殊だ。君はどちらが有用と見る?」


「断然、後者です」

 

 丞助が自信をもって断言した。

 天儀の口元が、少し笑ったように見えた。丞助は司令も自分と同じ意見なのだなとわかり少し嬉しい。

 

「なるほど。丞助そこがわかるなら、君が最初に直感した二つの作戦の共通点というのも見えるはずだ。この作戦の共通点はなんだ」


「共通点ですか……」

 丞助は考え込むと、

「わからんか」

 と天儀がいった。


 丞助はあごに手をやって黙考。

 

 カサーン基地攻略を目指しているという点では、綾坂の作戦も黒耀の作戦も同じだ。

 ――だけどこれが共通点ではないよな。

 

 電子戦のあとの二足機の運用の違いから始まり、作戦案はそれ以降の行動は全く違う。間にいくつかの共通の行動はあるが共通点といえるほどでもない。

 

 綾坂は、

 ――オイ式部隊を主体にした基地制圧を目指してる。

 

 黒耀は、

 ――綾坂案より艦艇の行動を重視して作戦を組み立ててる。

 

 そこに具体的な共通点など見いだせない。

 

 そろそろ時間切れだなと思った丞助はうつむきがち、

「すみません。わかりません」

 と暗く応じた。

 

「黒耀の作戦は煩雑はんざつに見えて迷いがない。出発地点から結論まで一直線に進んでいる。あらゆることを想定した中から大筋の作戦を採用したということではなく、おそらくこれは最初に直感的に思い描いた作戦を、そのまま書いた」

 

 天儀はそういうと、

「ああ見えて彼女は単純だな」

 黒耀を評した。


「そうですね」

 丞助はくすりと笑った。確かに黒耀は気難しそうに見えて単純だった。


「いわれてみれば黒耀のは無駄に説明が多くて一つ一つの行動の手順が多いわりに、根幹となっている部分はさして難しいものではないですね」


「君の妹の作戦もだ。目の前の行動しか見ていないように見えて、その点と点の並びは最短で結論まで伸びている」


「でも綾坂の作戦案では、その点に到達するたびに作戦が一々停止してしまいますが」


「ま、それは問題点だな。だが、俺が2人の作戦案を評価したのは、一つこれと決めたら不必要なことを考えなかった点だ。これが2人の共通点でもある」


「なるほどしまった。そういうことですか」


「わかったか?」


「自分は細かい共通点を探していました。でも天儀司令は手法的な部分での共通点を聞いていたのではなかったんですね」


「そうだ。そして勝負において知恵があるというのは、十を想定して、十対策するのではない。必要な一手を瞬時に見抜き、それだけをすることだ」


 なるほど。と丞助が思った。天儀の言葉は士官学校で、習ったよう習わなかったような、そんな忘れていた言葉だ。

 

「確かに直感的に正しい結論が導きだせればこしたことはありません。ですけど現実はそうは行きません。直感で戦っていれば、行き当たりばったり、後手後手になりかねません」


「ま、予想されるいくつかの状況全部に対策を立てておくほうが楽だな」


「はい」


「だが、あらゆることを想定しながら、考えることを減らす。これが強さの秘訣だ」

 

 天儀が力強くまとめると丞助は思わず苦笑。

 

「矛盾してますね」


「わからんか?」


「いえ、なんとなくはつたわりました」


「どんなに知恵があっても飛んでくる弾丸を前には無意味だ。いくとおりも防ぐ手段を知っていても実行に移せなければ意味がないからな」


「なるほど同感です」


「どう防ぐか考えるより、知らずにとっさに身を伏せるのが優れているということだ。兵は拙速せっそくたっとぶというのはこれをいう」


 いいおわった天儀はどうだといわんばかりの顔を丞助へ向けてきた。話が終わったのだ。

 

「ありがとうございます。話を聞いていただいて。特技兵になったとき、まさか司令官と作戦の話ができるだなんて夢にも思いませんでした。嬉しかったです。俺もやっぱりまだ軍人なんですね」


「あ。うむ。ならよかった」

 と天儀がなんとも煮えきらない顔。

 

 天儀の煮えきらなさは、丞助の言葉に自分は最初こそ丞助へ話を聞いてやるという態度を見せたが、実際は自分が丞助へ持論を披露しただけだったような気がしたからだ。

 

 丞助がつづけて、

「でも特技兵の身分じゃ。作戦を考えたって無駄ですけどね。しょせんは底辺。軍の芋虫です。お恥ずかしい」

 と寂しそうにいった。

 

 これに天儀が眉をひそめた。


「自分の立場を卑下ひげするな。自信過剰になっておごるのはよくないが、卑下もよくない」


「そういうわけじゃ。分をわきまえてるだけです」

 

 覚めていう丞助に、天儀がムッとした表情で、

「君たちが黒耀を友人と見ているのはそういう点ではないのか」

 と強くいった。

 

 丞助はこの言葉にハッとした。

 通信オペレーターから参謀本部入り。なかなか壮大な目標だ。自分が諦めてしまったことを、彼女は続けている気がする。

 

 ――確かに黒耀は頑張ってる。

 対して自分はどうなんだ。と、いう痛烈な思いが丞助の心の中を走った。

 

 ――俺って自分を悲惨で不幸で、情けなくて最低なんて悲嘆するだけでなにもしてない。

 丞助はますます自分がみじめになり目を伏せた。


「負傷で二足機パイロットを断念したな。それは現実だ。もう考えるな。特技兵が悪いのか。悪くはない」

 

 丞助が伏せた顔で苦笑。いや失笑した。天儀の言葉は成功者の言葉だった。丞助から見て、天儀司令も自分が思うような人生をおくれているかは不明だ、だが少なくとも他人からは軍人エリート街道を燦然さんぜんと進んでいるように見える。

 

 丞助は天儀の励ましを、

 ――成功者の軽薄な言葉だな。

 と感じた。

 下っ端の料理人より戦艦の艦長がいい。誰だってそうだ。

 ――それをこの人ときたら。

 丞助の心がざらつき、もやりとした。ようは嫉妬したのだが、同時にあわい不快と反感も思った。


「安い、いいかたですね。ひどいや」

 丞助が思わず本音を口にしていた。

 

「ああ、ひどい男だ。だが物事というのは案外単純だ。二足機パイロットだけが、人生じゃない。考えても仕方ないことは考えるな」

 

 丞助は今度は司令天儀をはばからず口元に手をやって苦笑。

 やはり天儀司令の励ましは月並みなものに感じたからだ。ただなんとなく重みはあった。司令が自分のために真剣になってくれているのがよくわかるが、

 ――安い。

 酷いほどにチープだ。とも思う。


「じゃあ俺の人生にはなにか意味があるんですかね。二足機パイロットを断念して、それでも軍にしがみついて、厨房でトントン料理。調理師の適性要求をご存じですか。Gですよ? 誰だってできるってことです。他の仕事は、例えば整備士だってDぐらいの最低ラインはある。最低ラインすら求められない職種ってどんだけですか」


 丞助は思わず心情を吐露していた。親身に接してくれると感じたからこそ吐いていた。自分でもみっともないほど弱々しくいったと思う。

 

「それだ。何のために生きるだと、そんなことを考えるから苦しむ」


「なにいってるんですか。生きてるんだ意味があるでしょ?」


「ない――」

 と天儀が重く吐いた。


「え? ない?」

 丞助が驚いて顔を上げた。

 

「人生に意味はない。今この瞬間、生きている。それだけに価値がある」


 丞助は思わず穴のあくほど天儀の顔を凝視。いまの天儀の言葉は戦隊司令をしているような勝ち組の言葉とは思えない。

 

「人生に意義があると感じるのは錯覚だ。目標に到達できない人生は無意味か」

 

 丞助は天儀の言葉に動揺した。自分が生きていることは無意味だと責められた気がした。

 

 いまの丞助の動揺は、目標に到達できない人生は無意味という部分を是としている。それは自分で自分の存在を否定するようなことだった。

 天儀が丞助の動揺を見抜いたようにさらに舌鋒を向けた。


「じゃあ寝たきりの人間に何の価値があるんだ」

 

 差別的な発言だったが、端的で直感に訴える言葉だった。

 

 丞助が困惑。不治難病、植物状態の人間にも自分には分からない何か目標があるはずだ。例えば本人が生きていたいとか思っていれば十分だ。

 

 だが、わからない。人の生き方に至高というものが存在するなら、それが達成できない人生は価値が低いか無意味だ。

 

 もっと多様的に、一人、一人に、生きる目的があると考えても、その目的を達成できない人生は、やはり価値が低いか無意味だ。

 

 ――じゃあ生きている意味はなんだ。

 丞助は混乱し足元にゆらぎを覚えた。


「そういうことだ。人生に意味なんてないんだよ。他人の意見に振り回されるな。奴らはペテン師だ。詭弁きべんろうしているにすぎない。今この瞬間、生きているということに価値がある」


 丞助は天儀の言葉に打ちひしがれてうつむいた。なんといっていいのかわからない。いままで人生に意味があると生きてきたのは何だったのだろうか。無駄な時間だったのか。それに二足機パイロットを挫折したという事実は変わらない。

 

 丞助がねたようにうつむいていた。

 

 天儀は嘆息してから、

「二足機こそが人生のすべて、なるほど結構だな」

 と前置き言葉を継ぐ。

 

「だが、視点を変えろ。二足機だけが本当に人生なのか。君は二足機を挫折した自分に失望したのだろう。だがもっと広く世の中を見ろ二足機だけが人生じゃない」


 丞助は思う。つまり挫折したら別の目標を見つけろ。なるほど正論だ。が、魅力は感じない。天儀からでてきた励ましは、やはり月並みのものだった。


「いうことはわかります。でもそれは成功者の言葉なんじゃないですか。世の中には、現実勝ち負けがあります」


「なるほどたしかにな。だがそういうなら生きているだけで勝ちなんだよ。それ以外の勝負など実際あまり意味がない」


「そんな――」


「俺は戦いまくったからな。それにずる賢くみっともなく生き残っても、批判などどこ吹く風で天寿を全うするやつがいるのはそういうことだ。むかっ腹が立つけどな」


 丞助がこの言葉にやるせなさそうに、

「はは、じゃあ他人を足蹴に、ずる賢く生きたほうがたのしそうだし得ですね」

 瞬間、天儀が威を発した。

 

 こめかみがピンと張られ、目がつり上がっている。その体貌から炎が吹きでているようだ。丞助が天儀の存在感に呑まれた。


「いや、違う。生きている価値を下げてはならない。だから苦しいときには強がってでも踏みとどまる。納得できない人生は生きていてみじめだ」


 丞助を励ましていたときとは、まったく矛盾した言葉が天儀のその口からでていた。

 だが、丞助は不思議と矛盾したものを感じなかった。


 天儀はいい終えるとその威を納めた。


 丞助が今度は肌に心地よい涼しさを感じる。天儀の威がおさめられると同時に周辺に微風が吹いたような清涼感を受けていた。

 

 丞助はそんな感覚に流されるように、

「なるほど、だから自分を卑下ひげするなと」

 といった。つきものが取れたような爽やかな表情だった。

 

 天儀が笑ってうなづいた。

 

 その笑顔を見た丞助は天儀の熱風に、自分の腐った部分が燃やされ、灰となって吹き飛ばされたような気がした。


「生き方には本末ほんまつがある。もと、つまり根本をおこたれば、すえという終わりはみじめにすぼむ。忘れてはならない。私は君の履歴りれきは知っている。素行は良く正直な男じゃないか。自分をあきらめるのは早い」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 話が終わり別れる天儀と丞助。

 天儀は別れ間際に丞助へ言葉を送ってきた。

 

「人間は生存競争に最も忠実というだけだ。どう取り繕ってもな。なにが人間は本能の壊れた動物だ。嘘八百だ。人間は生き残ることに貪欲で最も動物的な生き物だ。理性的に振る舞うのは、それが生きていくのに有利なら動物だって同じだ。丞助、今を生きろ」


 偏見とも言える強烈な言葉だった。

 だが丞助にはわかりやすかった。得心がいき思わず軽い調子で応じてしまう。


「ああ、なるほど! 天儀司令のいうことがわかりました。誰もがずる賢く生きると、種全体の行動が尻すぼみになり、種の繁栄が損なわれます。ああそうか。天儀司令は生物学的なことで物事をお捉えなんですね。わかりました」


 天儀が驚いた顔をする。丞助のいったことなど思いもしてなかったように。


「俺も好きですよ。動物とか生態系の特集番組。進化論とかね。なるほどそう考えれば頂いた言葉はどれも矛盾していません。スッキリしました」

 

 天儀が笑顔でこの言葉を受けた。丞助の言葉への肯定だった。

 

 丞助は会心の笑顔で、

「なるほどなぁ。天儀司令は普通の軍人とはちょっと視点が違います。自分ももっと色々な観点から物事を見るようにします」

 そういうと敬礼してその場を去った。

 

 天儀は丞助の背中をしばらく見送ってから足を踏みだしたのだった。

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